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異世界で目指せ発明王(笑)  作者: 朝倉一二三
異世界へやって来た?!編
158/158

158話 訪れた平和(第一部完)


 ――陛下が即位してから、1年後。

 公爵領で産声が上がった。 元気な金髪の男の子である。

 後継者問題を一発でクリアとは――さすが、究極のリア充の公爵様さま。

 参ったね。

 

 出産後、落ち着いた時を見計らって、皆で公爵領へ産後の見舞いに向かう。

 出産前から、ステラさんはフローを引き連れ、公爵領にずっと泊まりこみで、ミルーナの世話をしている。

 普段は滅茶苦茶だが、ステラさんは面倒見が良いのだ。 これがウチの師匠なら、こうはいかない――なんと言っても放置プレーの達人だからな。


 師匠やファルゴーレは魔法で加速して公爵領へ先を急ぐ。 このぐらいの距離なら、車に乗るより魔法を使ったほうが早いのだが――俺は、陛下とサクラコのために蒸気自動車のハンドルを握る。

 ファラは留守番だ。

 ミルーナの所にはステラさんがいるから、赤ちゃんの前で揉めたりするのは困るからな。


 ファラと1年間、お城で色々とやってきたが、本当に魔法はダメだな。 火を着けるぐらいしか出来ない。

 ただ、記憶力の凄さには舌を巻くが。


 しかし、彼女のおかげで、パズズの残した資料から、物質に直接アクセス出来る魔法が見つかった。

 要は、ことわりの魔法を使い、ハーバー・ボッシュ法云々の法理をすっ飛ばして、直接物質を合成出来るのである。

 無論、その場に存在しない物、原料が無い物を合成する事は出来ない。 例えば、何も無い所から金を出すとかは不可能。

 原子を繋げて分子を造ることは出来るが、原子その物は創れないのだ。

 しかも、この魔法を使えるのは、俺とステラさんだけ――他の真学師には使えない特殊能力的な物に近い。


 この特殊能力を使って金属加工にも応用が利くようになった。

 まずは、魔法を使って大まかに成形――加工機械で精密加工――更に魔法で接合したり、表面加工を行う。

 例えば、加工で削り過ぎたり、欠けたりした所を魔法を使って修復したりする事も可能。

 こんな感じで加工が出来るようになったが――あくまで少量生産の趣味の世界で、量産は不可能だ。


 しかし、原子レベルまで魔法でアクセス出来るようになり、新たな可能性も見え始めている。

 例を挙げれば、鉄を金に変えたりするのは今のところは無理だが、もしかして将来的に可能になるかもしれないという事だ。

 まさに、夢がひろがりんぐだが――この世界にやって来た時に、こんな事を誰が想像しえたであろう。


 そして、新たなる利用方法が――それは、資源の探知である。

 簡単な例では、きんの延べ棒を手に持って魔法を使う――延べ棒の体積が増えれば、魔法が届く半径100mの範囲に金が存在している事になる。

 ただ、この場合、探知できるのは純金属だけだ。

 複雑な分子の混合体である石油の探知や、石炭やダイヤモンドなどは、その構成している炭素原子がどこにでも存在しているために、探知には使えない。

 同じく、ケイ素が主体の水晶などもダメだろうが、ルビー等を使ってアルミナの探知には使える可能性はある。


 これを使い――帝都から持ってきて、ステラさんの玩具になっていたチタンのカップを呼び水にして、少量だが純チタンを回収する事にも成功した。

 だが、この世界のテクノロジーではチタンの加工はかなり難しい。 今のところ、加工をするのも魔法が必要だ。


 この新たなる力を使って、人工蛍石(フローライト)の合成にも成功したのだが――俺とステラさんしか力が使えないのでは、大量生産は無論不可能。

 現在は、お城の要所を照らすランプとして利用されているに過ぎない。

 陛下は、かなり残念そうで約束が違うと怒っておられるのだが、これは致し方無い。 作れたら金になるとは言ったが、作れると確約した覚えも無いしな。


 蛍石(フローライト)と同様に魔石の合成にも成功したのだが――人工魔石には魔力を蓄える力しか無く、本物の魔石のようなプログラミング的な要素を欠いた物になってしまったため、わざわざ魔石を合成する必要は無いとの結論が出ている。


