120話 紅い実
重要な情報を得たので、殿下へご報告しなければならない――俺は、執務室へ急いだ。
しかし、俺が訪れた執務室は――丁度、帝国のミズキさんから電信の連絡が入っていて修羅場と化していた。
その電信とは――殿下が激怒するのも、当然の内容。
肩を震わせて怒り心頭の殿下に俺からの報告を入れる――どんな事になるか想像もつくが、これも仕事だ。
巫女は、もう皇族の籍を抜いていて巫女に非ず。
つまり、今は普通の平民……。
廃籍したとしても、巫女としての能力はそのままだが、どうせ死んでしまう身だから、廃籍しても問題ないという事なのだろう。
「くそっ! 帝国の奴等め、妾を虚仮にしおって!」
当初、帝国と交わされた合意では、巫女がファーレーンに移動した事は、極秘のはずだったのだが――。
帝国が、巫女の身柄がファーレーンへ移されたのを、大々的に国内外へ向けて布告してしまったのだ。
それも――巫女を人質に出せば金を貸してやると、ファーレーンから提案されて、それに応えるように巫女が、帝国のために尊い犠牲となった……。
いつの間にか、こんな話になってしまっている。
無論実際は正反対なのであるが。
「借金の申し込みのために土下座したのも、人質として巫女を差し出したのも帝国の奴等ではないか!」
殿下が激昂するのも、無理はない。 敵に情けを掛けて、借款に応じてやったのに――これじゃ、ファーレーンだけが、悪役だ。
まぁ、殿下にも帝国の象徴――純血の巫女を手に入れれば、優位に立てる。
――という、目論見もあったのも確かなのだが。
見事、その打算を逆手に取られたとも言える。
憤怒の炎を燃やした殿下は、執務室の壁に掛けられていた剣を取ると、愛用の調度品をたたき壊し――そのまま、自分の寝室に引き篭ってしまわれた。
勢い余って俺の首も飛ぶんじゃないかと、ヒヤヒヤしていたが、なんとか無事だったようで――俺は、胸をなで下ろす。
くそ、こうなったら帝国のやつらの鼻を明かすためにも、何とかして巫女を助けないと……。
だが、何か引っ掛かる物がある。
ここまでの事をやってしまったら、帝国とファーレーンとの決裂は決定的だ。
燃料不足と飢えに苦しむ国民を抱えて、純血の巫女と呼ばれた帝国を支えてきた力まで捨てて――一体奴等は何処へ行こうというのだろうか?
他国の力も当てにせず、帝国がこのままなんとかなるとも思えないのだが……。
「でも、帝国がドラゴンに襲われたりしても、巫女が出てこなかった理由は判明したな。 あれじゃ、戦えるはずもない」
殿下に破壊された執務室の惨状を見て、なんとなく帝国が置かれている状況と重ねてしまう。
殿下の執務室を出て、命の火が消えそうな巫女の下へ向かう俺だったが――しかし、万策尽きた感がある。
当初期待を寄せていた、ナナミから採取した医療デバイスってやつだったが、効き目はいまいちのようだ。
思い起こせば――マリアの先天性の盲目や末期の労咳を治療した、ゼロの技術っていうのは、このマイクロマシンだかナノマシンってやつなんだろう。
ナナミの話では、効き目がいまいちなのは、専用のチューニングを施されていないせいだという。
しかし、チューニングと言われてもなぁ――そんな後調整なんて作った本人にしか無理だろ……。
ナナミの体内にある汎用の医療デバイスでは、このあたりが限界だという。
しかも、巫女が感染しているのは、人為的に弄った病気の可能性があるのだ。
なにかいい方法は……
悩みつつも、昼に起きてきた師匠と交代して、仮眠を取った。
その日の夜になったが、巫女の容態は横ばいという名の下り坂……。
深夜に師匠と交代して、巫女の容態を見ながら、うとうとしていたら――不意に、離の玄関の扉が開いた。
灯油ランプが灯るオレンジ色の光の中――。
そこに立っていたのは、白く薄い寝間着姿の長い耳――ステラさんだった。
「ステラさん、何の御用ですか? 申し訳ないんですが、あなたと遊んでいる暇は無いんですが」
正直、今は彼女の冗談や遊びに付き合っている暇は無い。
それにしても、巫女が来るという話になってから、ステラさんの姿は全く見えなかったので、ここに来るとは思ってなかった。
エルフやダークエルフは帝国を嫌っているからな。
ステラさんだけではなく、フェイフェイも最近、姿を見せていない。
