129話 ヒドラ解体指令
岩盤上にお湯が流れるという――温泉地のような場所でヒドラという魔物に襲われた。
師匠の大魔法が使えないというトラブルはあったものの、なんとかヒドラを撃破。
しかし、赤々とした物が流れ出てて温泉を染めるヒドラの躯を目の前にして――大した目的も無く、ヒドラを倒してしまった俺の心は、ちょっと薄暗い。
これは、無益な殺生をしてしまったのではないか?
だが、狩猟民族であるフェイフェイの戦いの助太刀をしたとか、ヒドラの内部構造を調べたいという師匠の願いを叶えるため、弟子として手助けをした――。
そんな理由を心の中に思い浮かべて、俺自身を無理矢理納得させることにした。
実際、フェイフェイは凄い喜んでいるからな。
以前、ダークエルフ達がヒドラを倒した時は、村総出で倒したらしい――途中で男共は逃げてしまったというオチだったが……。
――そんな魔物をたった4人で倒したのだから、誇りに感じるのも無理はないだろう。
「ショウ! やっぱり、お前は凄いな! 咄嗟にあのような事を思いつくなんて!」
フェイフェイはそう言うが、俺は違う世界から流れてきた人間なので、元世界の常識からすると――まず、爆発物や銃火器を中心に作戦を考えてしまう。
逆に、剣やら弓を使った戦術などは、思いつかないが――元世界の知識、戦記や戦術書、ゲーム等で仕入れた知識はそれなりにある。
知識だけ見れば、ロクに本も無いこの世界の住民と比較して脳内情報量だけは多い。
だが、百聞は一見に如かずというではないか。
本の知識がそのまま実戦に使えるかと言えば、そう簡単にはいかない。
「しかし、あの投擲弾は結構使えるな。 鱗に穴を開けることが出来た。 もっと多人数なら、穴を集中攻撃して、仕留める事も出来るだろう」
「そうだな!」
「ゴキ程度なら一発だろうが、大事な翅に穴が空いてしまうなぁ」
「だが、危険が迫った時に、一発で仕留められるという安心感があるのは、心理的に大きいぞ」
「それもそうだな」
魔法や魔法を使った圧縮弾で爆発をコントロールして、モンロー/ノイマン効果を再現出来れば、もっと効果的に甲殻生物に打撃を与える事が出来るのではないか?
ちょっと、一考の余地があるな……。
そんな事を考えつつ、吹き飛んだ俺の荷物を探し――中を確認する。
トマトの苗を入れていた小壺が割れてしまったが、その他は大丈夫のようだ。
壺の代わりがないので、コップに土をいれて壺代わりにした。
「それはそうと――師匠! これ、どうするんです? 4人じゃ解体も出来ないですよ?」
師匠もそこまでは考えてなかったようだ。
とりあえず、外見の調査や、破損した首の構造を調べたりは出来るが……。
師匠と顔を見合わせていると、フェイフェイが解決案を出してきた。
「私が、村へ帰って応援を呼んでこよう」
「ああ、そりゃいいな。 出来る事なら、村の全員を引っ張ってきてほしいところだ」
「任せろ! これだけの大物だ、人数は多いほうが良いだろう」
フェイフェイの話では、往復5~6時間で戻ってこられるらしい。
――となると、ダークエルフ達がやって来るのは昼過ぎになるのか……。
「そういえば、朝飯も食ってなかったな。 フェイフェイ、村に行くのは朝飯を食ってからにしないか?」
「いや、急いだ方が良いだろう。 ココにはお湯が沢山あるので、地熱が高い。 腐敗が進むと、せっかくの獲物が台無しだ」
「そうか」
飯も食わずに出発するというフェイフェイを見送り、俺達は朝飯の準備をすることにした。
幸い、肉は目の前に山ほどある。
少々ナナミに毒味をしてもらったが、肉には臭みも無く、食用にも問題も無いようだ。
う~ん、ドラゴンの肉と同様に肉質が固そうなので、またハンバーグにするか――。