 また、本格的に魔法の研究を始め、多数の真学師と相互研究をして解った事がある。

 俺が使う、同じ魔法の多重展開の事だ。

 違う魔法の多重展開自体は、普通に行われており、呪文を用いる普通の魔法でも用いられているのだが――。

 同じ魔法を積み重ねるような多重展開となると――概念自体は存在していたが、魔力の消費が激しい上に、使いこなせる人間が極端に少なく、好き好んで使う奴は滅多にいないらしい。

 つまり今のところ、まともに使えるのは、俺と師匠だけ。

 圧縮を積み重ねるだけで、禁呪になるなんて誰にでも出来そう――と思っていたが、そうは問屋が卸さないようだ。

 この、同じ魔法を多重展開出来る力も、まさに特殊能力とも言える。


 ------◇◇◇------


 ――我々は、公爵領に到着した。

 屋敷は以前のままから変わっていない。 木造で、下半分が虫除けのタールで黒く塗られている屋敷である。

 公爵様に尋ねても、改築したりするつもりはないと言う。

 ここら辺は見てくれよりは実を取る、陛下の忠臣らしい模範解答。 だが人口が、かなり増えてまつりごとに関わる人員も増えており、役所の増築は行なっているという話だ。

 勿論もちろん、全て木造建てで、金をなるべく使わないスタイルと徹底している。

 余った金は、道路の整備や畑の開墾、灌漑かんがいのための用水路の整備などの、公共事業に充てられているという。


 また、帝国との交易が再開されたため、街道が整備されフィラーゼ領にも宿場街が出来た。

 人口が増えたのは、この宿場街の影響が大きい。

 街が大きくなれば人も増え、やる事も仕事も増える。 領主の公爵様は忙しい毎日を送っているという。


 公爵邸にいるメイドさんのルミネスに、絨毯の上を案内されて、通されたのはミルーナの私室。

 明かりが差し込む白い壁の部屋――ベッドの上で、白い寝巻き姿で髪を纏めたミルーナが上体を起こしており、その側にステラさんが立っている。

 その傍らにある可愛いベッドに寝ている、小さな命。 パヤパヤの金髪をした男の赤ちゃんだ。


「陛下、そして皆様、わざわざありがとうございます」

「何、公爵の世継が生まれたのだ。 妾が顔を出さねばまずいだろう」

「おお~っ、ちいせぇ」

 小さい赤ちゃん、小さなベッドの中で、手足をバタバタさせ――俺が指を出すと、しっかと凄い力で握ってくる。

 小学生の頃、弟が生まれたのを思い出す。


「指にも、爪がちゃんと生えているし。 女はすげぇよなぁ。 こんなの身体の中で作っちゃうんだから……」

「変な事で感心するでないわぇ」

 サクラコが、俺にツッコミを入れるのだが。


「だって、凄いじゃないか。 ミルーナ、歯とか大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」

「歯が何の関係があるのだ?」

 陛下の疑問も無理はない。 ちょっと意味不明なのだろう。


「女性の身体に赤ん坊が宿ると、母親の身体から、骨や歯を分けて貰って身体を造るんですよ。 それ故、骨や歯が脆くなるんです」

 ミルーナには事前に説明をして、食事には気をつけるように助言していた。 元世界にはカルシウム剤等があるのだが、この世界には勿論もちろん存在しない。


