155話 銃火器開発始動
――いつものように晴れている昼前。
フェイフェイが仕留めた獲物を持ってきてくれた。 鹿に似た四脚だが、皮は剥がれ、内臓と前脚も処理されて、胴体と後ろ脚だけになっている。
いつもながら、鮮やかな処理。
「おおっ! フェイフェイ、ありがとう。 今、肉が高くてさ。 ベーコンとジャーキーを作ろう」
城下町で肉が値上がりしているのは、戦が原因だ。
兵士の食料とする干し肉を作るために、可能な限りの家畜を処分して加工してしまったせいなのだが――そのせいで、城下町では肉不足になっており、値段が上昇しているのだ。
そして、この肉不足のおり、注目されているのが俺が作った豆腐。
水分を抜いて硬めに作った豆腐を、タレを付けて焼けば肉っぽいからな。 結構腹に溜まるし、代用肉として人気急上昇中だ。
まぁ、しばらくは仕方ない。 家畜が増えるまで待つしかないし、無い袖は振れないのだ。
これは、ファーレーンだけではない。 戦に参加したファルキシムでも、肉の値段が高騰している。
植物なら魔法で成長促進が可能だが、動物は無理だしな。
もしかして、肉の細胞だけ魔法で増殖させる事も可能かもしれないが――いや、そんな肉は食いたくねぇな。
「フェイフェイ、昼飯は食ったか?」
「いや、まだだ」
「そうか。 せっかく肉が手に入ったんだが。 白菜鍋にするか」
作り方は簡単。 鍋に白菜と薄く切った肉をびっしりと敷き詰め、水を張り昆布だしを少々。
そのまま加熱するが、魔法を使えば、あっという間に火が通る。
「出来たぞ。 突いて食おう」
つけダレは、たまり醤油と昆布だしとリンゴ酢、そして味醂を少々。
本当は、ポン酢が欲しいのだが、そんな物は無いので、酢醤油なのは仕方ない。
「え~と、味醂、味醂っと。 あれ? 味醂がねぇ……またステラさんに飲まれたのか?」
どうもステラさんは、味醂が気に入ったらしく、隙あらば飲まれてしまう。
「しょうがねぇ、ブドウから取った砂糖を少々。 う~ん、無くても良いかもな」
味見をしながら、色々とタレを作ってみる。
「そんなに凝らなくても、気にはしないぞ?」
あまりの俺のこだわりに、フェイフェイから物言いが付いた。
「まぁ、こんなもんか」
「昼食かぇ?」
サクラコもやってきたので、早速、3人で食ってみる。
「うん、白菜が甘くて美味いな。 上手く、種が取れればいいけどなぁ」
この世界にはアブラナ科の植物は、見たところ無い。
最初、この世界にやって来た時に、食用油を菜種油だと思っていたのだが、違う植物から取っているのだ。
故に、交雑の心配は無いと思うが。
この白菜も、キャベツも、ブロッコリーも、菜の花も、チンゲンサイも、全部アブラナ科なので、簡単に交雑してしまう。
まぁ、皆食えるので何になっても良いし、この世界でも突然変異を起こした色んな野菜が出来るかもしれない。
城下町の市場にも野菜のバリエーションも少ないので、トマトやら白菜やら、いろんな種類を増やしたいところだ。
「ほう、なるほど。 あの球のような珍妙な野菜が、このように美味いとは」
フェイフェイはスプーンで食っているが、サクラコは箸を使う。
皇族は、行事でしか箸を使わないようだったが、俺の所へやって来て、一緒に箸で食うようになった。
「ハフハフ――おおっ、柔らかくて美味い野菜だな。 口の中で溶けるような、こんな野菜は初めて食べた」
「漬物にしても美味いがな。 しかし、あまり日持ちしないしなぁ。 冷蔵庫も無いし……」
野菜は一気に大量に取れる事があるので、保存に困るな。
トマトなどは全部煮てしまい、保存缶に入れて魔法で中の空気を抜けば、結構保つが――。
氷室でも作ってみるか?
土に穴を掘った中に石を組んで、それを魔法で冷却すれば、1ヶ月ぐらいはなんとかなるんじゃね?
