154話 そして戻った、平和な生活
図書館の設置が終わって――約1ヶ月後。
主計科の仕事も、まだ残ってはいるが、やっと通常業務レベルになったので――近隣諸国の重鎮を招いて、戦勝祝賀会が行われた。
お城では祝賀会だが、城下町では飲めや歌えやの、お祭り騒ぎが行われている。
隣国のファルキシムやファルタス等の本当に近場にしか声を掛けていなかったようなのだが、意外と遠方の国からも客が訪れた。
遠方の国となると、事前に電信による連絡を送っているとはいえ――招待状の手紙が届くのに1週間、そしてやって来るのに1週間、帰るのに1週間と大変な時間を要する事になる。
それでも、今後この世界の中心がファーレーンになるのは明白で、少しでも顔を売っておきたいという、各国の思惑があるのだろう。
各国から集まった重鎮と、近隣諸国から集まった来訪者――特に隣国のファルキシムからは多数の住民が訪れ、祭りで大騒ぎをしていた。
それが、3日3晩続いた、4日目の朝――霧の中の街のアチラコチラに、死体のように眠る住民の姿が……。
龍勢を打ち上げた祭りの時も酷かったが、今回はそれ以上だ。
本当に遊び疲れて死んでるんじゃないかと、心配になってしまうのだが、このぐらいで、くたばるようなヤワな奴らではない。
こんな有り様で、5ヶ月後の戴冠式&婚礼の儀には、いったいどうなってしまうのだろうかと、ちょっと心配になってしまう。
祝賀会に集まった王侯貴族達の顔も明るかったが、少々暗い顔だったのが、海辺の国アルスダットの面々だ。
国が帝国によって略奪され荒らされたのに、王侯貴族が逃げてしまっていたからな。
隣国のファルタスも同様だったのだが、王女のミルーナが民の仇を討ったとして、ミルーナの人気が急上昇中だ。
お子様が生まれたら、是非ファルタスの国王に――なんて話も聞こえてくるが、それはちょっと無理な相談だ。
何と言っても、生まれてくる子供は、フィラーゼ公爵の跡取りだからな。
この戦勝祝賀会で、戦での戦果が認められて、フィラーゼ候爵は昇爵して公爵になられた。
満場一致、文句の付けようもないので、他の貴族達は苦虫を噛んだような顔をしている。
さらに半年後、隣国の王女との婚礼を控えて、それに出席しなければならないヘナチョコ貴族連中の心中は幾ばくか。
いや、ヘナチョコと言っては言い過ぎか。 奴らは普通の貴族なのだが、この公爵様の能力が、ずば抜けているのだ。
まぁ、諦めろ。 世の中には、どうやっても敵わないって奴がいるのだ。
この国で何の因果か、この俺が英雄と呼ばれるようになってしまったが、もし俺がいなければ、公爵様――彼が英雄と呼ばれてもおかしくはないのだから。
戦の勝利と祭りに浮かれている城下町ではあるが、忙しい連中もいる。
帝都からの戦利品を運んでいる、商人たちと護衛の騎士団だ。
先立って運搬されているのは、帝国貴族達が貯めこんでいた、金銀財宝――そして、巨大な蛍石だ。
皇宮の奥深くに長年鎮座していた、人の大きさ程もある帝国の富の象徴が、初めて帝都から運びだされて、ファーレーンに向かっている。
帝国にデカい蛍石があるとは話には聞いていたが、夜に光らせたりはしていなかったな。
帝国に滞在中にも、その光を見ることはなかったのだが――その理由が後日明らかになった。
巨大なそれがやってきた日、殿下は大喜びで東塔の上に設置させた。
――そして、夜が来ると、当然の如く眩い光を放ち始める。
その明るさは、今までファーレーンにあった蛍石とは比べ物にならず――あまりの明るさに、住民からの苦情が殺到。
