15話 父さん、エルフはホントにいたんだよ!
師匠が到着するまで、たいしてやる事がない。
師匠の引越しの荷造りの手伝いも必要ないって言われるし……。
セキュリティー用の魔石も受け取ったし、暇なので街へ繰り出して、あちこち覗いてみるか。
街へ出てみると、さすが人が多いし、賑やか――物資は豊富だし、あからさまに浮浪者がウロウロって事もない。
治安も良いと思うし、政も上手くいってるみたいな印象を受ける。
でも、メインストリートは平気だが、脇道にはあまり逸れないでください、特に街のハズレの場末はダメですよ? とルミネスさんに釘を刺されてしまった。
もしかして、ヤバい? 好奇心がうずうずと疼くが、日本と違うからなぁ――命の危険が伴うのだろう……。
しかし、いろんな店があるなぁ、これは楽しいぞ。
あちこちを歩き回っていると、見憶えのある獣人メイドさんが歩いてくる。
「こんにちは、ニムさんじゃないですか」
「あ、ショウ様ですにゃ。――さんなんて要らないですにゃ。ニムはニムでいいですにゃ」
「買い物ですか? 私は師匠が来るまで暇つぶしですよ」
「そんな喋り方しなくてもいいですにゃ。もっと普通でいいですにゃ」
「はぁ? これで、普通だと思うけどな、もっと砕けたほうが良いのかい?」
それじゃ……。
「買い物かいニム? 俺は師匠が来るまで暇つぶしさ、フフフ」
「にゃっ、そっちほうが恰好良いですにゃ」そうなの? 獣人の感覚がわからん。
というか、街で下手に出ても舐められるだけで、良い事はないと言われる――やっぱり謙遜から入る日本とはちょっと違うらしい……。
ニムと色々と世間話をして、飯を食うなら大通りにある『燦々亭』という所が良いと言われてやってきた。
見つけた燦々亭は西部劇に出てくる酒場みたいな雰囲気だった。看板の字がイマイチ読みにくいけど、多分そうだろう。
「こんちは~ここ座って良いかい?」テキトーに座る場所を決める。
丸いテーブルと椅子が並んでいるが――木造が基本なので、床も壁も全部木だ。
これは石造りになると、途端に値段が跳ね上がる。当然だが、石造りなら数百年は軽く保つ。
「どうぞ~! お前さん、お一人追加~!」
ちょっと小太りの女将さんが出てくる。
「何にします?」
「初めて入ったんで、料理がわからん。肉を焼いた料理があればそれをくれ。あと、パンな」
「はいよ~! お前さん、肉焼一人前追加~!」
「おう!」と奥から男の声が聞こえてくる。
「飲み物はどうします?」
「何がある? 酒は飲めんからな」
「ちょっと高いけどミルクがありますけど」
「んじゃ、それをくれ」
ブッ! 吹き出す声が聞こえてきて、
「オイオイ、ミルクだとよ、お家でお母ちゃんのミルクでも飲めば良いじゃん」とかゲラゲラと聞こえよがしに言う声が聞こえてくる。
おおっ、それっぽい煽りキター。
なんとか鉄道ってアニメでこんなシーンなかったっけ? キャプテンなんとかっていう人が助けてくれるんだよ、そんなわけねぇって。
「すみませんねぇ、ガラの悪い連中が増えちゃって」
女将さんが料理とミルクを運んでくる。
「はは、気にしてないさ」
「お兄さん、見かけない顔だねぇ、どこからきたんだい?」
運ばれてきた料理を頬張りながら答える。
「むぐむぐ、山からさ。昨日、城に引っ越してきた」
肉焼は、ほんとに焼いた肉で――塩と香辛料だけって感じだが、単純だがそれなりに美味い。
「え? お城の人かい? 工作師さんとかかい?」
俺は、ミルクを一口飲みながら答えた。
「真学師さ」
「げっ! 真学師……」そんな声が聞こえると、何人かいたガラの悪い連中は、金をテーブルに置くと、そそくさと店から出ていった。
