14話 城郭工房(挿絵あり)
直接、工作師の親方だというラジルさんに会うために、工作師の工房へ行くことになり、副門から馬車が城内へ入る。
護衛の兵士達は、裏門に向かったようだ。
城に入る際は、個人に予め与えられている青い魔石と、警備が持っている青い魔石を合わせる。この際、石同士が赤く反応する仕組みを利用して、セキュリティーを行ってるらしい。
意外と、厳重で高度なセキュリティーだなぁ……。
当然、俺は石を持っていないが、殿下が直接招待した客ということで、パスした。
俺と殿下、そして、ガチャポンプだけが降ろされて、馬車はそのまま裏門へ向かう。
「それでは姫様、我々はこのまま詰め所へ戻ります。ショウ様のお荷物も我々の詰め所へ保管しておきますので」
「うむ、ご苦労であった」
殿下が手を振る。
「はい、よろしくお願いします」
「それじゃ、ショウ様またですにゃ」
ニムさんが手と尻尾を振っている。
その場所から殿下と一緒に、俺はガチャポンプを持ったまま、工作師の工房ヘ向う。
コレが本物のガチャポンプだとかなりの重量があるが、これはティッケルト製なので、重たくはないし俺でも余裕だ。
鉄製でも、重量軽減の魔法を使えば、運ぶことは出来る。
ポンプを持ちながらテクテク歩く。辺りを見回すと、木を切る音、釘を叩く音、そのまま工場街だよ、こりゃ。
電動工具の凄まじい音はしないので、随分と長閑だが。
煙が出ていたのは、どうやら鍛冶場の煙らしい。カンカンと鉄を鍛える音が聞こえてくる。
お城にある工房は大まかに分けて3つ。
工作師は、家、家具、橋、とりあえずなんでも作る。鉄製でも鍛造は鍛冶場へ発注して、鋳物などはここで組み立てをするらしい。
開発の計画立案などもやっているので、一番の大所帯。
鍛冶場は、ドワーフがやってるらしい。武器や鍛造鉄製品は全部ここ。
細工師は、工作師が扱わないような、細かい細工を行う。例えば、工作師が家具を作ったら、彫金や金具の加工は細工師がするらしい。
あと、宝石箱や時計、その他機械などの精密加工はここという具合だ。
あと、全ての工房への資材を確保、搬入する資材部がある。
工作師と細工師の明確な境目はないらしい、互いにライバル視しているようだが、対立はしてない模様。
周りを探索しつつ、工作師の工房へ到着した。
木造で広さは学校の体育館ほどあり、屋根は体育館ほどは高くないが、普通の家の倍ぐらいの高さはある。
天井の板はなく、剥き出しの梁からは、ロープと滑車のクレーンらしき物がたくさんぶら下がっている。
また、列をなして連なる明かり取りの天窓からは、光が差し込んでおり、舞い上がった埃が、幾筋にも光の帯を浮かび上がらせていた。
「誰かある!」殿下が入り口で叫ぶ。
「げっ、殿下!」
「げ、とはなんだ、ラジルはおるか!?」
「お、親方~!」
受け付けた若い工作師は、奥へ走っていくと――すぐに、親方らしき人が現れる。
歳は40ぐらい、背は俺より幾分低いが、がっちりした体格で白髪まじりの男が走ってきた。
「これはこれは、まさか工房へ姫様がお越しになるとは、ライラ姫殿下にはご機嫌麗しく……」
「よいよい、挨拶なぞ抜きだ。それよりラジル、城下町で評判になっている、噂の主を連れてきたぞ」
「と、申されますと……」
本当に街中に噂が広まっているんだなぁ。まぁ、俺の田舎も娯楽がなくて、人の噂をするのが糧みたいな感じだったから、ここでも同様なのだろう。
「真学師ルビアの弟子となり、真学師見習いとなりましたショウと申します。この度、ライラ姫殿下の招聘により登城いたしました。今後共よろしくお願いいたします」
「ルビア様の弟子の方でしたか、噂には聞いておりましたが……。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「なにかとんでもない噂が、流れているようですけど」俺は苦笑いで答えた。
「いいえ、城の人間はルビア様がどういう方か知っておりますので、街の噂など信じておらんですよ。皆で、新しい弟子が入門したんじゃないかと、話していたところです」
殿下のほうをみると、明後日の方向を見て、聞こえないフリをしている。
ゴシップを一番楽しんでいるのは、殿下じゃないのか?
「ここに参ったのは、他でもない、そのショウが持っている真理についてだ」
------◇◇◇------
手の空いている工作師が集められて、俺の作ったガチャポンプのデモンストレーションが行われる。
水が満たされた桶にポンプを入れて、レバーを動かすとするとダパダパと溢れだす水。
「おおっ」
――と、思わず工作師の面々から歓声があがる。それから、いろんな人がとっかえひっかえ構造を確認して、最後は分解した。
さすが、工作のプロ揃いで、すぐに構造を理解したようだ。
「なるほど、この筒の底についている二重の扉で、水の流れを切り換えているのですな?」
「その通りです」
「ふ~む、これは単純明解にして恐るべき真理ですなぁ……」
なぜ、恐れる。
「殿下! これは売れますぞ!」
「そうであろう! 妾など、コレを見た時には腰を抜かしたわ、アハハッ!」
――と高らかに殿下は笑った。
なぜ殿下が自慢そうなの?
