145話 帝都
最後の最後まで粘った帝国の真学師パズズを撃破。
俺達ファーレーンと同盟国軍は、帝都に向かう。
死霊化したパズズに恐れをなした獣人達が、皆逃げてしまったが、なんとか半分程戻ってきた。
だが、帝都に死霊がいるかもしれないと、帝都に入りたがらない獣人達が続出。
殆どの連中が帝都から離れた地点で待っている事になった。
これは、仕方ない。 戦意喪失している連中を一緒に連れて歩けない。
獣人達の大将ニニと、その側近だけが俺達に同行する事になったのだが――。
その百戦錬磨の連中も、顔色は余り良くない――とは言え、獣人の顔色は正直解らないのだが、彼等の顔色をうかがい知る事が出来たなら、今はさぞかし悪いと思う。
俺は、初めてカミヨ大帝国の帝都を訪れた。
この世界、開闢の地。 5000年間難攻不落だった巨大な城郭都市で、帝国の人口100万の半分以上がここに住んでいるという。
石造りの三重構造の城郭。 内へいくほど、城壁が高くなっているが、元々小高い丘の上に、皇宮が作られてそれを囲むように城壁が作られたので、帝都の中心部分が高くなっているのだ。
一番外側の城郭は高さ10m程、直径6~7km、外周は20km以上にも及ぶ――平民地区だが、それなりに裕福な住民が住む。 勿論、この城郭の外にも街が溢れて広がり沢山の人々が暮らしている。
中間の城郭は15~16m、直径約4km――ここは、中街と呼ばれる高級住宅街だ。 大店の商人の住居と貴族街だが、商人と貴族は一緒には暮らしておらず、区画が区切られている。
そして一番内側は20mの天を衝くような城壁――直径2kmの緑溢れる『天ノ森』 と呼ばれる地区。 この中は皇宮で、皇室縁の者が住んでいると言う。
純血の巫女と呼ばれていたサクラコが住んでいたのもここだ。 しかし、たとえ皇族でも傍流になればなるほど、外周へ回される。
だが、城壁に所々崩れている箇所が見える。 ドラゴンに帝都が襲われた際に、崩落した場所がまだ復興出来ていないのだ。
戦のために軍事予算を優先したので、街や城壁の修復に予算が付いていないのだろう。
何か重要な案件があれば、そちらが優先されるのはどこでも同じ――。
ファーレーンでも、高炉の建築やその他公共事業が優先されて、ドラゴン戦の際に崩壊した、お城の西塔の再建は未だに済んでいない。
ここに籠城されて持久戦になったら、落とすのはまず不可能だと思われるが、これだけの巨大な都市では食料の消費も膨大だろう。
兵糧攻めに耐えられるのか? 甚だ疑問だ。
それに、主力の殆どを吹き飛ばされ、皇帝も巫女も戦死。 帝国要の真学師パズズは首と胴体が泣き別れである。
そして、帝国貴族達の領地を、エルフ達と大魔法を使って軒並み潰して歩いているのを報告されたら、さすがに戦意も喪失したのだろう。
先に軍使を送り、あくまで抵抗するのであれば――聖地と同じように帝都を丸ごと灰燼と化す!
――という、脅しを送りつけているので、なんの抵抗もなく門は開かれた。
無血開城である。
兵士を戦地へ送り出して、帝都でぬくぬくとしていた帝国の重鎮達が、抵抗する気概などあるはずがなく――殿下へのゴマすり口上でも考えているに違いない。
殿下にしてみれば、帝国重鎮の首を絞めて回りたいところだろうが、これからファーレーンの傀儡政権として帝国を運営をしてもらわないと困るからな。
無能は絞めて良いだろうが、良い人材はいないと困る。
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城壁の外に広がる、城下町へ入る。
城壁の正門へ続く真っ直ぐな石畳を騎馬と蒸気自動車で行進する。
エルフの長老ラテラ様から、自動車に乗ってみたいというリクエストを貰ったので、俺の代わりに後部座席に座っている。
俺は、馬の手綱を取って、真学師ファルゴーレの弟子サエッタと一緒にタンデム――車と並走している。
エルフ達も蒸気自動車&蒸気機関に興味を示しているようだが、テクノロジーで自分達の世界を滅ぼしたトラウマからか、ちょっと及び腰だ。
そういう文明を捨てるという話で、この世界へやって来たという事だったからなぁ。
こういうテクノロジーはエルフ達の教義に反するのかもしれない。
だが、魔法を使ってお湯を沸かすだけで、動力を取り出せる蒸気機関は生活にも便利なはずだ。
彼等の知能を以ってすれば、このぐらいはすぐに実用化出来そうなものだが……。
もしかして、エルフってのは物を作る事をあまりしないのだろうか?
