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異世界で目指せ発明王(笑)  作者: 朝倉一二三
異世界へやって来た?!編
152/158

152話 凱旋


 俺達は3ヶ月ぶりに、ファーレーンに帰ることになった。

 帝都とファーレーンの間にある橋は落ちてしまっているので、少し遠回りになるがフェルミスター公爵領を通って、ファルタス領へ向かう――。

 そこから進路を北に取ると宿場街ミルタスを目指し、その後、国境沿いの橋が落ちた地点に到着。

 ミルタスに到着した俺達は、歓迎を受けた。 ミルタスは今回の帝国軍の侵攻進路から外れていたために、被害はなかったようだが、いつ帝国軍が雪崩れ込んでくるか、戦々恐々としていたらしい。

 1日の休息の後、ミルタスを出て――その2日後には、フィラーゼ候爵領に到着した。


 候爵領の領民達にも歓待されて、候爵様とミルーナ、そして候爵領騎士団の面々に別れを告げる。

 ミルーナの車に乗っていた師匠とステラさんは、殿下の馬車に乗り込んでお城へ向かう。


 まぁ、候爵様とは、後に行われる戦勝祝賀会で、またすぐに顔を合わせる事になると思うが……。

 俺がこの世界へやって来た事で、恩恵を受けてもっとも成り上がったのは、このフィラーゼ候爵だろう。

 今回の使役の後、公爵に昇爵するのは間違いなく――役無しの貧乏貴族の子爵から、公爵まで成り上がり、隣国の美しい王女様までめとったのだから、まさに絵に描いたようなサクセスストーリー。


 ファーレーンでの人気も益々高まるだろう。 このまま、物語になってもいいぐらいだ。

 元世界なら、映画化間違い無し。 まさに全米が泣いた!

 実際、殿下にもし何かがあれば、候爵様とミルーナが旗印になるのは間違い無く、殿下もそれを認めている。

 まぁ、人気があり過ぎて独立なんて事になれば、とんでもない事になるのだが――忠臣の候爵様の事だ、それは天地がひっくり返ってもあるまい。

 そうだ、今度ファーレーンに吟遊詩人のアナがやって来たら、このサクセスストーリーを歌わせてみよう。


 ひらから成り上がった候爵様ではあるが――。

 逆に、ファーレーンなら――能力があって努力をすれば、そこまで成り上がれるという手本を示したと言えよう。

 吟遊詩人によって大陸中で語られるサクセスストーリー――そうなれば、世界各地から成り上がりのファーレーンドリームを夢見た若者がやってくるに違いない。

 この国に若く有能な力が集まる、実に楽しみだ。


 そして――いよいよ、ファーレーンが近づいてきた。

 ファーレーン軍が走破した距離は、ざっと計算したところ1800km。

 1800kmと言えば、東京から樺太~ロシアまで、南なら沖縄の石垣島辺りまで行ってしまう距離だ。

 その距離を獣人達はひたすら徒歩で――騎馬は蹄鉄を何回か打ち替えて走破した。

 元世界で、ヨーロッパまで進出した蒙古軍に比べれば大した事は無いが、ありゃ数十年掛けての話だからな。

 この世界では、こんな短期間での長距離行軍は滅多にない。

 獣人達と重騎馬のスタミナの勝利で、歩兵を抱えていたら絶対に不可能だったはず。

 俺の作った蒸気自動車も、よく壊れず走ってくれた。

 この世界の荒れ地を走破するため、ひたすら耐久性を重視した造りが幸いしたかな。

 車輪の耐久性を、ちょっと心配していたのだが、荒れ地仕様とするために幅広車輪に交換していたおかげで、事なきを得たと思われる。

 