それは、たった1晩で撤去されてしまった。 そして今は、暗いお城の地下室に置かれている。
まさに、過ぎたるは及ばざるが如し……帝国も同じような理由で、石を皇宮の奥へ仕舞っていたに違いない。
現在、我が国に運び込まれている金銀財宝は、帝国の景気が良い時に貯めこまれた物――故に質が良い。 潰して金貨に鋳造しなおせば、そのまま使える。
だが、市中に出回っている帝国金貨は混ぜ物が多く、鋳造し直す手間が掛かり過ぎるために、後回しにされているのが現状だ。
それに、質が悪いとはいえ、帝国内で金貨が不足すると、経済が回らなくなる可能性が高い。
無理をして取り立てる必要は無い――ファーレーンの傀儡と化した帝国の経済を立て直してから、ゆっくりと取り立てれば良いのだ。
破綻されて破産してしまっては元も子もなく、後々面倒になるだけだ。 賠償金の支払いが遅れれば、利子も取れるしな。
今、ファーレーンは好景気に沸いている。
戦の任期満了金や報奨金、弔慰金等を大量に支払ったために、その金が城下町へ回り始めたのだ。
特に獣人達は、貯蓄をしない者が殆どで、入ってきた金をすぐに使ってしまう。
そして、景気が良くなれば、他の国からの流入も増え――多いのは、帝国の大本営発表に騙されていた帝国からの流入者である。
やっぱり、帝国が言っていたのは嘘だったと、国に見切りを付けて流れてきている者が多い。
だが、自分の家や土地を処分してまで、ファーレーンへやって来る者は今のところ少ない。
こういう場合、真っ先に流れてくるのが、何も持たない人々――つまり貧困層なのだ。
光り輝くファーレーンの影とも言える、新たな貧民街が城下町の周りにポツポツとでき始めている。
順風満帆のファーレーンだが、この1ヶ月の間に、ちょっと気になる出来事があった。
帝都から、仲間の遺体を運んできたエルフ達が、俺が修行する際に利用していた滝の近くに住み着き始めたのだ。
森は豊かだし、滝があって水も豊富ということで、環境も良かったのだろう。
200人程が森の中に点在して、村を作り始めたらしい。
エルフの村は、固まって集団では生活しない。 隣家とは、ある程度距離を置いて、少々広い範囲に散らばって暮らすのが普通のようだ。
例外は、以前ステラさんから聞いた――子供が生まれた時だ。 その時だけは、子供の面倒を見るために、集団で暮らすらしい。
もちろん、それ――エルフの村に大反対したのが師匠。
だが、師匠の話を聞くようなエルフ達ではない、ステラさんも彼女を華麗にスルー。
師匠は金が出来たら、家をもっと森の奥地へ移築すると憤慨している。
「師匠、それなら崖の上に家を建てたらどうでしょう」
「そんな事ができるはずないでしょう」
まぁ、そりゃそうか。 デカいクレーンもウインチもないからな。
やってできないことはないだろうが、莫大な金がかかりそう。
――とは言え、エルフ達がいない森の奥に家を移築するのも、かなり金が掛かりそうなもんだが。
金と言えば、森に住み始めたエルフ達の金は何処から出ているのであろうか?
元々、能力がある種族故に仕事には困らない、蓄えもあるのかもしれないが、いきなり着の身着のままでやって来て住み着くとは。
それに、いままで暮らしていた村は? 謎が多すぎるし、そして誰もエルフがどういう生活をしているのかも知らない。
エルフの村には、エルフ以外は入る事が出来ないからだ。
ダークエルフの村には訪れている商人もいたが、エルフの村に商人が訪問しているという話も聞いた事が無い。
全く、謎に包まれている。
やはり以前、俺が推測した通りに、ステラさんから資金が流れているのだろうか?
