146話 皇宮天ノ森
――夜が明けて、翌日。
ここには、森からの霧はやって来ない――窓ガラスから入ってくる陽の光が眩しい。
ファーレーンだと、朝は霧の中だから、こういう光景はちょっと新鮮に思ってしまう。
「……」
デカいベッドなのに、狭いと思ったら――隣にプラチナ色の髪の毛が朝日に光っている。
ステラさんだよ。 そして、いつもの通りの裸。
見ればベッドの近くにも彼女の服は無い。 裸のままでここまで来たのかよ。 訳わかんねーよ。
結界まで外されてるじゃん。 まぁ、ステラさんにかかれば、こんな結界は玩具みたいなもんだろうが。
それに、真学師が2人寝てる部屋に押し込んでくる命知らずもいないだろう。
なんだか幸せそうな顔をして寝ているんだが……この姿だけ見ると、マジでエルフなんだけどなぁ……。
ちょっと悪戯してやろうかと思ったが、待て待て。
いつも、こんな無防備な寝姿晒している自体が不自然だ。
――つまり、罠。
こんな所で手を出したりしたら、またそれをネタにして絡まれるに決まっている。
腹が減ったので、ステラさんを無視――服をきて部屋から出ようとしたら、いきなり抱きつかれた。
「どこいくのぉ?」
「お早うございます。 ハラ減ったんで、朝飯を食おうかと」
「私も食べるぅ」
「その前に、ステラさん服はどうしたんですか? ここまで、裸でやって来たんですか?」
彼女の話では、その通りだと言う。
まったくもう……。
「大体エルフの美意識ってのは、左右対称にあるんじゃありませんでした? その理屈からすると、左右非対称が多い人なんて、興味の対象外なんじゃないんですか?」
「そんなの、エルフ同士の話だから」
揃いも揃って美男美女揃いのエルフ――能力も皆高い。
個人差があまり無く、その中でも何とか甲乙丙丁つけようとしたのが、左右対称って価値観らしい。
故に、他種族には当てはまらないようだ。
「ハイエルフでも、旋毛が曲がっていると、継承権が無いとかあるんですか?」
「そんな事はないけど、順位がかなり下がるのは確かだよぉ」
そんな話をしながら、ステラさんをシーツでぐるぐる巻きにして、重量軽減の魔法を掛けて、担ぎ上げ――そのまま彼女の部屋へ行き、ベッドの上に放り投げた。
「じゃあ、先に行きますんで」
「こらぁ! ちょっと! これじゃ、動けないだろぉ!」
「いやぁ、ステラさんなら大丈夫でしょ?」
「そんなわけないだろぉ!」
芋虫みたいな姿になって叫ぶ彼女を置き去りにして、食堂で飯を食う。
殿下がすでにいらしていたので、一緒に朝食だ。
料理は、豪華な味気ない料理……早く、ファーレーンに帰って、自分で料理作りたいぜ。
飯を食いながら、殿下と話をしていたら、師匠達がやって来た。
助けだされたステラさんも、なにやらブチブチと文句を言ってるが、無視だ。
続いて、ファルゴーレ師弟と、ミルーナ。
ミルーナとは、あれから全然話をしていない。 色々と話すのは、彼女の婚礼の式が終わり、落ち着いてからで良いだろう。
フェルミスター公爵が座り――最後にサクラコがやって来た。
帝国に用意してもらったのか、彼女は白い巫女服を着ている。
先代フェルミスター公爵は、貴族街に上屋敷を持っていたのだが――公爵がリンに代わって、緊縮財政のために閉鎖して屋敷ごと売却してしまったようだ。
「おはよう、サクラコ。 巫女服を用意してもらったのか?」
「うむ、妾は要らぬと申したのじゃがな」
「巫女服を着せて、そのままうやむやのうちに帝国へ戻らせようとしてるんだろ?」
「断固断るが」
「せっかくここまで、来たんだから、帰れば良いのに。 あんたの家はすぐそこだよぉ?」
「そのつもりはないわぇ」
ステラさんがサクラコを煽るのだが、彼女は無視を決め込んでいる。
「ほら、ショウも何か言ってぇ」
「そういう事はサクラコの意志で、私が口を挟む事ではありませんね」
「ぷう」
ステラさんは、どうにもサクラコが俺の近くにいるのが、気に入らないようだ。
彼女にしてみれば、魔法でかなわない唯一の相手だからな。