 ファーレーンの城下町プライムに到着する前から、街の外には住民が溢れている。

 一足先にひとっ走り、到着していた獣人達が、街中に凱旋の話をバラ撒いたせいだ。

 街道には、獣人達の姿も見える。 残っていた獣人達は、殆どが女と子供だ。


「ファーレーンバンザイ!」 「ライラ姫殿下バンザイ!」 「バンザイ!」 「バンザイ!」

 あちこちから、歓声が上がる。


 俺の蒸気自動車はファルゴーレが運転して、サクラコとサエッタ、そして殿下が蒸気自動車にお乗りになっているので、あぶれた俺は一人で馬に乗っている。

 慣れれば、馬も楽しいもんだ。 ただ、乗り始めた数日は内股が痛くて泣いたけどな。


 人々が上げる歓喜の声援の中、馬でゆったりと揺られていると、子供たちにワラワラと囲まれる。


「真学師様! 帝国の奴らを10万人ぶっ殺したって本当?!」

「10万って言ったら、帝国軍全部じゃねぇか。 5万だよ。 俺がやったのは5万」

 本当は4万だが、サクラコがやった分も俺がやった事にしている。 帝国の巫女が、帝国軍を1万も屠ったとなると問題になるだろうからな。


「5万だって!」 「すげぇ!」 「5万っていくつ?」 「馬鹿だなぁ、5万って言ったら5万だよ」 「お前は解るのかよ!」

 街の子供達は、殆どが読み書きソロバンが出来ない。 公立の学校も建設されてはいるが、普及率はまだまだだ。

 故に、5万とか10万とか言っても、大人達が言ってる言葉をそのまま真似をしているだけだろう。


「真学師様、5万っていくつ?」

「そうだなぁ、ここにいる獣人の部隊と騎士団、それと後方の商人とか全部入れて、2万ぐらいだから――その倍以上だな」

「そんなに沢山の敵を魔法でぶっ飛ばしたの?」

「まぁな」

「帝都もまるごと吹き飛ばしちゃえば良かったのに!」

 子供だから、無邪気にとんでもない事を言う。


 しかし――俺は、この世界で『英雄』になった。

 

 敵を殺した人の数が多ければ多いほど、英雄な訳だが――100人殺したら大悪党、100万人殺したら英雄。

 何時ぞや、そんな事を言ったような記憶があるが――その数が100万になる前に英雄になったか。 だが、未だに後ろめたい物が心の奥底にある。

 子供の頃から刷り込まれた、元世界の価値観や道徳観はそんなに簡単に抜けるものではない。

 だが、この世界でファーレーンと殿下を守る限り、この数は果てしなく増えるに違いない。

 もはや、後戻りは出来ないのだ。


 我々の軍とは他に、UFOのような青い馬車と、馬に乗ったエルフたちが金色の髪をなびかせて同行している。

 それを見たファーレーンの住民が、何事かと、どよめいている。

 こんなに多くのエルフが一箇所に集まってること自体が珍しいのだ。

 また、エルフ達の後ろにはダークエルフ達が馬に乗って付いているが、これもまた滅多に無い光景だ。


 何せエルフとダークエルフは凄い仲が悪い――。


 普段は仲の悪い両者だが、あの惨憺たる出来事の後故、エルフ達に配慮して、いがみ合い等は自粛しているようだ。

 あれは、エルフだけではなくて、ダークエルフにも関係してくる話だからな。


 しかし、馬に乗った美男美女のエルフ達と、それに続く、黒い軽鎧に身を包んだダークエルフ達――実に絵になるねぇ。 カメラがあったら、写真を撮りたいところだ。

 

 青い馬車には、彼等の長老ラテラ様と、パズズの実験施設から回収したミイラ化したエルフの遺体が積まれており、これを森の奥地に埋葬するために、彼等は我々に同行しているのである。