そういえば、エルフの職人って聞いた事がないような……。
そのエルフの重鎮ともいえるステラさんが車に乗っているのだが――。
気に入らない奴を血祭りに上げ、勝ち戦もゲットして上機嫌な彼女が、車の座席で物騒な事を言い出す。
どうも隙あらば、エルフ達の魔法の釣瓶撃ちで帝都も吹き飛ばそうと考えていたらしい。
「ステラさん、それはダメですよ! 自重してください。 ステラさんでも、平民に危害を加えたりすれば、拙い事になります。 それどころか、エルフ自体がこの世界から孤立しますよ」
「ふん」
「そうですよ、ステラ。 我々は目的を果たせれば、それで良いのです」
ラテラ様はそう仰るのだが、帝国軍と帝国貴族を潰す以外に、目的があるのだろうか?
馬に乗りながら街を見渡す――古いながらも、立派な街だが、どことなく寂れた感が漂う。
ファーレーンでは余り見かけない2~3階建ての建物も多いが、人口密度が高いので、建物が上に伸びているのかもしれない。
だが、街通りに人影は見えず、皆家の中に閉じ篭っているようだ。
これだけの人口を抱える巨大な都市ならば、もっと馬車が行き交い、物流が盛んでなければおかしい。
戸板の隙間から、視線がちらちらと見えるので、こちらを窺っているのだろう。
なんとも、重苦しい雰囲気に包まれている。
そりゃ、そうだな。 絶対に負けるはずが無いと思っていた帝国軍が負けて、敵がやって来たんだからな。
近代戦争なら、ここから泥沼のゲリラ戦に突入するところだろうが、この世界の戦ではここで終了である。
なにしろ、国のトップが討たれたのだ。 国を治める頭がすげ替わって、ここで戦は終わる。
だが、銃等の兵器が実用化されて、平民でも騎士や魔導師に匹敵する力を持ち戦力となるとしたら、ここでも戦いは変わっていくかもしれない。
こんな無防備な行進をしていたら、狙撃されて終了とか、爆弾を抱えた自爆攻撃とかな。
ああ、やだやだ。
途中で、単独帝都に潜入していた地味な町娘姿のミズキさんと合流する。
彼女がどうなったか全く解らなかったので、無事な姿を見て胸をなで下ろす。
「ショウ様、ご無事でなりよりです」
「ミズキさんも」
ミズキさんに持たせた小型の送信機は文字通り送信のみの代物なので、彼女はファーレーンがどう動いていたか、把握出来ていない。
「ミズキさん、帝都から聖地の爆発は見えましたか?」
「はい、まるで天に届くような物凄い爆炎が――もしかして、あれはショウ様がなさったのですか?」
「ああ……あれに巻き込まれて、皇帝も新しい巫女も死んだ」
「皇帝と新しい巫女様が崩御されたと聞きましたが、まさかショウ様が……」
「正確には、俺とサクラコな」
「え?」
俺は、町娘の格好をして蒸気自動車に乗っているサクラコを指さした。
ミズキさんもサクラコがいるのに気が付かなかったようだ。
そして、軍は帝都正門の前へ到着した。
各国騎士団と、少ないながら同行していた獣人達は、ここにキャンプを張り基地にするようだ。
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正門の前で、頭を下げた帝国の重鎮達が50人程ズラリと並び――白や青の長い法衣のような服の上から、金糸の刺繍が施された赤や青の上着を羽織っている。
皇族に近い一族だろうか、和服っぽい服を着ている男も見える。
まさに、雁首を揃えているって奴だな。
皆顔色が悪いが――戦に負けたのだろうから、これは仕方ない。
しかし、俺達がファーレーンで、このような立場になっていてもおかしくはなかった。
勝負は時の運ってやつよ。
そして、帝国の重鎮達の顔色をさらに悪化させる人物が目の前に――。
「サクラコ様……」 「サクラコ様じゃ……」
彼等は、サクラコの姿を見て、動揺しているようだ。