面白そうだから、今度作ってみようか。
「ふぅ、暑い!」
「暑いわぇ」
鍋を食べたフェイフェイが、汗だくになって、アーマーを脱ぎ始めた。
汗に濡れる、浅黒い肌が――う~ん、エロ過ぎる。
サクラコも、胸を開けているのだが、着崩した着物も堪らん。
いや、目のやり場に困る。
「寒い時に食えば、もっと美味いんだがな。 魔法で部屋を冷却してみるか。 精霊で風を起こせばもっと涼しいかも」
「やってみよう」
魔法で部屋を冷却すると、フェイフェイの精霊魔法で小さな旋風が部屋の中を回る。
「ほう、涼しいわぇ」
「おおお、涼しい。 こりゃ、天然のクーラーだな」
俺は、襟口を摘まんでパタパタすると、胸に涼しい空気を送り込む。
「「くーらー?」」
「部屋を冷やすカラクリだよ。 ここじゃ、ちょっと実現は難しそうだが……」
午後は、ベーコンとジャーキー作りに専念。
出来上がったジャーキーは、ステラさんに差し入れた。
「ありがとうぉ! これが食べたかったのよぉ」
ステラさんにしては、珍しく素直な返答。 こう素直だと、何か企らんでいるのかと勘ぐってしまう。
だが戦の間、干し肉を見ると、俺のジャーキーを食いたいと言っていたからな。
とりあえず、食い物を与えておけば、襲撃は避けられるし――まぁ、それでも、油断出来ないが。
晩飯は、出来上がったベーコンを使って、早速ベーコンエッグを作って皆で夕食を取る。
豚以外のベーコンも、こりゃまた美味い。 ただ、脂身は少ないので、元世界のベーコンのギトギトさを期待すると、肩透かしを食らう。
フェイフェイの狩ってきてくれた肉だが、あっという間に食べ尽くして無くなりそうだ。
------◇◇◇------
――数日後。
工房の裏に穴を掘って氷室の試作中に、殿下に呼び出しを受ける。
殿下の執務室に訪れると、以前に比べて落ち着いたとは言え、机の上には決済待ち書類が山積みだ。
「殿下、ショウがまかりこしました」
「うむ――其方に、工作師達に帝国から鹵獲した武器の説明をしてもらいたいのだ」
ファーレーンは、200丁近いパーカッション式の先込め銃を、帝国軍から鹵獲している。
工作師は、それがどういう物なのか、詳しく知りたいらしい。
師匠達が落とした、国境に掛かっていた橋も修復が進んでおり、その近くに放置されたままの青銅で作られた攻城砲の運搬も計画されている。
あれはさすがに巨大過ぎて、漁り屋共も、手が出せなかったようだ。
早速、銃の説明するための小道具を作ることにする。
口で説明するよりは、模型でもあった方が解りやすいだろう。
――後日、工作師達をお城の中庭に集めて、銃の説明会が行われた。
参加したのは、俺と殿下、そして工作師の親方のラジルさんとラルク、そして数人の高弟達だ。
銃の試作は俺とナナミで極秘でやっていたが、迫撃砲の火薬を作る作業の方を優先していたので、進んではいなかった。
だが、帝国が銃と火薬を完成させて、実戦に投入して目撃者も多数いる。
最早、隠す必要も無くなってしまった。
「これが、帝国が実戦に投入した、銃とか鉄砲と呼ばれる物です。 実は、私も試作をしていたのですが、彼等に先を越されてしまいました」
ラジルさんには、迫撃砲と似たような火薬を使う携帯兵器を作っていると、前に軽く話していた。
「これが、そうなのですか……殿下はご存知だったのですかな?」
「勿論です」
口で説明するよりは、試射をしてみることに。
畑に棒を突き刺し、そこに使い古しの鎧をセットする。 そして、銃を手に取り、銃口から火薬を入れて、続いて鉛の球を押し込める。
火薬も帝国から接収された物だが、前線に投入された物は、殆どがステラさんが大魔法を使った際に誘爆してしまった。
最後に雷管をセットするのだが――銃身の後部に穴の開いた突起があり、ここにそれを被せれば発射準備完了だ。
この世界の雷管は火薬等ではなくて、真鍮製のキャップに火石が入れられているのだが――。