 街に凱旋した俺達を歓迎して、街の通りには人が溢れ、すでに飲めや歌えの大騒ぎであるが――その人混みを掻き分けるようにして、やっとお城の正門まで辿り着く。

 殿下が、ご自分の馬車の上によじ登ると、真空管アンプとマイクがセットされて、それに向かって彼女が金髪をかき上げ大声を張り上げた。


「我々は帝国に勝利した!! 今一度! 勝どきの声を上げようではないか!! 我がファーレーンの為に!! ウラー! ウラー! ウラー!」

「「「「ウラー! ウラー! ウラーァァァ!」」」」


「「「「「うぉおおおお!」」」」」

「「「「「ライラ姫殿下、バンザイ!」」」」」

 人々の響き渡る大歓声が、地響きのように地面を揺らす。

 戦闘には連れて行ってもらえなかった、お城の鼓笛隊が出てきて、長いラッパでファンファーレを奏でて、華を添える。


 広場に集まり、ぎゅうぎゅう詰めになって、大歓声に酔いしれる人々。

 これから、数十年~百年は平和になるだろうという、安心感もあるのだろう。

 ただ、帝国はしばらく大人しくなるだろうが、ドラゴン等の魔物の襲来には備えなくてはいけない。

 だが、ドラゴンとの対戦を経て、どのような生物かはおおよそは解ったので、有効な対策は練れるはずだ。


 そのまま、人々がごった返す中で軍の解散式が行われ、兵士達はそれぞれの家に帰宅する。


 なんか、修学旅行の解散を思い出すなぁ。 家に帰るまでが戦です! ――なんてな。


 生きて帰った者達には、任期満了金――金貨3枚が支給され、戦死者にはさらに弔慰ちょうい金として金貨3枚が支給される事になった。

 これは、獣人、人に関わらずに支給されるが、通常傭兵扱いの獣人に任期満了金や弔慰ちょうい金が支給される事は無い。

 これも、未だかつて無い事例だろう。

 これと別に、戦場で戦時記録官が記した、手柄によって報奨金も支給される。

 俺が個人的に、獣人達に払う金もあるしな。

 

 兵士に払う給料や、報奨金の管理はどうやっているのか?

 兵士には、通しナンバーが彫られた金属製のタグが配られており、元世界の軍隊で使われているドッグタグ(認識票)に当たる物だ。

 このナンバーによって兵士の管理がなされ――そして、最後に支払う金と引き換えに、タグはお城に回収される。

 戦死者からも、ドッグタグ(認識票)が回収されて、弔慰ちょうい金が支払われるが――それが無い場合は、目撃者やその場に居た同部隊兵士を探さなければならないので、支給が少々遅れる事になる。


 1800km行軍して3ヶ月間、命がけで戦って金貨3枚(60万円)は高いのか安いのか――微妙なところだが……。

 だが、敗戦してしまっては、金どころの話では無くなっていたのであり、それ故彼等は、家族を守るために救国の志で戦ったのだ。


 ――とまぁ、そんな事を思うのだが、金貨が貰えると聞かされて大喜びをしている獣人達を見ていると、実際にはどうなのであろうか?


「うひょ~これで、酒と女にしばらく困らないぜぇ!」

 はしゃぐ獣人達は、あまり難しい事は考えていなかったようだが、帝国に占領されれば獣人達の扱いが悪くなり、下手をすると奴隷化されるのは解っていたはずなので、彼等も危機感を覚えてこの戦いに参加したのは間違いない。


 ------◇◇◇------


 やっと大騒ぎから解放された時には――すでに夕方で空は赤く染まっていた。 蒸気自動車を裏門から、お城の中庭へ――そして車庫に入れると、一息つく。

 門番から聞いた話では、帝都から運ばれたパズズの資料は、お城の城壁の中にある空き部屋へ運び込まれていると言う。

 この先、やる事が山積みだ――これで暫くは、退屈せずに済むだろう。


「いやぁ、まさか帰ってこられるとは思ってなかったなぁ……」

 車を降りて、独り言をつぶやき中庭をしみじみと眺めるのだが、中庭の畑やらはそんなに荒れてないな……。

 俺が森から採取して植えたトマトも、真っ赤に実っている。

 不思議に思いながら、工房の玄関のドアを開ける。


「ただいまぁ……」

 つい、独り言でいってしまうが、誰も居るはずも無い――だが、テーブルの上には料理が並んでいる。


「は? なんじゃこりゃ……」

 それに戸惑っていると、奥から足音が聞こえる。 ナナミが使っていた、蒸留器がある部屋に誰かが居たようだ。


「おかえりなさいませ、ショウ様!」

 勢い良く俺に抱きついてきたのは――。


「マリア! 何故、君がここに!」

「殿下にお願いされて、ショウ様がいつ帰ってきても良いように、部屋を綺麗にしていたんです」

 彼女の言うとおり、部屋の中は綺麗に掃除され、工房の隣にある温室の花にも水が与えられていて、美しい花を咲かせていた。

 水を閉めて出かけたので、もう枯れているだろうと思っていたが、全くもって有り難い。

 彼女は、俺にすがり付くと涙を流し始めた。


「ごめんよ、マリア。 君に黙って、出発してしまって。 絶対に怒っているだろ?」

 俺は中腰になり、彼女の涙をぬぐうと、自分の頬を差し出した。


「色んな人から殴られたからな……君も俺を殴って良いぞ?」

 その言葉を聞いて、手を振り上げたマリアであったが――ペチ……彼女の掌は、俺の頬に触れただけ。

 それが、精一杯らしい。

 そして、また彼女は泣いた。

 う~ん、困った。 女に泣かれるのが一番困る。 あ! ――そうだ。


「君に黙って出かけたのは悪かったが、そのせいで、ゼロの居場所が解ったぞ?」

「……グスッ――ゼロ様の?」

 鼻をすすって、マリアが顔をあげる。


「そうだ、アイツは異世界に居やがった。 帝国にな――異世界に繋がる門があってな、その向こうに奴がいたんだよ」

「本当ですか?」

「ああ。 だから、奴が遠くへ行くから、君を連れて行けないって言ったのは、そのせいだったんだな。 この世界の住人は、他の世界に行くべからず――って、教義があるからね」

