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異世界で目指せ発明王(笑)  作者: 朝倉一二三
異世界へやって来た?!編
151/158

151話 戦後の帝都に流る歌


 帝都は、落ち着きを取り戻しつつある。

 最初の数日は暴動も起きたが、占領軍として帝都を押さえているファーレーン軍から、大量の貴族の廃籍や重税の廃止などが告示されて、それが帝国の民にも受け入れられた格好だ。

 早い話が、これ以上は悪くならないとさとったのだろう。

 主戦派だった貴族は尽く処刑され、男子であれば子供でも例外ではない。

 女子は廃籍されて放逐されるが、温室でぬくぬくと育ってきた貴族様に、どんな未来が待ち受けているのかは、想像に難しくない。

 女子でも家を継げない事もないが、取り潰しになった家を復興させるには、大変な苦労が伴う。

 だが、こういった事は今回が初めてではなく、今までも普通に行われていた事だ。

 元世界でも――子供どころか、親戚一同までも全員処刑され根絶やしにされるという歴史事件も多々見受けられた。


 迎賓館での食事も飽きたので、獣人達のキャンプを訪ねて、ニニの所へやって来た。


「よぉ、ニニ。 やっと見つけたよ。 これは、お土産」

 料理の準備をしている彼女を見つけ、薪の束を渡した。


「真学師様。 丁度薪が無くて困ってたんですよ」

「それは良かった」

 ニニは、俺の持ってきた薪を石を積み上げた自作のかまどに放り込むと、火を付けて料理を始めた。


「この薪はよく燃えますねぇ」

「俺が、魔法で乾燥させたやつだからな。 そういえば、水はどうしている?」

「川から汲んできてるようですが、あまり無駄使いは出来ませんね」

 俺達が聖地からの帰り、魚を獲ったりした川が、他の支流と合流して帝都の横を流れているのだ。

 この大陸を東西に走る大崖までは急流だが、帝都の周りはエルフの胸と例えられるファルミール平原で、その流れは緩慢になり、川は蛇行し、三日月湖が点在する。

 

「ファルタスまで、木を切りに行ってるんだって? あそこまでは50リーグ(約80km)はあるだろう?」

 ここから、ファルタスへ行くには、フェルミスター公爵領を越えて遥かに行かなければならない。


「飯さえ、ちゃんと食えれば、そのぐらいの距離はどうって事ありませんぜ」

 獣人の一人が笑うのだが、相変わらず獣人のスタミナには舌を巻く。

 普通は川沿いなどに木が生えているのだが、帝国での燃料不足の煽りをくらい、近場の木は粗方伐採されて、何も残っていない。

 しかし、俺が帝国へやって来て見た光景は――予想以上に荒れ地が多く、作付面積も広いがみのりはかなり少ないように見える。


 恐らく、土地が痩せているんだろうな。

 話をしている間に、ニニの料理が出来たので、食う。 いつもの、濃い味つけとスパイシーな料理だ。


「肉も獲ってきたのか?」

「男達が獲ってきたのを分けてもらいましたよ。 真学師様、帝都の中の調べは終わったのですか?」

「ああ、お前達は連れて行かなくて正解だったな。 ろくでもない物がゴロゴロ出てきたよ」

剣呑剣呑けんのんけんのん、詳しくは聞かない事にしますよ」

「俺も、止めた方が良いと思う」


 胡座あぐらをかいて飯を食っている俺の膝の上に、獣人の女が滑りこんでくる。

「なぅ~ん」

 甘えた声を出すので、背中を撫でてやると、彼女は気持ち良さそうに目を細める。

 