彼女は、黙ってそのまま立っていたのだが、足下がおぼつかず、フラフラしている事から察して、酔っているようだった。
「ははは! 帝国の巫女が、ザマァないねぇ! これが、帝国の象徴っていう、純血の巫女の姿かよ!」
「ちょっとステラさん。 酔ってますね?」
「うるさい! ちょっといい女をみれば、優しくしちゃってさぁ。 私にも優しくしてみろってんだぁ!」
「ふ……ハイエルフか……」
ステラさんのけたたましい声に、眼を覚ましたのか、巫女が何かを呟いた。
「ステラさん、いい加減にしてください。 この方は病人なんですよ」
「知ってるよ! ははは! そんな姿になって苦しいだろう。 アハハハ!」
「……ああ」
「そんなに苦しいなら、私がアマテラスの下へ送ってやるよ!」
何を思ったかステラさんは、仰向けに寝ている巫女の上に馬なりになると、彼女の首を絞め始めた。
「まてまてまてまて! ざけんな! このクソBBA!」
俺は、ステラさんを巫女の上から引き剥がすと、そのまま床の上に力任せに叩きつけた。
魔法を使ってる余裕すら無い。 マジで、力任せだ。
「なにすんだ! 私より、その女の方が良いのか!?」
「そんな事を言ってるんじゃない!」
「私に対する愛は――きゅう……」
俺は、いつもの台詞を吐こうとしたステラさんの首もとを掴むと、ネックピンチを使って黙らせた。
これは、ナナミから伝授された、首の根元の神経節を魔法で刺激して失神させる技で――魔法無しでも可能だが、魔法を使えば確実に相手を無力化する事が出来る。
この世の中に、酔っぱらいと口論する事程、不毛な事は無い。
元世界で、自分の親父と散々やりあった、俺が導き出した結論だ。
正に真理と言って良い。
「ふぅふぅ……」
床に無造作に転がる白い頭とエルフの長い手脚……それは、捨てられたマネキンのよう。
もう本当に、このクソエルフの頭を鉈で叩き割りマジでマネキンにしてやろうか。
そんな衝動に駆られるが――深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
ヒッヒッフーヒッヒッフー。
落ち着け俺――今は、それどころじゃないんだ。
「大丈夫か?」
巫女の下に駆け寄ると、容態を確認するが、とりあえずは問題なかったようだ。
「ああ……アマテラスの下へ行くのが数日早まる……ところだったな……」
ランプの光の中では、血の気のない白い顔が、本当に白いのか解からなくなるが……うっすらと笑いを浮かべているように見える。
しかし、今回のステラさんの行動はあんまりだ。
自分の行動が引き金になったとはいえ、帝国に国を滅ぼされた恨みがあるのは解る。
だが、ここで死にそうな巫女を殺めても、なんの意味も無い。
「どうしたにゃ」 「なにかあったの……?」
騒ぎを聞きつけて、眠たそうな顔をした獣人の女達が起きてきてしまった。
「丁度いい、悪いんだけど、そこのエルフ様を俺のベッドへ運んで寝かせてやってくれ」
「わかった」 「でも、にゃんでこんなところに……」
「まぁ、色々とあってな」
獣人達が首を傾げる中――。
彼女達の中で、一番パワーがある長身のトラ子がステラさんを担いで、俺の部屋への渡り廊下を通って運んでいった。
くそぉ、どうしてこうなった。
------◇◇◇------
――次の日の朝。
師匠が起きてきたが、俺のベッドに転がっているステラさんを見て、渋い表情を見せている。
「あれは、なんですか?」
「夜にステラさんに襲われまして……」
昨夜のステラさんの行動を説明すると、師匠の顔色が変わる。
「貴方が甘やかすから、こんな事になるのですよ?」
解っている――ぐうの音も出ないってのは、正にこの事だ。
「ショウ~! ハラ減ったぁ!」
そんな俺の気持ちを逆撫でするような、能天気なステラさんの声が聞こえてくる。
今までの俺の経験則からいって、エルフが酒を飲んで忘れた――なんて事は無いから、自分のやった事は全部覚えているはずだ。
全く、それを反省する素振りも見せないのはさすがエルフとも言える。 まぁ、ここで反省なんかしたらエルフじゃないんだが……。
「ああ、もう! 本当に、エルフってやつは」
俺がドスドスと、荒い足音を立てて、渡り廊下を歩いていくと――。
ステラさんは裸で、俺のベッドの上で胡座をかいていた。