「……」

「本当だぞ? 俺の心を読んでも良い」

「ショウ様が、私に嘘をつくなんて思ってませんけど……」

「君を目の前にしたら、全部バレてしまうからな。 だから、君に黙って出発してしまったのだけど……やっぱり怒ってるよな」

「怒ってます――けど、もう怒ってません」

 なんだよ、そりゃどっちなんだ? ちょっと、怖いんだけど。


「やっぱり、俺の事を一発ぶん殴った方が、スッキリすると思うぞ?」

「そんな事しません」

「……じゃあ、腹減ったんで、飯を食べて良い?」

「はい」

 マリアの涙を拭いて――2人で、テーブルに座り、仲良くご飯を食べる事にする。

 そして、飯を食い始めようとした途端――勢いよく玄関のドアが開いた。


「ショウ! 腹減った! 何か食べるものぉ!」

 誰かと思ったらステラさんだよ。


「今帰ってきたばかりで、食い物なんてあるわけないしょ?」

「ここにあるじゃない」

「それは、ここにいるマリアが作った物ですよ? それで良いなら、食べてもいいですけど……マリア良いかい?」

「構いません」

 ステラさんは、行儀悪く指でマリアの肉野菜炒めを一摘みすると、口へ放り込んだ。

 ペロペロと自分の指を舐めると――俺が座っていた席に着き、料理を食べ始めた。


「中々、美味いよ」

 彼女には、俺の料理と味付けを教えているからな。


「それじゃ、マリア。 もっと料理を作ろう。 他の人達もやって来るかもしれない。 材料は揃っている?」

「はい。 今日、ショウ様がお戻りになると聞いたので、沢山買ってあります」

 マリアと2人料理を作る。 マリアはかまどを使っていたようだが――俺は、魔法で直接鍋やフライパンを加熱する。

 いつも料理に使っていた、外の発酵槽で作ったメタンガスは、出かける時にワームを突っ込んでしまったから、暫く使用不可だ。

 また、普段の生活に戻すのは少々時間が必要だろう。


「大体、ステラさん。 お仲間のエルフ達はどうしたんですか? 放っておいて良いんですか?」

「あんな奴らどうでも良いよ」

 吐き捨てる彼女。

 この人、エルフの皇族だという意識が全く無いのは常々だが――その前に、あの原理主義者達が嫌いなのだ。

 だが、原理主義者じゃない普通のエルフ達は、国の崩壊の引き金となったステラさんの事を恨んでいる。

 彼女が真学師として幾つもの国を転々――いつも他種族と絡んでいるのは、そういった理由がある。

 しかし、腑に落ちない点もある。

 ステラさんが稼いでるはずの、膨大な資金はどこへ行っているのか? 彼女が無駄遣いをしているような節も無い。

 普段の行動も謎だしな。


 まぁ、知りたくもないが……。


 あくまで俺の想像だが、ステラさんの金の一部が――なんだかんだと、原理主義者達へ流れているのではないだろうか?