サクラコが廃籍したってことは、よほどの決意だったに違いないし、おまけに、自国の兵士を大量に焼き殺してしまったのだ。
今更戻るつもりはないだろう……。
朝食の料理で気になったのは、スープに入っていた四角い物体。
何かと思ったら、日本の物みたいに柔らかくはないが、乾燥した豆腐を戻した物らしい。
そういえば戦場でも、獣人達がぶどう酒を飲みながらポリポリと何かをかじっていたような……。
俺の考案した豆腐が形を変えて、保存食として浸透してきているらしい。
成形した豆腐を完成した後にさいの目切りにして乾燥、再度塩水に少々漬けて、再度乾燥させた物のようだ。
乾燥させた豆腐なら1年ぐらいは持つからな。
保存食なら別に塩水に漬ける必要はないだろうが、戦場で塩分が必要になるのと、塩に漬けた方が塩漬け肉のように長持ちするんじゃないとかと、思っているようだ。
しかしまぁ、皆で揃って迎賓館で朝食とは――。
何という穏便で優雅な戦後処理だろうか。
元世界なら戦争末期になれば、泥沼の都市戦&ゲリラ戦になるというのに……。
皆で朝飯を食べていると――駆け込んでくる、プレートアーマーの男、騎士団だ。
殿下の椅子の横で、膝を折る――急ぎの用事らしい。
「挨拶はよい! 用件だけ申せ」
男が、殿下の耳元で、何かを囁いている。
「何!? では、貴族街の方だけ、残っている帝国軍に鎮圧させよ」
「はっ! 承知いたしました」
男が、鎧の擦れる音を鳴らしながら、食堂を出ていくと、また静かさが戻った。
「殿下、何か?」
気になったので、質問してみたが――。
「中街へ民衆が流れこんでの暴動だ。 ここは、安全のようだが……貴族街だけ帝国軍に鎮圧させる」
中街と呼ばれる、高級住宅街で暴動らしい。 打ち壊しってやつか……。
「まぁ、ファーレーン軍を使って、民衆に嫌われる必要はないですからねぇ……」
「ふふ――その通りだ」
殿下は、薄目で微笑みながら、スープを口に運んでいる。
帝国に対する民衆の不満も溜まっているようでもあるし、ある程度のはけ口は必要だ。
貴族街に立ち並ぶ屋敷からは、戦争賠償を取るつもりなので、民衆に略奪されると拙い。
帝国の商人は民間人なので、賠償金は取れないからな――襲わせるなら、こちらというわけだ。
ここの商人達は、貴族たちとつるんで、好き放題やってきたんだから自業自得だ。
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朝食をとりながらの打ち合わせの後、いよいよ最内の城壁の中へ足を踏み入れる。
――『天ノ地』 に脚を踏み入れると、まるで森のよう。
ここは、皇族とよほどの上級貴族しか立ち入る事ができない地域――直径2kmほどの緑に溢れた閉ざされた空間。
たしかに、これだけ木々があれば、精霊も沢山いると思われる。
エルフ達がここに群がるのも頷ける。
足を踏み入れたのは、俺と殿下とサクラコ。
そして、師匠をはじめ真学師一同と、エルフの長老ラテラ様が同行している。
これは、殿下も了承済みで、エルフ達との話し合いで決まったらしい。
帝国からは、フェルミスター公爵――リンが立ち会っている。
そして、護衛の騎士が数人と殿下の護衛兼世話係のメイドさん、そして、サクラコの護衛の青騎士もいる。
国王代行の殿下が動くとなると、どうしてもそれなりの大所帯になるのは致し方ない。
他国の政務官は同行していない。 実際にパズズと戦った俺等でなくては、帝国の企みがどれだけ危険だったのか、ピンと来ないらしい。
パズズに関する事は、全部俺達に丸投げしてよこし――彼等は、帝国とのこれからの通商に関してパイプを作るのに忙しいようだ。
ファーレーンは、物を開発して創り出す工場。 ファルキシムは、それを売りさばく商人――。
それぞれ、見ている所が違うので、押さえる所が違うのも致し方ない。
――辺りを見回す。
「すげえなぁ。 ある意味、ここは5000年前から隔離されていて変わってないって事か」
「その通りじゃ」