「ショウ、ハラ減った……」
「ステラさん、いい加減にしてください。 今は、そんな事をやってる場合じゃないんですよ」
ステラさんの顔を見ても、反省している旨は見当たらない。
それどころか、私は悪くない――とすら思ってるようだ。
「ぷう……」
俺の態度が気に入らないのか、彼女は、ふくれっ面になると横を向いてしまった。
「ナナミ~」
俺がナナミを呼ぶと、彼女が奥の部屋から顔を出した。
「お早うございます、ショウ様」
「ナナミ、悪いが、ステラさんに二日酔い用メニューから朝飯を作ってやってくれ」
「承知いたしました」
構ってくれない事に、明らかに不満の顔をするステラさんに俺は切れた。
「ステラさん、良いですか? 今! ここで! あなたより、帝国の巫女の方が大事だと、断言してもらいたいですか?!」
「そんなのやだ……」
「泣いても笑っても、後数日で決着が付きます。 それまで大人しくしててください」
「そんな意地悪言う事ないじゃん……」
「言いますよ! エルフからすれば、数日なんて瞬きするより早いでしょう? 何故待てないですか」
「私の事クソBBAって言ったぁ……」
「言いましたよ! 言って何故悪いんですか!」
俺は、身体をひねって後ろを向くと、両手を開いてみせた。
「……」
反論できなくなったのか、ステラさんはふくれっ面のまま黙ってしまった。
後は、ナナミに任せて、巫女のいる離に戻ることにしたが――飯を食ったステラさんは、自室に戻ったようだった。
まったくもう。
――憤懣やるかたない気持ちを押さえて、離に戻ると、師匠が何か考え事をしている。
「師匠、何か……?」
「いえ、少々引っ掛かる事があって」
師匠の話だと、具体的に指摘できないが、何か引っ掛かるらしい。
俺は、看病疲れもあってか、思考能力が落ちてダメダメだ。
こんな状態で、何か良い方法と言われても、難しい。
詰まったら一旦寝てしまい、気分を新たにリセットするのも手なのだが――今は、そんな事をしている余裕もない。
「エルフ様と何揉めてるにゃ?」
「アレだよ。 可愛い妹が病気になって、親に甲斐甲斐しく看病されていると、お姉ちゃんが嫉妬して――構って~ってやつ」
「にゃはは! あたし、それやって母ちゃんに、殴られたにゃ」
「あるある」
これも、獣人達あるあるネタのようだ。
しかし、殴るのは可哀想だな。 と、いいつつ、俺もステラさんを投げ飛ばしてしまったが……。
――その日の夜。
巫女の容態が悪化した。
激しい咳と高熱が続く。 冷たい水で冷やしたりと対症療法的な事しかできないのが、もどかしい。
血で汚れたところを、水で濡らした布で拭う。
水は、拭いたり飲んだり出来るように、予めフローに頼んで、精霊魔法で浄化した物を用意している。
「今夜が峠ですね」
「はい」
この世界でも、峠と言うのか。
しかし、峠ってのは何故夜にくるのか。 病人が具合が悪くなる時ってのは夜中なんだよなぁ。
真っ昼間に死ぬってあまり聞いたことが無いような……俺が聞いたことがないだけかもしれないが。
それから暫くして、巫女の血が混じる痰をゴムホースで吸い取っていると、難しい顔をしていた師匠が切り出した。
「この病状の悪化具合と……巫女が公の場から姿を消した時期が、符合しません」
師匠のこの呟きに、たまたま意識があった巫女が反応した。
「ゴホッ……さすが、魔女だな……妾の世話をしていた獣人が何処ぞから紅玉蘭の実を持ってきてな……」
「紅玉蘭?」
師匠を見ると、あ! という顔をしている。
「お陰で……妾の小遣いが全部無くのうてしもうた……」
「師匠? 紅玉蘭ってなんですか? 薬草ですか?」
「紅い実ですよ」
「え? じゃぁ、アレですか?」
アレっていうのは、俺が森で見つけた紅い実の事だ。
しかも聞けば、巫女が手に入れたのは真紅……そんなのは滅多に存在しない。
あるとすれば、俺が奴隷商からナナミを手に入れた際に、代金の代わりとして支払った――アレだ!
「師匠! じゃあ、アレを食べさせれば、あるいは!」
「確かに、万病に効くという噂もありますので、可能性はあります。 実際、巫女の症状もかなり改善したのでしょう」
俺と師匠の話を聞いていた巫女が、黙って頷いた。
なんだ! 可能性が見えてきたじゃん!
アレを食わせれば良いのかよ!