そりゃ、そうだ。 どうせ死ぬならと――廃籍して異国へ送り出して、してやったりと思っていたら、生き延びて戻ってきたのだ。
しかも帝国は、亡命した巫女を偽物だと罵っていたからな。
皆、どんな仕返しをされるか戦々恐々としているだろうが、死刑台の上に並んでいるような気分だろう。
そして、俺達の中に、フェルミスター公爵――リンの姿を見つけて、歯ぎしりをする。
「裏切り者が……」
「あら? 私は、戦には反対いたしましたよ? 貴方方は全く聞く耳を持ってくださいませんでしたけど」
彼女流の嫌味か――胸に手を当てて、重鎮達へ一礼した。
「ぐぬぬ……」
「見ましたか? 聖地を焼いた天を焦がす、爆炎を。 貴方方はショウ様の力を全く理解していらっしゃらない。 あれが、帝都に炸裂すれば、帝国が丸ごと吹き飛ぶのですよ?」
彼女は左手を胸に当て、右手を天に高く掲げた。
「うう……」
彼女に白い視線を送っていた男達は、予想外の反撃を受けて打ちのめされた。
その帝国重鎮達を目の前にして、殿下が大笑いをしながら――。
「出迎えご苦労。 妾の下僕の悪魔を使って大分と数を減らして、ドラゴンにもかなり食われたというのに、まだこんなに残っておったとは、帝国の老害共は中々にしぶといのぉ。 妾を小国の小娘だなんだかんだと、散々小馬鹿にしてくれたが、立場が逆になったの。 我が悪魔の言葉を借りれば――今、どんな気持ち? じゃ! はははは!」
「くくっ……」
苦虫を噛んだような顔をしている者もいるが、殆どが白くて死人のような顔をしている。
ドラゴンの胃袋から出てきた帝国の重鎮は30ちょいだったはず。 議会が襲われて半分程が犠牲になったという事だったので、100人以上議員がいたのか。
「そもそも、其方等が巫女を手放した時点で勝負が決まっていたようなものだ。 死にぞこないを押し付けて、良い作戦だと思うたのだろうがの。 はははは!」
殿下が腰に手を当てて、いつもの高笑いだ。
帝国の奴らも、あの状態のサクラコがまさか助かるとは思ってなかっただろうな。
その帝国の重鎮達に、質問をしてみた。
「ども、初めまして。 我が主からご紹介に与りました、ファーレーンの悪魔でございます。 ここに、真学師の金プレートの授与に関わっている方はいらっしゃいますか?」
「……私だが」
名乗り出たのは、白い法衣を着た白髪の長髪と長いうねうね髭の老人。 この人、帝国大学の学長で、真学師だと言う。
勿論、帝国大学を出たステラさんと師匠とも知り合い。
「ここに2つの金プレートがありますが、この1つを俺の名前に作り変えてほしいのですよ」
「む……それは」
老人が片目をつぶり、長い髭を撫て渋い顔をする。
真学師の金プレートを貰うには、大学を卒業して試験に合格しなければならないと言う。
それは知っているのだが、敢えて意地悪な提案を持ちかけているのだ。
「魔法も使えないゴールドなんて奴にプレートを授与したのですよね? それなのに、私には渡せないと?」
「むう……」
「まぁ、無理なら諦めますよ。 ファーレーンに戻ったら、我が国の細工師に頼めば良いのですから。 最早、私が金プレートを持っていても、異議を唱える者もいないでしょうし」
「わ、解った」
渋々納得したようなので、ゴールドから剥ぎ取った金プレートを渡した。
「ルビア、お前の弟子は随分と年寄りに容赦がないな」
「……」
師匠が、何か言いたそうだが、俺から言わせてもらう。
「本当は、貴方の首をここで落としたいところなんですが――貴方は帝国真学師の重鎮としてパズズを諌める立場にあったはず。 奴があのような外法の真理の追究を行わず、皇帝を抱き込んで帝国軍を動かさなければ、私とサクラコで5万以上の帝国軍兵士と帝国の聖地を屠らずに済んだのですよ?」
「土に片足突っ込んでいても、保身に走りたいなんて、あんたも歳くったねぇ」
