136話 禁呪
帝国の真学師パズズが創りだした、魔法を使う死霊というこの世の物とは思えない物に襲われた、俺とサクラコ。
危機一髪のところをステラさんと師匠に救われた。
ただ、あれが救われたと言って良いものなのか?
色々な腹立ちまぎれに殺されかけたというのが、近いのかもしれないが。
俺が、ゲートをため息混じりに眺めていると、ステラさんがやってきた。
「ステラさんはコレが、異世界へ繋がってるって、知ってたんですか?」
「そりゃね。 エルフの伝承にもあるし。 カミヨの民がここから出てきたんだろ?」
「これを動かして、中へ入ってみたら、私の故郷へ繋がってましたよ」
「中へ入ったのぉ?」
ステラさんもどうですか? の問に――答えはNO!
ちなみに、師匠も首を横に振った。
真学師なら、異世界には興味がありそうだが、そうではないらしい。
パズズもゲートの中へ入ったような感じではなかったな。
齎された知識は素晴らしいと言っていたが、向こうの世界が素晴らしいとは言ってなかったからな。
師匠とステラさんに、ここで起きた詳細を説明すると、ステラさんがゲラゲラと笑い始めた。
「ははは! 狂人も究めると、とんでもないねぇ。 全く、やる事が思いも寄らないよぉ」
「エルフめ、笑い事ではないぞぇ」
それを聞いたサクラコが激昂するが、まぁ当然だ。
「そうですよ、ステラさん」
「ふん」
俺とサクラコのツッコミに、鼻を鳴らす彼女だが――どうやって、ここを知ったのだろうか?
まだ怒っているらしい師匠に尋ねる。
「よく、ココが解りましたね」
「……殿下に伺いました」
「まさか、脅したんじゃ……」
「君の置き手紙を見てね、最初はそのつもりで殿下の所へ行ったんだけど、泣かれてショウを助けてやってくれと頼まれたんだよ」
ええ? 殿下……。 全く、俺ってやつは不忠に尽きる。
あんなに素晴らしい主君を、裏切ってしまったのだから。
「殿下だけではありませんよ。 獣人達からもマリアからも頼まれました」
「そう、ダークエルフも私に頭を下げてきたし、ミルーナは泣いてたよ。 君は本当に酷い奴だな。 あんな良い娘を泣かすなんて」
ダークエルフが大嫌いなエルフに頭をさげるなんて――ミルーナには打たれたんで解っております、ハイ。
「よく、フェイフェイが来るって言わなかったな」
「来たがっていたけど、魔法で速く走れないからねぇ。 急ぎだったし」
しかし、来なくて正解だろう。 確かにとんでもない強敵ではあるが、相手が死霊では戦士の誇りある戦いというには程遠い。
それどころか、戦った事自体が汚点になりかねない。
――そういえば、途中に帝国軍がいたはずでは。
「途中に、帝国軍がいませんでした? それに、お二人が抜けたんじゃ、ファーレーンの防衛が……」
「いたよぉ。 丁度、橋を渡ってたところだったんで、魔法を使って橋ごと落とした」
ステラさんが、再びケラケラ笑い始めた。
「ルビアと2人で大魔法撃ったから、1万ぐらいは軽く逝ったんじゃないかなぁ。 あれだけ始末すれば、あとはミルーナとかに任せれば平気だよ」
それを聞いた俺は、暗澹たる気分に陥る……。
ああ、サクラコの魔法と合わせて、いきなり戦死者2万かよ。
いくら戦争とはいえ、死に過ぎだろ。
全く、真学師が戦略兵器扱いされるのも頷ける。
しかし、こんなに大魔法や禁呪をポンポン使ったりは出来ないはずだが――。
「ステラさん、禁呪とやらの星の雫とか使ってましたけど、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよぉ。 君から貰った、赤い実を食べたから。 それでなきゃ、一日中魔法で走ったり出来るはずないでしょ?」
――ということは、師匠も赤い実を食べているのか。