玉ねぎが無いが、なんとか形にはなるだろう。
肉は赤身ばかりなので、これもドラゴンの肉と同様に、皮下脂肪を少々混ぜる事にした。
俺もちょっと味見してみたが――鳥の胸肉を固くした感じだな。
岩盤の剥がれた物を利用――まな板代わりにして、肉を叩きひき肉にする。
こんな事をすると、剣鉈の刃が傷んでしまうが、仕方ない。 帰ったら、研ぎ直す事にしよう。
残っていたパンを砕いて投入して、小麦粉と塩とスパイスを投入してよく練って粘りを出す。
空気を抜いた後に、丸く薄く成形したら、真ん中を凹ませて――準備完了。
後は、この岩盤のまな板ごと魔法で加熱すれば良い。 遠赤外線がたっぷりでこんがりと焼けるだろう。
ジュウジュウと音を立てて、白い煙が立ち上り肉が焼ける――。
俺が料理を作っている間に、師匠が山芋とキノコを探してきてくれた。
こいつの皮を剥いて、普通に肉と一緒に煮る。
山芋というと、とろろを思い浮かべるが――普通に煮ると、里芋みたいなねっとりした芋煮が出来る。
芋煮は味噌仕立てにしてみた。
「いただきま~す。 お、美味いじゃん!」
一口食ってみたが、芋煮も美味いし、ヒドラのハンバーグもジューシーで美味い。
ついつい、癖でいただきます――をしてしまうが、この癖は中々抜けない。
沢山人のいるところで、これをやると、変な目で見られる事も多い。
まぁ、真学師なんで、奇異な目で見られるのは慣れっこだけどな……。
「肉たっぷりの具沢山キノコ汁とか、朝から贅沢極まりないな」
「こんなに美味しくは作れませんが――私は、子供の頃からずっとこんな食事ですけど……」
「師匠は特別過ぎますよ。 一般の子供と一緒にしないでください」
幼くして両親に先立たれてしまった彼女は、師匠もいないのに魔法を駆使して山狩りをして生活してたというのだから。
波瀾万丈過ぎるだろ。
飯を食ってしまったが、ダークエルフ達が応援に駆けつけてくれるまでやることが無い。
とりあえず、躯を保存するために、師匠と2人で冷却の魔法を使う。
少々心配だが、フェイフェイが戻ってくる間は平気だろう。
その後は、そこら辺を散策したり、ナナミとカミヨ剣術の対練をしたりして暇を潰す。
汗をかいたら、温泉に浸かれば良いのだ。
お湯なら、いくらでもある。
ただ、怪しい放射性物質入りだが……。 こいつの原因もまったく解らない。
普通の温泉なら、湯治場やら温泉宿を作って、色々と出来るんだがなぁ。
散策して、木の枝にボールのように咲く大輪の白い花を見つける。
こいつは、元世界でいう宿り木だろう。 元世界の宿り木は小さい黄色の花が球状に咲くが、この世界の物は純白だ。
花弁が大きく美しい大輪の花が球状に日光を浴びて、輝いている。
花が綺麗なので、持って帰ってみることにしたが――宿り木ってのは、雄雌異株なので雄雌が揃ってないと増えない。
だが、別に増やすつもりではないので、1株だけでいいだろう。 逆に増えられたら困るからな。
そんな事をやっていたら、いつの間にか昼過ぎ――村のダークエルフ達が、ほぼ全員ここへやって来た。
ざっと50人程が列をなして――各々に刃物や、鍋などを担いでいる。
鍋って事は食うつもりなんだろうな……。
一見、長老達の姿は見えないので、留守番として村に残っているのだろう。
「ショウ~! また、凄いのを仕留めたね!」
いつもの明るい声で真っ先に声を掛けてくれたのは、ミルミルだ。
男共は、ヒドラの上に登り――ウェーイ! とはしゃいでいる。
そして、ミルミルといつも一緒にいるムイムイは何処へ行ったかと、探していると――。
俺が朝に作った芋煮を、鍋から直接がっついていた。
「うめぇ!」
うめぇじゃねぇよ!