「帝国の役所や、迎賓館、貴族達の屋敷も見たけど――まぁ、凄い造りだな。 どんだけ民から金を巻き上げているんだって話」

「いやはや……」

「外側はキンキラキンで豪華だが、中身はスカスカで、民は腹を空かせているって感じだな」

「そういえば、街はデカいですが、通りに人通りも少ないし、露店に並んでいる商品もまばらでしたぜ。 あれなら、ファーレーンの方が余程賑やかだよな」

 料理を食いながら話を聞いている獣人達も、呆れる。

 この世界に情報伝達手段は無い、入ってくるのは商人等を通じての他国からの噂話だけだ。

 帝国からの大本営発表では――ファーレーンは悪魔の手中に落ちており、政府は傀儡化、国民は奴隷化されて、餓死者も沢山出ている。

 ――などという発表がなされ、それを信じ込んでいる国民も多いのだ。

 ファーレーンが豊かだという噂話も入ってくるが、それが本当だという保証も無い。

 帝国が嘘を吐いているのが何となく解っていても、噂話を本気にして、全ての財産を捨てて亡命する者はいないのだ。

 亡命してやってくるのは、重税を払えなくなり、やむを得ず着の身着のままで流れてきた離農者が多い。


「それに、強制労働させられていた獣人も沢山いたぞ。 皆、解放してやったけどな」

「その話は聞きましたぜ。 ここにも、そいつ等が流れてきてますんで。 俺等と話したら帝国が嘘を言っていたのが解ったんで、一緒にファーレーンに行くんだと」

 そりゃ、帝国が流している大本営発表が本当なら、獣人達が主力の軍隊――食い物を支給されて、手柄を立てりゃ褒美まで貰えるなんてあり得ないからな。

 通常の軍隊なら、獣人達はあくまで傭兵。 食い物なんて全部自腹で、自力調達だ。


「戦が終われば、本格的にファーレーンの公共事業が始まるからな。 力仕事はいくらでもある」

「でも、こんな楽な戦は初めてですよ。 まるで旅みたいなもんさ。 しかも、金が貰えるときた」

「俺のガキに、帝都に旅をして金まで貰ったなんて言っても信じてもらえないぜ」

「その前に、お前のガキを産んでくれる女を探さないとな」

「兄弟、それを言っちゃお終ぇよ」

 笑う獣人達の表情は明るいが、戦が楽になったのも、強力な戦力が参戦したからに他ならない。


「まぁ、エルフ様が参戦したからなぁ、俺達はやる事がない」

「ちげぇねぇ」 「ははは」


 獣人達と話をしつつ、食った食った。 だが、食ったら出さねばならぬ。

 これだけの人数、トイレはどうしているのかというと――。

 キャンプ村から少々離れた場所に、地面に穴を掘って板を渡し、小さな天幕テントを被せれば――簡易トイレの出来上がりだ。

 1万人いれば、100人ごとにトイレ一個でも、100箇所が必要だ。 彼等がキャンプ村を作るに当たって、まず最初にやった仕事が、これだ。

 衛生面が悪いと、伝染病の原因にもなる。 獣人は毛皮を着ているせいか、かなり綺麗好きなので、そこら辺は凄くうるさい。


 溜まった物は、肥に使うために買い取る業者がいるし、川から有機物を食べるワームを捕まえて放り込んでも良い。

 トイレの中が綺麗になったら、ワームは川へ戻すか、街で使うためにそれを専門に扱っている商人もいる。

 この世界の神獣と呼ばれて、大切にされているワームなので、粗末に扱う人間はいないのだ。


 俺達が、戦後のファーレーンの未来について花を咲かせていると――ふと聞こえてくる、何か音楽のような音。


「なんだ? リュートか?」

「ああ、吟遊詩人ですぜ。 変な女が弾いてるんでさぁ」

 なるほど、吟遊詩人か……人の集まる所には来るかもな。 ちょっと覗いてみるか。

 移動娼館が並んでいた辺りから聞こえてくるので、そちらを目指す。

 暗闇の中に綺羅びやかな明かりを付けた、移動娼館が並ぶ。 さしずめ、男たちを呼び寄せる誘蛾灯といったところだろう。


 思わず、椎名R檎の『K舞伎町の女王』 を口ずさむ。

 S宿のK舞伎町と言えども、異世界の花街のガラの悪さには及ばないだろう。

 8○3だって、獣人に掛かったら瞬殺だ。 こういう所で喧嘩になって殺しに発展しても、喧嘩両成敗でお咎め無しなんだから、まさに時は世紀末。

 まぁ、そんな事は滅多にないが。

 獣人だけではなく、この世界の住人の基礎体力の高さには驚く。

 なにせ、何をするのにも人力だ。 毎日が筋肉トレーニングみたいなものだからな。

 だが、元世界でも、曾祖父さん世代はこんな感じだった。 開拓団で山に入った曾祖父は十数ヘクタールを人力で開墾したって話だしな。

 槍を持って、同じ開拓団の人達と一緒に、ヒグマと戦ったという武勇談も聞いた事もあるし。


 ファーレーンや帝国の移動娼館だけではなくて、街の娼婦――所謂いわゆる立ちんぼも沢山流れてきているようだ。

 こういった商売なら、敵も味方も関係無いのだろう。 要は、金になればいい。

 立ちんぼの相場はかなり安い。 娼館の取り分が無いからだが、その分何があっても自己責任。

 例えば、病気とかな。

 しかし、人間の性病――例えば梅毒や淋病などは、獣人には伝染らないようなので、その心配はない。

 だが、獣人には獣人しか罹患しない、免疫不全症のような種族病があるので、彼等がとりわけ病気に強いというわけでもない。


 娼婦達に挨拶しながら、音楽の元を探す――黒く長い髪を編みこみ、浅黒い肌の女を見つけた。

 原色バリバリの派手な服装に、服や髪にジャラジャラとビーズの飾りを沢山付けている。


 ――こいつはアナだっけ?