「ほう、それは興味深いですねぇ。 なるほど、胎児が母親の身体を材料に使って、自分の身体を造っているわけですか。 実にことわりに適っている……」

 ファルゴーレとサエッタが、じっと赤ん坊を眺めている。

 日本は火山灰土壌なので、カルシウムが少ないが、この世界の土地はカルシウムが多いのかもしれない。

 それに、獣人達を見れば、骨量が豊富なのは一目瞭然。 この世界の住民は皆、歯も綺麗だし虫歯も少ない。

 妊婦のカルシウム云々は、俺の実体験が少々混じっている。

 ウチのクソ親父を産んだ婆さんは、カルシウムが足りなくて、出産時に奥歯が砕けてしまったのだ。

 故に、20代で入れ歯……。 そういう話を知っているので、あの親父でも婆さんには、頭が上がらない。

 真に、母は偉大也――話が逸れた。


 このような場面でも真理だなんだと言っている真学師達に、サクラコは呆れ顔だ。


「なるほどの。 それが真理か」

 陛下が腕組みをされ、唸る。


「ライラ殿まで。 真学師に毒されておるのではないのかぇ?」

「かもしれぬ」


「可愛いだろうぉ」

 ステラさんが赤ん坊を抱きかかえると、彼はキャキャと、はしゃぎ始めた。

 抱く相手が師匠に代わっても、同じように喜んでいたのだが――。


「きゃぁ! 痛たたた……」

 赤ん坊を抱いて、手の塞がっている師匠の髪の毛を、彼が引っ張り始めた。


「ショウ! 助けてぇ」

 俺が手を伸ばすと、赤ちゃんは師匠の髪から手を離してくれたのだが――今度は、彼女の大きな胸を掴まえた。


「はは、そりゃ大きいけど、ミルクは出ないんだよなぁ」

「ショウ、ふざけていないで」

「ミルーナ、もしかして彼はお腹が減っているのかも」

「はい、ショウ様。 こちらへお願いいたします」

 俺から、赤ちゃんを受けとると、ミルーナは寝間着から胸を出すと授乳を始めた。

 その子供を想う母の姿は、水晶ガラスから差し込む光に照らされ、まるで聖母マリア像のように美しく神々しい。


「全然、人見知りしませんねぇ」

「いい子だよぉ。 今でも胆力があるのが解る。 さぞかし、立派な公爵様になるに違いないねぇ」

 ステラさんが、太鼓判を押すが――。

 おそらく、金髪の美少年に育って、父親と同じリア充の道を驀進するに違いない。


「まさか、魔法が使えるって事は?」

「今のところは、まだ不明だねぇ」

 出産直後から魔力がある子供もいれば――ある程度歳を取ってから、魔法を使えるようになる人もいるので、個人差があるようだ。


「なるほど、公爵の世継は良い子なのは、解った。 それでショウ。 妾の子供はいつになるのだ?」

「まだ、研究段階でして。 やっと、石やら金属の錬成に成功したところですから、次の段階――薬品などの錬成に移るつもりでございます」

「随分と悠長だのう。 妾がしわくちゃになって、子供どころではなくなるではないか」

「陛下、そこまで時間は掛からないと思います」

 

 無論、嘘です。


 サクラコを手招きして、ひそひそ話をする。


「サクラコ、巫女の神器って使えないかな?」

「其方にか? あれは、カミヨ人に合わせて造られた物じゃ。 其方は異世界人じゃろ?」

 やはり、近親結婚や人口のバランスが崩れた時に使う、非常用って事か……。

 だが、純血のカミヨ人が東洋系に近い人種なら、陛下のような北欧系っぽい人種は?

