149話 死霊と赤い実の秘密
俺達は、パズズの実験施設と思われる、皇帝の別屋へやって来た。
荒れ地の中に佇む巨大な別屋――これだけで、小国の城程の敷地があるだろう。
中に足を踏み入れると、そこは――一言で言えば、森。
直径500m程の高い塀の中は、鬱蒼とした森になっており、荒れ地の中にポツンと孤立している。
その中で生命の循環が完結して継続する――昔、流行っていた生命球を彷彿させる。
その時に、ねだって買ってもらった生命球が、あっという間に全滅して悲しんだ苦い記憶がフラッシュバックして、首を振る。
赤い実を作るということは、あの実がなる白い花を栽培するって事だ。
そのために、森の中の環境を再現しているのかもしれない。
だが、そのためだけに、これだけの金を掛けるのか……さすが、大国だな。
その一方で、財政は火の車で破綻寸前だったようだが、赤い実を量産できれば、大魔法が使いたい放題だ。
あっという間に、楯突く国々を一掃してこの大陸の統一――そして、奴隷から搾取するように、金を集め再び栄光を!
そんな青写真を描いていたのかもしれない。
俺達を出迎えたのは、白い法衣を着た10人程の男達。 当然、皆顔色は良くない。
「お、お待ちしておりました」
一歩前に出たのは、背の小さい少々腹が出た中年の男。 似合わないカイゼル髭を生やしているのだが――いかにも小物といった感じ。
「ほう、それは随分と殊勝な事だの。 妾はライラ・リラ・ファーレーンⅢである。 ここで、禁忌を踏んだ企てが行われているという証拠を掴んで参った。 当然、其方達は知っておるのだな?」
「……」
「どうした? 答えられんのか?」
「我々、勅命に従ったまででございました」
「ほう?」
続いて、俺が質問した。
「それでは、企てに協力しての金品等の見返りは、パズズから貰っていないと?」
「その通りでございます」
そんな事を言っているが、汗をダラダラかいて顔色が真っ青だ。 どう見てもウソっぽい、それに――。
パズズの屋敷で、ファラの頭の上に見えた黒いモヤモヤがまた見える。
さっきまで見えなかったのに――これは、なんなのか?
ファラの時もそうだが――もしかして、人の嘘が見えるようになったのか?
俺自身魔法は使っていないので、マリアの持っている力に近い物かもしれないが……よく解らん。
引き金になったのは、パズズを切った時に見えたビジョンか?
「師匠。 この人言っているのは、嘘ですよね?」
師匠が黙って頷く。
俺達の後ろから、サクラコが前に出てきた。
「戯け! これだけ真学師が並んでいるのに、嘘など通用するわけが無いであろうがぇ! しばらく顔を見ぬと思うたら、こんな所におったとは」
どうやら、彼女はこの男を知っているらしい。 ここが皇族の施設という事は、こいつも宮内庁の役人なのだろう。
「サ、サクラコ様! し、しかし、わ、私は……わ」
あまりの緊張なのか、男はその場で横に白目を剥いてぶっ倒れた。
この倒れた男が、パズズから見返りを貰っていたのは確かだろう。
だが、その他の下位の職員は、あくまで仕事――こいつの命令に従ったまでのようだ。
「このような小物はどうでも良い。 ファラとやら、パズズの実験場に案内するがよい」
「承知いたしました」
ここから奥に見える白い屋敷に何かあるのかと思ったら、森の中に――それはあると言う。
俺達は森へ向かうが――メイドさん達は、森の奥にある屋敷へ向かい、色々と殿下のために準備をするようだ。
お茶の準備とか、食事の用意とか、長丁場になった時の宿泊の準備とか……やる事は沢山ある。
特に食事は、毒物の混入を警戒しなくてはいけないので、監視が必要だ。
男が倒れている場所から左に折れ、小道に入る。
鬱蒼とした森の中に入ると、この場所が壁に囲われた施設の中だというのを忘れる。
木漏れ日が入り込み、鳥や虫も沢山いるようだ。 道脇には花も沢山咲いている。
原生林を模倣しているようだが、長い期間同じような状態を保とうとすれば、人の管理が必要になる。
言うなればここは、作られた原生林。
元々あったここの木々に、離れた原始の森から草花や虫や鳥が持ち込まれて、閉鎖された空間で繁殖させた物だ。
「ここは森によく似ているな……精霊も満ち溢れている」
フェイフェイが辺りを見回して、深呼吸している。
「そんなに精霊が濃いのか?」
「ああ……」