両手を組んで容赦無いツッコミを入れてきたのは、ステラさんだ。
相手は爺さんだが、勿論彼女の方が年上。
「私にも守るべき物がある。 家族はひ孫までおるしな……」
なるほど、家族を人質に取られたか。 俺としては腹の虫が治まらないが、判断は殿下にお任せする事にしよう。
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帝都の第二正門を潜り、貴族街の中心にある帝国議事堂へ向かう。
そこで、殿下とエルフの代表としてステラさんを入れたファーレーン同盟国と帝国との折衝が行われる。
ファルキシムとの話し合いでは、ステラさんはオブザーバーだったが、エルフが正式に参戦したので、立派な当事者だ。
彼女は、エルフの皇族――ハイエルフで実質的にもエルフの代表なのだから、その資格は十分にある。
帝国としても、今更エルフ達は参戦するとは夢にも思っていなかったらしく、かなりぐぬぬ――状態になっている。
ファルタスの代表としてミルーナ、帝国側からはフェルミスター公爵も参加している。
帝国議会の豪華絢爛な広い会議室。 長大な机に赤い絨毯、天井からは綺羅びやかな金のシャンデリアが吊り下がっている。
そして、窓には透明なガラスが嵌っているが、ファーレーンから輸入された物か、それとも帝国で作られた物かは不明だ。
どんだけ金を掛けたらこんな部屋になるのだろうか?
しかも、ここだけではないのだ、議会の建物から役所から全てこんな感じである。
数千年に渡り、強大な権力を以って行われた搾取の結果がコレだ。 その絢爛の部屋にずらりと並んだ帝国議員達が、殿下とエルフを目の前にして冷や汗を流している。
ファーレーン軍に同行していた同盟国の政務官も出席しているが、彼等は戦後処理の利権が欲しいだけで、俺達がやろうとしている危険な研究施設の破壊等には興味がまるで無い。
折衝の内容だが――とりあえず、簡単な事情聴取と勧告だけに留まり、証拠隠滅等には厳しい態度が示されると、訓告を入れている。
本格的な戦後処理の話し合いは、全てを調べ終わってからになるだろう。
帝国議会の聴取で、ファルガリアとアルガリアとの不可侵条約の存在も裏付けが取れた。
パズズが言っていた事は事実だったのである。
この証拠を突きつけられて、同盟軍として同行していた両国の政務官と軍務官は交渉から外される事になった。
同盟に対しても明らかな裏切り行為であり、敵国認定されてもおかしくない状況である。
彼等は、殿下の追及に申し開きができず、派兵を取りやめ軍を引くことになった。
両国へ攻撃等はないだろうが、貿易や商取引の際に関税が掛けられ、経済制裁が行われる事になるはずだ。
帝国がファーレーンの傀儡政権になるので、帝国と両国との貿易にも関税が掛けられ、ファルガリアとアルガリアにはしばらく厳しい経済状態が続く事になるだろう。
帝国から、サクラコの復籍についての議論も出されたが、彼女はこれを固辞。
帝国軍の門の向こうへの侵攻を防ぐためとはいえ、自国の兵士を1万も大魔法を用いて焼いたのである。
最早、自身に巫女の資格は無いと考えているようだ。
さて、帝国との話し合いで施設の把握はある程度出来た。
それにパズズの事だ、議員達にも情報提供していない施設や研究が色々とあるに違いない。
潰さなければならない場所は山ほどあるのだが――。
「まずはどこからいきますかねぇ」
「兵器工房だ。 あ奴らの話では、兵器を生産するための専用の工房を立ち上げたらしい」
なるほど、工作師と細工師も鍛冶を扱うドワーフ達も、強制的に一箇所にまとめて、工房にしてしまったのか。
そりゃ確かに、単一の製品を造るためには効率が良いな――でも、職人って気難しい人が多いんだが、上手くいってるのだろうか?