まぁ、全く興味は無いのだが……。
その森に住み着いたエルフ達の長老、ラテラ様が俺の工房を訪れた。
「一体今日は、どのようなご用件で?」
突然の訪問で、なにも用意してない。 パンケーキに生クリームとリンゴのコンポートの付け合わせをお出しした。
それをラテラ様が、美味しそうに頬張っている。
彼女が座っているテーブルが小さく見える、椅子も低いし窮屈そうだ。 そりゃ、こんな長身に合わせた作りになってないからな。
エルフの家ってのは、さぞかし天井が高いんだろう。
「とても、柔らかくて甘く、美味しい――私が、特に用事も無く訪れてはいけないのですか?」
「そんな事はありませんが、わざわざエルフの長老が、ご訪問するという事、何か大切なご用件かと」
「いいえ、普通の表敬訪問ですよ。 同胞の埋葬も済みましたし、ショウ様にお礼を兼ねて――ですけど」
「そうでしたか。 それで、あそこの森にエルフが村を構えたというのは、何故なのでしょう?」
「あそこは、精霊が濃くて良い森ですねぇ。 大きな滝もあり、上流には誰も住んでいないので、綺麗な水にも困りません」
なんだか、はぐらかそうにしているようにも見えるので、ちょっと突っ込んでみたくなる。
「それだけなのでしょうか?」
ラテラ様がスプーンを置くと、しばし考えていたが――その本当の理由を教えてくれた。
「私達が森に入って見つけたのは、累々とした同胞の亡骸でした……」
エルフ達は、精霊を使って探し物をする事が出来るからな。
要は、彼等が最期の地に選ぶぐらいに、あの周辺の環境が良いって事だろう。
「ええ? そんなに多くですか? 確かに、私が赤い実を採取したのも、あの奥地ではありましたが」
「やはり、そうでしたか」
「それでは――もしかして、そのエルフ達の聖地を守るために、村を構えたのでしょうか?」
「その通りです。 ファーレーンが大きくなるにつれ、森へ足を踏み入れる者が増えましょう」
なるほど、エルフ達の墓地への入り口を塞いで、侵入者を防ぐためか。
「それでは、殿下にお話しして、エルフの自治区として、立入禁止にしていただいた方が……」
「すでに、殿下にはお話をしてございます」
「まぁ、森にエルフがいると解れば、入る人間はいないと思うが」
エルフを怒らすと、何をされるか解らんからな。 ステラさんやフローを見ていれば、よく解る。
底意地悪く、徹底した嫌がらせ等を受ける。
2人だけが、あの性格ではないのだ。 エルフ全部があの性格だからな――だから、嫌われているんだが。
「それにしても、お菓子も美味しいし、窓は透明で光が差し込んで、部屋はとても明るいですし、別天地のようですね。 私もここに住もうかしら?」
「ステラさんとフローでエルフは間に合ってますので、勘弁願いたいですね」
「まぁ、酷い事をはっきりと仰るのねぇ。 あの2人と私と一緒にするなんてぇ……」
品を作って、困り顔の彼女なのだが。
――騙されるかよ。
もう、エルフは沢山だ。
「それはそうと、ウィルオーウィスプは捕獲出来ましたか? ちょうど、エルフの村が出来た辺りで、私もウィルオーウィスプを目撃してますよ」
「それが、中々上手くいかないんですよ。 あれは、魔法が通じないでしょ?」
「精霊を使って、居場所は解るのでしょ?」
「この辺りの精霊は、気まぐれみたいで……何かいい方法はありませんかしら?」
それに、ウィルオーウィスプは、魔法を無効化したり撹乱する能力があるらしいからな。
「それなら、ダークエルフに頼めば宜しいかと。 エルフ長老が頭を下げるとなれば、彼達も喜んで引き受けると思いますよ」
まぁ、ほんの冗談だったつもりなのだが……。
「それは、面白いですねぇ」
その場が、凍りついた。
ラテラ様の顔は笑ったままなのだが、殺気が半端無い――師匠のは黒いモヤモヤだが、彼女のそれは青白く見えるような気がする。
まるで、蛇に睨まれたカエルだぜ。 背中に汗が走る。
しまったぁぁ! 地雷だぁ!
「失礼いたしました。 冗談が過ぎました、申し訳ございません」
「あら、良いのですよ。 ホホホ」
やはり、目は笑っていない。
クソ、要らない冗談を言った俺も悪いが――やっぱりエルフはもう沢山だ。
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――次の日。
殿下の執務室でラテラ様についての話を聞く。
「それじゃ、本気でラテラ様は、お城に住みたいと言っていたのか……」
「妾も冗談だと思うておったのだがな」
「それで殿下は、どのようにお答えになったので?」
「丁重にお断りした」
まぁ、当然だなぁ。 これ以上、エルフはマジでイラネ。
それでなくても、街にチラホラとエルフの姿が見えるようになり、俺の姿を見かけると、馴れ馴れしく寄ってくるのだ。
彼等の間では――既に俺はマブダチらしい……マジで勘弁してくれよ。
工房に帰ってきて、俺の畑を見る。
図書館の仕事が終わった後、帝都から持ってきた稲を植えていたのだ。
稲の他に、帝都から持ってきた白菜、唐辛子、ニンニクも順調に育っている。
実家で市販のニンニクを、そのまま植えた事があったのだが、芽が出なかったんだよなぁ。
そういう処理をしてあるのだろうか?