 無論、エルフ達の事を詮索するつもりも無いのだが……。


「馬車で運んできた遺体は、ステラさんの馴染みだったんでしょ? 良いんですか?」

「お別れは済んだし。 いくら悲しんでも生き返るわけでもないし」

「そりゃ、そうですが……」

 淡白だなぁ……。 まぁ、この世界自体が、そんな感じでもあるのだが。

 あまり、死者を尊ぶ感じでもないし、過去の英雄を祭りあげて、像を作ったりするわけでもないし――凄い淡白だ。

 かつて、大きな宗教戦争があったらしく、その教訓から、その手の偶像崇拝は禁止され――それ故、教会も無ければ、祠という物も無い。

 個人で神様を信じるのは自由だが、特定箇所に集まっての宗教活動も禁止されているのだ。


「ステラさんも一緒に行って、森の精霊で腹いっぱいにすりゃ良いじゃないですか」

「そんなんで、腹が膨れるわけないだろぉ」

 ステラさんが俺の飯を食い終わり、マリアの食事にまで手を付けようとしたところ、再び扉が開いた。


「ショウ、食い物じゃ!」

 入ってきたのは、師匠とサクラコだった。

 しかし、他にやって来るような気配は無い。 フェイフェイは、他のダークエルフ達と一緒に、ファルゴーレの屋敷へ行ったという。

 ファルゴーレの相方リンリンと戦勝祝いに飲み明かすつもりらしい。


「それじゃ、ちょっと多めに5人分ぐらい作っておくか……」

「はい」

 料理が出来たので、皆で食い始める。 料理は、味噌肉野菜炒めと簡単なスープ、そしてパンだ。

 すでに食い終わったステラさんが、俺の皿にも手を伸ばしてくるので、残りの野菜炒めを小鉢に盛ってやる。

 すると、彼女は俺の倉庫から酒を持ってくるなり、それを肴にちびちびとやり始めた。

 そういえば出かける時に、倉庫のロックも結界も外してしまったからな。


「はぁ~、やっぱりショウの酒は美味いねぇ。 もう、不味い酒ばっかりで死にそうだったよぉ。 たまに戦も良いけど、食生活が貧しくなるのは勘弁だねぇ」

 戦が良いなんて、少々理解不能なのだが……。


「それはしょうがないでしょ? そういえば、サクラコ。 マリアは初めてだったな」

 マリアは、お城に何回か来ているので、ステラさんは知っているし、師匠は以前から子供の治療を頼まれたりしていたので、馴染みだ。


「うむ」

「マリア。 こちらが、帝国の巫女、サクラコ様だ」

「えっ……巫女様ってかなり偉い方では……?」

 マリアが驚き、食事のスプーンが止まる。


「まぁな」

「遠慮は要らぬ。 廃籍した妾はもう平民故、其方と一緒じゃ。 それにしても、ショウ。 其方、まだたぶらかしていた女子おなごがおったとは……」

「また、人聞きの悪い。 彼女は、街の北外れで孤児院をやっている娘だよ。 そこに、俺が投資している話はしただろ?」

「確かに、そのような話を聞いたが……このような所にまで料理を作りに来るとは並の関係ではあるまい」

「そんな事はありません。 ショウ様は、私と子供達の恩人で、その御恩返しをさせていただいているだけですから」

「そういえば、子供達はどうした? 君がいなくても大丈夫か?」

「もう年長者が、下の子供達の面倒も見れますし、料理も作れます」

「最初に会った時は普通のガキだったがなぁ――もうそんなにたくましくなっていたか……読み書き計算も出来て、料理も出来る――早く奉公先が見つかれば良いな」

「はい。 ショウ様がお留守の間も、ここへ来て、お庭の白い砂を綺麗にしていたんですよ」

 庭の白い砂――俺が作った離れの庭にある枯山水の事だ。