などと、感心していたら、これがとんでもない代物だった。
兵器工房と呼ばれた石造りの2階建ての建物が3棟――そこに訪れた俺達を出迎えたのは、足枷を嵌めたドワーフや獣人達。
石の床に炉の火が赤々と燃え、旋盤のような工作機械が唸りを上げている。
働いている者は、皆痩せこけ、ロクに食事も与えられていないようだ。
足枷を嵌めていない人間の工作師もいるが、家族を人質に取られていると言う。
なるほど、これなら銃も100丁単位で造れるわけだ。
「なんてこったい。 これじゃ、奴隷だ」
「全く、その通りじゃの――妾の膝下でこのような事が行われていたとは……」
サクラコもその光景に絶句する。 彼女はこの帝国の象徴だったのだ。
燦然と輝きこの世界を照らす象徴――その光が強ければ強いほど、影も濃くなるわけだが。
「ショウ、其方が妾と塔に登った時に申しておったであろ。 誰かが儲ければ、誰かが損をすると――あの豪華絢爛の議事堂を造るために、このような者が沢山生まれたのであろう」
殿下が俺と塔に登った時の事を覚えていてくださったようだ。
「……あんたらは?」
ドワーフの1人が、力なく話しかけてきた。
獣人達もそうだが、筋骨隆々のドワーフの欠片も無く、やせ細っている。
「ファーレーン軍だ。 こちらは、ファーレーンのライラ姫殿下。 皇帝と巫女は死に、帝国は戦に敗北したんだ。 武器の製造を禁止させるために、ここを閉鎖しにやって来た」
「帝国は戦に負けたのか?」
ここにいる者達は、戦況を全く聞かされていないようだ。
「そうだ」
「じゃあ、もう武器は造らなくていいのか?」
「勿論だ。 もう炉の火を落としても良いんだ」
獣人達とドワーフ達は、お互いに顔を見合わせている。 どうも咄嗟の出来事に状況を把握出来ないようだ。
「やったぞ……」 「おお……」
解放されたので、もっと喜ぶかと思ったが、腹減りで力が出ないらしい。
獣人達は、運搬等の力仕事と、旋盤を動かしたりする動力源として酷使されていたようだな。
お互いに、足枷を壊して外し始めた。
2階に上がると、細工師の女性達が詰め込まれていた。 さすがに、足枷を嵌められていないようだが――粗末な扱いをされているのは同様だ。
仕切りがついた小さな机が一面に並べられており、そのスペースに押し込まれて作業をさせられていた。
1階と2階合わせて1000人程の男女、獣人達、そしてドワーフ。
それが3棟で約3000人が強制労働を強いられていた。
皆、腹が減ったと連呼するので、商人を呼びつけ、食料を調達して飯を食わせる事に。
しかし、飢餓状態で飯を食わせるのは拙いんじゃなかったっけ?