 そう以前に、お城へやって来た吟遊詩人だ。 俺の鼻歌だろうが何だろうが、一発で完全に耳コピして、すぐにアレンジ、下品な歌詞で歌い出すアイツだ。

 一曲歌い終わった彼女に声を掛けてみる。


「久しぶりだな」

「ほぇ? ……真学師様!」

「相変わらず、下品な歌を歌っているな」

 アナの声に、その場にいた帝国人達がたじろぐ。 こんな所に真学師がいるんなんて、思わなかったのだろう。


「ごめんなさい!」

「はぁ? 何を謝る?」

「真学師様がドラゴンを倒せないなんて言ってしまって……」

「ああ、なんだその事か。 俺だって、倒せると思ってなかったよ」

 アナは、真学師がお姫様を守って、ドラゴンを倒す歌を歌い始めた。 中々良いメロディだ、しかも下品じゃない。


「なんだ、下品じゃない歌も歌えるんじゃないか」

「でも、下品な方が人気あるんですよ」

 まぁ、そうだろうなぁ……。 娯楽だからな、芸術性よりもエンターテイメントが求められるのだろう。

 ついでに、俺が実際にどうやってドラゴンを倒したのかも、説明をしてやる。

 それを興味深そうに聞いていたアナだったが、そのネタを使った歌を即興で歌い始めた。

 これはちょっと下品だな。 どうも即興だと下品になるらしい。


「ねぇ真学師様~ちょっと私と遊ばない?」

 淡い色の薄いヒラヒラドレスを着た色っぽい娼婦が、俺に絡む。 胸元は大きく開いており、男を誘惑する妖艶な仕草だ。


「立ちんぼにしちゃ、随分と上玉だな」

 中々に整った顔立ちだし、身奇麗だ。 清潔感もある。


「本当は娼館の娼婦なんだよ。 でも、客足が日照りでさ、ここに遠征に来てるの」

「俺は帝国軍と、貴族共を殺しまくった敵国の真学師だぞ? 良いのか?」

「ああ、あのくそったれの貴族共をぶっ殺しまくったってだけでも、有り難いねぇ」

「それに、俺は金を持ってないぞ?」

「それじゃ、英雄さんにはタダでも良いよ~」

 そう言うと、俺の首に手を回し、抱きついてくるのだが――。


「そうか……それじゃ、俺の魔法の実験台になってくれ」

「え?」

 俺は、ドレスの上から女の股間に指を当てると、下から上へ女の身体に文字を書いた。


「ひ!」

 突然の出来事に、娼婦が青ざめた表情で尻餅をついた。


「冗談だ。 魔法は使ってない」

「くそ! この、悪魔がぁ!」

「ははは、だって俺は悪魔だからな」

 以前、リンにも似たような事をしたが――一般人にとって、やはり魔法というのは恐ろしい物のようだ。 そりゃ、防ぎようがないからな。

 それに、真学師なら人体を実験台にするなんて噂が広まっているからだろう。

 まぁ、実際に本当なので、それに関しては何も言えないが……。


 娼婦との茶番にも構わずに、今度はアナが俺に抱きついてきた。

「真学師様! もっとご存知の歌は無いのですか?」

「お城にいた時に千曲ぐらい教えただろ?」

「真学師ならもっとご存知でしょ?」

 う~んと、しばし考えて――さっき口ずさんでいた、『K舞伎町の女王』 を歌ってやる。 勿論もちろん、日本語だが。


「ほぉぉぉ! 素晴らしいですっ!」

 元世界の歌を爪弾くリュートの音色が、ギターのパートにも意外と合う。

 ギターと言えば、親父が聞いていたベン○ャーズだな。 テケテケテケテケ……ってやつ。

 覚えていたベン○ャーズのパイ○ライン――ダイ○モンドヘッド――急がば回れをアカペラで歌ってやる。

 彼女はすぐに耳コピしたのだが、リュートで聞くメロディラインも中々良いが、残念なのが、ベースとドラムが無いところだな。

 ベースは無理だが、獣人達に樽を叩かせて、ドラムの真似を教えてみる。

 これが、中々良い。


