150話 戦後処理が始まる
懸案だったパズズの実験施設は、稼働を中止させ閉鎖に追い込んだ。
エルフ達も探し物を見つけたのだが、そこで行われていたのは、想像を超える実験――。
赤い実を付ける白い花の苗床は、エルフの屍だったのだ。
辺りが暗くなってしまったので、今日の移動は不可能だ。
周りは荒れ地なので魔物は居ないが、危険を犯して暗闇の中を移動するリスクをわざわざ背負う必要も無い。
皇族の屋敷に一泊する事になった。
だが、中に入るのは、エルフと真学師一同、そしてサクラコだけ。
ファーレーンが接収しているとはいえ、皇族の所有している建物に騎士団が入るのは、少々抵抗があるらしい。
ダークエルフ達は、帝国様式の豪華な部屋に嫌気を差しているようで、中に入る様子も無い。
彼等は、外の別々の場所でキャンプを張るようだ。
夜遅く、屋敷の食堂に集まっての食事。 広い食堂に、僅かな蝋燭と魔石ライトしかないので、薄暗い。
皆無口で淡々と食事を取っているが――あの出来事の後だ、和気あいあいという訳にはいかないだろう。
淡白で味気ない皇族様式の食事が、さらに味気なく感じる。
いつもは煩いステラさんも、仲間のあんな姿を見せられたのでは、騒ぐ気にもならないようで、気だるそうに食事を流し込み――。
フェルミスター公爵はショックで食事も出来ないということなので、自室で休んでいる。
食事の後も皆言葉なく、各々の部屋に案内されて、そのまま篭ってしまった。
まぁ、無理もない。 俺も誰とも話したく無い気分だ。
部屋に入っても窓に透明なガラスなどは入っていないので、月明かりも入らず、部屋の中は蝋燭の光のみ。
鬱々とした気分に拍車をかける。 もう、こんな所でやる事も無いので、寝るしか無い。
だが、入り口に魔石の結界を施して、ベッドに寝転がって天蓋の天井を見ても、寝付けず――何か解らないが、イライラとした気持ちが眠気を遠ざけているようだ。
寝付けず1時間程経っただろうか――不意に、魔石の結界が弾ける。
ピンク色の破片になった魔法を見ながら、ベッドから飛び起きると短パン一丁で脇差しを取る。
脇差しを構えて、魔法で蝋燭に火を付けると、ジリジリと扉に近づく――すると、そ~っとそれが開いた。
「誰だ!」
「……妾じゃ」
「ああ? サクラコか。 脅かすなよ」
脇差しを元あった場所に放り投げ、ベッドの上にダイブすると、白い襦袢を来たサクラコが、ベッドの右脇におずおずとやってきた。
「どうしたんだ? こんな夜分に夜這いに来るなんて?」
「よ、夜這いではないわぇ! 夜這いではないのだが……その」
「まぁ、何となく解るよ。 俺も、なんだか解らないけど、不安や葛藤が収まらない」
「そ、そうなのじゃ……。 しかし、誰かに話したくても、其方の顔しか想い浮かばなかった故……」
「解った解った……とりあえず、ここに寝なよ」
広いベッドの上をポンポンと叩く。
「し、しかし……」
「どうせ何も出来ないだろ?」
やったら、巫女の力が無くなるからな。
俺は、ベッドから降りてサクラコを抱くと、ベッドに放り投げた。
「あんっ! 乱暴じゃの!」
ベッドの上でバウンドするサクラコが不満を漏らすのだが、黙って脇に立たれたままでも困るからな。
そのまま、サクラコと並んで寝転がると、無言で天蓋の天井を眺める。
「サクラコ、カミヨとアマテラスって何か約束があったのか? 密約とか?」
「そんな物ではないわぇ」
「まぁ、極秘事項なのは仕方ないが」
「そんな物でもない……タダの片思いじゃ」
「片思い……?」
俺が、サクラコの方を向くと、彼女も俺の方を向いた。
黒いシルエットの中に、彼女の目だけが、光っているように見える。
「巫女の力をアマテラスに認めてもらい、いつの日か、天と一つになる事を夢見ての」
「それを5000年か?」