「ああ、なるほど……」
――と、相槌を打ったら、ステラさんがまた抱きついてきた。
「もう、なんなんですか? もう、俺の事を嫌いになったんでしょ?」
「誰も~そんな事言ってないけど? 死んじゃえば良いのにって言っただけだしぃ」
彼女が、俺に抱きつく手をギリギリと締め付けてくるんだが……。
「ああ、ちょっとステラさん!」
もう、なんかもうまたハァハァしているし、このBBAはなんなんだよ。
「ステラに攻撃魔法を使わせると、いつもそうなるので、普段は防御に回らせているんです」
「ええ? マジですか?」
「このエルフめ! いつまで抱きついておるつもりじゃ!」
「へへ~ん。 だって、私の物だも~ん」
「違います」
俺が間髪をいれず答える。
師匠がうんざりしたような表情で、俺達の間に割って入ってきて、ステラさんを引き剥がした。
「これから、どうするのです?」
「もう、これしか手段はないでしょう――禁呪を使って、あの門を吹き飛ばします」
「禁呪って――まさか、アレを?!」
「禁呪とはなんじゃ?」
俺が、天で光っている太陽を指さして、サクラコに禁呪の説明をする。
俺がやろうとしているのは、赤い実を食べての、圧縮の魔法を多重展開だ。
圧縮に圧縮を繰り返しての超高温超高圧で熱核融合反応を引き起こす。
マジでそんな事が出来るのか? 出来るのだ。
俺の目の前に、その被験者がいる。
「師匠との約束も破る事になりますけど。 もう、決めたので――殴り足りないなら、殴って良いです」
――そう言ったのだが、マジでいきなり殴られた。 しかも、グーで。
「あいたぁ~」
また、口の中が切れた……。 殴られるのは覚悟していたが、グーで殴ってくるとは思わなかった。
「私にも殴らせろ!」
「ちょっと、ステラさん! ステラさんは、禁呪撃って私を殺しかけたじゃないですか!」
「まだ、足りないから殴らせろ!」
「いやです」
ステラさんから逃げまわる俺に、師匠が怒鳴った。
「もう、貴方の好きにすれば、良いでしょ! 私はもう、知りません!」
「師匠、ありがとうございます。 好きに致します。 皆さん、ここまで私を助けてくださり、誠にありがとうございました」
俺は、皆にお辞儀して礼を言う。
「もう、しょうがないなぁ~。 ガキンチョに付き合いますか~」
ステラさんが、両手を頭の後ろに組んでクルクルと回っている。
師匠もステラさんの言葉に黙って頷いているのだが――なんでそうなるの?
「ちょっと、待ってくださいよ! どうしてそんな結論になるんです? それに、私の防御壁で禁呪も防げるかもしれませんし」
――そう言ってみたものの、核爆発を耐えるのはさすがに無理だろうなぁ。
それを聞いたステラさんが、俺の耳を引っ張って耳元で大声を上げた。
「皆から泣きながら君を頼むって言われて! 私達だけ帰れるわけないだろ?! 君は馬鹿なの、死ぬの?!」
「わぁぁ!」
突然、耳元で大声を上げられた俺が、飛び上がる。
「まぁ、もう450年も生きたから、良いよ。 人生つまらなかったけど、君がやって来てから、毎日楽しかったし」
「ステラさん……」
「ちょっと、待て! それでは、残りの赤い実を食べて、禁呪とやらを使おうというのかぇ?」
サクラコが会話に入ってきた。
「その通りだよ」
「それでは――其方、もう2つもっておったの? 1つを妾に渡すがよいわぇ!」
「ええ? 渡してどうするんだよ?」
「妾も禁呪を使う」
「ええ? そんな物があるのか?」
巫女の禁呪――巫女にも禁呪ってのがあるのか。
「あるわぇ。 ただ、使った事は無いがな。 そのような物があるというだけじゃ」
サクラコの説明だと、一種の空間断裂を引き起こす魔法らしい。