「ここはファーレーンの森によく似ていますね」
同行しているフェルミスター公爵が言う通り、やはり森をシミュレートした物に違いない。
数分進むと、大きな空間に出る。 直径100m程の円形に森が繰り抜かれている。
これは明らかに、作られた物だろう。
そして、中心にそびえ立つ巨大な木。 周りには数本の木が巨木を囲むように立っており、これもデザインされた物だと思われる。
円の中にも木は生えているのだが、かなり疎で一面に草が生い茂り、緑の絨毯の中には色とりどりの花も見える。
そして、等間隔に配置されている、金属製の装置――こりゃ、スプリンクラーだ。
こんな物まで持ち込んでたのか……。 スプリンクラーの根本まで行くと、緑色のホースが繋がっている。
これも、向こうの世界から持ち込んだ物だろう。
奥に小さな小屋と、高い櫓の上に大きな樽が乗っているのが見える。 恐らく、あそこから水を送っているのだと思う。
「ここは……」
「こちらです」
見回した後に質問しようとしたが、その答えがこれから案内される所にあるらしい。
ファラに促されて、円の中に一本だけある小道を進み大木の根本までやって来たのだが――そこには、信じられない光景が。
長い黒髪の裸の少女達が、木の周りに横たわっているのだが、どう見ても生きているようには見えない。
肌の色は白く、まるで蝋燭のようだ。 白い躯達の年齢はバラバラ――7~8歳の少女もいれば、2~3歳の子供もいる。
触ってみても、体温は感じられないが、腐敗しているようにも見えない。
皆、サクラコに似ている……というか、そっくりだ。
パズズが引き連れていた、巫女の死霊達は顔がよく解らなかったのだが、ここに横たわっているのは、間違いなくサクラコだ。
「数は、ひーふーみー……10人か。 もしかして、これが死霊の元か?」
「そうです」
「死んでいるようだが、生きているようにも見えないな。 どうやって保存をしているんだ?」
「それは……」
同行していたエルフの長老ラテラ様が、大木の下へ行くと、幹の穴から何かを取り出した。
「死体を保存している正体はこれです」
ラテラ様が見せたのは、白いヒトデ? ――金属か石かは不明だが、白い星形の物体を物を手にしている。
「もしかしてそれが、ラテラ殿が探していた物なのか?」
殿下が白い星形を見て、ラテラ様に問う。
「その通りでございます」
「それが何かは、妾達には教えてはもらえぬのか?」
「これは……」
俺の後ろからステラさんの声が響く。
「探しても、見つからないと思ったら、こんな所にあったとは! そりゃ、帝都に無いわけだよぉ!」
彼女たちの説明では、これは350年程前に帝国がエルフ帝国に侵攻した際に略奪した、エルフの神器だと言う。
「エルフの神器……?」
「そうです。 これは、精霊を制御する神器なのです」
「精霊を? それじゃ、それがあればエルフやダークエルフだけではなく、普通の人間でも精霊を使えるようになると?」
「その通りです」
マジでか。 そりゃ、神器と言うに相応しいな。 あれがあれば、人間でも精霊魔法が使えるようになるんだから。
「それじゃ、精霊を使って、死霊の元の死体を保存していたのか……」
無論、使い方等は秘匿されていたので、あれを持てば即精霊魔法が使えるわけではない。
パズズはそれすら解明して、装置の部品として活用していたのだ。
「この躯達は、妾の……これを作るのに、パズズは純血を使ったと申していたが、誰の物じゃ? 妾であるまい?!」
サクラコがファラに詰め寄ると、彼女は目を閉じて答えた。
「恐れ多くも畏くも先々代巫女様の物でございます」
「それでは、これ等は妾の妹という事に……」
サクラコの複製ではなくて、妹……だが、遺伝的には全く同じはずで、クローンと言っても間違いはないはず。
知らない所で、サクラコの腹違いの妹が量産されていたんだから、そりゃ彼女もショックだろう。
いや、腹違いと言うのは違うか……。
「しかし、ここは赤い実の栽培を研究している場所じゃなかったのか?」
「その答えは、こちらにございます」
ファラに案内されて、大木の後ろに回る――。
そこにあったのは、複雑に絡まる大木の根と渾然一体になっている、干からびた何かの屍らしき物体――ミイラだ。
俺が見たビジョンはコレか……。
パズズを斬った際に、何らかの思考の共有――そんな現象でも起こったのだろうか?