「そうじゃ、なんと滑稽な事かの。 だが、それも潰えた。 5000年の時を経ても夢は叶わんのじゃ。 もう、無理なのじゃろ」
「まぁ、そうだろうなぁ。 大体、まだアマテラスって生きて、ここを見てるのか? 門の件を見ても、管理不行き届きにしか見えないんだが」
「生きておる。 そしてまだ、この世界を見ておいでじゃ」
「そう、断言できる何かがあるって事なのか」
「……」
何か決め手になる物があるのか、それともただの思いこみなのか。 サクラコはそれ以上何も語らない。
「ショウ……」
「んあ?」
「其方のところに行ってもいいかぇ?」
「いいけど」
サクラコは、身体をぴったりと俺にくっつけてきた。
「でも、どうせならさ」
サクラコを抱きかかえると、ゴロリと転がり、仰向けの俺の上に乗せる。
「待つが良い! 一寸、心の準備が……」
「別にするわけじゃないんだから、心の準備なんて要らんだろ?」
「し、しかし、其方が望むなら、妾の……」
「それも、禁止されているからなぁ。 バレたら、とんでもない事になりそうだし……でも、せっかくこの体勢になったんだから、お尻は揉もう」
襦袢の下に手を入れて、サクラコの柔らかい肉に指を食い込ませる。
「ち、ちょっと待つが良い!」
「少しだけだよ」
「し、しかし……」
「ほら……もうやめた」
「た、戯けが……」
彼女はそのまま暫く、もじもじした後、俺の胸の上でじっとして固まっている。
「父に抱かれたら、このような感じなのであろうかぇ?」
「そうか、巫女って延々と父親が居ないんだっけなぁ。 なんだか、常識では考えられない、妙な話だよな」
「意外と其方の胸は広くて厚いの……」
彼女の息遣いが俺の肌を撫で、髪の毛の匂いが漂ってくる。
「獣人の男程じゃないけどな」
この世界へ来た時は、ヒョロガリだった俺も、魔法を使った鍛錬の結果、それなりの身体つきになっていた。
どんなハードトレーニングをしても、治癒魔法で回復できるし、自分自身に重量増大魔法を使えば――ドラ○ンボールの界○拳の修行みたい事も出来る。
そのまま2人で鏡餅みたいに重なってウトウトしていたら、いきなりベッドから蹴落とされた。
「*$@#*&*!」
なにやら聞き慣れない言葉で怒鳴られたのだが、体勢を立て直し脇差しを取って抜こうとしたら、素裸のステラさんが立っていた
「なんだよ、ステラさんか。 なんですか、一体」
「何だじゃないだろ! なんだよコレは!」
「サクラコが寂しいって言うんで、一緒に寝てただけですけど」
「私にそんな事してくれた事無いじゃない!」
「ステラさんは勝手に潜り込んでくるじゃないですか」
「大体、今回の騒ぎの元凶は、コイツなのにぃ!」
「……」
まぁ、そう言われると、知らなかった事とはいえ、サクラコも反論出来ないだろう。
「パズズと皇帝が組んで、サクラコを除け者にして企てを進めていたんですから、仕方ないでしょ」
「は! その企てを、密かに伝えてくる臣も居なかったんだから、巫女ってのはかなり疎まれてたんだろうねぇ」
「その通りだぇ……」
「ふん!」
ステラさんは鼻を鳴らすと、ベッドにドスンと腰を下ろし、俺達に顔を背けるように横になった。
「なんで、そこに寝るんです?」
「私だって、寂しいんだから……」
なんだ、ステラさんにしては弱気な発言だな。 まぁ白い花の正体があれじゃ、ショックも受けるだろうが……。
「しょうがない、3人で寝よう」
幸い、3人で寝ても大丈夫なぐらいベッドは広い。
素っ裸のステラさん共々毛布を掛け、文字通りの川の字になる。
「ステラさん」
「なに?」
「遺体の身元は解ったんですか?」
「一目見て解ったよ。 彼女が小さい頃、私がよく遊んであげた娘だった」
「そりゃ、きっついなぁ……」
それで、あんなに激昂したのか。 その後、ラテラ様の見立てでも確認したようだから、身元は間違いないのだろう。