 獣人達もそれが気に入ったのか、リュートと樽ドラムを聞いて踊りだした。


 俺の教えてやった、ブレイクダンスやロボットダンスを披露する獣人もいる。

 俺が彼等に教えたのは数種のダンスだけだったが、その後彼等が独自に色々な技を追加して、いまでは結構なバリエーションがあるようだ。

 見ているだけで、結構楽しい。

 この世界には娯楽がないからな。 こんな踊りでも立派な娯楽になるわけだ。


 毎夜のリュートとダンスの大騒ぎに、近所の帝国民もやって来て、おひねりを投げる。

 そのおひねりを持って、獣人達は移動娼館に駆け込む――このループがファーレーンに帰るまでの1ヶ月間続いた。


 ------◇◇◇------


 ――獣人達の所に泊まって次の日。

 朝飯は、迎賓館で食べることにして、獣人達に帰りの挨拶をした。


「朝飯を食べていけばいいじゃないですか」

「殿下達と別行動をあまりすると、ねるからなぁ。 迎賓館に戻ることにするよ」

キャンプ村を離れて、迎賓館へ戻ると食堂へ向かう。 その途中で、サクラコと出会った。


「其方何処へ行っておったのじゃ」

「視察を兼ねて、獣人達の所だよ。 駐留地を一応見ておかないとな」

 サクラコと一緒に食堂へ入室したのだが、雰囲気が少々変だ。


「お早うございます」

「「「……」」」 「おはよう」 「お早うございます」

 挨拶を返してくれたのは、ステラさんとフェルミスター公爵だけ。


「妾が会議で四苦八苦しておるのに、娼館で遊んでの朝帰りは楽しそうだの」

 げ! だれか、密偵がいたのか?


「娼館には入ってませんよ。 大体、獣人の女達ならいつでも良いって言ってるのに、わざわざ金を払う意味が――あ」

「ほう? それでは、獣人の女達と遊んだのか?」

「最低ですね」

 サエッタ君のいつも通りの辛辣なツッコミが入る。


「いいえ、飯食って寝ただけですけど」

「ふん、随分と良いご身分だの」

 殿下の皮肉を受け流しつつ料理を食べると、いつもの迎賓館の料理とは違う。

 殿下の話では、迎賓館の料理人を追い出して、軍に同行していたお城の料理人、ヴェルガ-さんを厨房に据えたらしい。


「それで、こんなに美味いのか」

「これから1ヶ月だぞ? あんな料理では身体が保たぬ」

「ごもっとも……それは解りましたが、他の方は、なんで機嫌悪いのですか?」

 聞けば、帝国大学の図書館で、帝国軍の遺族らしき職員と揉めたらしい。

 まぁな。 そういう事もあるんじゃないかと思ってたよ。


「帝国は負けたのですから、敗者は勝者に黙って従うべきだと思うのですがねぇ」

 ファルゴーレの言うとおり、それがこの世界での一般的な慣習で――勝者に逆らえば、一方的にられても文句は言えないのだ。


「そうは言うが、家族や恋人などを失った遺族からしてみれば、割り切れないところもあるだろう」

「気持ちは解りますけどね。 後先考えずに感情のみで行動を選択するなど、愚かな事です」

 実に真学師らしい返答。 そりゃ、そうだけどね。


「師匠、図書館へ行けなくなったのなら、天ノ森へ植物調査に行きませんか? せっかく珍しい草木があるのなら、調べた方がよろしいのでは?」

「解りました。 そうしましょう」

「妾は一人で会議故、楽しんでくるがよい」

「敵を殲滅するという真学師の仕事は終わりましたからね。 私は敵をほふる人、殿下はまつりごとを治める方。 ステラさんは、これから大変そうですけど」

「ケケケ、まかしといて、この仕事はデカいからねぇ」

 彼女の言うとおり、戦争賠償が300億なら、交渉の補佐をしているステラさんの取り分は1割でも30億になるからな。 張り切ればもっと増えるんだから、気合の入れ方が違う。