稲を植えている畑の畝は2本で、作付数はそんなに多くはない。
帝都に倣って水田は作らずに、陸稲で栽培しているが、そもそもそういう種類の可能性もある。
この世界で水田を作るのは大変そうだが、陸稲で栽培出来るのであれば、農家に生産を委託してもよいだろう。
成長促進魔法を使ったので、背の高い稲はすでに枯れて、黄金色の穂が垂れているが、元世界の稲のように沢山実るタイプではないようだ。
イメージ的にはススキに似ているだろうか。 だが、これは稲だ。
急ごしらえで、竹を割って刃を作り、千歯こきを製作。 そして、簡単に脱穀。
とりあえずだから、こんなもんで良いだろう。
足踏み脱穀機も生産されているが、それを買うほどではないな。
これをさらに種籾として保存する必要があるので、1食分程しかないのは仕方ない。 後々、増えていくのだから、最初は我慢だ。
とりあえず食ってみない事には、どんな物か判断が出来ないからな。
あまりに不味かったら、栽培する意味が無いし。
「何をしておるのじゃ」
脱穀作業をしているとサクラコが、離から出てきた。
「米を食うんだよ」
「本当に食べるのかぇ?」
なにやら、サクラコは不安げな顔をしている。 バチでも当たるとか考えているのだろうか?
「何を心配しているのか解らんが、大丈夫だって。 麦と変わらんだろ?」
「そうじゃが……」
笊に入れてゴミを飛ばし、水車を回して石臼で籾摺り。 最後は杵で突いて、精米。
精米機が欲しいところだが、仕組みが解らん。 実家の隣の農家が、自前の精米機を持っていたが、借りるだけで中身がどうなっていたか見たことは無いからな。
稲作農家は、籾のまま米を保存して、食べる分だけ精米する。 そうしたほうが、保存が利いて味も良いからだ。
農家と戸別に契約すれば、そういう精米したての米を送ってくれる。
金を持っていて、美味しい米に拘ると言うのであれば、このぐらいはやってほしいがな。
だが、精米したての米であれば、なんでも美味いというわけでもない。
同じ品種の米でも、農家に寄ってバラつきが凄く――これは、他の農作物も同じだ。
スーパーで売っているような袋詰は、多くの農家から集めた米を混ぜているので、味が均一化されているが――。
米に限らず、農作物を農家から直接購入すると、同じ品種でも味の違いに驚く事も多い。
それは、土地のせいなのか、それとも栽培方法に違いがあるのかは不明なのだが。
話が逸れたが――出来上がったのは、5合ぐらいの米。
よく見ると、少々形が長い。 元世界のような短粒種じゃないのか?
なにはともあれ、とりあえず食ってみよう。
30分水に漬けて、念入りに米を研いだ後、鍋で5合程の米を全部炊いてみる。
この1ヶ月の間に、メタンガス発生槽は再び使えるようにしておいたので、ガスコンロが使えるようになった。
コンロは微妙な火力調整が出来るので、やっぱり料理には便利だ。
キャンプで、焚き火を使って飯を炊いた事もあるが、焦げばっかりになってしまう。
まぁ、それもまた美味いのだけれど。
火にかけた鍋からぶくぶくが出なくなったら、弱火にして10分放置すれば――。
「おおっ! 炊きあがったぜぇ! この世界に来てから2年半! 夢にまで見た米!」
白い砂浜には、蟹の穴が沢山開いている。
思わず、指で摘まんでパクリ! う~ん、美味くはないが、不味くもない。
あまりモチモチしてないし、甘みも足りない。 だが、これは米だ。
「随分と嬉しそうではないかぇ。 妾に抱きつかれてもそんな顔をせぬのに」
「そんな事はないさ」
「其方は、純血の巫女という存在を独り占めにしておるのじゃぞ? その価値を理解しておらぬ」
「それは解っているさ。 こんな可愛い女の子と一緒に暮らせて、俺は幸せだなぁ、ははは」
「その白々しい、乾いた笑いを止めるがよいわぇ」
サクラコは放っておいて――米といったら握り飯だな。 ちょっとパサついた米なので、握れるかどうか解らんが、とりあえずやってみよう。
そうだ、中身はどうしようか? おかかも無いし、梅干しもないし、昆布の佃煮? ――ちょっと手間がかかるだろう。