「私のところには、材料がなかったのと、加工が不可能だったのでティッケルトで作ってしまいましたが、本当は鉄で作りたいんですよね。これではすぐに壊れてしまうでしょうから」
「その通りですな、かなり高価になってしまいますが、鉄なら10年以上は持つでしょうな」
「それと、コレに欠点がないわけでもないんです」
「なんだ、その欠点というのは?」
殿下が腕を組んで質問してくる。
「このぐらいの長さの単位って何と言います?」
俺は1mぐらいの長さを手で示した。
ラジルさんの答えだと、『1スタック』と言うらしい。
なるほど、1m=1スタックでいいのか。
「井戸の深さが8スタック以上深くなると、水を揚げられないんですよ。汲み揚げる筒のなかに入ってくる水の自重で、水が下がってしまうんですね」
「ああ、それなら大丈夫だ。8スタック以上深い井戸なぞ掘るやつはおらぬ」
――殿下が笑うと、他の工作師もそれに続く。
「そうですぜ、5スタックも掘って水が出なかったら、普通は諦めますぜ」
「それなら問題ないですかね」
心配していたが、俺も納得した。
「問題ないな、ラジルよ、コレの材料を鉄に改めた物を試作せよ! 祭りのために至急必要だ!」
「ははっ、ただちに」
「よし! 次じゃ! ショウよ、妾に説明した『さすぺんしょん』とやらを、皆に示すがよい」
工房の側面には巨大な黒板が設置してあり、そこにいろんな図やら行動計画などが書かれていた。
そこに、殿下に説明した、菱形のサスペンションの図を描いていく。
「こんな感じなんですが、どうですかね?」
「なるほど、こいつは盲点でしたな。たしかに乗り心地はよくなるでしょう。馬車など乗っているだけで疲れる代物でしたが、これでかなり乗り心地は改善されるように思います」
「菱形で説明してしまいましたが、実際は、長さの違う板を何枚か張り合わせた形がよろしいかと思います」
所謂、元世界でトラック等で使われていた、リーフスプリングを図に描いて説明すると――。
さすがプロだね、若い工作師から鋭い質問がくる。
「長さを違う物を組み合わせる意味は?」
俺は一枚板をテーブルに渡し、ドンドンと同じリズムで叩く……すると反復は大きくなり、ついには落ちてしまう――『共振』だ。
「このように、一枚板だと振りが増幅されて、壊れてしまうんですよ」
「枝の上で跳ねてると、枝が折れるようなものですな」
「皆さんもそういう経験がおありですか? 私は枝の間に挟まって、胸の骨を折りましたが」
――皆からドッと笑いが起きる。
そこで、長さの違う板を3枚重ねた物を作り、同じ様に叩いてみるが、こんどは共振しない。
「こういう破損を防ぐ効果があるんです。耐久性を考えると、コレも鉄材で作りたいところですけど」
工作師一同が頷く。
「弾力のある鉄材となると、かなり良質な鋼が必要になるので、難しいでしょうな」
「まあ、定期的に交換するように作って、部品も売りつければ倍儲かりますけどね」
「ショウ! そなたも中々に悪どいのぅ?」
俺の提案に、ニヤリと笑う殿下。
いえいえ、お代官様にはかないませぬ。
「それとですね」
「まだあるのか?」
「構造は複雑になるのですが、馬車の前輪の角度を変えられるようにしたいんですよ。こうすれば、曲がり角などを滑らかに進むことが出来ます」
自動車の前輪のようなハンドル機能を描いていく。
「ほう」「なるほど」
――と他の工作師からも声があがる。
「殿下! これも高級馬車として売れますぞ!」
「のぅ! ラジルよ、新型の高性能馬車が出たとなれば、王侯貴族の見栄っ張り共が大枚を叩くぞ! やつらから金を毟らねばならぬ!」
殿下も王侯貴族だと思いますけど……と突っ込みをいれたいけど、ぐっと我慢をする。
ホントはサスペンション+オイルダンパーなんだけど、オイルダンパーは無理だろうなぁ……。
「ショウよ、もう一つぐらい良い物はないか?」
「え? もう一つですか? 突然言われても、中々……」
「せっかく祭りをするのだ、やはり3つほど目玉が欲しい!」
「祭りですか?」
「そう、祭りだ!」
祭りというのは、文字通り祭りなのだが、新製品発表会みたいな物で、たくさんの国民や諸外国の重鎮を集めて、大々的にお披露目をする。
これらは我々が発明した物だから、真似するなよ! という特許宣言のようなものらしい。
一応各国が抱えてる真学師や工作師のメンツがあるので、宣言すれば真似というのはないという。
ただ、どこでも悪質なパチモノを作る輩というのがいるらしく、そういう輩を摘発――全財産没収してもいいという権利もあるようだ。
ここら辺はイタチゴッコで、元世界と似たようなものらしい。