師匠が、興味深そうに辺りをクルクルと見回している。
「師匠どうしたんですか?」
「見たことが無い植物が沢山あります」
大学へ通うために帝都に住んでいた師匠だが、いくら真学師とはいえ、ここに入ることを許されるのはまず無いからな。
それは、ハイエルフのステラさんも一緒だ。
「ファルゴーレは入ったことはあるのか?」
「何回か訪れた事はありますよ。 でも、私などが歩けるのは限られた場所だけですからねぇ」
ここに入れば、常に監視が付き、限られた場所しか立ち入りが許されないと言う。
「大陸中から、珍しい植物が集められていると聞いた事があるわぇ」
サクラコにしてみれば――ここで生活していて、これが当たり前であるので何とも思えないらしい。
そりゃ、外の世界を全く知らないで育ったんだからなぁ。
どこが、城壁の外と違うのか、さっぱりと解らないのだろう。
城壁内に畑も造られ、皇宮で消費される食物は殆どが自給自足されているという。
確かに、外から持ち込まれると、何か混入される可能性があるからな。
本当に、限られた人達による、隔絶された世界だ。
なるほど、こんな所に住んでいたら、外界が飢饉でも物資不足でも、何とも思わないわけだ。
皇宮の案内人はここの責任者。
着物に似た白い法衣を着て、その上から金糸の刺繍が入った青い上着を着ている、初老の禿げた男性。
口ひげを生やしているが、白髪が混じっている。
元世界だと宮内庁のトップに当たる人物だろう。
「久しいな。 今生の別れまでしたというのに」
「よくぞ、生きてお戻りに……」
男は膝を折り、頭を垂れている。
「妾の事はなんと聞いておった?」
「崩御なされて、今ファーレーンにいるのは偽物だと……」
「では、妾が偽物だと思うかぇ?」
初老の男は、黙って首を振った。
「皇帝の崩御については?」
彼は黙って頷いた。
サクラコから俺を紹介してもらい、偽巫女の事について聞いてみた。
「新しい巫女はどうやって紹介されたのですか?」
「突然、少女が連れてこられて、これが新しい巫女だと……勅命であれば、従わなければなりません」
「新しい巫女の正体は知っていたのですか?」
「……」
下を向いて口を噤んでいるという事は事情を知っているのだろう。
「別にそなた達を責めるつもりは毛頭無いわぇ。 勅命に従っただけじゃからな。 故に、全ての罪は皇帝が背負ったのじゃ」
「お許しを……」
この役人はサクラコ派なのだろう――協力の見返りとして、パズズから金品等を貰っていなかったようだ。
彼に案内をしてもらい、パズズの研究施設――彼の工房を目指す。
途中で、気になる植物を発見。
1反(1000平方メートル)程のスペースに、青々とした人間の背丈ほどの、青い穂が出た植物。
元世界の物と少々形が違うが――これは、米だ。
だが、水田にはなっておらず、陸稲で栽培されている。
「おほ、米だ。 後でもらって帰ろう」
細長い葉を手にとって眺める――緑色で綺麗、雨が少なく乾燥している気候なので、いもち病等も出ていない。
水は、かなり深い井戸から組み上げているようだが、そんな事を出来るのも、強大な権力があってこそだろう。
「もらってどうするのじゃ?」
「食べるに決まってるだろ? ここで食べるために栽培しているんじゃないのか?」
「米は、アマテラスへのお供え物じゃ。 食うことは無い」
ははぁ、食べないでずっと栽培してきたので、こんな感じに変質してしまったのか。
それとも、元々こういう品種なのか。
元世界の南の方で取れるコメは、背が高かった記憶があるが――それじゃ、日本米の懐かしい味というのは期待できないかもな。
しかし、種もみがあれば、俺の魔法で改良できるかもしれない。
「まったく贅沢の限りだな。 ここの維持費だけで、ファーレーンの予算に匹敵するだろうが」
ここの景色を見た殿下が呆れた声を漏らす。
帝国貴族達を潰し、ここを縮小――そして軍の殆どを廃止すれば、驚くほど帝国の経済は健全化するに違いない。
「ここを廃止するおつもりは、無いのでしょうか?」