たらこもないし、シーチキンもないしな。 まさか、代用シーチキンの昆虫を今から捕まえに行くわけにもいくまい。
マヨネーズを作るのも面倒だ。
う~ん。
しばし悩んで、肉を味噌で甘辛に炒めた物を具にすることにした。
手を洗ってから、少々ご飯を取って握ってみる――おおっ、十分に固まる。 これはいける。
皿に岩塩を出して、再びご飯を取り――肉味噌を入れて、塩を振りながら形を丸く整える。
「やったぜ! これで、海苔があればパーペキなんだがなぁ」
もしかして、海で探せば海苔と同じ種類があるかもな。 この世界で食われてないだけで。
一口食う。
「う、美味い! 美味くはないが、美味い!」
何故か、自然に涙が零れ落ちる。
「美味いのか、不味いのか? わけが解らんわぇ。 なぜ泣くのじゃ」
「郷愁……かな?」
「故郷の味か?」
「そうだな」
もう一つ握り、サクラコにも食べさせてみる。 恐る恐る口に運ぶ彼女であったが――。
「中々、美味いな。 こんなに美味いものだとは、もっと早く食べれば良かったわぇ」
サクラコは美味いと言うが、米に関しては俺の舌が肥えているのだろう。 正直、元世界の米と比べたら、味はイマイチだ。
「モチモチ感を出すために、粟を混ぜてみるか。 いっそ、麦も混ぜて、3穀米にしたほうが美味いかもしれない」
残りのご飯はどうしようか? ちょっとパサパサ系だから、炒飯か――いや、炒飯風ドライカレーにしてみるか。
炊きあがって、まだ湯気が出ているご飯を、魔法で冷やす。 炒飯にするなら冷や飯の方が良い。
肉の細切れと、野菜の細切れを用意。
フライパンに油をたっぷり入れて加熱。 煙が出たらご飯を投入して炒め、肉と野菜、昆布ダシと塩も投入。
火が通ったら、余分な油を飛ばす。 油を飛ばすには、普通は鍋を振るが――俺は魔法を使う。
物凄い煙が出るので、外へフライパンを持って行き、魔法で加熱すると炒飯から真っ白い煙が舞い上がる。
白い煙が余分な油で、これが残っていると、パラパラにならない。
このまま炒飯で食っても良いが、ここにカレー用に作ったスパイスを投入して、更に少々炒めて出来上がり。
相変わらず色が真っ赤で、地獄のような光景なのだが、味はカレーだ。
ここに、魔法で加熱した半熟卵を乗せる。 これで、最終的に完成だ!
「さて、サクラコ、食おうぜ」
「なにやら不気味な……」
「カレーだぞ? いつも食っているだろ? こうやって、卵を潰して、混ぜて食うんだ」
「うむ……」
うん、美味い。 ご飯がパサパサのせいか、やっぱり炒飯系と合うな。
サクラコは、一心不乱に黙々と食べているから、美味いんだろう。
彼女がカレーを食っているのを眺めていると、ドアが開く。
「カレーの匂いがするにゃ……」
「おお、ニムか。 カレー食うか? ちょっと、いつもと違うカレーだけど」
「ふにゃー! 食うにゃ!」
ニムにドライカレーを出すと、ガツガツと大口で、かき込んでいるのだが――そんな食い方だとあっという間になくなるじゃないか。
それもそのはず、仕事サボって飯を食ってるんだから、急いでるわけだ。
「美味いにゃー! こういうカレーもあるのかにゃ!」
口の回りに、ご飯を付けながらニムが叫ぶが、炒飯風ドライカレーは彼女に出した分で、終了だ。
「肉や野菜の炒めものに少々カレーの香辛料を入れても美味いぞ」
これだけ食えるなら、稲の作付を増やしてもOKだな。 魔法を使えば、1ヶ月程で収穫出来るし、稲は輪作障害も無いし。
「ニム、オニャンコポンのカレー計画は、進んでるか?」
「母ちゃんが、農家に香辛料を作ってもらう事になったにゃ」
結構、順調に進んでるようだが。 スパイスを自前で用意出来れば、単価を下げられるからな。
スパイスは、商人から買うと凄く高いし。
獣人達は、スパイス料理が大好きで、普段の料理でも結構使うし、自前で用意出来るに越したことはないだろう。
それに、スパイスが沢山、安価に手に入るなら、俺も欲しい。
契約の際には、俺の名前を出して良いと、ニニには言ってある。