雷管に使うショックに敏感な火薬は合成するのが難しくて、この火石という便利な物質が無ければ、しばらくはマッチロック――火縄銃の時代が続いたと思われる。
「それでは、撃ってみましょう」
俺は、銃を構えると、ハンマーを起こした。
そして、狙いを定め、トリガーを引く指に力を込める――ハンマーが落ちると、凄まじい轟音と、白い煙が立ち込める。
一連の動作によって、10m程離れた鎧は凹み、穴が開いていた。
近くにいた工作師達は、轟音に耳を塞ぎ、目を皿のようにしていた。
何人かは、後退りをして尻餅をついている。
「すげぇ……」
「こ、これが、戦で使われたのでございますか?」
ラジルさんも驚きの表情だ。
「そうです。 幸い、効果的な運用がなされていなかったようで、被害は少なかったのですが」
「しかしこれは、魔法ではありませんよね。 女子供でもこれを持てば、鎧に穴を穿つ事が可能という事ですよね」
「その通りだよ、ラルク」
工作師達は顔を見合わせると、腕を組んだまま唸ってしまった。
「しかし、実際に戦場に投入されてしまいました。 他国に渡った物もあるでしょうし、火薬の資料を手に入れて、錬成してくる国もあるかもしれません」
「それでは、我々はその先を行かないと、勝ち目が無くなるという事ですね」
俺は、竹で試作した後装銃の模型を皆の前に示した。
「この銃の次世代型がこれです。 先程、発砲した銃は銃口から火薬を入れましたが、コイツは、最初から火薬と弾が金属製の筒の中に入っています。 そして――弾の後ろには火石を使った雷管というものが装着されています」
工作師の皆に、竹で模倣した弾のサンプルを見せる。
「ほう、なるほど……ケツを叩くと、火が着くわけだ」
銃身に見立てた竹の筒に弾を入れて、後装式の中折れ銃を説明する。
「発砲が終わったら、空になった筒を抜いて、新しい弾を入れれば、連続して発射出来るようになる――と、これの実用化を目指して頂きたい」
黒板にも、図を描いて説明をする。
だが、これを作るには大きな問題があるのだが――ラルクが、その問題に気がついた。
「これを作るためには、筒の直径も、弾の直径も寸分違わず、同じ物でないといけないのでは? ショウ様が、いつも口にされていた事ですよね」
「そうだよ、ラルク。 国が定めた単位を制定して、それに基づき、どこの工房でも皆で同じ寸法の物を作る。 弾も共有出来るし、部品も共有出来る――それが理想です」
「う~む……これじゃ、ものづくりを根底から変える必要も出てくるかもしれねぇ……」
しかし、これが作れない事には、更に高度なボルトアクション式の銃などは、望むべくもない。
「現場にいる工作師の方々の判断にお任せいたしますが、より高度な物を大量に作るとなると、単位の統一は通らなければならない道です」
工作師が皆で考えこんでしまったが、ラルクだけは少々違う。
以前から、単位の統一の事について、俺と議論を交わしていたからだ。
「ショウ様、この銃という物の効果的な運用方法というのは、どのような物なのでしょう?」
「う~ん、俺も戦術の専門家ではないからなぁ。 一番効果的なのは、地面に穴を掘って隠れ、突進してくる騎馬隊をなるべく引きつけて、斉射――かな?」
塹壕に潜っている敵を騎馬で攻めるのは難しいはず。
俺も、帝国が塹壕戦などを仕掛けてきたら、騎士団の突撃等を控えるように、殿下に進言しなければならなかった。
「これが、200丁あったという事は、それだけで瞬時に200人の騎士を屠れるという事ですよね」
「そうだ」
「戦が根本から、ひっくり返ってしまうのでは……魔法は撃つ回数に限りがありますが、これなら、この火薬という粉さえあればいくらでも撃てる」
「妾も――事前に、銃の事をショウから聞かされておったので、対処する事が出来たのだ。 全く知らなかったのであれば、犠牲者は増えたかもしれぬ」