「ショウ……そっち行っていい?」
「いいですけど、何もしませんよ?」
「うん……」
サクラコにステラさん、今回の騒ぎで一番精神的なダメージが大きいのはこの2人だよなぁ。
俺達3人は、エルフの放つ草の匂いの中で眠りに付いた。
------◇◇◇------
――次の日。
皇族の別屋に、食料を運び込むために使われていた荷馬車を接収して、スプリンクラーとホースを積み込むと、ここを後にする。
ここで、価値がありそうなのは、このぐらいしか無い。 後で、商人に頼み、ファーレーンへ送ってもらう。
パズズの研究資料等も、ここには無かった。
今回の、あまりにショッキングな出来事に、皆の精神的ダメージは大きく、帰路では誰も一言も喋らずに黙々とした行軍が続いた後、帝都に到着。
懸案だったパズズの実験施設を潰して、あらかた接収は完了した。
そして、ファルガリアとアルガリアを除く、戦争当事国が全て帝国へ集まり、戦後処理――戦争賠償の話し合いが開始された。
ここからは、殿下とステラさんの腕の見せどころだろう。
恐らく、政務官やら事務方までの話し合いが終わるまで、1ヶ月は掛かるはず。
それまで、帝都に足止めだ。
大体、帝都へ当事国の首脳を呼び寄せるだけで、急いでも1週間は掛かるからな。
一応、殿下に軽く確認したところ、ファーレーンはあまり強引な戦争賠償は求めないと言う事だった。
先ず、ファーレーンが求めるのは、帝国領土の1/3の割譲。
1/3と言うと、大きく聞こえるかも知れないが、ファーレーンが権利を主張するのは、帝国国境沿いを含む聖地全体だ。
面積は広いが、殆ど荒れ地で何の価値も無い。 聖地自体も、俺が使った魔法で、大穴の下だしな。
聖地を押さえる事で帝国に対する警告の意味も含んでの割譲だ。
我々にとって一番価値があるのは、フェルミスター公爵領の併合だろう。
だがこの併合は、フェルミスター公爵からの要請で行われる物で、戦後処理とは関係無い。
残りは戦争に掛かった金と、戦争が起こる前に行われた、借款の返済――そして、特許料を無視した商売による損失の補填等である。
戦争に掛かった金はおおよそで、凱旋後に兵士達に渡す報奨金や戦死者に対する特別賜金を入れて350億円(金貨17万5千枚相当)。
ファーレーンの国家予算の7年分である。 戦争ってのは、とにかく金が掛かる。
兵士の給料無しで、強制動員を掛ければもっと安く済むが、肝心の兵士の集まりが悪ければ、負ける可能性が高まるからな。
そして負けりゃ、これプラス戦時賠償が来るんだから、財政が破綻するのは当たり前。
今回、戦に負けた帝国の財政がどのぐらい傾くかは今のところ不明だが、紙幣や領札等は刷っていないようなので、ハイパーインフレって事は無いだろう。
金の含有量が少ない質の悪い金貨でも、半分の価値はあるし、貴族や皇族共がしこたま貯めこんだ金銀財宝もある。
それどころか、逆に経済の無駄が無くなって、良くなるんじゃないか? ――なんて話もあるぐらいだ。
今回の勝利は、殆どファーレーン1国と、エルフの活躍によってもたらされた勝利で、戦後賠償の殆どを我が国が主張してもおかしくは無いのだが、これも作戦の内。
デコイの出血大サービスをしておいて、最大の戦利品である元世界から持ち込まれた物や、パズズの研究資料は全て、ファーレーンへ運び出す手筈が整っている。
途中で紛失が無いように、護衛に騎士団まで付ける念の入りよう。
そりゃそうだ、こいつはとてつもない大金に化ける可能性がある資料なのだ。
貴族街にある金銀パールの屋敷群は、他国に対し良い目眩ましになるだろう。
ファーレーンが、パズズの保持していたソースを使用して、新しい商品を開発して売りに出せば、最終的にその金は我が国へ戻って来る事になる。