 この世界で人と呼ばれる種族だが――俺が見る限り、3~4種ぐらいの人種が交じり合ってるように見える。

 だが、それら人種は全て混血可能だ。

 おそらく、同じ世界か、近い世界から集められたのだろうと推測される。

 俺が居た元世界と同じ世界なのか、それとも、似ている何処かの世界なのかは不明だが。


「あ、そうか……やっぱりなぁ」


 ------◇◇◇------


 ミルーナの見舞いの後、皆で公爵邸を後にするが、突然サエッタが何かを覚悟したように叫んだ。


「決めました! 僕は一生を懸けて、あの方をお守り致します!」

 あの方っていうのは、勿論もちろんミルーナの事だろう。


「そうか、決めたか」

「はい!」

 サエッタの目が、決意に輝く。


「ショウ様! つきましては、僕にもカミヨ剣術を教えてください」

「いいぜ。 サクラコとフェイフェイもいるしな」

「巫女様に教えを請うのは少々恐れ多いというか……」

「君でも、そんな事を気にする事があるのか。 それじゃ、フェイフェイか。 でも、彼女は結構厳しいぞ?」

「望むところです!」

 サエッタが、新たな決意に目を輝かせているのだが、その横で渋い顔をしているのが――彼の師匠、ファルゴーレだ。


「ちょっとちょっと、ショウ! 貴方のおかしな思想で、弟子を洗脳するのは止めてください」

「別に俺のせいじゃないだろ。 サエッタの意思なんだからさ」

「申し訳ございません、師匠。 許されないのであれば、破門されても構いません!」

「やれやれ……」

 ファルゴーレは呆れ顔だが、別に悪いことをするわけではないし、真学師の仕事もするし真理の追究もするのである。 

 人の道を踏み外しているわけでもなし、なんの問題もない――と、俺は思う。


 可愛い赤ん坊を見れて、皆の表情も緩んでいるのだが――俺が運転する蒸気自動車の後部座席に乗り込み、金色の髪をなびかせている陛下は少々違う。


「くそ、ミルーナの奴め、勝ち誇った顔をしおってからに……」

「ええ? そんな顔してませんでしょ?」

 そりゃ、公爵様という夫がいて、子宝にも恵まれ、領民と国民からも慕われ、サエッタのように思いを寄せる男も山程いる。

 そんな彼女を見れば、陛下とて1人の女の身となれば、思う所があるのだろう。


「其方がチンタラやっているからだろうが!」

 運転している後ろから、陛下の怒号が俺を襲う。


「陛下、そのようなお言葉は……」

「黙るがよい! 其方のせいだ! 其方の!」

 陛下が、後ろの座席から、俺の首を絞めてくるので、ハンドル操作を誤りそうになる。


「陛下、運転中は止めてください。 事故を起こして、御身に何かあったらどうなされます」

「全部其方のせいであろうが」

「そうですが、私の首がねられたら、お子は永久に無理になりますよ? それとも、子種を他から貰い受けますか?」

「ぐぬぬ……」

「ライラ殿は、相変わらず短気じゃのう」

「巫女殿は、気にならぬのか?」

「子供かぇ? 巫女の力を持つ者を、これ以上増やすわけにはいかぬのじゃ。 もう、諦めておるわぇ」


 サクラコの達観に、陛下は渋い表情だ。


 お城に到着した後、陛下の執務室へ呼び出されたのだが――どうやら、俺と2人で話がしたいらしい。

 日も高いのに、窓にはカーテンが掛けられている。


「この悪魔め……」

 俺の顔を見るなりの、このお言葉。


「なんでございましょう? 今更」

「其方、ミルーナの気持ちを知っておるのに、公爵に輿入れさせて、あまつさえ子供まで……」

 俺は、陛下のお言葉を受け流すように、机に腰を掛けた。


「なに言ってるんだ、ライラ。 それじゃ、俺が手を出しても良かったのか?」

「婚礼前の他国の王女に手を出したとなれば、ファルタスとの戦もありえるだろうが」

「そうだろ? 手は出せないし、あれだけの人材を他国にくれてやる必要もないしな。 それじゃ、ファーレーンで貰うのが一番。 俺の目論見通り、フィラーゼ公爵領は今や我が国には無くてはならない存在まで格上げされているし。 願ったり叶ったりだろ?」

 ちなみに、俺が持っている公爵領の株券は投資金額の10倍ぐらいになっている。 今後、公爵領はさらに発展するだろうから、更に株価は上昇するものと思われる。


「其方、本気でそのような事を申しておるのか?」

「本気だよ。 だって、どうしようもないだろ? それとも、ミルーナに手を出した挙げ句、ファルタスと戦をして、彼女の祖国を滅ぼすか? それこそ、悪魔の所行だろう? そうすりゃ、ファルタスまで手に入れられるけどな、彼女には嫌われるだろうなぁ」

「ミルーナは、そうなっても其方に付いてくると思うがな」

「だが、ファルタスに恨みも無いし、両国のためにも最善の選択だったと思うが」

「確かにそうだが……」

 陛下は、俺の真意を図りかねているようだが、真意もクソも無い。 ファーレーンにとって、ベストな選択をしたまでだ。 ファルタス王も王妃もミルーナの相手に俺は望んでいなかったしな。

 それに、政略結婚には珍しく相思相愛の仲だし、2人も幸せそうだろ?