 そうか、後で子供達にバイト代を払わないとな……。


 その子供達だが、もう何人かは仕事が決まり、商人の丁稚でっちとして働いているらしい。

 せっかく能力があっても、道端の孤児では読み書きソロバンを習う機会も無く、仕事も無い。 せいぜい日雇いの仕事ぐらいだ。

 その日雇いも、パワー系の力仕事は獣人達の独擅場だしな。

 農家という手もあるが、適当に畑を耕して種を撒けば食える――という程、農家は甘くはない。 畑仕事には経験と知識が必要なのだ。

 流されるまま生きても、結局は、吹き溜まりに転落していくだけ……。

 やはり人並みの生活への近道としては、頭脳を鍛えるのが一番だと言える。


「なるほどの」

 サクラコが、俺の話に相槌を打つ。


「孤児や農民の中にも、とんでもない人材が隠れているかもしれないしな。 機会は与えないと」

 実は、そのとんでもない人材第1号が、このマリアなんだけどな。 彼女の能力は、巫女に匹敵するだろうと思われるし。

 だが、彼女の能力は秘密なので、誰にも話していない。

 俺の知り合いで、とんでもない能力の持ち主だと解れば、狙われる可能性大だからな。

 それは、避けねばならない。


「ステラさん、以前に帝国の夜空亭っていう、娼館の話があったじゃないですか」

「ああ。 夜空亭の主が渾然一体になった奴ぅ?」

「あれの引き金になったのが、彼女なんですよ」

「ええ? そうなのぉ? 全く、この広い大陸だけど、人の繋がりってやつは狭いねぇ」

 俺の話を聞いたステラさんは、コップのお酒を飲み干した。


 ------◇◇◇------


 ――次の日から、お城は忙しくなった。

 外にいる住民達の興奮も冷めていないが、お城ではやる事が山ほどある。

 お城に帰ってきて、いつもの白いドレスにお戻りになった殿下と、お城の主計官は、戦費の精算で、てんてこ舞いの状態。

 主計科は、元世界で言う大蔵省とか金融庁に当たる。


 戦をサポートした商人からの請求書も山積みだ。

 戦勝祝賀会もあるが、この仕事が終わってからじゃないと、開催は出来ない。 商人達は、いち早く金が欲しいのだ。

 ただ、主計科の仕事と別に、祝賀会の準備は進められている。


 殿下の執務室には主計科の主任の机が並べられて、書類の山を崩さぬ内に、次々に主計官が追加を持って入ってくる。

 俺は、その光景を眺めていたのだが――。


「いやぁ、やはり殿下はその白いドレスが、お似合いになりますねぇ」

「其方、暇ならば妾を手伝うが良い!」

「いいえ、これからパズズの所から持ってきた資料を整理し始めなくてはいけません。 そしてまずは、あの人工蛍石(フローライト)の実用化を目指しませんと。 アレは、金になりますよ~」

「ぐぬぬ……」

 殿下の性格からして、金になると言われて――放置しろとは、絶対に言わない。


「殿下、とりあえず口の堅そうな者で、計算を出来る者を臨時に雇われては? 孤児院のマリアなどは計算が出来ますよ」

「誰かある! 孤児院のマリアをすぐに出頭させよ!」

 え? マジで? 殿下、決断早くありません? そのぐらい切羽詰まっているのだろうが……。


 話を聞いたマリアは、公立学校からも、計算の得意な者を10人程集めてきた。

 中には、俺が作ったソロバンを扱える者もいるようなので、結構役に立つかもしれない。

 普及率がまだまだな学校だが、通っているのは子供に限らない。 この世界には読み書きソロバンが出来ない者が沢山いる――それ故、大人でも学校に通って読み書きソロバンを習う者が増えたのだ。