「これはエルフかぇ?!」
サクラコが驚愕の声を上げた。 根に絡まるミイラの耳が長い、背も高く骨格も細いので、エルフに間違いないだろう。
「このガキァァァァ!」
ミイラを一目見た、ステラさんがファラに掴みかかろうとするのを寸前で止めるが、続いて他のエルフ達も臨戦態勢に入った。
ちょっと待て待て、お前等落ち着け。
「ショウ! どいてよ! そいつを殺せないだろぉ! なんで庇うんだよぉ!」
「そんな事してどうするんです。 彼女を殺めても意味ないでしょ? これをやったのはパズズです。 彼女を見たら、魔力がほとんど無いのが解るでしょ? それに彼女は、ファーレーンのための戦利品として、私が身柄を預かっていますから」
「フーッ……」
ステラさん、肩を怒らせ荒く息を吐く。
「彼女は、あの屋敷の書籍の管理と、研究の記録をやっていたに過ぎません」
「ステラ殿、あやつは国へ連れていき、ここで究明された理の全てを吐き出してもらわねばならぬ」
殿下のお言葉に、真学師一同が頷く。
他のエルフ達は、ラテラ様が説得を始めた。 ここで争っても何のメリットもない。
「……」
ステラさんが、まだ睨みつけているのだが、ミルーナが駆け寄り彼女を説得している。
彼女に諭されなんとか引き下がったようだ。
ミルーナは、ステラさん自慢の弟子だからな、彼女の話なら、おとなしく聞くことも多い。
エルフ達は、ミイラの周りを囲みながら、何かの確認をしているようだ。
「ここは赤い実の栽培施設なのでしょ? 何故エルフの屍があるんですかねぇ」
「師匠、何かの触媒として使われているのではないでしょうか?」
「ふむ……」
ファルゴーレとサエッタも、エルフ達の脇から覗き込み不思議そうにミイラを見つめている。
「ファルゴーレ、エルフ達は何をやっているんだ?」
「ああ恐らく、屍の身元を確認しているのでしょう」
「解るのか?」
「ええ、エルフの人口は少ないので、長老がほぼ全ての家族と家系を把握していますので」
ウチの実家のある田舎でも、あの子はあそこにある、○○さんの娘で――等の詳細な個人データが井戸端会議でやりとりされているからなぁ。
それの拡大版みたいな感じか……。
そして、ファラによる核心に迫る、説明が始まった――。
「それでは、ご説明いたします。 赤い実がなる白い花は、エルフの屍に寄生をするのでございます」
「なっ」 「なんじゃと?」 「本当ですか?」
「マジかよ」
ここにいる全員の顔が驚嘆に染まる。
「本当です」
ファラの話によると――エルフの死体に寄生した白い花は、聖所から直径100m内に花を咲かせると言う。
そして、空気中に漂う精霊を吸収して次第に成長――最終齢になると、赤い実を付けるらしい。
「それでは、エルフの屍に寄生するということは、ダークエルフにも寄生すると?」
植物の事となると、やはり師匠も気になるようだ。 しかも、この世界で伝説になっている白い花の秘密が今、白日の下へ晒されようとしているのだ。
白い花は、ファーレーンの国旗にも描かれている、森の象徴とも言える存在だ。
「その通りです」
「それでは、白い花が咲いている近くには、間違いなくエルフかダークエルフの屍があるということなのでしょうか?」
ミルーナの言葉に、ファラが黙って頷く。
「それじゃ、あの赤い実ってのは……」
「精霊の塊です」
「ショウォォ!」
ステラさんが、俺に突然抱きついてきた。 膝を折って、俺の胸に縋る。
「ショウが見に行こうって言ってくれた白い花って、こんな花じゃないよね!」
涙顔のステラさんが叫ぶ。