エルフが図々しいのは百も承知だが、ダークエルフも結構図々しい。 さすが、元は同じ民族と言われるだけある。
だが、止めてくれと言えば、止めてくれるので、かなりマシだ。
これがエルフだと、面白がってさらに嫌がらせがエスカレートするからな。
まぁ、ダークエルフの男共は放っておいて良いわ。
ファルゴーレもいるかと思ったが、彼のパートナーのリンリンと一緒に街にいるようだ。
「ミルミル、ウチの師匠が、ヒドラを解体するところを観察したいんだと。 ダークエルフ達にヒドラを全部やるから、みんなで解体してくれよ」
「ええ~! コレ、全部貰えるの?」
「ああ、師匠、良いですよね?」
一応師匠に確認するが、彼女も黙って頷く。 俺も、欲しい物はないし、無論ナナミにもそんな感情は無いので、黙って立ったままだ。
「何も欲しい部分とかは無いからな――あ、そうだ。 石があったら、石だけくれよ。 ウチにいる、巫女様がお香にうるさくてな」
「解ったけど――本当に良いの?」
ついでに、巫女やエルフの世話なんてしないとダメだなんて、大変だね! とか女達に同情をされてしまう。
「ああ、良いけど……」
「あの……」
ミルミルの様子がなんだか、おかしい。 ミルミルだけではなくて、ダークエルフの女達がみんな様子が変だ。
「どうした? 何かあったのか?」
「ショウには、村が色々と世話になってるしさ、そりゃ石鹸で揉めたりしたけど」
「まぁ、俺はあまり気にしてないが」
「あの、本当にゴメンネ……」
「なんだ、なんだ、何がゴメンなんだ?」
「その――あのさ……男共が、ショウの車を壊しちゃって」
告げられる衝撃の事実。
――な、なんだってー!
ミルミルによると、ボイラーのお湯を沸かせば車が動くと解った男共が、蒸気機関を動かしたらしい。
下手に知能が高いから始末に終えない。
そして、運転を誤り、俺がトンネルを掘った巨石に衝突したと言う。
おそらく、この世界初の自動車事故ではないだろうか?
勘弁してくれよ。
「ええ……どのくらい壊れた?」
俺が、恐る恐る聞くと――。
「う~ん、白い蒸気がブシューって出て――」
「ボイラーが壊れたか」
「後、前の右側の車輪が壊れちゃった……」
「ああ……そう」
俺が、心の中で両膝をついていると、それを逆撫でするように、芋煮を平らげたムイムイが俺の首に手を回してきた。
「ゲップ! ショウ! 悪い悪い、ちょっと壊しちゃってさ! 真学師なら、すぐにあんなの直せるだろ?」
こういう奴が信用出来ないと常々思っていたが――マジだったわ。
「お前等、外見はダークエルフだけど、中身はエルフなんだろ?!」
「ちょ! いくらなんでも、言っていい事と悪い事があるぜ! あんなやつらと一緒にするなよ!」
「同じだ、同じ!」
「ショウ、ゴメンネ! 私達でなんでも、するからさぁ……」
ダークエルフの女達がわらわらと集まってきたが、女達は何も悪くない。
むしろ、ダークエルフの女達は最高である。
しかし、この男共は最低である。
「よし! なんでもするってか。 それじゃ、車を壊した男共を捕まえてくれ」
腹いせのために、女達に新しい技を教える事に――。
早速、近くにいたムイムイが標的になり、俺が伝授した卍固めの餌食になった。
異世界卍固め爆誕の瞬間にまたもや立ち会ってしまった。
投技や打撃系の技は、ダークエルフの精霊の加護とかいう防御が働いてしまうので、こういう関節技の方が地味に効く。
「こう!?」
「ほげぇぇぇぇ!」
卍型に固められたムイムイが、悲鳴にならない悲鳴をあげる。
「こんな感じで良いの!?」
「ああ、イイね! この技を掛ける時は、もっとアゴを突き出すともっと良い!」
「こんな感じ?!」
ミルミルが、アゴをぐっと突き出す。 この瞬間まさに、異世界にイ○キボン○イエが降臨した。
「あがぁぁぁぁ!」
他の男共も次々に女達に捕まり、卍固めの餌食になる。