「ありゃ、客を追い出したみたいで、ごめんよ」
「良いんですよあんな連中、たいした飲み食いもしないで居すわるもんだから、困ってたんですから」
店の主人も出てきて、挨拶をしてきた。
「これは、真学師様とはおみそれいたしました。今後とも御贔屓にお願いします」
「悪いちょっとウソついた。まだ見習いさ、コレがないだろ?」俺は、師匠がしている胸のプレートの辺りで手をヒラヒラさせた。
飯代を払おうと金貨をだしたら、こんなのお釣りがないと言われたんで、ツケにしてもらった……。
こりゃ、マズいんで、帰りに両替商を見つけて両替をした。恰好付けたはずなのに、ちょっとバツが悪い。
飯代は銅貨2枚也。
通貨はこんな感じ。
小四角銅貨(25円相当)20枚→銅貨1枚(500円)
銅貨10枚→小四角銀貨1枚(5000円)
小四角銀貨10枚→銀貨1枚(5万円)
銀貨4枚→金貨1枚(20万円)
そりゃ、日本でも20万円金貨だしたら、お釣りないって言われるわな。
ライラ姫殿下についても色々と話を聞いた。
現在15歳、前国王と王妃様を流行り病で亡くしてから、マジで国の全権を担っているらしい。
18にならないと即位できないので、通常は摂政を置かないとダメだが、そのような話を全部断り――殿下が全ての政をこなしている。
かなりのやり手で、実績も残しており大臣達は口出しできない状態だという。
お城の合理的なシステムとか全部殿下の手腕なのか……。
あんな小さくて、胸もペッタンコなのに、マジで凄いと思う。
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――2日後、師匠がやってきた。大量の荷物と共に。
え? 自分の眼を疑う――師匠の自宅部屋ってそんなに広かったっけ? どこにこんなに入ってたんだ?
とりあえず、羊皮紙と木紙と黒板の山。
黒板でも、保存したい場合はニスを塗れば、保存できるらしい。
手伝おうとしたのだが――触られると、どこに何があるか解らなくなるから、触るなと言われた……。
日本みたいに、ダンボールとかないからね。
もう溢れんばかりに山積みだよ……。
ここには紙がないから不便だわ……そういえば、紙って作れるよな?
作るならやっぱり和紙か。
師匠の部屋の前で――手伝う、要らないと押し問答をしていると、一人の背の高い女性が近づいてきた。
白っぽいショートのパッツン金髪に、特徴的な長い耳そして白い肌。
目は青く、服も青いチャイナみたいなロングスカートを履いている。
その上から、ロングのコートというか、白衣みたいな服を着ているが、正直――その組み合わせは微妙な感じが。
それは……。
エルフだよ! エルフ! 父さん! エルフはホントにいたんだよ!
背高ぇぇ、脚長ぇぇぇ、股どこについてんだよ。ヒールもなしでその脚の長さって人間じゃないだろ? ってエルフか。
そして、胸に光ってる金色のプレート……あれ? これって……。
「君が新しい真学師君かぁ」
「あ、あの見習いですが――真学師ルビアの弟子でショウと申します。よろしくお願いいたします」
「ふ~ん、ルビアが弟子を取ったみたいって聞いたからどんな子かと思ったらぁ……」
そう言うと、俺に、顔を近づけてきたというか、背が高いので――首に手を回してのしかかってきた感じ。もうグィグィくるくる。
俺よりかなり背が高いから、185ぐらいあるんじゃね?
なんか草の匂いというか、森の匂いがするぅ……そうじゃねぇよ。
「ち、ちょっと、美しい方に抱きつかれて嬉しいんですけど、無礼なのは困りますよ」
「無礼? 無礼と言ったかい? 同業者に引越しの挨拶にも来ないのは、無礼じゃないのかい?」
「え!?」やっぱり!