「……もちろん、違いますよ。 でももう、白い花を見に行こうなんて、気軽に言えなくなってしまいましたね……」
そう言うしかない。
涙を流し縋り付くステラさんのプラチナ色の髪の毛を優しく撫でるのだが、死体に寄生する花が、プロポーズの比喩として使われていたなんて、皮肉がキツ過ぎる。
そこにいた、全員が、頭を垂れエルフの屍に黙祷を捧げる。
そして、エルフ達が大木に集まり、祈りが始まる。
『永久に眠れ、我が家族よ……』
ファルゴーレによると、そのような意味らしい。 全て、エルフ語による祈りなので、俺達には詳細は解らない。
この世界は余程身分の高い人間でなければ、葬式等は行われないが、エルフでは仲間の死には祈りが捧げられるようだ。
エルフの寿命は長いが、実際にどのぐらいまで生きられるのかは、よく解っていない。
精霊さえいれば、2000年でも3000年でも生きられる可能性がある。
だが、その前に生きることに飽きてしまい、森へ入って永眠する者が殆どなのだ。
木の根元に横たわったエルフは、そのまま眠りに入るが――精霊からも生体エネルギーを貰っているので、食事を取らなくてもすぐに死ぬことはなく、そのままゆっくりとミイラ化すると言う。
ここにいるエルフがミイラとなった経緯はよく解っていない。
ファラがパズズの弟子になった以前から、ここにあった物らしい。
――という事は、かなり以前から、パズズは白い花の秘密を掴んでいた事になる。
エルフ達の祈りが終わった後、彼等は少し離れた所で円陣を組んで、今後の方針を議論しているようだ。
この死体をどうするか? ――とか色々とあるだろう。
――そして方針が決まったようで、ラテラ様がこちらへやって来た。
「殿下、我々エルフは、この神器と白い花と赤い実の情報を秘匿して頂く代わりに、すべての戦争賠償の受け取りを放棄致します」
「ラテラ殿、本当にそれでよろしいのか?」
「ライラ姫殿下、我々ダークエルフからもお願いする。 この情報が広まれば、死者の聖所が荒らされる可能性が高まる故」
ダークエルフの長老衆のリンリンの言葉なので、これがダークエルフ達の総意と言っても間違いないと思われる。
「承知した。 皆の者、ここで見たことは他言無用だぞ?!」
ここに集まっているのは、真学師をはじめ口の堅い者ばかりだ。 まず、情報が漏れる心配はないだろう。
「ファラ、森で白い花が咲く時は、霧が出ていたぞ? それはどうしている?」
「あそこにある、金属製のカラクリから、水を噴出させます」
「ははぁ……水をたっぷりと撒いて湿度を上げた後に、魔法で温度か気圧――大気の圧力を下げれば濃霧が発生するってわけか」
「その通りです」
「全く真学師ってのはよく思いつくなぁ」
「何を申しておるか。 其方も真学師であろうが。 今の理を理解できるということは、其方も同じことが出来るという事であろ?」
殿下が、草むらに設置されたスプリンクラーを調べている。 だが、スプリンクラーより、緑色のホースの方が気になるようだ。
「その通りでございますが……」
「それよりもショウ! この緑の柔らかい筒はなんなのだ? 虫か?」
殿下が緑色のホースを持ち上げる。
「それは、理で作られた人工の柔らかい筒でございますよ」
「これを其方も作れるのか?」
「はぁ、大体の理は解っていますが、果たして合成できるかどうか……」
「ううむ……」
スプリンクラーとホースは戦利品で貰って帰ろう。 畑に水をやる時に便利そうだ。
ファーレーンの工作師なら、スプリンクラーはコピー出来るかもしれない。