「ショウォォ! お前、どっちの味方なんだよぉぉ!」
逃げまわる男共が、そんな台詞を吐くのだが――。
「はは、女達に決まってるじゃないか」
俺が、無下に乾いた笑いを浮かべる。
ダークエルフの男達の扱いが悪いとか、ちょっとでも同情した俺が馬鹿だったぜ。
こういう扱いになってるって事は――それなりの原因があり、その結果ってことなんだな――と改めて思う。
俺とナナミの相談の後、次なるダークエルフの男が、両脇を女に抱えられ、生贄にするために引き出された。
――女達が離れた瞬間、両足を蹴って飛んだナナミの太腿が男の首を挟み込み、水平に回る車輪のように回転すると、目にも留まらぬ速さで投げ飛ばされた。
ナナミが見せたのは、ヘッドシザースホイップとかいうプロレスの技だ。
見た目は派手だが、精霊の加護というやつのせいで、ダメージはそれほど期待できないが――心理的な効果はあるだろう。
とりあえず、俺の車を壊した奴らは全員血祭りにあげて、溜飲を下げた。
まぁ、こんな事をして、車が直るわけじゃないけどな。 だが俺も、聖人君子ではないわけで、我慢出来ない事もある。
それに、この世界の慣習を踏まえて、もっとストレートに感情をぶつけてもいいぐらいだと思うが――。
中々、刷り込まれた日本人の習性が抜け切らない。
プロレス技の前夜祭が終わり、本番のヒドラの解体作業に入った。
サボらないように、男共には監視がついている――目を離すとすぐに逃げるらしいからな。
昼飯時なので、料理も並行して進められている。
メニューは肉と山菜のスープとパンだ。
普段ダークエルフ達は、料理をあまりしない。 獲物を採ってきても、焼いて塩を振って食うだけ。
客が訪問して、おもてなし等があれば、それなりに料理もするのだが……。
味付けは全部、塩だ。 スパイスも高価なので、余り使わない。
だが最近、俺がアドバイスした商売等で儲かっているので、スパイスを使う事も多いらしい。
昼飯を食ってパワー全開になったダークエルフ達が、手慣れた作業でヒドラを解体していく。
以前、ヒドラを仕留めた事があるので、構造はおおよそ把握しているようだ。
その隣で、師匠が一心不乱にメモを取っている。
しかし、こんな大量の肉をどうするのか? と思っていたが、皆で薪を集めて燻蒸をし始めた。
なるほど、燻製か。
皆でテキパキと作業をしているので、これがいつもの彼等の光景のようだ。
ダークエルフ達が黒色の服装をしているのは、血の汚れが目立たないようにするためだ――なんて、街では言われているのだが。
こんな場面に遭遇すると、それも間違いではないのでは? と思ってしまう。
解体で出た、内臓は使い道がないので捨てられるが――。
獣で本当に栄養があって美味いのは内臓――肉食動物も、獲物を仕留めると、まずは内臓から食う。
だが、肉食動物は別として、人間が内臓を食うとなるとそのままではちょっと難しい。
美味く食うには後処理をしなければならないし、傷むのも早い。
それならば、普通の肉を燻製にしたほうが、利用価値が高いだろう。
食いきれなければ、売れば良いのだし――実際、旅などの保存食としても燻製の需要は多い。
解体は進んだが、そのまま夕方になり、今日の作業は終了。
残った肉が傷まないように、また師匠と一緒に冷却の魔法を掛け――廃棄された肉に魔法を掛け乾燥させる。
その横でダークエルフ達が 魔物や動物が集まってこないよう結界を施している。
これをしないと、躯がスカベンジャーや虫で黒山になってしまう。
「真学師がいてくれて、助かるよ。 コレだけ大物だと、捨てる部分も多くってさぁ」
夕食を食べながらのダークエルフの率直な感想である。
冷蔵庫でもあれば良いが、この世界にはそんな物は無い。
夕飯は、皆俺の真似をしてヒドラハンバーグになったが――評判はすこぶる良い。
腸詰めという手もあるのだが、こんな巨大な生物の腸じゃ、腸詰めには使えないしな。