ドワーフ達や、有能な工作師&細工師にはあらかた声を掛けており、引き抜きがほぼ決まっている。
元世界の第2次世界大戦後、アメリア連邦とオロシア帝国が、敗戦国であるツーイド国から、多数の科学者や実験データーを持ち帰り、戦後の科学発展に多大な影響をもたらした。
これ等は金では買えない物ばかりである。
ファーレーンの領土もほぼ2倍に拡張するのだが、広大な人のいない土地が増えるだけで、その管理もしようが無い。
ただ、帝国との争いも無くなるため、交易が再開されて、街道沿いが急速に発達する可能性もある。
実際に帝国でも、我が国から出る石炭を欲しがっているのだが――
鉄道を敷設できれば最良の手段になるとはいえ、さすがに400km以上の鉄道を作る体力は、今のファーレーンには無いだろう。
広大な土地を、フィラーゼ侯爵領に編入するのは広すぎるため、辺境伯を置く案も浮上してきているのだが……。
今後、大きな人口の移動が予測される件もあり、つねに計画は流動的だ。
つまり、どうなるか解らない……ということだな。
うん、マジで解らん。
帝国とファーレーンの人口が逆転する可能性だってありえるしな。
帝国貴族の代表としてフェルミスター公爵――リンも会議に参加している。
フェルミスター公爵領は、ファーレーンに合併する予定なのだが、帝国の監視役としての働きを期待されているのだ。
彼女も若いので、政の補佐を同行させており、ファーレーンから公爵領へ戻った後も、しっかりと人材の確保を行っていたようである。
殿下には、もう一つ計画がある。
フェルミスター公爵と共同での帝国議会の改革だ。
今までの帝国議会は、貴族や商人達の都合の良い人選で議員が選出されており、その機能を果たしていなかった。
それを改革して、一般平民からも地区ごとの代表を選出させて、議会を運用させようと言うのである。
選挙は行われないが、民主主義に一歩踏み込んだ改革と言え、大陸での統一国家という大規模な国家運営を見据えた、試金石とする狙いがあるらしい。
殿下は、帝国を傀儡政権を使った民主主義の巨大な実験場と化す、お考えのようだ。
この世界の住民にしてみれば、民主主義なんて得体の知れない未知の制度なのだから、慎重になるのもやむを得ないだろう。
------◇◇◇------
パズズの資料を読みたかったのだが、全て馬車に積んでファーレーンに送ってしまった。
ゴールドが持っていた漫画ぐらいは、手元に残して置けば良かったか。
戦後処理の会議は1ヶ月は掛かるというので、やる事がない。
暇をしていると、師匠が図書館へ行こうと言う。
「図書館?」
「帝都大学の図書館です。 この大陸で一番大きいのですよ」
師匠のお墨付きであるが――。
「へぇ……」
う~ん、俺は元世界の国立国会図書館を見てるからなぁ。 あれ並って事はないだろう……あまり、期待は出来ない。
それに俺は帝国兵士を5万人殺している事になっている。
実際には4万だが、巫女であるサクラコがやったとなれば、色々と問題があるだろうから、全部俺という事になっているのだ。
目撃者は居ないし。 師匠とステラさんは、サクラコが火林を使ったところを見ていないしな。
聖地へ獣人達を偵察に行かせた時に、ニニには話したが、彼女にも口止めをしている。
その5万人の兵士の遺族の事を考えると、あまり俺が敵地でウロウロして良いとは思えない。
「遠慮しておきますよ」
「どうしてですか?」
「私が沢山殺した帝国軍兵士の遺族がいたら揉めますでしょ?」
「なるほど。 気にすることは無いと思うのですが」
「私が気にしなくても、相手が気にするでしょう」
ステラさんを除く真学師一同は図書館へ、俺とサクラコは迎賓館に残る事に。
帝国の図書館は、真学師ならフリーパスで入れると言う。 その弟子も同様だ。