気になる質問をしてみた。
「妾とて、そこまで傲慢でもないし、綿々と紡がれてきた歴史に理解もあるつもりだ。 造るのは数千年でも、破壊するのは一瞬だからな」
それを聞いてちょっと一安心。
元世界では、支配者が変わると、全てぶち壊して歴史すら改竄される事が多々あったので、それを心配していたのだが、杞憂だったようだ。
更に、途中で見たことがある植物が……。
畑ともいえない場所にポツポツと生えている白と緑の丸い植物。
一部長く伸びて黄色の花を咲かせている物もある。
「こりゃ、白菜じゃないか?」
白菜はアブラナ科なので、所謂菜の花と同じ黄色の花が咲く。
その隣には、赤くなった唐辛子らしき物をぶら下げている植物も生えている。
両方畝も作らずに、直植えのままだ。
畑の脇に棒が立てられて、そこにその植物の種が入ってたと思われる袋が刺さっていた。
袋に印刷されている植物の写真と日本語の文字。
――確かに白菜だ。
たぶん、ゴールドって奴が持ち込んだ物だろう。
だが、畝も作っていない畑もそうだが、こんなところにF1種の種を持ち込んでどうする?
ホームセンター等で売ってるF1種ってのは中間雑種みたいな物で、これから種を取ると、先祖帰りを起こしてしまう。
種を取って栽培を続けるのであれば、固定種を持ち込まなければ……。
「全く、畑仕事のハの字も知らない奴は……」
だが、F1種でも種は取れる。 魔法を使って改良した後に固定化出来るかも知れない。
交雑しやすい植物だが、この世界にアブラナ科の植物は見た事が無いので、その心配は無いと思われる。
後で、持って帰ろうっと。
白菜があれば、鍋とかが色々と捗るからな。
「これも、見たことが無い植物です」
師匠が、白菜を興味津々の目で眺めている。
「これは、全部野菜ですよ。 この球のような植物はこのまま葉っぱを食べます。 あそこに咲いている黄色い花も食べられますし、エグ味も無いし、スープなどに入れれば美味しいですよ。 持って帰って、中庭の畑に植えましょう。 上手く種が取れると良いのですが」
緑色の細長い植物もあった――ちょっと抜いてみるが、これはニンニクだろう。
俺も森で、ギョウジャニンニクモドキを見つけたが、このニンニクがあれば料理に色々と使える。
俺と師匠が、野菜についてあれこれ話し込んでいると、殿下が痺れを切らした。
「其方達、やることはまだまだ沢山あるのだぞ?」
「そうでした」
まずは、パズズの研究の確認をしなければ。
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パズズの工房は、最内の城壁の内側――天ノ森の中にあった。
「サクラコは、パズズの工房がここにあるのは知っていたのか?」
「うむ、奴は皇帝のお気に入りだった故、特別に天ノ森への工房の建築が許された。 まさに、異例じゃ」
多分、予算は使いたい放題だったろう……羨ましい。
城壁のすぐ近くに建てられた、パズズの工房は石造りの2階建て――1/3程が緑色の蔦で覆われている。
建築されて10年も経っていないので、まだまだ新しい。
2階の窓は戸板だが、1階の一部分には、透明なガラスが使われている。
帝国の連中には、証拠隠滅等をすれば、遠慮なく帝都を破壊すると脅しを掛けているので、何か持ちだされているような形跡は無い。
重い木の扉を明けて、中に入ると――。
中は、少々カビ臭い。 一階は大広間――壁一面の本棚が並ぶ薄暗い部屋だが、1階のガラス窓から光が入り込んでいる。
部屋の中心部分が、吹き抜けになっており2階の天井が見える……。
使われている木材は、防腐のためか皆黒く塗られて黒光りをし、本棚に詰め込まれた本やスクロール、そして黒板が山積み。
山になっている資料は、師匠やステラさんの部屋でも見慣れた光景だ。
いままでこの世界には、薄い紙が無かったので、どうしてもこんな具合に嵩張りスペースを占拠してしまうのだ。