「師匠、ヒドラの調査は進みましたか?」
「はい」
師匠も上機嫌だ。 これだけ生きのいい大型生物の死体には中々巡り合わない。
師匠が単身で森へ入り、大魔法でヒドラを仕留めても、解体すら出来なくてそこで詰むのが目に見えている。
ドラゴンに続きヒドラも解体して調査出来るなんて、真学師冥利に尽きると言っていいだろう。
「ショウ! 小さいけど、石があったよ」
「ああ! お前! 今出すなよ、臭いだろ!」
飯を食っているダークエルフの男達が叫ぶ。
ミルミルが持ってきたのは、親指ぐらいの小さな石――ヒドラの体内から見つかった物だ。
当然、臭い。
「おお! ありがとう。 これでおみやげが出来たな」
こんなのでも、デカい屋敷が数軒買えるぐらいの価値があるらしいからな。
誰も欲しがらなければ価値も無いのだろうが、欲しがる奴らがいるから値段も上がる。
元世界の戦国時代、便所の壺だったルソン壺が、とんでもない価値になったりした事もあるし。
しかし、貰った石があまりに臭いので、ダークエルフに教えてもらった樹液でコーティングする事にした。
樹液を魔法で加熱すると、溶けた飴のように石を包み込む――これで、臭いは大丈夫だろう。
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夜になり、再び満天の星。
そして、再び湯船の中。 皆、ヒドラの解体で身体が汚れてしまったので、温泉で汗を流している。
何故か、俺の所だけ裸の女達で埋め尽くされている――胸はフェイフェイが一番大きいが、その他の女も負けてはいない。
美しくスタイルも当然良い女達が、湯船に連なる。
女達でチケタをして、選抜された15人程が俺と一緒に浸り――当然、師匠とナナミも一緒なのだが……。
なんじゃこりゃ。
褐色の山と谷が連なり、銀色草原がお湯に濡れる――ここは、天国か地獄か……。
「なんで皆一緒に入っているんだ? 浸かる場所は沢山あるぞ?」
「ええ? お礼だよ。 お礼。 この中から好きなのを選んでも良いんだよ?」
俺の質問に女の1人がそんな事を言うのだが、それをフェイフェイが制した。
「何を言ってる。 そういうのは、弓を貰った私に最初の権利があるだろう」
「そうなんだよねぇ。 フェイフェイの夜這いがスカった時点で、目はないと思ってたのにさぁ。 弓まで貰ってさぁ、ズルいじゃん」
「別にズルくはない。 私がショウと死線をくぐり抜けてきたのだから、貰って当然だろう」
「けど、弓を貰ったのは、ドラゴンと戦う前の事じゃん」
ダークエルフ達の会話に出てきた単語を、師匠は聞き逃さなかった。
「夜這いですって?」
一緒に湯船に入っていた、師匠の顔色が変わる。
「いや、師匠。 何も無かったんですよ。 私が、魔法の使い過ぎてぶっ倒れてましたから」
「でもさぁ、なんでショウの師匠がそんな事を気にするのさ」
「わ、私は――その、白い花を見るって約束をしたから」
「その白い花なら、今日の朝見ただろう」
フェイフェイとダークエルフ達のツッコミ、師匠が慌てた。
「そ、その後、赤い実を見るまでって約束になったから!」
「ええ? 白い花を見たの? どんな感じだった?」
「綺麗だったぞ。 だが、かなり若い花だったらしい」
女達の興味は白い花に移ったようだ。
ダークエルフの村でも、白い花を見た事がある者は少ないと言う。
まして、長老達を含めても、赤い実がなるところまで見た者はゼロだ。
「やっぱり、ショウって何か持ってるんだよ。 だから、女も集まるんだねぇ」
確かに、俺の回りに女は多い。
殿下もそんな事を仰ってたしなぁ――だが、迂闊には手が出せない状況。
1回手を出してしまったら、連鎖的に大爆発を起こしそうな……。
お湯に浸かっているのに、冷や汗ばかりかいて、身体が温まらないのは何故なのだろうか。