エルフ達は、根に絡まったミイラを、森まで運んで埋葬するつもりらしい。
ミイラはそれで決まったが――問題は、巫女の複製達だ。
精霊の加護が無くなったので、最早只の死体。 すぐに腐り始めるだろう。
重量軽減の魔法を使って屍を大木から離れた所に置き、乾燥の魔法を使う。
魔法によって急速に水分を失われた少女達の死体は、みるみる枯れ木のように干からびていく。
それを井型に組んで積み上げるが、水分を完全に失った子供の死体は5~6kg程しか無い。
この光景を見ていたフェルミスター公爵は、気を失って倒れ込んでしまい、この施設にある屋敷へ運ばれた。
「やっぱり、獣人達は連れてこなくて正解だったなぁ。 こんなの見せたら、絶対に大混乱になるだろ」
「すまんの。 これは妾の仕事じゃというのに……」
サクラコが、積み上がった死体をじっと見つめている。 ここに横たわっているのは、彼女の妹達であり、自分自身でもあるからな。
俺自身も、サクラコそっくりの死体を積み上げる事には、何とも言えぬ抵抗感が心の隅にある。
「そうは言うが、まさかサクラコの火林を使って、施設丸ごと燃やし尽くすわけにもいかないだろ?」
「妾の心情的には、そうしたいところじゃ」
「まぁ、これも俺の仕事だし」
手を合わせる――南無。
魔法で火をつけると、瞬く間に火柱と化す。
エルフたちの精霊魔法を使った送風に煽られて、轟々と燃えるオレンジ色の火の中に、すぐに緑色の煌きが現れ始めた。
死体の保存に精霊を使って行なっていたので、少女達の体内に残っていた精霊が燃えているのだろう。
パズズを燃やした時の光も、恐らく奴の体内に残っていた精霊が燃えていたに違いない。
「ファラ、この子達の死因は?」
「殆どが、力の暴走によるものです」
力の暴走で、精神が破壊され、植物状態になった結果がこれか。 それでも、死霊になれば、動くんだな……。
そして、積み上げられた少女達の屍は1時間程で、燃え尽き――残った骨は、ここの森に埋められた。
白い花と赤い実の栽培実験施設はこれで使えなくなったが、当然これだけでは終わらない。
森の中にあった、皇族の別屋の屋敷も捜索される。
森の中に埋もれるように佇む白い豪奢な建物。 帝都の一般的な建物のように西洋風ではなく、屋根は緩くカーブを描き、なんとなく東洋を思わせる。
石造りで中も赤い絨毯で埋め尽くされている点では西洋風だが、場所によっては板の間や畳のような物もあって、和洋折衷の不思議な造り。
ただ、透明なガラスなどが使われているのは一部で、古い板戸や色付きの古式ガラスが使われている。
サクラコの知らないような施設だからな、改築の優先度が高い施設ではなかったのかもしれない。
聖地で俺達が倒した偽巫女も、ここで生まれ育った少女だと言う。
一般常識すら教えられず、ひたすら魔法の知識と巫女の力の訓練だけを受け、創りだされた人間兵器。
サクラコより魔法の展開が早かった点などは、そこら辺に要因があるのだろう。
巫女を模倣した人間兵器とそれをブーストする赤い実。 この世界どころか、元世界のパワーバランスをも崩しかねない危険な存在であった。
捜索された屋敷には目立った研究施設等は無かったのだが――もっと剣呑な物が見つかった。
ここに幽閉されていた、皇族達である。
皆女性で、しかも妊娠しており、中には臨月の女性も複数いる。
その女性達が殿下とサクラコの前に引き出される。
膝を地に突いて平伏しているのだが、皇族が他国の王侯貴族に膝を折ることはあり得ない。