色んな物があちこちに山積みになって足の踏み場もない。 護衛の青騎士を一人だけ残して、残りの騎士とメイドさんは、建物の外で待つことになった。
まぁ、これだけ真学師がいれば護衛なんて要らないんだけどな。
大広間を見渡す――。
「はぁ、さすが真学師の部屋って感じだが……」
部屋の中心にあるテーブルの上に積まれている本――見憶えのある文字。
これは、元世界の本だ。
「おほ! やった、宝の山だ」
数学、化学、科学等々の書籍が、数百冊山積みになっている。
武器の本もあるな……多分、あのパーカッション銃や大砲の参考にしたんだろう。
チマチマと元世界から、ゲートを通って持ち込まれた物か……。
毎回ここまで運んできたのでは効率が悪いので、何処かで一旦保管、中継され運び込まれた物かもな。
そういえば――ゲートの近くに小屋が建てられていたな……。
もしかして、あそこに元世界から持ち込まれた物が保管されていたのかもしれないなぁ。
確認しないで、サクラコの魔法で焼いてしまったからな。
――とは言え、あの場合は致し方無い。 それどころじゃなかったしな。
「これは、其方が書いておった、古代カミヨ文字じゃろう?」
俺が手にとった本を、サクラコが横から覗きこんでいる。
「ああ、これが俺の故郷の文字なんだよ」
師匠やステラさんも、本を手にとってペラペラとページを捲りながら眺めている。
「凄い精密な挿絵が入ってるねぇ」
「それは、写真と印刷ですよ。 え~と、説明が難しいので、後でしますけど……」
どうやって説明したらいいのかも、皆目検討も付かないが。 写真という言葉も、俺が訳して適当な言葉を当てはめている。
「この象形文字? 全部違うように見えるんだけど? なんなのぉ?」
ステラさんが言っているのは漢字の事のようだ。
「まぁ、種類は多いですねぇ。 よく使われる物で1000種類。 その他合わせて2000~3000ぐらいでしょうか」
「そ、そんなにあるのぉ? 頭おかしいんじゃない? それに、文字を見ただけで3種類……4種類ぐらいあるんだけど――バカなの死ぬの?」
平仮名、カタカナ、漢字、英語か……そりゃ多いよな。
「いやいや、コレが便利なんですよ――」
ステラさんに、漢字の利点を説明するのだが、イマイチピンと来ないらしい。
本の中に、東京のマップや観光案内本を見つける。 印や何やら書き込みがあるので、これを使って色々と作戦を練っていたのかもしれない。
――という事は、ゲートに繋がっていた神社らしき所は東京――もしくは、その近郊なのか。
確かに、あの蒸し暑さは東京ぽかったなぁ……。
その本の中に載っていた、東京の俯瞰写真。
「殿下、これが私の故郷の首都ですよ」
彼女に、本の写真を見せる。
「こ、これが全部街だと言うのか。 どのぐらいの大きさなのだ」
「え~と、首都周りの衛星都市まで入れたら2000万人ぐらいの人口ですかねぇ。 国全体だと1億2000万ちょい……」
「ちょっと待て、聞き慣れない単位が出てきたが……」
「億ですよ億」
億という単位はあるが、使われる事は無い。 こんな数を勘定する事が無いからな。
「なんだと! そんなに大国なのか!」
「まぁ、人口は多い方ですが、もっと多い国もありますし……」
「そんな巨大な国をどうやって、運用しておる!」
「なんとかやってるんですよ」
元世界の都道府県制について説明をしてみるが――。
「なるほど、小さな国を集めて大きな国を作っているような物か」
「基本は、この世界とそんなには変わらないはずですよ」
「それだけデカい国だと、予算も凄いんだろうねぇ」
ステラさんが、本を捲りながら、呟く。
「予算は確か――100兆ぐらいだから、え~と……ファーレーン金貨で何枚だ? 500万枚?」
それを聞いたステラさんが、驚いた声を上げた。
「そんなに金があるのぉ?」
「いいえ、ありませんよ。 そのために、紙で作った紙幣という物を作って金貨の代わりにしているんです」
「紙でぇ?」
「はい、その紙を持って国の認可した場所へ行けば、いつでも金に交換出来るわけです。 もちろん、国が破綻したら紙切れですけどね」