帝国は、銃を攻撃のために使ったが、これを最初から防御のために使われたら、ファーレーンも苦戦を強いられていただろう。
塹壕戦もそうだが、俺が帝都に入った時に恐れていた――民家に狙撃兵を配置しての、民間人を生きた盾にしたゲリラ戦である。
そうなれば、ファーレーンが対処に手間取っている内に帝国貴族に逃げられて、今回のような一掃劇はありえなかったはず。
その結果、戦も長引いただろうし――国力に差があるファーレーンは、もっと厳しい戦いを強いられる事になったと思われる。
かくして、ファーレーンでの銃器の研究が開始されたが、帝都から引き抜いたドワーフの中には銃の製造に携わった者もいるので、火器の研究は足早に進むだろうと思われる。
帝都の工作師より、ファーレーンの方が技術力は高いはずなので、製作自体には問題はないと思うが――問題は、やはり単位の統一だ。
まぁ、そこら辺は、俺が口を出せる立場ではないので、殿下と彼等の判断に任せるよりは無いだろう。
それに、火薬――硝酸カリウムの生産にも改良が必要だろう。
パズズは製法を秘匿したまま、どうやって大量の火薬を作ったのか? 今のところ、謎だ。
帝都から持ってきた、彼の研究資料に何かヒントがあるのかもしれない。
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工作師への銃の説明が終わったので、氷室の製作に戻る。
半地下を掘って、横にトンネルを伸ばし中に石を組めば完成――のつもりだったのだが、すぐに崩れてしまい上手くいかない。
考えた末、地面を掘り起こした状態で、石をアーチ型に組んだ後、再び埋め戻して完成させた。
石は石屋で購入した物。 石窯等に使う物が加工されて売っているので、それを利用した。
それ故、完成した石組は――見た目、ピザ窯に似ているかもしれない。
中に板を敷いて、回りの石組みに乾燥の魔法と、冷却の魔法を掛けると、ひんやりと中が涼しくなる。
これなら、以前作った保存瓶よりは、保存期間が延ばせるだろう。
試したところ、一度冷却をすれば、1週間程は冷たい状態を維持できるようだ。
本格的に、冷蔵庫として利用できるレベルである。
しばらく使ってみない事には解らないが、中にカビが生じるようであれば、周りの土にも乾燥の魔法を掛けた方が良いかもしれないな。
ただ、今回の戦のように長時間留守にするようなら、中身を出して開放した方が良いだろう。
中で食品が腐ってしまうと、使用不可能になってしまうに違いない。
氷室が一応完成したので、畑の手入れをする。
帝都から、持ってきたスプリンクラーを、櫓の上の水タンクに繋げているので、水やりも自動で出来るようになった。
ゴム製のホースも一緒に持ってきたが、これってどのぐらい保つんだろうな? 実家にあったホースは10年ぐらい使ってたから、そのぐらいは平気なのか?
水やりは文明の利器が投入できたが、しかし、草取りは手作業だ。
成長促進の魔法があるので、理を反転させた植物を枯らす魔法もあるのだが、一々魔法を掛けるより引っこ抜いた方が早い。
広域に魔法を掛けると、畑の作物まで枯れてしまうからな。 意外と、扱いが難しい。
元世界では、トマトの受粉等にトマト○ーンとかいう薬品を使っていたが、ここには虫も沢山いるので、自然受粉で十分だ。
中庭の奥に作ったゴムの木林に、いつの間にか虫が住み着き、虫には困っていない。
トマトが豊作だったので、夕飯はトマト料理にしよう。
まずはシンプルに、トマトの皮を剥いて切った物。 たまり醤油か岩塩を掛けて食う。
トマトの皮は、魔法で表面を少し加熱すると、ツルリと剥ける。
そして、元世界で定番料理の、卵とトマトの炒めもの――岩塩と隠し味に昆布だしを少々。
次に、野菜とトマト、肉の炒めもの。 味付けは醤油と昆布だしを少々。
最後は、皮を剥いたトマトをぶつ切りにして、玉ねぎのみじん切りと和えて、ドレッシングを掛ける。
ドレッシングは、植物油とリンゴ酢、スパイスと岩塩、味醂を少々。