と、師匠の方をグリっと見ると……もういねぇし! 逃げたな。
ああ、師匠の知り合いのエルフって、もしかして。
「その、色々と立て込んでおりまして、後程、ご挨拶に伺いますので……」
「その場凌ぎの繕いなどしなくていいよ、どうせルビアから何も聞いてなかったんだろ?」
ギクっ! ホントにそうなんですけど。
「いや、ですから……」
「弟子の君に責任取ってもらおうかな~? ンフフ……」
ち、ちょっとなんなのこの人は、いい加減ウザいんですけど……。こういう手は使いたくなかったが……。
俺は、エルフの右の脇腹をスッと撫でると、人差し指で、ツン! と突いた。
「ひゃっ!」と腹を押さえ小さい悲鳴を上げると、長身の細い身体をくの字に曲げて、エルフは飛び退いた。
「引越しのご挨拶が遅れている事は謝罪いたします。後程、正式に引越しのご挨拶と謝罪のためにお伺いいたしますので、平にご容赦の程を……」
そう言って、俺はスタコラサッサと逃げ出した。
「師匠、まさか引越しの挨拶とか何もしてないとか?」
とりあえず、一番近いメイドさん詰め所へ寄ってみたが、師匠は挨拶にきてはいないということだった。
俺は謝罪したが、ルビア様は知り合いですから、気にはしてません、という。
でも、ちょっとマズいんじゃないでしょうか。
それって社会人としてどうなのよ?
そういう文化? でも、エルフのお姉さんは挨拶しろよってきたしなぁ……。
それとも、弟子の俺がやれ! って事なのかなぁ……。
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工作師とか色々と頼む事も多そうだし、こういう発展途上国なら、とりあえず、贈り物と袖の下必須だよね?
というわけで、街へ出かけると――引越しの挨拶の贈り物を買うことにした。
最初に、前に街へ散策したときに見つけた、小物屋に入った。
いろんな小物が並んでいるが、指輪入れ? のような小さい飾りのついた箱を手に取って、その店の女主人に尋ねた。
「ちょっと聞きたいんだが、ウチのメイドさんに贈り物したいんだが、女の子はどんな贈り物がいいかね?」
「それなら、ハンカチはいかがでしょう?」
ハンカチか、いいね。ここは紙がないから、なんでもハンカチなんだよな。何枚あってもいいだろうし。
城内のメイドさんは10人って事だったから、予備も入れて11枚か……。つい、予備を入れて買ってしまう性分な俺。
「それじゃ、この小箱と、ハンカチを11枚くれ」
「11枚ですか? ちょっと在庫を確認します」在庫を確認したら、11枚あるようなのでそのままゲット。
「たくさん買っていただいたので、ハンカチ1枚分はオマケいたします。全部で銀貨1枚になります」
箱が2万5千円、ハンカチ一枚2500円×10って事か。まあ無難な金額だな。
「ありがとう」と、銀貨1枚と銅貨2枚を出して、ついでに聞く――銅貨はチップだ。
「ついでに聞くが、ここら辺に美味い酒を売ってる店はないか?」
「それなら、この先に、葡萄屋という店がありますよ」
「そうか、ありがとう」
葡萄屋を探す途中で、中々良さ気な皮のショルダーバッグを見つけたので、ゲット。値段、ミニ四角銀貨1枚5000円
これは、道具入れに使うことにしよう。
葡萄屋、葡萄屋……あった。看板に木で出来た葡萄の模型が釣り下がっている。非常に解りやすい。
文字が読めない人も多いからな。ひと目で解るようになっている店が多い。
この世界で、酒と言えば、葡萄酒だ。他のリキュールもあるようだが、蒸留の技術がないみたいだから、元世界のようなアルコール濃度数十度みたいな強い酒というのは存在していない。
中へ入ると、樽樽樽……ガラス自体が高価なのでガラスの瓶はない。存在はしてるのかもしれないが、普通には売ってないだろう。
グルリと見回すと、人の頭2つ分ぐらいの小樽がある。これでいいか……。
「なにかお探しですか?」店員が話しかけてきた。
「この大きさの樽で、ちょっと上等な物が欲しい、いくらぐらいからあるかな?」