それはおそらく、俺の事をじ~っと見つめている師匠の冷たい視線のせいだろう。
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――次の日の朝。
霧が出ているうちから皆が起きだし、作業の続きを始める。
そして、昼過ぎには、ほぼ解体作業は終了した。
師匠も満足したようなので、現場はダークエルフ達に任せて、俺達は帰路に就く事にした。
当然、帰りもフェイフェイの案内が必要なので、彼女も一緒に帰る。
フェイフェイは、獲物を仕留められれば満足なタイプなので、あまり金儲け等には興味が薄い。
普通に暮らせるだけの金があれば、良いのだ。
そのまま夕方には村に到着。
そして、村で出迎えてくれたのは――ボイラーが割れ、前輪が壊れたまま放置された俺の車……。
「あ~あ……、修理出来るかな? 下手をすると、一旦城に戻らないとダメかもな」
修理の道具は積みこんであるが、鉄の溶接を想定していなかったので、魔法をブーストするための魔石を用意していない。
そんな中、師匠はすぐにお城へ戻ると言う。
確かに、魔法を使えばそんなに時間は掛からないだろうし、集めた資料の整理を、早々にやりたいのであろう。
師匠を見送り、俺たちは村で一泊。
夕飯後、村で留守番をしていた長老達と、酒を飲みながらしばし話し込んでしまった。
まぁ、若い奴らを纏めるのに、苦労しているらしい。
年長さんだから、長老と言われているが、指導者には向かない人もいるしな――色々と苦労もあるのだろう。
それを俺に愚痴られてもなぁ……とりあえず、男共をなんとかしてくれよ。
ちょっと、長老達の指導力に問題があるような気がするのだが……。
――そして夜が明け、再び霧の朝。
俺は1人で、炭鉱へ向かう。 修理するための材料を仕入れるためだ。
炭鉱街はすでにかなり大きくなっていて、鉱山で使う工具の修理等で鍛冶屋も多い。
そこで、銀ろうをゲットした。
銀ろうというのは――銀を主体にした合金で、ハンダ付けのように金属を接着するのに使う。
これなら、ブースト用の魔石が無くても、ボイラーの亀裂を塞ぐ事が出来るかもしれない。
蒸気が漏れなければ、低圧でも蒸気機関を動かして、ゆっくりとでも進むことが出来るからな。
とりあえず、動かせるようにしないと、どうしようもないので、炭鉱街でパーツを漁る事1時間。
荷車用の車輪もゲット――ただし、外径が若干違う。
それでも、取り付ける事が出来れば、なんとか城までは戻れるだろう。
車輪を担いで魔法を使い、村まで戻ると、手持ちの工具で修理を開始――その様子を見ていたフェイフェイが、改めて謝罪をしてきた。
「ショウ、男共のせいで、申し訳ない」
「別に、フェイフェイが謝る事はないだろう。 男共には、制裁をしたしな」
「そう言ってくれると、助かるんだが、皆が困惑している」
「困惑? 何を?」
「お前が、余り怒らないから……ダークエルフが見限られているのではないかと、考える者もいる」
「いやぁ、怒ってるよ。 しかし、男共を痛めつけても、車が直るわけでもないしな。 正直、男共はもう信用していないが、女達は最高だと思っているから、心配はするな」
「そうか……」
日本人特有の行動が――何を考えているか解らない――ダークエルフの目には、そんな風に映るようだ。
そんな話をしながら――銀ろうを魔法で溶かし、ボイラーの亀裂を塞ぎ、寸法違いの車輪を取付けて、不細工ながらなんとか車は動くようになった。
ただ、前輪の径が違うので、常にハンドル切ってないと、左側に曲がってしまうという間抜けな状況になってしまっているが……。
しばらく試運転して、蒸気漏れも無いようなので――荷物を積み込み、長老達に別れを告げる。
フェイフェイとナナミを乗せて、ノロノロと車を走らせ帰路に就いた。
色々とトラブルがあったが、なんとか暗くなる前には、城に到着する事が出来た。