そんな事を考えているうちに、獣人達もドワーフ達も飯を凄い勢いで食い始めてしまった。
こうなったら、最早止められない。
心配で、黙って見ていたが――彼等は大丈夫のようだ。
人間達は、飢餓状態で大量に飯を食うのは危険だと解っているようで、果物を少し齧るぐらいにしている。
腹が膨れて、元気が出たのか、彼等の声が徐々に大きくなってきた。
「久々にまともな飯を食ったぜ」 「酒なんて1年ぶりだぞ」
ドワーフは、ぶどう酒を水のように腹に流し込んでいる。
「元気が出たのはいいけど、そのまま街へ繰り出して暴れたりするなよ。 治安維持のために、お前達を処罰しなければならなくなる」
「無論、そんな事はしやせんが、俺達をこんな目に合わせた奴らには、落とし前を付けてやらにゃ、気がすまねぇ」
「ああ、相手が貴族と軍なら許可しよう。 其方等の家族も解放させるから、何も心配は要らぬ」
殿下のお墨付きが出て、彼等は雄叫びを上げているが――。
その様子をサクラコは黙ってみているのだが、彼女の事を伏せていたほうがいいだろう。
町娘のような格好をしているから、彼女が巫女だとは誰も気がつかないと思うが。 それに、こんなところに帝国の巫女がいるはずは無いのだから。
「ここで、造っている物は、ファーレーンが接収する」
だが、運び出したりするのは、かなり後になるだろうが、戦後のどさくさ紛れに紛失したりしないように、警備を置かなければ。
彼等は飯が食い足りないのか、帝国軍の軍馬を鍛冶で使っていた巨大なハンマーで殴り殺すと、解体してそのまま食べ始めた。
おいおい……。
さすがにドン引きする光景だが、この話があっという間に帝国中に流れて、ソレを聞いた兵士達は帝都から逃げ始めた。
獣人とドワーフが恨んでいるのを知っているので、仕返しを恐れたのだ。
馬を食っている、ドワーフ達に声を掛ける。
「仕事を探しているなら、ファーレーンに来ればいい。 ファーレーンでは燃える石を使った馬鹿でかい高炉が稼働し始めたところだ。 ドワーフの仕事なら、いくらでもある」
ドワーフ達だけではなくて、工作師や細工師も腕が立つ者がいれば、スカウトしたい。
「話は聞いてましたぜ。 帝国でも、その燃える石って奴を探していたようですが、未だに見つかっていないようです」
元世界から来ていたゴールドって奴なら、石炭の事は知っているだろうから、ファーレーンの話を聞いて同じ物を探し始めてもおかしくはない。
俺と同じように、石油等も探していたはずだ。
ファーレーンも石炭は見つけたが、石油は未だに見つかっていない。
元世界には海底油田もあったから――もしかして、海底とかにあるかもな。
だが、海には巨大な海獣が生息しているし、それ相応のテクノロジーを持っていない俺達には海底の地質調査など不可能だ。
あるのが解っても、採掘出来ないしな。
その後、この兵器工房を管理していた下級貴族と、彼等をいたぶっていた兵士が取っ捕まり犠牲になったが、俺達に止める義理も無い。
元世界の某国が崩壊した時には、国民に対し好き勝手やっていた秘密警察が仕返しの対象になったらしいし、どこでもある話だ。
やっても良い奴は、やられる覚悟があるやつだけ――そんな言葉が俺の頭の中でリフレインする。
「アイツは破滅だろ? エルフなんて連れて歩いて趣味が悪いぜ」
このドワーフはステラさんの事を知っているようだ。 ドワーフもエルフほどではないが、長寿の種族だし帝都で彼女を見たことがあるのだろう。
それでなくても、ステラさんは色んな意味で有名人だからな。
「まぁ、同じ真学師仲間だしな。 俺は、ショウだ。 よろしくな」
「あんたが、ファーレーンの悪魔か。 こりゃ、お見逸れいたしました」
どうやら、金のプレートを首から下げていても、真学師っぽくは見えないらしい。
------◇◇◇------
色々とやっていたら、日が暮れてしまったので、帝国の迎賓館へ泊まる。
これまた、鼻血が出るほどの豪華な造りだ。
だが泊まる前に、迎賓館に獣人を入れる入れないで、揉めた。
獣人の部隊は、帝都の正門の前に陣取っているのだが、殿下の護衛には獣人のニムがいる。
奴らはそれが、気に入らないと言い出したのだ。
こいつら、戦で負けたの解ってないのか? そんな事を言える立場では、既に無いのだが……。