 能力があるなら、そのまま主計科で雇う手もあるしな。

 これから、ファーレーンの人口が増えるのは間違いない。 そうすれば、国家予算も増えるし、主計科の仕事も倍増するに違いない。

 今から先を見越して、有能な人材を確保するのは、自明の理と言えよう。


 主計の方は殿下達にお任せして、俺は自分の仕事をしなければ。


 パズズの所から持ってきた資料を入れる場所を作らねばならない――図書館だ。

 まずは大部屋の確保。 このファーレーン城の城壁は、壁の中に部屋がある分厚い造りになっている。

 本来の使い方は、籠城した際に兵士の暮らす場所や倉庫として使われる物なのだが、ここ数百年近く籠城戦など行われたことなど無く、埃と蜘蛛の住処になっている。

 城壁の内部構造は、窓も無くて四方が石の壁。 廊下は真っ暗だ。 そのまんま、ダンジョン。

 魔石ライトを何個か設置して、明かりを確保したが――不気味だ。 モンスターとか出そう。


 出るはず無いけどな。


 部屋には窓はあるが、ただ城壁に穴が開いているだけ。 ここは、水晶ガラスで塞ぐ必要があるだろう。

 広さ20畳程の空き部屋を2箇所確保して、掃除を開始する。


 メンツは俺とサエッタ、そして帝都から連れてきたパズズの弟子――ファラだ。 ついでに、力仕事もあるので、獣人達を5人程雇っている。

 師匠達は、そんなのは弟子の仕事と、一切口も手も出さない。

 獣人達に手伝ってもらい、部屋の中に運び込まれ木箱に入ったままのパズズの資料を、一旦外に運び出してもらう。

 この木箱だけでもかなり重い。 

 しかし、運び出さないと、このままじゃ掃除出来ないからな。


「しかしなぁ。 こんな所で、扉も閉まっているというのに、埃は積もるし、蜘蛛も住み着くんだなぁ」

「本当ですね」

 サエッタが払う蜘蛛の巣の下には、沢山の虫の死骸が溜まっている。 それだけ虫の侵入があるという事なのだろう。

 部屋の掃除も、獣人達に手伝ってもらうが、綺麗好きな彼等は、掃除も上手い。

 ぶっとい腕で、器用にホウキやチリトリを使うのだ。


「そりゃ、真学師様。 ウチ等この毛皮でしょ? 毎日掃除しないと、部屋の中が毛だらけになっちまうんですよ」

「なるほどな。 ここら辺じゃ聞かないが、寒い所に住んでいる獣人達は、毛代わりもするんだろ?」

「ええ、しますぜ。 樽に一つぐらい、毛が出るんですわ」

 そりゃ、全身の毛が生え変わるんだからなぁ。 そのぐらいになるか……。

 彼等の話だと――毛代わりすると、滅茶苦茶、腹が減るらしい。 まぁ、それだけタンパク質を消費するわけだからな、考えれば当然か。

 獣人達と笑い話をしながら掃除していると、ファラがヒソヒソ声で話しかけてきた。


「ちょっと、ショウ様!」

「なんだ?」

「私とサエッタさんの間を、取り持ってくれるって話は、どうなったんですか?」

「取り持っているだろ? これだけ、一緒に居られるんだ。 ここの整理が終わるまで毎日だぞ?」

「そりゃ、そうですけど!」

「俺に気兼ねせずに、話しかければ良いだろ?」

「そ、それが出来たら、苦労はしてません!」

 意外と内気な娘らしい。 それっぽくは見えないんだがな。


「サエッタ、昼は一緒に食わないか?」

「結構です」

 彼の無下も無い返事が、部屋にコダマする。 石造りの部屋なので、反響するんだな、これが。


「ははは、俺はサエッタに嫌われてるからな」

「騙したわね、この悪魔!」

「そうは言うがな、俺が庇ってやらなきゃ、あのまま首を刎ねられるか、エルフ様に首を絞められて終了だったんだぞ?」

「それは、解っています……けどぉ」

 ファラが横を向いて、むくれているが――彼女を見ていると、人道に反する研究に加担したという自責の念は無いように見える。

 まぁ、無いだろうな。 それが、真学師なのだ。

 かくいう俺も、人の道を踏み外したパズズが何をやったのか、興味津々なのであるから、結局は同じ穴のムジナである。


 皆で話をしている間に掃除は終わった。


 掃除が終わったら、本棚の搬入だ。

 俺達は、それぞれに分かれて街中で本棚を買い漁る。 買った本棚は獣人達に運んでもらう。

 購入した大型の本棚は、全部で20台。 当然、合板なんて無くて全部無垢材なので、非常に重い。 力仕事は、獣人達の本領発揮だ。

 この世界で、家具は一生モノ。 数十年使われたリサイクル品や、中古品も多い。 だが、普通の家では本など買えないので、本棚もあまり見かけず、探すのに苦労した。

 故に、中古品などと文句は言ってられないのだ。 どうしても足りない分は、資材部から木材を持ってきて、自作しても良いだろう。

 

 結局、本棚を設置しているだけで、一日が終わってしまった。

 だが、力仕事は大体終わったので、獣人達に日当――小角銀貨1枚(5000円)を渡した。


「ひゃっほう、やっぱり真学師様の仕事は割がいいぜ。 こんな楽な仕事で小角銀貨1枚だからな」

「よし、飯食って酒飲んで帰ろうぜ!」

 普通の日払いの手当は3000円ぐらいなので、俺の払っている金は少々高い。

 だが払える時は、気前良く払ってやらないと、面倒な仕事を頼む時に頼みづらくなってしまうので、惜しまない事だ。


 明日は、本を並べる事になる。

 木箱を漁って、日本語の本を探すと、何冊か自分の部屋へ持っていくことにした。

 どの道、元世界の本は全部俺のところに来ることになっているし、俺が翻訳しないと読むことも出来ないしな。

 それと、取り出したのは、人工蛍石(フローライト)の照明だ。 石は2個あったので、一つはステラさんの所へ研究用として行くことになるだろう。

 鉱物系は、ステラさんの得意分野だから、これは当然だ。


 人工蛍石(フローライト)の合成が上手くいけば良いのだが――しかし、パズズが作ったのは事実なので、何かしらの方法はあるはずなのは間違いない。


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