俺は、紅い実――リルルメルヒの実を隠してある秘密の場所へ走った。
秘密の場所へ行くと、紅い実を入れて隠してあるタッパを確認する。
白いプラ製のタッパ2個に、紅い実が3つずつ――合計6個。
たまに、確認していたが、タッパにいれたままでも、腐ることも無く――俺が森で摘んだ時のままの色だ。
中身を確認するために蓋を開けると、リンゴとも桃ともつかない甘い香りが辺りに漂う。
これを食わせば良いのか。
このまま持ってても、利用する事も無さそうだし、全部食わせても良いだろう。
とりあえず、3つあれば良いか……。
俺が3つ入りのタッパを取り、残りを再び隠していると、獣人達の叫び声が聞こえてきた。
「ショウ様! ショウ様!」 「ショウ様! 早くにゃぁ!」
慌てて、離に戻ると――。
巫女が寝ていたベッドの上は、真っ赤に染まっていた――肺の組織が壊れての大量吐血だ。
彼女の意識はもう無く、獣人達も師匠も黙って見守っている――というか、何も出来ないのだ。
こうなったらもうお終い――医療の知識も無い世界で、このような状態になれば、死んだと同じ扱いなのだろう。
だが俺は、そうはいかない。
血まみれになった、巫女に口付けると、気管に溜まった血を吸い出す。
俺の口に血が上がってくると、生臭く鉄サビの味が口の中に広がる。
柔らかい巫女の唇を堪能する余裕も無く、正に必死だ。
獣人達に、両手で桶のジェスチャーをして、口に含んだ血を吐き出す――都合2回。
柄杓から水を口に含み、口の中を洗う。
濡れた布で、巫女の口を拭おうとしたら、突然の出来事に驚いて身を寄せあっていた獣人達が呟いた。
「ショウ様、その女。 息が止まったよ」 「死んだにゃ」
「なにぃぃぃぃぃ!」
俺は獣人達の言葉に反応して叫んでしまったが――ここまで来てそうはいくか!
咄嗟に巫女の左手を取ると――まだ微かだが脈はある!
俺は、巫女の耳に叫び始めた。
「もしもーし! おーい! 戻ってこい!」
少々マヌケな感じはするが、この呼びかけというのは、馬鹿にできない効果がある。
巫女の顎を上げさせ、鼻を摘むと――再び、巫女に口付けると、息を吹き込み始めた。
彼女の体内へゆっくりと呼気を吹き込む。
吹き込みをやめ、口を離すと――ゆっくりと巫女の口から息は吐出される。
上手くいってる――。
車の免許を取るときに、有料で応急救護を受講してて良かったぜ。
まさか、こんな異世界で役に立つとは……。
そんな事を考えながら、都合10回ほど繰り返した後――。
「ゴホッ! ゴホッ!」
「よし!」
巫女が息を吹き返したのを確認して、1人ガッツポーズを決めていると、獣人達がパニックになり叫び始めた。
「ふぎゃー!」 「ぎゃぁぁぁ!」
我先に、玄関へ殺到して外へ逃げようとしている。
「おい、どうした?」
俺の呼びかけにも、振り向きもしない。
だが、獣人達に構っていられない。 巫女の息がある内に、この紅い実を食べさせないと――。
タッパから紅い実を取り出し、食べさせようとするが――巫女の意識が無いので、うまくいかない。
やむを得ず、俺の口に水と一緒に含み咀嚼してから、口移しをすることにした。
初めて、紅い実を口にするが――甘い! そして、鼻腔に広がる美味そうな匂い。
あまりの甘さに、思わず飲み込みそうになってしまうが、俺が飲んでも仕方ないので、グッと我慢をする。
口に含んだまま、巫女の唇に唇を合わせると、紅い実を流し込んでいく。
唇を離すと、巫女を抱きかかえ、身体を起こすと口の中を確認する。
「よし、ちゃんと飲み込んでいるな……こうなりゃ、出血大サービスだ。 全部食わせてやれ!」
2つ目の紅い実も食べさせて、3つ目にかかろうとした時に、師匠から待った! ――が掛かった。
俺の突飛な行動にあっけを取られて呆然としていた師匠だが、冷静さを取り戻したのだろう。
「お待ちなさい。 3つ目は、様子を見てからにしましょう」
「は……そうですね。 食べさせすぎも良くないかもしれません」
確かに――強力な薬も、飲み過ぎれば毒になる。 摂取し過ぎは危ないかもしれん。
師匠の提案で、ナナミの体液に含まれる医療デバイスも併用しようという事になった。
紅い実との相乗効果を望めるかもしれないと言う。 ナナミのアレも、効果は一応あったからな。
もう、使える物は、なんでも使う方が良いか。
――紅い実を食べさせてから1時間後。