彼女達が膝を折るのは、あくまで先代の巫女であるサクラコに対してである。
皇帝から、偽物だとレッテルを貼られたサクラコではあるが、目の前にすれば、彼女が本物かどうかなどは一目瞭然なのだ。
ここでサクラコの事を認めず、不敬を露わにしても、巫女の力で強引にねじ伏せられるだけである。
その景色を見たサクラコは怒り心頭、両肩が小刻みにふるえている。
「妾達に赦しを……」
平伏している皇族たちの中で――恐らく一番身分の高いであろう女が、赦しを請うのであるが――。
「其方達のような不義を働く愚か者がおる故、妾は何の罪もない赤子の命の火を踏みにじらねばならぬぇ!」
ここにいる皇族達は、無理やりこのような事をされているのではない。
巫女の母親になるという、名誉欲に駆られて不義の罪を犯しているのである。
「妾達の命はどうなっても構わぬ故、どうか腹の子達には、先代様の情けを……」
どういう経緯であろうと授かった命なら、我が子。 母親としての母性が言わせる台詞なのかもしれない。
「ならぬ! このまま生まれても、純血の力を持つ者を死ぬまで幽閉出来ると思うかや? まかり間違って、力を持った者達を下野でもさせたらどうなるかぇ? 各国が、引き込もうと工作をしてくる故、それが新たな火種になるのは必定。 絶対に、まかりならぬ!」
実際に人や動物を操れるという巫女の力はかなり危険だ。 今までは、純血の巫女から純血の巫女――母娘の絆を持って綿々と受け継がれて来たが、それが破壊されればどうなるのか?
例えば、幽閉している施設が破壊され対象者が逃亡する可能性もある。
この力は女子に遺伝するのである。 下野すれば、それは薄まりはするが、どんどんこの世界へ広がっていく。
エルフによって持ち込まれた魔法が、この大陸中に広がったように。
「アマテラスに対し、純血の巫女がどのような想いを描いて、綿々と力を紡いできたか、其方達は知らぬ。 そんな輩が、巫女の力を手にしたいなどと、思いあがりも甚だしいわぇ!」
「え? アマテラスに対し、何かあるのか?」
「それは言えぬ」
サクラコの端的な言葉に、黙るしかない。
「そうか……そういえば巫女の力は、巫女にはどうなんだ? 効くのか?」
「神器が使われる前は、複数の巫女が存在していた時期があったようじゃが、巫女の力は、巫女で抑え込めるらしいわぇ」
そうなれば、やはり抑止力として複数の巫女の取り合いになるか――。
そしてサクラコの非情を以って行われた決断は、妊娠している皇族の女達への、エルフの魔法を使った強制的な堕胎――。
エルフ達は、種族の繁殖の為に早産の魔法を所有している。 それを使っての堕胎が行われた。
ただ、エルフなら誰でもこの魔法が使えるわけではなく、この場で使えるのは長老のラテラ様と背の高い男のエルフだけ。
そう、戦場で高位爆裂魔法を使った、あのエルフだ。
エルフ達が協力してくれて助かったが――ラテラ様は、巫女の力が拡散する危険性を理解しているのだろう。
出産を待つ選択もあったのだが、生まれれば巫女の力に目覚める可能性が高くなると言う。
力を持つサクラコで制御できるのだが、妊娠している者の数が多く、胎児の状態で力に目覚め、共鳴による同時多発事故が起こり制御不能に陥る危険性もあり、処置が急がれた。
ファラによると――初期の実験では、胎児状態での力の暴発で母子共に死亡する例が多発したらしい。
それどころか、ここで働いている多数の職員が死亡した時もあると言い、その度に職員の入れ替えが行われていたようだ。
