13話 ファーレーン城へドナドナ
「ショウよ、我が招聘に応じ、登城せよ!」 お姫様が両手を腰に置き、踏ん反り返って声を高らかに宣言する。
「殿下、本気ですか? 私は見習いですよ?」
「これだけの真理を究めているなら、見習いとかどうでもよいことだ。 必要なのはその能力である」
「お城って衣食住はどうなんでしょう?」
「無論、保証するぞ。 給金は、月金貨3枚でどうだ」
金貨3枚=衣食住補償で月収60万円? 高給取りじゃん……すげぇ。
「あくまで招聘ですよね?」
「むろんそうだが、命令することもできるぞ?」
「命令に従わない場合はどうなります?」
「軍でも差し向けるか? ハハッ」
ハハってね、そんな恐ろしい事、真顔で言わないでくださいよ。
「面白いですね。ファーレーンの諸貴族軍入れても1万足らず、そんな物で私の心を折れると思っているのなら、やってみるとよいでしょう」
なんか黒くて剣呑な物を纏ながらヒタヒタと近づいてくる物がある。
や、やばい! 背中がゾワゾワすると思ったら、師匠だった。 いきなり死の縁に立っていると、俺のゴーストが囁くのだが――。
師匠が怒ると、なにやら黒い物がモヤモヤと見えるんだが、魔法か何かなんだろうか?
「し、しばし待たれよルビア殿、あ、あくまで冗談だ、お、落ち着け」
両手を掲げて、ちょっと涙目になりながら、お姫様があたふたしている。
「そ、それにだ。 そなたがあくまで妾の求めに応じぬというのであれば、弟子ぐらいは差し出してもよいのではないか?」
この期に及んで、まだ交渉するか――天晴れというか……さすが政治家だな。
たまらず、メイドさん達と他の従者が、二人の間に入った。
ネコ耳の子は、毛が逆立っちゃってるよ……。
「師匠、応じちゃダメですかね?」
「ダメです」
「やっと定職に就けそうなんですけど、しかも衣食住保証で高給取りですよ?」
「認めません」
なんでそんなに頑なんですかね?
「お城で、馬でも借りれれば、片道15分足らずですよ? 毎日通ってきますけど」
「ダメです」
取り付く島もないのだが――なにか説得の材料は……あ、そうだ。
「師匠に証文預けてましたよね?」
それを聞いた師匠は、大声で怒りだした。
「あなたはこんな時に、賭けの証文を持ち出すのですか? このロクデナシ! 悪魔ですか!?」
――そう言って、俺をロッドでバシバシ叩き始めた。
ちょっと痛い! 悪魔ってひでぇな。
「いやだって、城下町で凄い噂になってるみたいじゃないですか? やっぱりマズいですよ。ねぇ殿下」
「そ、そうだ、中には、妾が口にするのもはばかられるような話も……その、なんだ」 顔を赤くするお姫様だが。
「やはり、私の存在を明らかにして、あくまで弟子って事を示さないと、どんどんエスカレートしますよ? それとも、師匠ともあろうお人が、賭けの証文を破り捨てるなんて事は……」
師匠はズイと俺に顔を近づけて、目の前にロッドを突きつけて言った。
「街の噂などは私には関係のない事ですが、いいでしょう。 賭けに負けたのは事実ですし、それについては私に責があります。 あなたの登城を認めてあげましょう。ただし条件があります」
「条件ですか?」
「私も登城します」
はい? マジで?