巫女の意識は戻らないが、顔に赤みが増し――冷たかった四肢にも、温かみが戻っている。
なんとか容態は落ち着いたようなので、外へ飛び出していった獣人達を見に行く。
――すると、彼女達は離の外で、抱き合ってガタガタ震えていた。
彼女達の話を総合すると――どうやら、俺がやった口づけで死んだ人間が生き返ったと思ったらしい。
獣人達にとって死者が生き返るというのは、禁忌中の禁忌。 あってはならない事のようだ。
蘇生治療と言っても――解らないだろうなぁ。
彼女達の常識からしたら、呼吸が止まった時点で死んだ……ということになっているのだから。
外で震えている獣人達には、説明出来そうにないので、離の中に戻ってきた。
「ショウ、先程の――巫女にした口づけは魔法なのですか?」
ああ、師匠もかよ。 疑いの視線が痛い。
また、禁忌に触れた事をやったと思われている――絶対に。
しかし、こんな蘇生法なんて、この世界には存在していないから仕方ないのだが……。
「魔法ではありません。 俺の呼気を巫女の体内に吹き込み、それを呼び水にして、呼吸を復活させたのです」
「そ、それが、魔法ではなく?」
「違います。 きちんとした説明できる理ですよ」
どうも、師匠も納得していないらしい。
だが、人がいつ死んだ事になるのか? ――そんな宗教、哲学的な慣習も含んでいるから、これを説明して納得させるのは大変かもしれない。
――紅い実を食べさせてから3時間後。
完全に容態は安定している。
「この分なら、おそらく大丈夫でしょう。 ショウ、睡眠を取りなさい ここ暫く、睡眠が取れていないでしょう」
「はぁ……」
まだ、心配ではあるが――巫女の顔を見ても、顔色も良いしぐっすりと眠っている。
これなら、大丈夫か。 師匠のお言葉に甘えて、寝かせてもらう事にした。
ふう……しかし、こういった張り詰めた感じになっていると、眠たくても、眠れないんだよなぁ。
しかし、寝られる時に寝ておかないと、何があるかわからん。
とりあえず、俺の部屋のベッドに横になることにした。
------◇◇◇------
――朝、目が覚める。
「重……」
目の前で光ってる、プラチナの髪と長い耳――。
裸のそいつをベッドの上から蹴落とすと、魔石時計を確認する――。
大凡9時頃。
服を着て外へ出ると、獣人達が固まって眠り込んでいる。
本当は、逃げ出したいぐらいに恐ろしいのだけど、逃げられないからあそこに固まっているのだろう。
ちょっとかわいそうな目に合わせてしまったなぁ。 まさか、蘇生治療をあんなに怖がるとは思わなかった。
巫女のところへ戻る。 師匠によると容態は安定していて、治癒魔法も受け付けてきていると言う。
残りの紅い実は、昼に食べさせる事になった。
それにしても、獣人達が働いてくれないと、巫女の下の世話とかもあるんだがなぁ……。
まさか、俺がするわけにもいかないし。
ゴム管があるからといって、尿道カテーテルを作るわけもいかんだろう。
昼近くになって、獣人達が起きていたので、彼女達に話を聞きに行く。
「ここで見た事がそんなに怖いなら、家に帰って他の者と交代しても良いんだぞ?」
「だ、大丈夫にゃ」 「大丈夫……多分」 「あたし等のショウ様がやった事だから、大丈夫」
「そんなに、無理やり納得しなくても良いんだぞ。 どうしても、怖い物ってのはあるんだし」
「大丈夫。 でも、もうちょっとここにいるよ」 「うにゃ……」
「そうか。 まぁ、あまり無理はするな。 無理なようなら、代わってもらえ。 後、繰り返すが、ここで見聞きした事は他のやつには言うなよ?」
「わかってるにゃ……」 「こんなの言っても絶対に信じて貰えないし」
獣人達は自分の感情を誤魔化すというのが、苦手らしい。
人は、勝手にポジティブに思い込んだり、見ないふりをして、良い方へ誤魔化す事が出来るのだが――。
性格や行動が、真っ直ぐ過ぎるんだろうなぁ。
昼、獣人達には、お城の食堂から食事を運んでもらう。
師匠は食事を取ると、自室に戻られた。
巫女にもう一つ紅い実を食べさせる。
――と、いっても、まだ意識は戻らないので、また口移し。
ナナミから、体液をもらい再度投入。
夕方頃には、獣人達もなんとか復活して、通常の仕事が出来るようになっていた。
でもなんだか、ビクビクしているのが、可哀想でいたたまれない……。
それから2日、巫女は眠り続けた。