一緒に行くミルーナは、師匠の弟子という事にするらしい。 彼女の本当の師匠はステラさんだが、背の高いエルフ様は今、戦後処理の会議の真っ最中で、その辣腕を振るっている。
ファラは図書館の常連で顔パスらしい。 本好きと聞いていたが、マジだな。
やる事が無いので――迎賓館の中庭で、魔法やカミヨ剣術の対練をサクラコと行う。
気分が落ち込んでいる時は、汗を流すのが一番。
迎賓館には風呂もあるしな。 贅沢三昧だが、掛かった経費も全部帝国持ちだ。
中庭は適度な広さがあり、建物の影に入る場所に設置されているベンチに座れば、涼む事も出来る。
外国の要人が泊まる施設なので、庭の管理も行き届いており、眺めも良い。
庭の管理ってのは、とにかく金が掛かるからな。
ファーレーン城の中庭なんて、金が掛かるって理由で放置されていたのを俺が管理しているわけだし、エラい違いだ。
サクラコが汗を流す行水をしている間――。
次いで、騎士団の連中も暇そうなので、手合わせを行う。
俺が直接馬に乗った騎士と戦う事はないだろうが――と思ったが、前フェルミスター公爵と戦っていたか。
しかし、あれは戦ったと言えるのか?
実際、ファーレーンの近衛騎士団と手合わせをすると、かなり手強い――というか魔法やフラッシュバン無しで、これは勝てないだろう。
俺もまだまだ修行不足だ。
同じく暇そうにしていた、フィラーゼ候爵も連れて来たが、候爵は近衛騎士より強い。
それならばと、迎賓館に残っていた青騎士と候爵を対戦させてみたが――お互い一歩も譲らずといった感じで、全くの互角。
「これはやはり、良い人を雇いましたね。 これだけ強いのであれば、部下もかなり強いのでしょう」
「恐らく……」
近衛騎士団の団長も舌を巻く。
「やりますな」 「そちらこそ」
青騎士と候爵が試合の後、がっしりと握手する。
「しかし、せっかくこんな強い方を雇っても、今後はしばらく平和になってしまい、仕事が無いかもしれませんね」
「それは、願ったり叶ったりですよ。 私は、サラと一緒に畑でもやって平和に暮らせれば良いのです」
サラというのは、青騎士の軍馬でタンデムしていた、女性魔導師だ。
「農業をやるなら、ファーレーンはおすすめですよ。 新しい農法も次々と開発されてますし、ここら辺のように農地が荒れていませんからね」
騎士団の一同が、頷いている。
「真学師様、ファーレーンが豊かなのは、やはり森のおかげなのでしょうか?」
「その通りです。 森の恩恵は計り知れませんね。 しかし、帝国もこれだけ蓄財する金があるなら、帝国中に農業用水路を張り巡らせて、農地へ水を送る事も可能だったでしょう」
「しかし、そんな計画が上がる事はただの一度もありませんでした……帝国に、ショウ様のような真学師がいてくれたならば」
帝国は、農業には全く投資して無かったようだな……。
「能力から言えば、パズズは私なんて足下にも及ばないほどの、天才ですが――完全に能力の使いどころを間違えましたね」
「まったくです。 帝国のためにその力を使ってくれれば……」
「いや、本人は帝国のためと思っていたのかもしれませんよ。 この大陸を統一すれば、また帝国の栄華が戻ってくると」
「帝国貴族が太り、屋敷の金の飾りが増え、荒れ地が増えるだけでしょう」
随分と辛辣だが、恐らくはその通りになっただろうと思われる。
元気に剣を振っているようだが、青騎士の顔には少々陰りがあるように見える。
あの実験施設でのショッキングな出来事が、脳裏にあるのだろう。
「そういえば、テテロ卿の姿が見えませんが……」
「卿はお城に戦利品を運ぶ準備をしていますが」
フィラーゼ候爵が、中庭の縁石に腰掛け――武器の手入れをしながら、あの北の将軍様のような貴族について、話してくれた。
候爵が握っているのは、俺が鍛造した両刃の長剣で、彼に譲った物だ。