 子供を見た時の、ミルーナの表情を見れば解るはず。


「其方を見ていると、妾もミルーナと同じように利用されているだけなのでは? ――と思うてしまう」

「そんな事を言われるのは、大いに心外だな。 それじゃ、クビにするか?」

「今更そのような事が出来るはずがあるまい! 大体、其方には妾の真意が見えて、妾には其方の真意が見えないのは、不公平だ」

「まぁ、俺は真学師だし」

 師匠のように、魔法を使って人の心を読む事は出来ないが、俺も簡単には人の真意が解るようになっていた。

 解るのは――嘘か本当か? YESかNOか? ――ぐらいしか解らないが、これだけでも大きな違いがある。


 突然、人の頭の上に見えるようになった、黒いモヤモヤがそれだ――対象が嘘をついたり好意を持ってないと、黒いモヤモヤが出るらしい。

 しかし、人の真意なんて解らない方が良いな。 以前に増して、人付き合いが面倒になった。

 仕事となれば、嘘をついていたり、敵意を持っている人間とも付き合わなければならない事が多々ある。 これは凄いストレスだ。

 真学師が、あまり人付き合いしないっていうのは、ここら辺に問題があると思う。

 これらに鑑みると――あちこちに顔を出したり、街の人間と付き合ったり――そんな事を嬉々としていた俺は、真学師としては変わり者に見えるわけだ。

 数々の経験を経て、俺も真学師らしい真学師になったという事だろう。


 だが何故、この能力が突然使えるようになったのかは不明だが、あまり望んで欲しい能力ではなかったというのが、偽らざる俺の心境だ。


 不安げに俺を見つめるライラを抱き寄せると、軽く口づけをして彼女の大きくなった胸に手を伸ばす。

 初めて出会った時は、小さくてペタンコだったが、今はたわわに実っている大きな胸が、俺の独占欲をくすぐるのだ。


「俺に揉まれるために、こんなに大きくなったのか」

「このたわけが……そう申すのなら、もっと心して揉むがよいぞ。 下の密壷も、其方の指を欲しておるが」

「いやいやいや……ここでそりゃまずいだろう」

 迂闊に、軽い冗談も言えない。

 陛下の淫猥な誘いに思わず手を出しそうになってしまう。


 自重が必要だ。


------◇◇◇------


 夕方になり、ファルタスの王妃様達が城にお見えになった。

 俺たちと入れ替わるように、公爵邸を訪れていたはずなのだが、そこでまずい問題が起きたらしい。

 初孫に感動して舞い上がってしまったのか、ミルーナの下へやって来たファルタス王が、赤ん坊を天にかざして――。


『其方が未来のファルタス王だ!』

 ――と、宣言してしまったというから、もう大変。

 青くなったのが、王妃様と同行していた王子達。

 王一族をもてなしていた公爵様は、あの性格だ。 何も言わなかったらしいのだが――。

 その場で、ファルタス王とミルーナが大喧嘩。 王一族を入領禁止にして、領内から追い出してしまったという。

 激怒した王は、そのまま供の護衛数人とファルタスへ帰国してしまったのだが、困り果てた王妃様一行がファーレーン城へ訪れたというわけだ。


「ははは、アイツは何をトチ狂っているのやらぁ」

 ステラさんが、王妃様と王子達がいる貴賓室で笑い転げている。


「ステラ様、笑い事ではありません」

「ごめんよぉ。 でも、他国に輿入れした娘の子供を世継にしたいなんてさぁ、前代未聞だよねぇ」

 他国に嫁入りしたら、もうその国の人間である。

 幸いと言って良いのか疑問だが、フィラーゼ公の両親は既に他界しており、もしも生きていたら家同士の争いに発展している事案だ。

 現状でも、フィラーゼ公爵領はファルタスを遥かに凌ぐ領力を有しており、軍事力も比較にならない。

 公爵領騎士団も帝国騎士団と渡りあえるほどの、猛者ばかりなのだ。 まして、火薬などの強力な兵器も有している。

 ファルタスは、帝国に荒らされて国土は荒廃――復興途上であり、もし戦になればファルタスには万に一つの勝ち目も無い。


「全く以って、あり得ません。 お恥ずかしい限りでございます」

「しかし、ミルーナ様の人気は、未だにファルタスでは高いですからね。 そのお子ならと、お考えになっているのかもしれませんが……」

 まぁ、あくまで俺の推測でしかないが。


「よしんば、そうだとしても、これは無理筋だよぉ?」