商売取引には信用がモノを言うからな。 金の勘定が出来ない獣人が、商売や取引をするなんて、滅多にない事だし。
相手側にも少々不安があるだろう。 そこで、俺が裏書をしているわけだ。
ニニには世話になっているし、このぐらいしてもバチは当たらん。
ドライカレーを平らげた後、ニムは仕事に戻っていった。
随分と早い夕食になってしまったが、次の収穫まで米は無いので、麦粟ご飯を炊くとするか。
俺が一人でご飯を炊いていると、師匠とステラさんがやって来た。
「この匂い、カレーでしょ? 私も食べるぅ」
「まだ、出来上がってませんよ。 それに、カレーだとステラさんが辛いとか文句が酷いじゃないですか」
「だって、辛いんだもん……辛くないの作ってぇ」
「辛くないカレーって、カレーの価値が無いような……」
そんな事を言いつつ、ステラさん用のカレー粉は用意してある。
気に入った物を食わせないと、後で煩いからな。
サクラコ、ニムと一緒に食べた、炒飯風ドライカレーを師匠達にも作る。
師匠の分には、採れたての唐辛子を入れてみた。 この人は少々辛いの平気だからな。
「今日のはドロドロが掛かってないけど、これも美味しいねぇ」
ステラさんの分には辛味が殆ど入っていないが、彼女は満足そうだ。
師匠はいつもの如く、まじまじと観察しながら、変な物が入っていないかチェックをしている。
「ステラさん、ラテラ様が、お城に住みたいとか言い出しているんですけど」
「冗談でしょ?」
「いや、殿下にもお話がいったそうですよ。 丁重にお断りしたそうですが」
「あの、恥知らずめぇ。 目当ては、君だよ」
「俺ですか? 何が楽しゅうて」
「こんな面白そうな玩具他にないからぁ。 それに、ショウは私の物だからぁ!」
「違います」
すかさず否定しないと、認めた事になるんで、ここは注意しないとイカン。
ステラさんの食事シーンを見て、口寂しい俺も、ちょっとした小鉢を作る事にした。
人が食ってるシーンを見ると、食いたくなるもんだ。
戦で支給されて残った干し肉を使ってみるか……。
干し肉を叩いて、柔らかくしてからほぐして、負圧鍋に投入。 魔法で負圧を掛けて、塩抜きをする。
取り出して軽く絞ったら、森から採ってきた葉ワサビモドキを刻んで、昆布だしを少々、たまり醤油で和える。
ちょっと食べてみる――。
「おほっ! こいつは辛い!」
元世界の葉ワサビはこんなに辛くないが、これは辛いな。 鼻にツーンと抜けるが――でも美味いぞ。 酒の肴にピッタリだ。
まぁ、酒は飲まないけど……今日は、ちょっと飲むか。
小さなショットグラスに、俺の作った酒を少々。 そして、隣にコップに入ったチェイサーを置く。
ゆっくりと舐めるようにチビチビ飲んでいたら、ドライカレーをお代わりしていたステラさんが、俺の隙をみて小鉢までスプーン入れてきた。
「ちょっと!」
俺の止める間も無く、一口で放り込む――そして、数秒後。
「ああああああ!」
ステラさんが、天井を向けて大口を開けて叫ぶと、大粒の涙と鼻水が滝のように溢れだす――。
少しでも辛いのに、あんなに一気に食べたら辛いに決まっている。
「ステラさん、鼻を摘まんで、口で息を吸って」
「ハァハァ、ゲホッゲホッ!」
俺の言うとおりに鼻を摘まんでいる彼女だが、今度はむせたようだ。 忙しい人だ。
「このガキャ……ゲホッゲホッ!」
「何言ってるんですか、勝手に人の物を食べて」
「なんでも口にいれるからよ」
師匠の無慈悲なツッコミが入る。
「お前等、私に対する愛は無いのかぁ!」
ステラさんが叫ぶと、俺が飲んでいたショットグラスを一気に呷った。
「ちょっとステラさん!」
「ホォォォォォ! 口と喉ががァァァァァ! 火事ィィィぃ!」
そりゃ、彼女が飲んだのは、俺が消毒用に蒸留して作った、スピリタスばりの高濃度アルコールだからな。
だから、チェイサー付けて舐めるようにチビチビ飲んでたのに。
なんだか鼻水塗れになったステラさんが、俺に向かって罵詈雑言を吐いているんだが――。
そんなのシラネーヨ。
だが、こんなステラさんの無茶苦茶を見ていると、戦が終わって平和になったのだなぁ――とつくづく思うのだ。