「その大きさだと、銀貨1枚ですかね」
5万円か……日本でちょっと上等なワインだと瓶1本で数万だからなぁ、それに比べれば安いような。
ええと――工作師は大所帯だから3つで、後は1つずつ……か。ドワーフは1つじゃ足りんような気がするが、工房で差を付けるとマズいような気がする。
工作師は人数が多いって事で許してもらおう。
「よし、その銀貨1枚の樽を6樽くれ」
「え? 6樽ですか? 親方~」若い店員(丁稚?)は奥へ走っていってしまい、この店お主人らしき人がやって来た。
「この度は6樽お買い上げという事で、ありがとうございます。その量だと、大樽のほうがお得になっておりますが……」
「いや、各所への贈り物に使うから、小樽でないと困る」
「そうでしたか、これは失礼をいたしました」ペコリと頭を下げる店の主人。
「ついでに、運賃を出すので、城の副門まで運ぶのを頼めるか?」
「え? お城の方でしたか、それでは運賃はご奉仕とさせていただきますので、今後とも御贔屓によろしくお願いいたします」
葡萄屋が手配した荷馬車に、樽を積み込み、城の副門へ向う。
副門まで運んだところで、荷馬車が通行用の魔石を持っていない事に気づき、とりあえず、入り口へ樽を降ろす。
「ここまででいいよ、運んでくれてありがとう、細かいのがないので、二人で分けてくれ」と言って、ミニ四角銀貨1枚を二人に渡した。
一杯飲んで、飯食うぐらいはできるだろ。
門の警備に銅貨2枚を渡して、樽を置かせてもらう。とりあえず、袖の下だ。
小樽3つに重さ軽減の魔法を掛けて一気に、工作師工房まで運ぶ。
それを見た、守衛に聞かれる。
「ちょっと、そんなに持って大丈夫ですか?」
「ああ、魔法を使ったから大丈夫だよ」
「え? 魔導師の方ですか?」
「いや、新入りの真学師だよ」
「これは失礼しました! おい! みんなこっち来て手伝え!」
というわけで、守衛の人達に手伝ってもらって、各工房へ届けてもらった。
守衛の人達にも銅貨2枚ずつ。
最初は、工作師工房へ。
「ラジルさんは、いらっしゃいますか?」と工作師の方へ、親方を呼んでもらい、小樽を3つ渡す。
「こんな上物の酒をもらっちまっていいんですかい?」
「はい、引越しの挨拶の贈り物という事で、皆さんで飲んでください。ちょっと足りないかもしれませんが……」
「こういうのは縁起物ですからねぇ、かまいはしませんぜ。やっぱり、ショウ様は変わってますぜ、いままでこんなの持ってきた真学師様はいねぇですし」ガハハとラジルさんが豪快に笑う。
「え? そうなの?」
え~?
次は鍛冶のドワーフへ小樽を渡す。
「というわけで、引越しのご挨拶の品で、これを置いていきます。よろしくお願いいたします。ドワーフの皆さんじゃ全く足りないと思いますが……」
「こんな良い酒、ワシが全部貰うに決まっておるわ!」
「親方そりゃないですぜ」
「じゃかましいわい! 良い酒飲みたかったら、早く一人前になりやがれ!」
もう栓を開けて、樽を抱えて口付けてるし。豪快にラッパ飲みである。
怖ぇ、ドワーフ超怖ぇぇ。
はい、次いってみよ~
細工師工房へ。
「あ、細工師の方は女性が多いですから、酒じゃなくて他の物が良かったですかねぇ?」
「いいえ、たしかに女が多いですけど、意外と酒豪も多いんですよ、オホホホ」
「それから、街で噂されてるような事は、私と師匠の間にはありませんので」
「ホ……ホホホホ」なんか腹抱えて笑ってるし……なんでよ?
最後は、資材部へ届けて終了~。
あとは、メイドさんの詰め所へ行って、ハンカチを皆に渡したが、皆喜んでた。
やはり、こんなプレゼントくれる真学師というのは初めてらしい……。
俺はメイドさん達に挨拶をすると、詰め所を後にした。
はあ、疲れたわ……、金も使いまくり。
計算したら、金貨1枚銀貨3枚ミニ四角銀貨2枚銅貨10枚……え~と、約37万円ぐらい? ふう……。
まあ、飯は出るし、家賃はないし、残り金貨1枚でも余裕だろ。
そういえば、なにか忘れてるような……。
あ、エルフのお姉さんの事、忘れてたわ。