夕飯に、皆が集まってトマト料理の試食会になった。
「熱! あち! あち! あ~もう、口の中、火傷したぁ!」
ステラさんがバタバタしているが、加熱したトマトからは熱い汁が出てくるので、それだろう。
「それは、私のせいじゃありませんよ」
「騒々しいエルフめ。 黙って食えないのか」
そう言うフェイフェイも、トマトを食べてかなり熱かったらしく、口の中をモゴモゴして、ぶどう酒を飲んでいる。
「この赤いのってもっと小さくなかった?」
「えっ? ステラさん、この赤い野菜って知ってたんですか?」
「えっ? 野菜なの? 森の奥になっている木の実でしょ?」
どうやら、ステラさんは森の中のトマトを知っていたようだ。
知ってはいたが、栽培等を試みていなかったようだな。 そもそも、エルフって畑作をするのか? そんな話は聞いたことが無い。
「木を大きくしないで、小さいままで育てると、実が大きくなるんですよ」
「へぇ~」
「これが、ヒドラを仕留めた時に、採ってきた赤い実か。 あれが、こんなに美味い料理になるとは。 やはり、お前は凄い」
「ふふふフェイフェイ、あんまり褒めても、何も出ないぜ」
「いや、これだけの料理を出す店が、このファーレーンにあると言うのか?」
フェイフェイは褒めまくっているが、城下町の料理も徐々に変わって来ている――いや、俺がこの世界にやってきた時に比べたらかなり変わった。
焼いた肉と塩だけだったのに、いろんな料理が増えた。 少々元世界と違うがシチューもあるし、カレーもある。
パンに具を挟んだ、惣菜パンも売っている。 形は少々違うが、豆腐も浸透してきている。
かなり、食生活は豊かになったように見える。
逆に浸透していない物もある――例えば、味噌だ。
作り方を教えたりしたのだが、イマイチ評判がよろしくない。 作り方が難しいのか、はたまた風味の問題であろうか。
味噌味の料理を食べさせると美味いと言うのだが……。
それから、麺類もダメだな。
どうも長い麺類は、虫を想像させるらしく、この世界で大事にされている神獣を食しているような気分になり、精神上宜しくないらしい。
俺が帝国から持ってきた白菜やトマトなどの野菜の栽培も広がり――もちろん、ニンニクや唐辛子なども、栽培の簡単なスパイスとして利用されている。
この世界にあるチェネーロという辛い香辛料は、とにかく辛くて扱いが難しいので、適度な辛みの唐辛子は色々と都合が良いようだ。
ニンニクも精力が付くとして、安価な薬代わりとして人気がある。
この世界で香辛料臭いのは獣人だけだったが、普通の人間までニンニク臭くなってしまったのには、ちょっと困ったが。
広まった野菜で大人気なのは、トマトだ。
栽培が簡単だし、森からちょっと離れた乾燥した土地でもよく育つ。
甘くて、そのまま食べても美味いし、果実としても野菜としても使える。
これで、人気が出ないはずがない。
ただ、白菜などはF1種から採取した種なので、形が歪だったり変な成長をしたり、形態が様々だ。
大きく形の良い個体からの種の採取を優先すれば、徐々に固定化出来る物と思われる。
俺たちの話をよそに――師匠は、相変わらず黙々と食べているが、今日の料理は見た目にもほぼ野菜しか使っていない。
それ故、材料にゲテモノの心配は無く、安心して食べているようだ。
「しかしのう、こんなに美味くて、味付けの濃い物を毎日食べていたら身体に悪くないかぇ?」
サクラコが要らぬ心配をしているが、彼女の話にも一理ある。
でも、俺の料理は、元世界のコンビニ弁当等に比べたら、かなり薄味だと思うんだが。
「いや、皇族の屋敷で料理も食べたけど、薄味過ぎてなぁ――確かに身体には良いかもしれないが、やっぱり、美味いものを食わないと、幸せになれないと思うんだよ。 まぁ、美食で命落とすやつもいるから、程々だけどな。 丸々と肥った貴族達が健康には見えないし」