「妾の護衛が入れぬなら――ルビア殿、ここを吹き飛ばして良いぞ」
殿下のその言葉に――師匠が、マジで爆裂魔法を使う一歩手前で、慌てて帝国側が折れた。
――目もくらむような豪華な建物。
帝国の諸外国への見栄が集中する所だからな、豪華絢爛なのは当然なのだが、それにしても凄すぎる。
透明な窓ガラス、白い大理石のような石に金の装飾。 床には凝った模様の色鮮やかな絨毯が覆い――。
ファーレーンから流れてきた物なのか、蝋燭の代わりに魔石ライトが備え付けられている。
こんなに金があるなら、借款の返済や、賠償金にはこういう金を全部剥がさせれば良いな。
こういう建物は帝国の調子が良い時に建てられた物だろうから、金の品質も良いだろうし。
殿下はここを何回か訪れて、このような状況は知っているだろうから、俺と同じような事を考えてはいるだろう。
殿下の部屋には騎士団が警備についており、襲撃や暗殺に備えている。
まぁ、この期に及んで、そんな事をしてくる奴がいるとは思えないのだが……。
俺も迎賓館に泊まる事になったのだが、他のファーレーン貴族達は、接収した帝国貴族の屋敷へ泊まりこんでいる。
あの北の将軍様みたいなテテロ卿をはじめとした、ファーレーン貴族のへなちょこ騎士団は、ここまでの強行軍が効いたのか、宿泊した屋敷でへばっているという。
だが、脱落や戦死しなかっただけ、マシなのかもしれない。
意外としぶといなぁ――というのが、俺の感想。
ファーレーン貴族の中でも、近衛騎士団と並ぶ武闘派のフィラーゼ候爵騎士団は、この度の戦でも殊勲を上げたようで――。
領地の経営も順調で領民は増えている、そして戦での殊勲――これだけ条件が揃っていれば、隣国の王女を娶っても、異論を唱える者もいないだろう。
迎賓館の俺の部屋へ案内されたが、この部屋も豪華な造りである。
もちろん、お約束の天蓋が付いた立派なベッド付き。
部屋には、俺が作った物と類似の魔石時計――何時ぞや俺が作った15パズルまで置いてある。
帝国にも真学師や工作師はいるから、構造を解析すれば、同等の物を作るのは難しくはないだろう。
ただエントランスホールにあった魔石ライトもそうだが――帝国は、この世界の商売のルール違反を犯して特許料をファーレーンに支払っていないのが大問題だ。
この魔石ライトや魔石時計を見た、殿下の心情を想像しながら――部屋に魔石の結界を施してからベッドに潜り込んだ。
だが、夜が深けてもフカフカ過ぎるベッドに寝付かれず、天蓋を開けて僅かな月明かりでうっすらと見える天井を見上げている。
これなら、獣人の女達と一緒に寝ていた方がマシなのだが、これからパズズの研究施設を押さえねばならない。
「ふう……」
起き上がると、ベッドの縁でため息を吐き――ガラスの嵌った扉を開けて、ベランダへ出てみる。
見える光景は――街灯や窓から漏れる光が無いので、暗い街だ。 だが、ファーレーンでは暗いながらも、人通りもあったりして活気に溢れている。
森からこれだけ離れていれば、突撃虫の襲撃に注意する必要も無い。 もっと明かりがあってもいいはずだが。
ここには、そんな生気を感じる事が出来ず、死んだように静まり返っている。
静かに立ち並ぶ無数の建物を見ていると、まるで墓標のように見えてきて、背筋が寒くなる。
豪華絢爛の上っ面は物凄いが、中身はスカスカで朽ち果てている。
そんな感じが、この街から受ける印象だ。
こんな荒野の中の大都市では、精霊が薄くエルフ達には問題があるように思えるのだが――。
帝都の中心――皇宮がある場所に、精霊の濃いスポットがあるらしく、彼等はその近くへ行っているようだ。
ここに住んでいた事があるステラさんが、この辺の事情に詳しい。
エルフ達は、彼等が吹き飛ばした帝国貴族達の上屋敷の1つを接収して、そこへ上がり込んで寝泊まりしている。
上屋敷というのは、貴族たちが自領の屋敷とは別に帝都の貴族街へ置いている屋敷で、通常帝国貴族達は、この上屋敷に住んで自領の統治を行なっている。
ちなみに、ファーレーンにはこのような貴族達の上屋敷は存在していない。
好き勝手のエルフ達と対照的なのがダークエルフだが――宿屋の1つを占拠していても、気ままな金髪の長耳達とは違い、代金は普通に払っている。
さて、パズズのやさからは何が出てくることやら。