「それって――? 師匠が禁呪を使った時に、師匠の師匠が使って、師匠を助けてくれたやつでは?」
師匠がゲシュタルト崩壊を起こしそうだが――それに間違いなさそうだ。
「本当に使えるのか?」
「解らん! 禁呪なぞ、実際に使った事がないからな」
「そりゃごもっとも……って、サクラコだって、俺に付き合う必要は無いんだぞ?」
「何を言う! コレは元々妾の問題じゃ! 其方のほうが部外者で、付き合う必要なぞ無かったのじゃぞ?」
「そりゃ、そうだが……」
「諦めて、赤い実を渡すが良い」
念の為に、もう一度師匠達にも尋ねるが――また、殴られそうになったので諦めた。
俺は、アマテラスが造ったという、白いゲートを睨んで、気合を入れた。
「さて、最高の舞台――周りには最高の女達! ははは! 今日は死ぬのに最高の日だぜ!」
ゲートから50m程の所で、準備に入る。
プラ製のタッパに残った赤い実を、俺とサクラコとで分け合う。
口に入れ、しばらくすると、身体の中に火が付いたように熱くなり始め――全身がみなぎる力で満たされる。
「ふぉぉぉぉっ! こりゃ――凄過ぎてヤバイ! 身体が爆発しそうだぜ!」
サクラコの病気の時に、こんなの連続で3つも食わせてたら、逆に危なかったかもしれん。 そのぐらい凄い。
もう、なんでも出来そうな感じ。 ゲームで、スターを取って無敵状態になったらこんな感じかもしれない。
サクラコも準備が出来たようで、魔法の詠唱に入る。
『闇よきたれ』
呪文が紡がれると同時に、ゆらゆらと黒い球体がサクラコの前に姿を現す。
『黒き糸で紡がれし漆黒の衣よ――』
呪文が続けられると、球体はその黒さを増していき、その形を明確にしていく。
「さて、こっちもおっ始めるか!」
先ずは、なるべく大きな圧縮弾を作り――空間を圧縮していくと、圧縮弾は赤く輝き始める。
これは普段通りだ。
そして、圧縮の魔法を展開して二重圧縮すると――光球は黄色い光を増していく。
ここまでは実験済みだが、ここから先は俺にとっては未知の領域となる。
さらに、圧縮の魔法を展開して三重圧縮を行う。 通常なら、ここまで圧縮出来ない。
俺は以前、三重圧縮を試した途端に、魔力がゼロになってぶっ倒れたが――しかし、赤い実を1個丸ごと食った今日は、まだ余裕がある。
光球は白く輝き、周辺の空気をプラズマ化させ、眩い光を放ちながら、光源と反対方向へ濃い影を放射状に伸ばす。
その温度は恐らくすでに数千万度。 生み出された巨大な熱量は、凄まじい上昇気流を生み出し、周りの空気を轟音を立てて引き込む。
その上昇気流によって、上空にはドス黒い雲が渦を巻き、激しい雨と雹が地面を叩きつけ始めた。
ずぶ濡れになりながら――俺はさらに、圧縮の魔法を展開する。 ついに四重圧縮だ。
師匠の体験によれば、四重圧縮になった段階で、巨大なエネルギーの放出が起こったと言う。
眩い光は、白から青に変わり始め、恐らく温度も億の単位に入っているものと思われる。
身体から膨大な魔力がズルズルと引きずり出されるように、みるみる空になっていくのが、自分でも解る。
俺の手首に嵌っている腕輪が作り出す防御壁が悲鳴を上げ、全身から煙が上がり始める。
だが、ここで止めるわけにはいかない。
「どうしたのじゃ、ショウ! まだかぇ?!」
俺は、サクラコの声に導かれながら後退りを始め、彼女が創りだした黒い球体――棺の中へ足を踏み入れる。
師匠とステラさんはすでに、サクラコと一緒に棺の中で俺を待っているのだ。
4人で黒い棺へ入り、俺は右腕だけを差し出す。
「おりゃぁぁぁ! いくぞぉサクラコ!」
「任せるがよいわぇ!」
「3、2、1――!!!」
俺の最後のひと押しと共に、棺は閉じられた。