 しかし、ステラさんはタフだな。 俺達と一緒に戦闘にも参加して、国家間の会議にも参加しているからな。

 やはり、国のトップや種族、民族のトップになる人ってのは、バイタリティが半端ない。


 朝食後、師匠と街へ行って買い物をする。 天ノ森の調査と言っても、何も道具がないから購入しなくてはならない。

 とりあえず、ペンと紙が必要だが――。

 紙は、ゴールドの所にあったコピー用紙を30枚程抜いておいたので、これを使うことにしよう。

 金は――師匠が持っていたファーレーン金貨を両替したようだ。

 ファーレーン金貨は帝国金貨に比べて質が良いので、レートも高い。

 本当は、質が悪いのは帝国金貨だけで、銀貨や銅貨の質は悪化していないのだが、金貨に引きずられるようにして、銀貨や銅貨のインフレが進んでいる。


 師匠は両替が済むと、スタスタと歩いていく。 俺は、それに黙って付いていくわけだが――。

 突然、細い路地に入ると、くねくねと折れ曲がった道を進み、壁に作られた細い階段を上り――半分ほどつたに覆われた、石造りの小さな店に辿り着いた。

 

 師匠は以前、この帝都に住んでたからな。 行きつけの店があったのだろう。

 本人も、店がまだあったのが嬉しいようで、なにやらニヤニヤしている。


「こんにちは……」

「あら? 珍しい客が来たよ」

「お久しぶりです」

 中にいたのは、白髪頭を頭の後ろで丸くまとめた、初老の女性。 何か本を読んでいたらしく、顔だけこちらに向けている。


「何年ぶりだい? 12~13年ぶりかい?」

「そうですね。 ペンとインクを下さい」

「はいよ。 そりゃ、良いんだが、後ろの若い衆は何なんだい?」

「弟子ですよ」

「はじめまして」

 挨拶をした俺をみて、女性は読んでいた本を閉じた。


「こんな若い男が弟子って、嬢ちゃん……」

 この女性は魔女の弟子って知らないのか? それとも、若い頃の師匠しか知らないので、師匠が魔女って事を知らないのか……?