戦利品の輸送に、騎士団を護衛に付けるとは聞いたが、あいつかよ。 もうちょっとマシな護衛を付けて欲しいぜ……。
「ええ? 大丈夫だろうな……帝国軍の残党がいるかもしれないし、軍崩れの野盗は面倒ですよ」
「本の一冊でも紛失すれば、改易して領地を没収すると――発破を掛けられておりましたから、卿も気合が入っているでしょう」
この世界の発破は魔法での爆裂のことだが――殿下は、テテロ卿にかなり脅しを掛けたらしい。
「時に候爵様、その剣の使い心地はどうでしょう」
「よく切れる剣です。 真学師様の仰った通り錆びやすいのが欠点ですが……ただ、鎧に叩きつけるのには向きませんね」
「候爵様なら、そんな使い方はしないでしょう。 切れ味をよくするために、鋼鉄の量を増やすと、どうしても錆びやすくなりますので、それは、仕方ありません」
青騎士が、候爵の剣に興味を示したようだ。
「これは、真学師様が打った剣なのですか?」
「ええ、私が使ってる武器は、全部手製ですよ」
青騎士に俺の脇差しと剣鉈を見せる。
「真学師様は、鍛冶まで玄人裸足だとは……」
「まぁ、ドワーフの様にはいきませんけどね。 これも真理探究の一つですよ。 鉄の真理を解明出来れば、優れた鉄や武器を生産できますからね。 ファーレーンでは、燃える石を使った巨大な高炉が稼働中ですよ」
「なるほど……帝国は何もかも遅れていると、痛感いたしました」
帝国でも、異世界から入ってきた知識で遅れているのは理解できただろうが、国が大きい分小回りが効かず、そう簡単には方向転換は出来なかったのだろう。
利権にしがみつく奴も沢山いるしな。 ファーレーンでも居たし……。
帝国がファーレーンの5倍の規模だとすると、利権に群がるやつも5倍いるって事だ。
皇帝が強権を発動して、強引に転換すれば可能だったろうが、そのトップ自ら非ぬ道へ進んでしまったんじゃ……。
ここら辺が、絶対君主制の怖いところだな。
「侯爵様、この戦後処理の話し合いが終わって、ファーレーンに凱旋すれば、いよいよミルーナ様とのご成婚ですね」
「全て、真学師様のおかげで御座います。 貧乏貴族だった私が、こんな過分な幸せを掴むことが出来ようとは……」
「いいえ、身分に関係無く、能力に長けた者を重用するという殿下の政に従ったまでですから。 ファルタス国王と王妃様も心待ちにしておられるようでしたし」
「はい」
国に帰ったら結婚する――なんだか変なフラグみたいだが、大丈夫だろう。
戦は終わったのだ。
------◇◇◇------
――その日の夕方。
迎賓館の飯は飽きたので、獣人達の所へ行ってみる事にした。
メイドさんを捕まえて、殿下への伝言を頼む。
獣人達は、街の外でキャンプ村を作っているというので、ローブで顔を隠して、そこを目指す。
顔を隠さなくても、帝国には髪の黒い奴も沢山いるし、金のプレートを首からぶら下げていなければ、真学師だとバレる事はないと思うが。
それに、ファーレーンの悪魔――という名前は皆知っているが、帝国で俺の顔を知っている人間は、ほぼいない。
これから、会議が終わる1ヶ月は軍を駐留させないといけないからな。
戦闘が終わったからと言って、ファーレーンに返すわけにもいかないし、会議の後も、最低限の軍は駐留させる必要があるだろう。
まぁ、この滞在費用やらも戦争賠償に含まれるのだが。
これが、元世界なら数年~10年単位になる話だ。
獣人達の所へ到着してみてビックリ、もう立派な村が出来てるじゃないか。
部族ごとに獣人達が塊になりコロニーを作っており、あちこちから竈の煙が上がっている。 カラフルに並ぶテントは商人の物だ。
後方部隊にいた、商人たちも一緒にキャンプ村に加わっている。
そういえば、後方部隊にはフローの奴がいたはずだが……商人に尋ねてみる。