江戸時代の将軍様も、健康の為に油抜きすぎて、料理がパサパサみたいな話があったような……。
それで、普通に焼いたサンマを食って感激したとか――落語の目黒のさんまだっけ? 実話かどうかは不明だけどな。
少し皆で飯を食いながら、雑談をしていたのだが、サクラコの箸が進まない。
「サクラコ、口に合わなかったか?」
「いや、そんな事はないわぇ……」
「何か心配ごとか?」
「里心付いたなら、帝都に帰ればぁ?」
ステラさんの煽りは無視。
「妾の部屋から見ていたが、あの恐ろしい兵器が、この世界に蔓延するのかぇ?」
彼女は、中庭でやっていた銃の試射を見ていたようだ。
実際に戦で使われたのも見ているしな。
「さてねぇ。 どこかの国が作っていると困るから、ファーレーンでも作るけど。 帝国が大人しくなれば、他国を侵略しようなんて考える国は無いと思うが?」
「しかし、あれだけの兵器を兵士に持たせれば、皆が魔導師と同じではないかぇ」
誰もが、魔導師と同じ破壊力を持つ力を得てしまうのだから、サクラコが危惧の念を抱くのも当然だ。
「まぁ、そうだなぁ。 力を持てば使いたくなるのが、人間の心情かぁ。 でも、そのためにも、抑止力として戦力が必要になるな。 そうすると、皆が兵器を持つことになるから、結局蔓延する事になるかな」
「そうかぇ……其方が居た異世界では、どうなっていたのだぇ?」
「ああ――もっと凄い兵器がわんさかさ。 強力な兵器を積んだ、海に浮かぶ鋼鉄の巨大な船。 地を走る鋼鉄製の兵器を積んだ車、ドラゴンのように空を飛ぶ鋼鉄製の鳥。 もう、よりどりみどり」
「まるで、我々の故郷を滅ぼした、エルフの所業と同じだな」
フェイフェイの全くもって言う通りなのだが。
「まぁね、いつ滅んでもおかしくはない感じだったよ。 実際に危なかった時もあったし。 でも、聖地の門が繋がった時には、まだ滅んでなかったようだけどね」
第三次世界大戦は、まだ起きていないようだったな。
しばらく留まって情報収集出来れば良かったのだが、1時間程しか門が維持出来ないんじゃ、ウロウロしてたら向こうの世界に取り残される可能性もあった。
それに、今の俺が元世界に戻ったとしても、普通に生きていく自信が無い……。
「其方の国でも、あのような火を噴く兵器が沢山あったのかぇ?」
「俺の国は平和だったからなぁ。 軍隊以外に、あの手の兵器の心配は無かったよ。 でも、国によっては、文字通り国民に蔓延していて、年間で3万人ぐらい死んでたし」
「3万といえば、小国並の人数ではないかぇ」
「そういう国は、人口が3億とか4億とかいるから3万人ぐらい死んでも、どうって事ないんだよ。 増える方が多いし」
「狂気の沙汰じゃな……」
この世界は無法地帯だが、病気や戦以外で、大量の人が死ぬことは意外と少ないからな。
一番危険なのは、野盗の類だが、すぐに討伐される事も多いし。
だが、サクラコの心配も、もっともだ。 殿下だって心配はしている。
俺だって、正直――戦はもう勘弁してくれと思う。
戦争が始まってしまえば、何も出来ないしな。
早く鉄道を完成させて、海の街アルスダット辺りから、海産物の輸入をしたいぜ。
アルスダット近くにある丘に堆積している鳥の糞も、これから肥料として使うために重要な商品となるしな。
ゆくゆくは、炭鉱――魔女の穴――鳥の糞のある、アルフォーチュン丘陵――アルスダット――ファルキシム――ファーレーン――と、鉄道を環状線にしたい。
そうすれば、アルマイネ辺境――海岸沿いも、かなり開拓されるだろう。
戦争なんかより、やる事が沢山あるし、そっちの方がずっと楽しそうだろ?
しかし、不本意ながら始めた火器開発だったが、まさか帝国に元世界へ繋がる穴があって、ゴールドみたいな奴がいるとは思わなかったな。
結果、火器開発が正解だったわけだが……。
パズズの資料もそうだが、ゴールドが残したノートPCも使えるようにして、中を調べてみる必要があるかもな。