「これは妾にとっても困るの。 すでに、ファーレーンの屋台骨になっている公爵家の世継を取られては、かなわん」

勿論もちろんでございます。 このような事が他国に漏れたら、我が国は笑いものです」

 そりゃ、陛下の仰るのも当然だ。 公爵領はすでにファーレーンで最大の貴族領になっており、さらに発展する余地を残している。

 世継問題は重要だ。


「おそらくは、初孫に舞い上がっていらっしゃるだけだと思われますので、第1王子か第2王子に、お子が誕生なされば――すぐにお考えを改めてくださると……」

「そうなら良いんだけどねぇ」

「ステラさんのツテで、王子様達のお相手として、相応しい方の心当たりは無いのですか?」

 なんだかニヤニヤして、トラブルを楽しんでいる風のステラさんに、王子達のお相手を聞いてみる。


「さてねぇ――近隣諸国で年頃と言えば、フェルミスター公爵か、アルナイト公爵か……アルナイトはまだ若いけど、後2~3年もすりゃ」

「フェルミスターはダメですよ。 リンが絶対ウンと言いません。 でも、アルナイト公爵は良いんじゃないですか?」

「それが、真っ先に候補に挙がったのでございますが、意中のお相手がいるという事で、断られてしまいました」

 王妃様の話では、アルナイト公国との交渉がすでに行われていたようだな。


「なんと! アルナイトとしても、相手がファルタスなら、良い縁談だと思うのだがな……。 しかし、いくら相手がいないからといって、下級貴族を相手に当てるわけにもいくまい」

 陛下のお言葉も、ごもっともである。 これが、貴族ではあれば、相手の位階が多少下がっても、商人の娘を迎え入れても、まぁよくあることなのだが。

 さすがに王家となると、ちょっと色々と面倒な事が多い。

 それを考えると、平民の俺を相手に選ぶという陛下は、かなりの無茶ぶりなのだが。


「本当は帝国貴族か、皇族なら良いのが沢山いるのだけどねぇ。 今のファルタスの国民感情を考えると、ちょっとむずかしいかねぇ」


 結論が出ないまま解散となり、そのまま王妃様達には一泊して頂くことになった。

 それにしても、面を食らったのは、ファルタスの王子達だろう。

 順風満帆に、黙っていても次期ファルタス王だと思っていたら、いきなり道を閉ざされたようなものだ。


 大きなトラブルにならなければ良いのだが――例えば、クーデターとかな。

 

 その後も、公爵領への入領禁止になったのは王一族だけで、ファーレーンもファルタスとの国交断絶などの事態には発展していないし、交易も順調に進んでいる。

 王妃様は再三に渡り、王の説得を試みているのだが、ガンとして譲らないらしい。


 ------◇◇◇------


 ゴールドが持っていたノートPCはステラさんの所へいった。

 彼女は、いたくこの機械を気に入っていたからな。

 一体何に使うのかは不明だが、単に珍しい故の好奇心からかもしれない。

 だが、ノートPCを使うとなれば、日本語の勉強をしなければならない。

 ノートPCばかりではない。 先進的知識の塊ともいえる日本語で書かれた元世界の本も沢山あるのだ。

 師匠を始め真学師達が日本語の学習を始めるのは必然ともいえた。

 だが、さすが真学師達、1年程で日本語をほぼマスターしてしまったのだ。 ただ、漢字や膨大な固有名詞、慣用句には少々手こずって、頭を抱えているようだが……。

 日本語の勉強場所は、俺の工房。 皆が座れるし、他の真学師の部屋のように物で溢れていない。

 食い物や飲み物も出るしな――まるで、茶店扱いだ。


「ショウ、この五月雨と時雨の違いは何なのでしょう?」

 師匠も、複雑な日本語に頭を悩ませているようだ。


「これは雨の降る季節の違いでしょうか。 私の生まれた国では、四季がはっきりしていて、それに合わせた多々の気象現象にも名前がついていました」

「一つ一つ、全部にですか?」

「全部と言うわけではありませんが、膨大な数がありますね。 ただ、覚えなくても会話は出来ますので、困る事はありませんよ」

「でも、使われる事も多いのでしょう?」

「そうですね。 この時雨というのは、沢山の生物の鳴き声や音に対しても、○○時雨のような使い方をされる事も多いですし――五月雨も、矢が五月雨のように降るなんて言い方もしますね」