その中は、真の漆黒。 全く光もない黒い世界。 かろうじて、触れ合う身体で、自分以外の誰かがいるってのが解る。
何かが焦げた臭いが充満する。 外に出していた俺の腕が、発生した膨大な熱線で焼け焦げたのだ。
だが、極度の興奮状態のためか、痛みは感じない。
暗闇の中――音も聞こえない。 震動もしない。
禁呪は成功したのであろうか? それすらも解らない。
――だが、徐々にそれが狭まっている感じがある。
「くそぉぉぉ! だめじゃ! 押しつぶされる!」
外からもたらされるエネルギーの大きさに、棺が縮小し始めたのだ。
魔法を使っているサクラコには、それが解るらしい。
だが、何も聞こえないし、感じないので、恐怖心を微塵も感じない。
逆に言えば、何か安らかな感じさえする。
しかし、確実に棺は小さくなってきていた。
――これで、終わるのか……。
俺が、そう思った瞬間――誰かが俺に抱きついてきた。 この感触は恐らく師匠だ。
サクラコは小さいし、ステラさんはすぐに解る。
「師匠!?」
「なに!? 其方等、どさくさに紛れ何をやっておるのじゃ!」
サクラコが叫んだ刹那、暗闇が反転するような白い光で満たされた。
――真っ白な光に満ちた、何も聞こえない沈黙の世界。
俺は1人でそこに佇んでいる。
誰もいないのだ。 サクラコ? 師匠とステラさんは?
俺は、前へ歩き出すと、光の中に人影が――殿下だ。
「殿下!」
俺は叫んだが、声は出たのか? 出ていないのか? 自分でもよく解らない。
よく見れば、殿下は俺に背中を向けているよう――俺が叫んだのが、聞こえていないのであろうか?
彼女はスタスタと白い光の中へ歩いていってしまう。
「殿下!」
俺は、彼女を追いかけて、もう一度叫んだ。
今度は叫ぶ声が届いたのであろうか? 殿下は振り向くと、俺に気がついたようだ。
いつもと同じように、腰に手を当て、高らかに笑い始めた。
――殿下。
彼女は何かを言ったようだが、その声は聞こえない。
そして、光の中へ消えていった――。
――殿下。
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薄暗い中、俺は目を覚ました。
だが、驚いて飛び起きた。 俺の顔を誰かがのぞき込んでいたからだ。
暗い影の中で、一瞬の判別は不可能だったのだが、涙目で俺の顔をのぞき込むその顔は――。
師匠だった。
彼女の目から滴り落ちる涙が俺の頬に落ちる。
俺が身体を起こすと、彼女が抱きついてきて嗚咽を漏らす。
「師匠、申し訳ございません」
俺が謝罪の言葉を口にすると、師匠が離れて――。
そして、何故か微笑んでいる。
何故か、涙ながらに満面の笑み。
また、殴られでもするかと、身構えていた俺は呆気にとられた。
「師匠……」
だが、次に師匠の取った行動は俺の予想を遙かに越えていた。
「もう、誰かに取られるぐらいなら……」
彼女のその言葉を発すると同時に、俺の目の前に、光が集まり始めた。
涙目で満面の笑顔の前に集まっていく光の粒子が、周辺を明るく照らす。
ヒドラの時にもこんなシーンがあったが、これだけ近距離だと腕輪の防御が働かない。
「ち、ちょっと待って――」
光りが膨らみ、まさに弾けるその瞬間――それはピンク色の光に細分化されて、地面へ散らばった。
予想を超える突然の出来事に俺は放心して、尻もちをついた。
「目の前にお花畑が……」
偽巫女の火林を食らった時も、ステラさんの星々の雫を食らった時も――正直死ぬとは思ってなかった。
だが、今のはマジで死んだと思ったわ。
「この色惚け師匠め! 弟子を殺めてどうする気じゃ!」
師匠の魔法を邪魔したのは、サクラコらしい。
そのまま、サクラコと師匠の間で、次々とピンク色の光が飛び散り始める。