「治癒魔法とかを手伝っていた、クソやかましいエルフがいたろ? 何処へ行ったか知らないか?」
「その方なら、他のエルフ様の所へ合流すると仰ってましたが……」
ああ、なるほど。 まぁ、無事ならいいや。
村には派手な飾り付けをした移動娼館の馬車も設置されていて、賑わっている。
ファーレーンの移動娼館だけではなく、帝国の移動娼館も少し離れた所にあるじゃないか。
まぁ、戦争は終わったんだからな。 やつらも食わなくちゃいけないわけで――背に腹は代えられないか。
移動娼館の主に声を掛ける。
「こんな所まで付いてきて、商売しているのか?」
「真学師様。 そりゃ、一番のお得意様、獣人の男達の殆どがここにいるんですからね。 客がいないファーレーンで店を開いても仕方ないでございましょ?」
「そりゃ、そうだが……」
何時もながらに、商人達は商魂たくましい。 もう戦は終わって、安全だしな。 一番のお客が沢山いるんじゃ、入れ食いだろうし、商売するしかないだろう。
兵站係の商人達も忙しそうだ。 1万人以上いる兵士達の物資を用意しなければならない。
しかも、請求先は殿下なので、取りはぐれる事がない最高の商売なのだから、熱も入る。
「ねぇ、真学師様も、ちょっと寄ってかにゃ~い?」
客引きをしていた獣人の娼婦が薄い衣を纏って、身体をスリスリ――尻尾を俺の腕に絡ませて来るのだが。
「悪いな、金を持ってないんだよ。 戦で落としてしまってな」
「んふ~真学師様ならタダでも良いにょ?」
金を持ってないって言うのは嘘だ。 それなりの金は懐には入っているのだが、無駄使いは出来ないからな。
娼婦に絡まれている俺を、獣人の男達が羨ましそうに見ている。
一応、軍から食料と若干の給金が出てはいるが、頻繁に女遊びが出来る程の金は支給されていない。
そんな連中を目の前にして、タダでやったんじゃ、後で恨まれる。
女を優しく撫でると、移動娼館を後にした。
数カ所で聞き込みをして、ニニの所を探していると、薪の集積場がある。
並べて積み上げられた横では、商人の丁稚らしき男の子が、縄を撚っている。
これは、兵士達の燃料として配られるのだろう。 しかし、何処から運んでいるのだろうか?
ここら辺は荒れ地ばかりで、薪にするような木はあまり生えていない。
まさか、崖を登って、森の奥深くまで取りに行っているわけでもあるまい。
「真学師のショウだが、ちょっと聞きたい。 これは何処から運んできたんだ?」
「これは真学師様。 ファルタス領ですが……」
「なに? ファルタスには許可を取っているのか? 不法伐採は洒落にならんぞ?」
「いいえ、お城の方はファルタスに許可を取ってあるから……戦時供与だと」
殿下が電信を使って、既に領地に戻っているファルタス王の協力を取り付けたのか。 さすが、仕事が早い。
「真学師様、少々お願いがあるので御座いますが」
「なんだ?」
「薪の乾燥をお願いしたいと……伐採したてなので、まだ生木なので御座います」
「ああ、解った」
薪の山に乾燥の魔法を使って、水分を抜く。 生木だとマジで燃えないからな、煙も凄いし。
戦が終わってしまったので、仕事が無くなった獣人達がファルタスの森まで走って行って伐採、薪にして運んできていると言う。
商人たちはそれを買い取って、兵士達に分配――それを数千人単位でやれば、あっという間に薪の山ってわけだ。
獣人達も暇つぶしと小遣い稼ぎになるからな。 小遣いが入りゃ、女と遊べる。
「僅かですが、これを……」
商人がお礼の銀貨を渡してくるのだが、それは必要ない。
「これは、兵士達に配る物だろう。 それなら俺の仕事だ、礼は必要ない……だがまぁ、気兼ねすると言うなら、薪を一束くれ」
彼に聞くと、ニニのキャンプは近くらしい。
商人の丁稚が撚った縄をもらうと、薪の束を縛って、ニニの所へ向かった。