「お小言は結構」

「相変わらずだねぇ、胸ばっかり大きくなって……」

 小さな店で、ペンとインク、そして小さな画板を購入。 画板に紐を付けて、首から下げれば、植物写生の時に便利だ。


 しばらくの世間話の後、道具も揃ったので、天ノ森へ向かう。

 普段は絶対に入ることすら叶わない天ノ森だが――ファーレーン軍に接収され、物資等が運びだされているので、俺達が天ノ森へ入るのも問題は無い。


「ほおお! マジで、見たことない植物ばっかりだわ。 こりゃすげぇ」

 以前チラリと見ただけでも、珍しい植物が多かったが、これは完全植物園ですわ。


「師匠、凄いですね。 どんだけ金を使ったら、こんな物が作れるんだ?」

「これを、人民を苦しめずに作った物なら、本当に凄いのですけど」

「私の国にも――植物園と言って、入場料を取って、珍しい植物を見物させる施設がありましたよ」

「それは素晴らしいですね」

 でも、この世界に植物園を作っても――なんで、金払って草木を見るんだよ?――とか言われそう。


「この世界なら、植物園より、動物園の方が受けるかなぁ」

「珍しい動物を売り物にしている、見世物小屋はありますけど……」

 しばらく、この世界の動植物の話をしながら、画板を首から下げた師匠が、植物スケッチをしていたのだが――


「ショウ……」

 師匠が、何か言いたげに、こちらを向く。


「はい?」

「貴方、本当に異種族間で子供を作れるようにするのですか?」

「はぁ、まぁ……殿下の勅令ですからねぇ。 成功させないと命の危険性が……出来るかどうかは別なのですが」

「ショウ……」

「はい?」

 師匠が、なんだか変だ。 まぁ、俺と2人きりの時は大抵変なのだが。


「私もショウの赤ちゃんが欲しいのだけど……」

「え? ええええ? なんで、そういう話に?」

「男なんて興味は無いのですが、ショウの子供なら良いかなぁ――と思って」

 師匠が男嫌いなのは何となく解っていた。 でも、ハッキリと断言したのは初めてだな。

 子供の頃、人買いに狙われて色々とあったのが、トラウマなんだろう。

 海岸沿いの村で、子供の頃の師匠を助けてくれた方も女性だったし、師匠の師匠も女性、恐らく初体験の相手はステラさんで女性……。

 

「別に構わないのですが、実現出来るかどうかも解らないんですよ? それでも良いのですか?」

「構いません。 それに……子供なんて関係なく、ショウになら今でも……」

 そんな事を言いながら、大きな柔らかい物を押し付けながら師匠が抱きついてくるのだが……。

 もう、本当に勿体無いなぁ……こんなゴニョゴニョな身体しているのに。


 ――そして、師匠が黙って目をつぶるのだが。


「ショウ――! こんな所にいたっスね!」

 甲高い声が聞こえて――誰かと思ったら、フローだ。 しかも、背の高いエルフ達が一緒。

 当然、美男美女ばかりなのだが、美男美女だらけで特徴なさすぎ、逆に誰が誰だか解らないという。


「チッ!」

 師匠があからさまに舌打ちするのが聞こえる。

 

「どうしたんだ? こんな所に」

「ここは、精霊が濃いっすよ~」

 いつも明るいフローが、何時にも増して御機嫌のような――精霊の濃さにそう状態になっている?