あまりに突然の出来事に、俺は四つん這いのまま逃げ――立ち上がろうとしたが、足がもつれて地面の上を転がった。
その時初めて、今まで地面だと思っていた場所の手触りがおかしいことに気がついた。
地面というよりは岩――しかも一度溶けて固まったように思える。
それでもなお、師匠から離れようとすると、地面から伝わる熱に飛び上がった。
「あちち!」
「とりあえず、冷却の魔法で居場所を作ったけどぉ、その外はまだ危ないよぉ」
声に振り向くと、ステラさんが寝転がり暗くなり始めた空を見ていた。
冷めた彼女の声で冷静さを取り戻した俺は、やっと、俺は周囲の状況を認識する。
そこは、巨大な壁にぐるりと囲まれた場所――おそらくクレーターの中。
直径は数百メートル――高さは50mほどだと思われる。
だが、見た感じは、師匠が禁呪で作ったと言われる――魔女の穴より遥かに大きい。
俺達は、その底にいたのだ。
恐らく、俺が試みた魔法による核爆発は成功し、現在その爆心地にいた。
発生した超高温で岩が溶けて冷えて固まり、一部がガラス化している――そのため、このような岩肌になっているのだ。
薄暗かったのは、巨大クレーターの影の中に埋もれていたせいなのだが――辺りを見渡すと、もっと信じられない光景が、俺の目に飛び込んできた。
アマテラスの白いゲートが、斜めになったまま地面に突き刺さっていたのだ。
核爆発でも壊れることも無い、アマテラスが造ったという超技術。 一体、あの白い物質は何で出来ているのか?
冷却の魔法を使い、通り道を作りながらゲートの下へ向かう。
残っている台座に手を乗せてみても起動はしない――ガワは残っているが、さすがに機能は失われたらしい。
俺は、ほっと胸をなで下ろした。
これで機能も残っていたら、どうすることもできないよな。
それにしても、外の様子はどうなっているのか、窺い知れない。
帝国軍は? パズズは? ゴールドってやつは? ――そして皇帝と偽巫女は?
本当に核爆発が起こったとすれば、数km離れた程度では確実に巻き込まれただろう。
そうなれば、助かる見込みは無い。
サクラコが使ったような禁呪でも使えば別だろうが……。
俺が巨大な穴の底で途方に暮れていると、空が赤から紫色に変わり始め―――辺りは暗闇に包まれた。
「こりゃ、周りが冷えるまで身動きが取れないな」
師匠とサクラコをみると、対魔法合戦の末、お互いの魔力を使い果たしたようで、ぐったりとしている。
それと対照的にステラさんは、じっと上を向いて、寝転がったままだ。
さすがのステラさんも疲れたのかもしれない。
もう、赤い実の効果も切れているだろうし。
やむを得ず、俺たちは穴の底で一泊する事に――しかし、荷物も何もない。
持ってきた物は、馬と共に全て失ってしまった。
馬も可哀想な事したな、帝国の馬達だって、敵に使われてただけだっていうのに。
残ったのは懐に入れていた物だけだ。
俺が元世界から持ち込んだ物で、結局最後まで残ったのはいつも使っていたマルチツールと、電池が切れたガラケーだけだ。
携帯も捨てて良かったんだけどな。 何故か、これだけ残してしまった。
日が暮れても、真っ暗になっても、クレーターの底では薪もない。
だが、未だにクレーターの中は熱が籠もっているので、熱いぐらいだ。
上着も全部脱いで、下着になって寝転がるしかない。 どうしても暑かったら、冷却の魔法を地面に使えば、しばらくは涼しい。
やることも無いので、寝転がり――星空を見る。 そこは、相変わらずの満天の星。
やっと落ち着いて、右手の痛みで気がついた――俺の右腕は焼けていたはずだ。
服はボロボロだったが、火傷はそんなに酷くないように思える。
だれかが、治療をしてくれたようだ。
師匠か? それとも、3人で治療してくれたのか?