「師匠、お城に行くのは気が進まないのでは?」
「今でも進みませんが、あなたのような危険な理を持つ弟子を野放しにはできません」
「野放しって獣じゃないんですから。 それに危険って」
「獣のほうがマシです。 あなたは『禁忌』 に踏み込んでいる可能性があります」
師匠は厳しい表情でそう言った。
「あ……」
思い当たって、俺は言葉を失った。
「故に、私も登城します。 ショウ、いいですね?」
「はい……」
師匠の迫力に、何も言えない状態なのだが……。
「殿下、私がショウの登城に、反対した事を覚えておいてくださいませ。 そして後悔なさらぬよう」
師匠は、プイと振り返ると、そのまま家に戻ってしまった。
元世界の原理原則をこちらに持ち込むのは、やはり危険な事なのだろうか。
------◇◇◇------
俺は、お姫さまの馬車に乗り合わせて、一緒にガタゴトと揺られていた。
師匠を自宅に置いて、一足先にお城へ向かうが、城まで馬車で15~20分ぐらいらしい。
馬ならもっとスピードも出せるようだが、道が悪いので、馬車では無理だ。
当然、舗装などはしていない土の道で、砂利道ですらない。
元世界の田舎にある砂利道というのは、砂利を敷いて整備してあるので、見かけによらず意外と手間暇が掛かっているのだ。
師匠は、引越しの準備をするらしく、そのまま居残り――「手伝います~」という俺の言葉に掌をヒラヒラさせて、邪魔だからさっさと行けと言われてしまった。
俺に見せたくない物もあるのかもしれないしなぁ。
お姫さま……いや殿下か。 殿下が運搬用の荷馬車を手配してくれることになったので、3台ばかり頼んだみたいだった。
俺の荷物はなんにもない。 リュックと、元々着てた服、あとは師匠からもらった大工道具だけだ。
それから、俺が作ったガチャポンプも、分解されて、馬車に積み込まれている。
馬車には2人のメイドさんも一緒だ。
獣人メイドさんの、ちょっと黒毛のネコ耳がピクピク動くのが可愛くて、つい見つめてしまう。
この世界の獣人は、普通の人間にネコ耳を付けた、ナンチャッテ獣人ではなく――ガチで自前の毛皮を着込んだ獣人だ。
メイド服から覗いている手足にも柔らかそうな毛が生えている。
う~ん、撫でてみたい……。
「ニムよ、この者……いやショウだったな。 ショウは獣人のそなたに気があるらしいぞ」
殿下が、とんでもない事を言い出した。
「いやだにゃ……」
ちょっと顔に手をやり、下を向くネコ耳メイドさん。ニムさんって言うのか。
「いや、申し訳ございません。 私の故郷には獣人の方がいなかったものですから、物珍しくて……ついジロジロ見てしまい申し訳ない」
俺は頭を下げた。
「ハハ、獣人がおらんとは、これまたとんでもない田舎から出てきた者だのぅ」
殿下は馬車のソファーに踏ん反り返って高らかに笑う。
「城下町に獣人の方ってどのくらい、いらっしゃるのですか?」
「そうですね、人口の1/10ぐらいは獣人と言われています」 もう一人のメイドさんが答える。
「1/10……人口が10万とすれば、1万人は獣人なのか……失礼ですが、そちらのお名前は?」
「私はルミネスと申します。 ショウ様、よろしくお願いいたします」
馬車の動きに合わせて、肩ほどの銀髪を揺らす――少し鋭い目つきのメイドさんが答える。
目つきは少々怖いが、言葉づかいは凄く柔らかい。
ああ、こういう人は怒らすと怖いタイプだ。 俺の直感が囁いている。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
さすがメイドさんは礼儀正しいね。
それにしても様付けってなー。 俺が様付けで呼ばれるなんて思いもしなかったよ。
「なんだなんだ、下々だけでよろしくやりおって、妾は城壁の外か? 面白くない……」
いや、そんなことで臍を曲げられましても……どうも自分が常に中心じゃないと面白くない方らしい。
「だが、今日の勝負は妾の勝ちだな!」
「はい? 勝負とは……?」
「そうであろう、結果2人も優秀な真学師を得ることに成功したのだからな、国家的な利益は計り知れぬ」
「そういうものなのですか?」
「ショウは、そなた達真学師の価値を理解しておらんらしいな」
そんなこと言われましても、たしかに、師匠1人で1万の軍も平気みたいな話をしてたからな――そういう話じゃなくて?
「それはそうと、ウチの師匠を怒らせるのは止めていただけませんか? 後々が大変なので」
「うぐっ、な、何を言うか、外交とか交渉というのはギリギリ瀬戸際を狙うのが理だぞ! 相手を怒らせる事によって、開ける道もある!」
「その割には涙目になって、オシッコ漏らしそうになってましたが……」
殿下は、狭い馬車の中で激昂して立ち上がった。
「こ、この、この無礼者が~っ! 妾は、し、小水なぞ漏らしてはおらぬ!」
「も、申し訳ございません。 例えでございますよ――物の『たとえ』」
「ふうふう……そなたが真学師でなければ、その口を縫い付けてやるところだ」
殿下は、プイとそのまま横を向いてしまった。
「ホントは少し漏らしたにゃ、ウチ、匂いで解るにゃ」
ニムさんが俺に耳打ちしてくる。
マジで?