「ショウ殿、この度は我らエルフの神器奪回の為に尽力していただき誠にありがとうございます」

「いや、仕事ですから。 あのエルフの遺体の方は……」

「運び出す準備が整ったので、早々に。 森に運ぶのは、ファーレーン軍の凱旋と同時になりますが……」

 おや、このエルフはちょっとまともそうだ。 エルフのミイラは、ファーレーンの森の奥地へ持っていくらしい。

 俺がこの世界にやって来た時、ゲットした赤い実だったが――今回の話からすると、あの近くにもエルフかダークエルフの死体があったって事だよな……。

 エルフ達も、しんみりしているのかと思ったら、意外とそうでもなかった。


「ショウ、こいつらもショウの酒が欲しいって言うっすよ」

 ああ、やっぱり。 エルフはやっぱり、エルフなのか。


「あの酒を造るには、ウィルオーウィスプの新鮮な肉が必要だって、お前も知ってるだろ? ステラさんと一緒に狩りに行ったくせに」

「それもちゃんと説明したっすよ」

「ウィルオーウィスプの新鮮な肉があれば、作って差し上げますよ」

「本当ですか?」

 遺体を森に運んだついでに、仕留めてくるつもりかな? 師匠の家の近くにも、ウィルオーウィスプがいたからな。


「ええ。 ラテラ様も欲しがっているみたいですし」

 あれを簡単には仕留められないだろうとは、思うのだが。 俺の作ったコンパウンドボウを持っていったステラさんも、結構苦労したようだったからな。

 それから、しばらくエルフ達に付きまとわれ、師匠はまた不機嫌になってしまった。


 ------◇◇◇------


 ――1ヶ月後、各国を集めての戦争賠償の会議は終了した。

 ファーレーンの取り分は、当初の予想より増えて、400億円相当(金貨20万枚)。 借款の返済額を入れて450億円である。


 ステラさんの話によると、順調にいけば、もう少し取れそうな感じだったのだが――。

 ファルキシムが、交渉人代理にエルフを雇ったらしく、鼻歌交じりではいかなくなったそうだ。

 相手のエルフは、原理主義者ではないエルフで、ステラさんやラテラ様のグループとは仲が悪い。

 つまり、ステラさんが引き金になってエルフの国が崩壊したのを恨んでいる奴らだな。

 それでも、当初の予想を上回ったのだから、上出来と言えるのではないだろうか。


 決定した多大な賠償金なのだが、帝国の年予算は1000億円――帝国貴族や皇族が貯めこんだ金銀財宝を回収すれば、戦争賠償は余裕で返済出来るものと思われる。

 それだけの金が市場に出まわらずに、皇族貴族の懐に貯めこまれていたのでは、経済が停滞するのは当たり前である。

 少しでも、公共事業に入れるとか色々とあるだろ? ――と思うのだが。

 治水や、農業の改革、森を復活させるための植林作業等々、そういう物に全く予算を割かなかったせいで、国民は飢えと燃料不足に苦しんでいる。

 しかし、無駄遣いする奴らがいなくなったのだから、これからは帝国も良くなるだろう。

 領土は、聖地を含む帝国領土1/3の割譲、そしてフェルミスター公爵領の合併――ここら辺は当初の予定通りで、反対意見も出なかったと言う。

 そりゃ、荒れ地ばかりだからな、大した価値は無いと思われているのだろう。


 帝都には、ファーレーンの占領軍総司令部(GHQ)が置かれて、ここから帝国を監視する事になった。

 総司令部には新しい電信が設置されて、ファーレーンとの定時連絡も再開される。

 送信管――7極真空管の実用化も成功させてAM送受信機の開発もしないとな……ナナミがいなくなったのは、実に痛いが。

 ミズキさんもここに勤務する事になるのだが、帝国を捨てたのに、またこの都市に住む事になって彼女はどう思っているのか?


「皇室の仕事に疑問を持って帝国を捨てましたが、これからは良い国になってくれると思います。 少なくとも、これ以上は悪くなることは無いかと……」

 やはり、故郷は故郷ということで、愛着は捨てていなかったようだ。


 占領軍と言っても、最低限の軍しか駐留させないし、我が国にそんな予算は無い。

 帝国軍は治安維持に必要な分を残し解体され、武器の開発や製造も厳しく制限される事になった。

 再び、帝国が侵攻を企てるような事があれば、遠慮無く帝都ごと吹き飛ばすと条約には記されている。


 勿論もちろん、ハッタリだが。


 俺が森で手に入れた赤い実はほぼ使いきって、残りは師匠が持っている1個だけのはず。

 それに、俺が使ったあの禁呪ってやつは、タダの自爆攻撃だからな。 もう、赤い実が無いんじゃサクラコの『黒き棺』とかいう、禁呪も使えない。

 俺が次に禁呪を使ったら死ぬしか無いわけだ。


 会議の冒頭、この条項でかなり揉めたらしい。

 聖地の様子を報告を受けていたはずの帝国貴族たちだが、それを信用していない連中も多く、わざわざ聖地まで確認をしに出かけた貴族様もいたらしい。

 そして、聖地の有り様を見て、腰を抜かしたという。

 そりゃ、爆心地には直径500mの大穴が開き――50km四方の何もかもが吹き飛んでいたのだ。

 天にも届く爆炎が帝都からも見えたらしいのだが、その結果がどういう事になっているか? ――というのが、帝国貴族達には解っていなかったようだ。


 その連中が帰ってきて、やっと武器の開発や製造制限に対するサインが行われ、本格的な交渉が始まったと言う。


 最後に、今回の騒ぎの引き金にもなったと言える、皇室で巫女の複製を生み出すために使われていた神器だが――。

 ファーレーンが接収して、サクラコ預かりになった。

 本来なら国宝級のお宝なので、大反対が巻き起こるはずなのだが――長年秘匿され続けていたので、パズズと一部皇族しかその存在を知らされておらず、この決定にもトラブルは起きていない。

 後から問題になるかもしれないが、そんな物は知らない――で終了である。


 しかし色々とあったが、これでやっとファーレーンに凱旋する準備が整ったわけだ。

 エルフ達と、帝国貴族共を追い掛け回して虱潰しらみつぶしをしているうちに、かなり日数を消費してしまった。

 ファーレーンを出てから約3ヶ月ぶりに故郷へ帰る事になる。

 帰り際、帝国大学から、金のプレートを貰った。 俺の名前が入った正式な物だ。

 ちょっと、手に入れ方は正式じゃなかったけどな。

 だが、こんな金のプレートを下げたからって何か変わるわけでもない。 正装が必要な場所以外では、身に付けないつもりだ。

 だって重いし、動く時に邪魔だし……首から下げている風にして、服に装着しても良いかもな。

 

 ――さて、帰るか我等が城へ。


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