「う~ん、それならこういうものはどうでしょう? 小さい梯子を2つ用意してくださると助かるのですが」
「こんなもんでよろしいですか?」工作師が4段の梯子を2つ持ってきた。
「はい、この梯子の頂上を結んで、こんな風に立てかけます。そして、真ん中に固定する板をいれます」
元世界で、ホームセンター等で普通に売っていた、A型になった脚立だ。
図を見せると、工作師はすぐに固定する板を加工してくれた、仕事早ぇぇぇ――さすがプロ。
「この形にすると、どこでも梯子を簡単に設置することができるようになります。そして、使わない時は、この板を外して、収納できると……」
出来上がった脚立に乗ってデモンストレーションしてみる俺。
「そして、もう一つ同じものを用意して、その間に板を渡せば簡単に足場を組むことができます」
早速工作師が同じ脚立を作り、足場を作ってみせた。
「親方! こいつは便利ですぜ」工作師にも評判が頗る良い。
「この頂上の部分には、開いた時に丁度水平になるように、天板を取り付けるといいでしょう」
脚立の前で、皆でわいわいあれこれと談義している。
「いかがでしょう殿下、難しい理とは無縁ですが、金にはなると思いますけど……」
「決まったな! ラジルよ!」
「よし! てめぇら! 久々の大仕事だ、気合いれていけよ!!」
「「「「「「「へい!」」」」」」」
いきなり、体育会系になる職人達。
ネコ被ってたんですか。
それにしても、こんなんでいいのかね? 脚立なんかは、梯子を紐で結べば簡単にできちゃうと思うけど……。
------◇◇◇------
「それではラジル様、今後共よろしくお願いいたします」
「よしてくだせぇ、真学師様に様付けなんてされると、ケツが痒くなっちまいますよ。ラジルでいいですぜ」皆でゲラゲラと笑ってる。
「いやぁ、年上の方を呼び捨てにするのはちょっと……それじゃ、ラジルさんでいいですかね」
「いいですが、真学師様変わってますなぁ」皆でうんうん頷いている。
「そうですか? 師匠にも変わってるって言われるし、皆から変わってると言われるんですけど」
「いや、変わってますぜ」
そんなに変かね? それにしても、ラジルさんも全くキャラが変わってるし、こっちが地なのか。
それにしても、皆さん褒めちぎりなんだけど、元世界の知識つかってるだけのチート野郎だからなぁ……なんか複雑な気分。
そのまま、殿下と一緒に鍛冶場へ。
そこにはドワーフが10人ほど。
おお、ドワーフだよ、マジドワーフ。
腕太ぇぇぇぇ、ヒゲすげぇぇぇ。
次に細工師工房へ。
細工師の工房は20人ほど、細やかな仕事が多いせいか3/4が女性だった。
責任者の方も、中年の女性で、女傑って感じ。
女性が多いせいか、ヒソヒソなにか話してるし……例の噂のせいだろうなぁ。
最後は資材部へ。
資材置き場には、いろんな材木がズラリ、材木問屋みたいだ。
鉄材もあるが、鉄はやはり少なくて、貴重品らしい。
殿下と一緒にグルグル回ったが、メイドさん達の詰め所の前で分かれ際、
「フハハッ、ショウよ! 今回の勝負、やはり妾の勝ちだの!」
突然殿下が言い出した。
「何の勝負ですか?」
「これだけの真学師が、月金貨3枚で手に入ったのだから、大儲けだ」
腰に手を当て、高笑いする殿下だが――まあ、そうだな、確かに一番儲けたのは殿下だ。
俺の荷物を受け取り、ルミネスさんに俺の部屋まで案内してもらった。
メイドさんは10人ほどだったが、仕事によって加減するらしい。臨時雇いも多いと言う。
これだけ大きなお城に10人と聞くと、少ないようだが――基本の仕事は、殿下の身の回りの世話だけで、大臣などのお偉いさん達は、各人でお付きやメイドを抱えてるので、これで十分らしい。
清掃や、補修、メンテなどは、工作師や、民間の業者を頼んでいるみたい。
頼める物はドンドン民間に任せて、雇用を産んでいるのか、マジで城には最低限の物と人しかない。凄い合理的だ。
何故、そのようなシステムになっているかというと、すべて経費削減の為――メイドさん達の話では、殿下はかなりの渋ちんらしい。
逆に言えば、浪費を全くしない、しっかり者ということだな。
俺の部屋は、街から見て左城壁の中にあった。
石造りで立派だ、広さは4畳半ほどだが――まあ、荷物もないんでこれで十分な広さだよ。
師匠の部屋は、ちょっと離れたところにあって、かなり広いらしい。師匠の到着は2~3日後の予定だ。
はぁ、久々に人に会いまくったんで疲れたわ……。
基本、物の製作を頼むのは工作師へ持ち込むらしい。まあ、武器などはドワーフだろうけど、俺に武器なんて要らねぇし。
でも、鍛造したいね、鍛造! 火と鉄! 男のロマンっスよ。
ファーレーン城見取り図