俺は、笑いながら紙幣の説明をした。
最早、金本位制度ではないので実際は少々違うのだが、この説明の方が解り易いだろう。
「もうよい。 妾は、余りの金額の大きさに頭が痛くなってきた。 それよりも、もっと人口が多い国があると申したな」
「ええ、私の国は――確か10位か11位ぐらいでしたし」
「一番人が多い国というのは、どのぐらいの数なのですか?」
師匠も興味があるのか、話に加わって来た。
「一番多いのは、中ノ華共和国ですかね。 人口が12億~13億、非公式には15億ぐらいいるって話もありますし……」
「15億……」
殿下は頭を抱えてしまわれた。
「1国で15億とは……門の向こうには、全部でどのぐらいの人がいたのだ?」
「ええと、確か70億ちょいだと……」
「70……其方が必死に危機を訴えていた理由がこれか、今霧が晴れたわ。 その70億の内、1億でも流れこんできたら、この世界はあっという間に埋め尽くされてしまうではないか!」
「その通りでございます」
「何故、妾をもっと真面目に説得しない!」
「いや、しましたよ。 しましたでしょ?」
殿下の寄りに俺がたじろぐ――初めて殿下にお会いした時は、小さい女の子だったのだが、あれから背も伸びて、もう俺と然程変わらないぐらいの背になっている。
それ故に、掴みかかってくる迫力が徐々に増してきているのだ。
それにしても、しまったなぁ――人口から説明して、そこを論点にして説得すれば良かったのか……。
しかし、今こうやって向こうの世界の証拠を見せつけて説明しているから、信じてもらえてるが――あの場面で人口の話をしても、説得出来ただろうか?
少々疑問である。
俺の話の中に――殿下の気になる単語があったようだ。
「しかし、きょうわこく――というのは初めて聞くな、何なのだ? それに、中ノ華とは、変わった国名だな」
まぁ、この世界に共和国という単語は存在していない、俺が適当に訳して作ったのだが。
「それは、説明すると長くなるので後ほど――中ノ華というのは、世界の中心に1つだけ咲く華という意味ですが……」
「ああ、もうよい。 それを聞いただけで、どんな国か解った故。 要は、この帝国と似たような国であろう」
「まったくもってその通りで」
「ショウのお国の首都というのは、帝都ではないですか?」
師匠がパラパラと本のページを興味深そうに捲っている。
「昔は帝都と呼ばれてましたが、今は帝国ではなくなりましたから」
「皇帝がいなくて、今はどうやって国を動かしておる?」
「簡単に申しますと――全国各地から代表を集めて、多数決で決めるんです。 帝国議会の仕組みに似ていますね」
「ほう……」
殿下が、顎に手をやり、目を輝かせている。 何かを思いついたようだ。
皆で、本を見ながらワイワイしているが――フェルミスター公爵は、国王クラスの殿下や巫女の手前、前に出る事が出来ずに後ろに控えている。
そして、後ろにいるミルーナも本に興味がありそうに、こちらをチラチラとうかがっているのだが――。
うう……気まずい。
別に付き合ってたわけでも、別れたわけでもないのだが、こんなに気まずいとは……。
その場にいたサエッタに耳打ちする。
「サエッタ、ミルーナ様も本を見たいようだ。 ちょっと声を掛けてくれないか?」
「わ、解りました」
顔を真っ赤にして、ミルーナの下へ行くサエッタ。
いつもクールな彼とは違う面だな――男の子だねぇ、サエッタ君。
本に群がっている俺達を横目に、ラテラ様は部屋中を歩き回って何かを探しているようだ。
何処から手を付けようかと皆相談をしていると――2階から女性が階段を降りてきた。
「どちら様でしょうか?」
降りてきたのは、黒いフード付きのロングワンピースを来た18歳ぐらいの女性。
栗色のうねうね癖毛に、顔にはそばかすが目立つ。
1階で騒いでいる、俺達を不思議そうに見つめている。
ファルゴーレとサエッタが彼女を知っていた――パズズの弟子でファラという女性らしい。