「戦はどうなったんですかねぇ」
「知らない」
珍しい、ステラさんのつっけんどんな返事だ。
俺が目が覚めた時から、ずっと喋らないんだけど、なんとも気持ち悪い。
いつも彼女から嫌がらせを受けているので、ここぞとばかりこちらからちょっかいを出してみる。
しかし、ステラさんがマジ切れしそうになったので、慌てて止めた。
本当に機嫌が悪いので、理由を聞くと――どうやら俺のせい。
俺の禁呪のせいで、ここら辺一帯の精霊が全て吹き飛んでしまったらしい。
エルフやダークエルフにとって、精霊は神聖で不可侵な物だ。
帝国の乱伐のせいで、森は無くなってしまっていたが、それなりの精霊はいたらしく、それを俺が全部消滅させてしまったようだ。
コレを言ったら、フェイフェイにも嫌われそうだな……。
ステラさんに嫌われてもどうって事はないが、フェイフェイに嫌われるのは応えるなぁ。
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――あくる朝。
俺達は、巨大な穴から這い出て、ファーレーン領を目指すことになった。
俺はサクラコを背中に担いだまま、重量軽減の魔法を使って、崖を登る。
クレーターなので、すり鉢状になっていて、普通の崖のように断崖絶壁ではなく、ロープ等が無くてもなんとか登れる。
「大丈夫かぇ?」
「大丈夫だよ。 こうやって、師匠を担いで登ったこともあるし」
それを聞いたサクラコは呆れた声を出すのだが。
登り切ったクレーターを縁から望む。
俺は、目の前に広がる予想を越える景色に、唖然とする。
これは……直径500mぐらいあるんじゃないのか?
師匠が作った魔女の穴より、遥かにデカい。
俺の魔法で核融合が起こったとしても、果たしてそれだけでこんな大穴が開くのか?
こんなの、メガトン級の核爆発だぞ?
魔法との相乗効果? 色々と考えてみるが――現時点では、全く解らん。
しかし、赤い実を再び手に入れるまで、同じ事を起こすのは不可能。
計算してみると、俺が最初の森でゲットした赤い実は10個。
――そうすると、師匠がもう1個持っているはずだが、禁呪を使うためには、渡してはくれないだろう。
この分では、パズズや皇帝だけだはなくて、帝国軍の本隊まで吹き飛んだと思うが……。
聖地の変わり果てた惨状を見て、サクラコが掴みかかってきた。
「其方はなんということをしてくれたのだぇ!」
「仕方ないだろ? コレしか手がなかったんだ。 あんな門を使える状態のまま放置していた、アマテラスにも責任がある。 もし、アマテラスが文句を言ってきたら、ファーレーンの悪魔がやった――と言えばいいだろ」
「なんということじゃ……悪魔なぞに縋ったために、このような事に……」
いくら俺に文句を言っても、聖地はもう戻ってこない。
そもそも、この結末の引き金を引いたのは皇帝とパズズだ。
ゲートの中へ軍や死霊を入れるなんて、アホな事を考えなければ、俺だってこんな強硬手段に出る事はなかった。
追い詰められた人間が、どんな手段に出るか、想像も出来なかったようだ。
窮鼠猫を噛む、窮寇は追うことなかれ――そんな故事がこの世界には無かったのかもしれないが。
俺達は、聖地だった場所を後にして、ファーレーン領へ向かった。