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ガタゴトガタゴトこういう状況だとあの唄を歌いたくなる。
「ある晴れた~昼下がり~♪」
家畜がドナドナされる例の唄。
「止めんか、なんだその陰鬱な唄は?」
「結構良い唄だと思いますけど……」
銀髪のルミネスさんが答える。
「面白いにゃ」
真っ二つに評価が分かれた。
「家畜って事になってますが、諸説あり、ホントは連行される奴隷を歌ったとも言われています」
「なるほど、事実を歌うと捕まる可能性があるので、含み唄としたのですね。 異教徒の伝承にそういうのが多いと聞いています」
「にゃるほどにゃ~」
さすが、お城付きのメイドさん達は博識だなぁ。
「其方達の主は誰なのだ!」
また殿下が怒りだす。
「落ち着いてください、殿下」
再び激昂した殿下が立ち上がろうとすると、馬車がギャップに乗ったらしく、大きく揺れる。
「あっ!」 バランスを崩した殿下が俺へ抱きついてきた。
「離せ! この無礼者が!」
元気はいいけど、凄い華奢な身体付きだなぁ、胸もペッタンコだし……。
思わず、撫で回したくなるけど――そんなことをしたら、首と胴体が離れる可能性があるので、自重しろ俺。
「そんなこと言われましても」
今度は大きくバウンドして、俺が天井へ頭をぶつけた。
「は~いてぇ!乗り心地が悪すぎる……」
「馬車とはこういう物であろう」
殿下は馬車の赤いソファーへボフッ!と乱暴に腰を降ろした。
なるほど、ショックを少しでも吸収するために、こんなにフカフカのソファーなんだな。
なんでこんなにガタガタするんだ?
思わず、走行中のドアを開けて馬車の車軸を確認する。
「ああ、リジットなのか」
「『りじっと』 とはなんだ?」
殿下が俺と一緒に外へ身を乗り出す。
「車軸が車体とくっついてる形式の事ですが」
「そうでなければ、馬車は走れぬだろう?」
「この場合、サスペンションを挟む事によって、乗り心地を改善出来ます」
「こんどは『さすぺんしょん』か、なんだそれは?」
馬車の客室に戻り――師匠にいただいた黒板をリュックから出すと、図を描いて説明する。
「武器の弓がありますよね、こういう形の」
弓のカーブを描く。
「それぐらい、妾も知っておる!」
「それをこう、張り合わせて菱形にします。すると、伸び縮みしますよね」
「ほう、それで?」
「菱形の上の頂点に車体を――そして下に車軸を通しますと、大きな岩や凸凹に車輪が乗り上げても、菱形が伸び縮みするので、車体に揺れが伝わらなくなるのです」
「なるほどにゃ」
「……」
沈黙する殿下。
あれ? 解りやすい説明をしたと思ったがなぁ……。
「ラジルを呼べ!」
突然叫ぶ殿下。
もう、ビックリしたわ!
「落ち着いてください姫様。 ラジル様はここにはいらっしゃいません」
ルミネスさんが殿下を窘める。
「ええい、ラジルを呼べ!」
「だから、ここにはいないって言ってるのににゃ」
呆れ顔のニムさんも窘める。
「そのラジルさんっていうのは、誰ですか?」
「工作師の親方様ですよ」 ルミネスさんが教えてくれた。
「親方っていうと、総責任者さんですか?」
「そうにゃ」
工作師っていうくらいだから、物造りの専門家の人かな……?
「ええい、口惜しい! 其方が、このような真理を持った真学師でなければ、この馬車から蹴落としてやるものを!」
なんで、そんなに嫌われたのやら。
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そんな呉越同舟の4人を乗せて、ガタゴトと馬車は進んでいくと――行く手にファーレーン城と城下町が見えてきた。
人口は10万ちょっと、ただし、無宿者とかが流れ込んできているので、正確な数は不明。
それでも、11~12万人って所らしい。
そもそも、この世界には戸籍がないので、正確な人口というのは誰にも解らないと言う。
街から見たファーレーン城は、長方形の高い城壁に囲まれていて、真ん中から2つに分かれている。
左側には2つの高い塔が立っている天守閣と、殿下達と俺等お城の住民たちの居住スペース。
城壁の右側に工作師などの工房が集中している場所があり、煙が幾筋か昇っていて、有名な星型城郭ではないが、四隅に塔が立っている四稜郭になっている。
なにかの動力取りに使ってるのか、沢山の風車も回っていて、チューリップで有名な某国を彷彿させる木と布製だ。
城壁の周りにはお掘が巡らせてあり、天守閣がある正面門と工房への副門、そして生活物資や、人が出入りするための裏門があり、それぞれに跳ね橋がかかっている。
特に副門と裏門は人々の往来が激しい。
左側の天守閣があるほうに小川が流れこんでいて、川の水をそのままお掘に引き込み使用しているみたいだ。
結構大きな街だなぁ……お城も立派だ。 もっとこじんまりした街だと思ってたわ……。
正直舐めてました。