「はぁ、面倒くさいのねぇ」

 ステラさんが顎を手に乗せ、投げやり気味に言う。

 師匠は、この手の話に興味津々なのだが、ステラさんは全く興味がない。

 そんな細かい気象現象まで、いちいち固有名詞を付けて使っているのが理解出来ないようだ。

 バカなの? 死ぬの? とチャチャを入れてくる。


「もともと、そういうのが好きな民族なのかもしれません。 国土にいる殆どの動植物も、精査され、分類されて名前が付いてましたから」

「どんな小さな昆虫や、植物にもですか?」

「はい、カビやコケ、顕微鏡でしか見えないような小さな物に関してもです。 そして、常に更新されていて、新しい発見があればドンドン更新されていきます」

「いったい、真学師が何人いるんだよぉ」

「国民が1億以上いますからね。 全体が真学師みたいなものと思ってくださるのが一番近いかもしれません」

「ショウを含めて?」

「私は、元世界では落ちこぼれですよ。 ははは」

「……」

 真学師一同は黙ってしまったが、俺の言っている事が冗談だと思っているようだ。

 ところがどっこい、これが現実。 夢なんかじゃありません。


「ショウ、この数学の、ここを教えてほしいのですが……」

 ファルゴーレが数学の本を差し出してくる。


「これは、マクローリン展開だっけ? ……よく覚えてない――っていうか、ぶっちゃけ忘れた」

 もう、卒業してかなり経つからな。 大体、学校成績は下から数えた方が早いくらいだし、数学は苦手だ。

 勉強の役に立たない、妙に半端な記憶力しか持ってないのだから。 だが、その半端な記憶力でも、この世界では大いに役立ってくれたが。


「ねぇねぇ、ショウ。 これは、これは?」

「非線形偏微分方程式?」

 頭がこんがらがるような複雑な数式を見せられても、こんなのが解るわけねぇ。 俺は、高卒だぞ?

 

 こんな調子で、1年で日本語がペラペラ、数学も物理も、俺の理解を超えた範疇まで行ってしまっている。

 さすが、この世界のエリート――真学師だ。


 異世界で日本語ペラペラになって、何の意味があるのかと思うが、真学師達の間では日本語が密かなブームだ。

 なにせ、日本語で書けば、それなりに暗号化されるって事だからな。

 勉強をしていなければ、簡単には読めない。

 自分達の研究を守るために、便利なのだろう。


 日本語の勉強をしていると、ステラさんが俺に抱きついてくる。

「ちょっと、社長さん! 社長さん! 可愛い娘いるよ~ちょっと寄っていかない~?」

「ステラさん、なんでそんな日本語覚えているんですか? それは、花街のポン引きの台詞ですよ」

「うん、知ってる。 じゃ、ちょっと彼氏~お茶しようぜ?」

 そんな事を覚えても、使い道がないだろ? なんか意味あるのか?


「ショウ、お茶しない? ――と、茶しばきへん? ――と、どう違うの?」

「そりゃ、ただの方言ですから」

 彼女は、どうでもいい日本語を覚えてはキャッキャッと、はしゃいでいる。

 意味わかんねぇ。


------◇◇◇------


 ――それから、1年後。

 公爵邸に第2子が生まれた。 金髪の可愛い女の子だ。

 どれだけ、公爵様はリア充の道を邁進するつもりなのであろうか。


 だが、未だにファルタスとの問題は解決していない――ファルタス王は、ミルーナの子供を国王にする気満々だ。

 ファルタスの国民も乗り気だと言うのだから、始末に負えないし、ファルタスの王子達の相手選びも難航しているようだ。


 それでも、ファーレーンには、それ以外のトラブルは殆ど無く、鉱山と城下町プライムとを結ぶ鉄道の建設も始まり、この国にも、しばしの平和が訪れている。



 第一部完

 

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