少々、この研究実験は綱渡り過ぎる――正に狂気と言って良い。
子供と一緒に処刑を望む者もいたが、この世界では妊婦に対する処刑は禁じられており、その願いは通らなかった。
------◇◇◇------
――処置に時間が掛かり、作業が終わったのは夜遅く。
松明が灯る暗闇の中――女達の胎内から取り出された胎児の死体が、草原に積まれる。
すでに俺が、乾燥の魔法を掛けた後で小さく干からびている。 胎児の死体などは殆どが水分の為に、乾燥させれば小さな塊になってしまう。
火を放つ――。
燃えるオレンジ色の光が、辺りを明るく照らす。
精神的なダメージが大きい作業の後、燃焼を促進する精霊魔法もラテラ様自らが行なっているが、今回の神器奪還と赤い実の実験施設の停止と情報秘匿――それに対する、彼女の感謝の証でもあるのだろう。
少女達の死体は骨が残ったが、胎児の骨は固まっていないために、それは殆ど残らない。
この世の物とは思えない光景に、護衛についている歴戦の騎士達やダークエルフ達も思わず顔を背ける。
「この世界は、エルフ共が犯した過ちを繰り返すつもりなのか?」
フェイフェイの指摘通り、この世界より発達していた元世界でもその方向へ向かいつつあったからな。
このまま知識や技術が発達すると、同じ轍を踏む可能性が出てくる。
殿下は目の前の光景に我慢できず、少し離れた木の根元に立っている。
師匠等、真学師達は険しい顔をしているものの、動揺している様子は見られないのだが――唯一、ミルーナだけは少々きつそうだ。
彼女は、修羅場の経験が少ないからな。 今回の戦が、初めての実戦のはず。
「其方は平気なのかぇ?」
口を押さえ、青い顔をしているサクラコが俺に問う。
殿下もサクラコも一国を担う人物だ。 凄惨な場面で動揺する事はあっても、取り乱す事はない。
殿下など、俺が子供を作れないと告白した時の方が、錯乱していた。
「全く何も感じないと言えば嘘になるが――」
正直俺にとって、最早、人間の死体も動物の死体も関係ない。
食うために動物を狩って、内臓を抜き、乾燥させて燃やす――ルーチンワークと一緒である。
赤ん坊が可哀想――という心の沼の奥底にはあるが、それがもう水面に浮かんで出てくる事はない。
「其方に全部押し付けてしもうたわぇ……」
「これも、殿下の御為、ファーレーンの為」
今更ながら、俺の曾祖父と爺さんを思い出す。
彼等が動物の死に対して無頓着だと感じていたのだが、曾祖父さんの時代は食事の為に動物を殺して解体する事が普通に行われており、それが当たり前だったのだ。
親父の代でそれは薄まっていたのだが、死に対する無頓着さは受け継がれていた――鶏の首を切って、庭に血をまき散らした件も然り。
身内の死に対しても実に淡々としており、そういうものが、俺にも受け継がれてしまったのだろう。
初めて人を殺めた時には動揺もしたが、今なら曾祖父さん達の心情が解るような気がする。
パズズにも最初は実験に対する葛藤があったのかもしれないが、理を解明する快楽に溺れいつの間にか麻痺したか――死んでしまった奴に聞くことはもう叶わないが、俺が奴と同じ道を歩む事になる可能性も否定出来ないのも確かだ。
------◇◇◇------
実験設備のあった皇族の別屋は閉鎖。
管理していた、宮内庁の役人は全財産没収後、奴隷へ。 あそこで働いていた下働きと奴隷と含め約100人は全て解雇され、奴隷は奴隷商へ引き渡された。
今回の件に絡んでいた皇族は、廃籍された後に全財産没収、そして帝都から放逐されたが――。
殆どの者が直後に自害した。