12話 遠方より来たる3人の使者(お姫さま1メイド2)(挿絵あり)
そして嵐はやってきた。
あれから数日後、いまだに師匠の機嫌は悪い。
朝飯も俺が作るようになったが、それを黙々と食べている。
「あのポンプをもう少し上に設置したいんですよね。ちょっと高いところに水を溜めれば、そこから管を伸ばして、直接水瓶や風呂に水が引けるのですけど」
師匠の顔がピクリと動くが、そのまま朝食を食べ続けてる。
「ショウに、任せます」と素っ気ない返答。
まったくもう……。
------◇◇◇------
食事が終わって、二人でお茶を飲んでいると、なんだか外が騒々しい?
ガヤガヤと人の話声と、馬の蹄音が聞こえるような……誰か来たのかな?
ドンドンドン! と突然ドアを叩く音が響く。
ビクッ! と、俺は椅子から飛び上がった。もうビックリしたわ。
ここにやって来てから全く師匠以外の人に会ってないからなぁ。
「たのもう! 大真学師ルビア殿はご在宅か!」
「師匠、誰かきましたよ? 私が出ましょうか?」
師匠は俺を手で制すと、面倒くさそうにティーカップを置き、ドアの方へ歩いていった。
------◇◇◇------
師匠の家に訪問してきたのは、白いドレスをお召しになったお姫様と、2人のメイドさんだった。
護衛や他の従者は、何人か外で待機してるらしい――外からワイワイと声が聞こえる。
居間のテーブルにお姫様と師匠が対面で座ってる。お姫様の両脇にはメイドさんが直立不動。
まさか、こんな所にただのメイドを連れてくるはずもなく、この2人は間違いなく護衛を兼ねているのだろう。
メイドさんはよくある白紺のメイド服だが、一人は獣人(ネコ耳)だ。
ひょ~! ネコ耳やで、ネコ耳。すげぇ、マジファンタジーっぽいわ。ここで、大騒ぎしたいところだが――。
でも、俺は大人だから、涼しい顔して台所でお茶を淹れるよ。
いつもは台所に近い席に俺が座っているが、今日は師匠が座っている。
いつも師匠が座っている席には、お姫様が座っているので、その位置からは俺がチラチラと見えている模様。
「ライラ姫殿下におかれましては、ご壮健でなによりでございます」
「止めよ、そんな堅苦しい挨拶なぞ、どうでもよいわ。それに、其方にそのような事を言われると、ここら辺がムズムズするわ」
「本日は、どのようなご用件で?」
「どのようなとは、そんなの決まっておろうが」
「その件はすでにお断りいたしてあるはずです」
「で、あるがな……」俺のほうをチラリとみるお姫様。
お茶淹れ終わったけど、お茶うけどうしよう。
相手がお偉いさんじゃ、ヤバいものは出せないしなぁ……。
う~ん、蜂蜜そのまま出すわけにはいかないし、今からお菓子作る時間もないか……やっぱりアレしかないかな。
俺は、自分の部屋へ入ると、リュックからチョコを取り出し、1列を3つに小分けに割ると、台所へ戻ってきて小皿へ乗せた。
台所からチラリと見た感じでは、銀かプラチナのティアラに長いストレートな金髪、サファイヤのような青い目が鋭い眼光を放っている。
白いドレスはロングスカートみたいだが、一番上はレースだけみたいで、スカート自体は短いようだ。
14~15歳ぐらいかなー若いなー。声と話方を聞いても、かなり元気がいい方みたいな感じなので、動きやすさを重視してるのかもしれない。
背は俺より頭半分ぐらい小さいかな?
しかし、さすがに美人だな――いかにもお姫様って感じで、お目目もキリリとして気品溢れるっていうやつ?
こちとら、数代前からチャキチャキの平民だっちゅ~の、お姫様と話す機会なんてねぇよ。
師匠のスカウトにやって来てるみたいだけど、こんな若いのに政を任されてるのかな?
俺が15の時って何やってたっけ……?
自分がガキの頃の黒歴史を思い出して、ションボリする俺。
師匠もそうだけど、やっぱり基本的には西洋人だわ、どこ見ても東洋っぽさはない。
金髪碧眼って事はスラブ系とかなのかなぁ?
師匠とお姫様にお茶をお出しした。お姫様には小皿に乗せたチョコが3つ。
それを見た、師匠はあっ! という顔をしたが……しょうがないでしょ。
国のお偉いさんに下手な物をお出しする訳にもいかないし……。
自己紹介するべきか迷ったが、師匠は何も言わないしな――お姫様も俺みたいな下っぱの見習いの事なぞ、どうでもいいだろうし。
俺はそのまま師匠の左後ろに控える事にした。
「のぅ、ルビア殿。城下町では、今ある噂で持ちきりなのだ、その興味深い噂が妾の耳にも入ってきてな、なんだか解るか?」
「存じあげません」
お姫様は笑いを堪えるように、ニヤリと微笑むと――。
「あの『ファーレーンの魔女』が小鳥を拾ってきて飼っているというではないか、そしてだな――男物の服飾なぞを嬉しそうに買い込んで、あちこち歩き回っているとな」
「……っ」と眉間に皺を寄せ、顔を赤くする師匠を見ながら、お姫様は話を続けた。
「それを聞いた妾は、居ても立ってもおられんでな、こうやって出張ってきたというわけだ」
そんな事を言うと、ケラケラと笑いだした。
小鳥って、日本語のツバメ相当みたいなもんか?
実際そんな感じになっているので、ぐうの音も出ないが――えらい言われようだな。
それにしても、城下町で有名になっちゃってるの? 俺?
「そ、そんな下賤な話をしに、わざわざここまでやって来たと、仰るのですか?」
「ふ、まさかな、公務帰りのついでに、噂の確認をしに其方の顔を見に寄っただけだが――本当にいるとはな……のぅ?」俺の顔を確認するように、ジロリと冷やかに見るお姫様だが――。
俺は、師匠の顔をチラリと見たが、師匠は何も言わない。
俺みたいな下っぱはどうでもいいんじゃね? と思ってたが、俺が目的だったようだ。
それじゃ自己紹介するしかないよね。
「ご紹介が遅れまして申し訳ございません殿下、真学師ルビアの弟子となり、真学師見習いとなりましたショウと申します。お見知り置きください」
「ほう! どこの山猿でも拾ってきたかと思ったら、案外まともではないか。こんな面白そうな者をどこで拾ってきたのだ?」
山猿って……。
そりゃ、ド田舎出身の山猿だけどさ。
「ハハ、実は滝のそばで……ふぐっ!」言おうとしたところで、師匠にロッドでどつかれた。
「これ以上、ご用件がないのであれば、お帰りください」
「つれないのぅ」お姫様はちょっと呆れ顔だ。
「アタタ……お帰りになる前に、私の故郷の珍しいお菓子をご用意いたしましたので、ご賞味ください」脇腹を押さえながら、俺はお姫様にチョコを勧めた。
「ふむ? これか? なんだ、牛の血でも固めたのか?」と師匠とまったく同じ感想を漏らしたので、思わず吹き出しそうになった。
「いいえ、甘くて美味しいですよ」
「……? 甘い?」と訝しげに顔を捻ると、チョコを口に放り込んだ。
むぐむぐと、背筋を伸ばして、天井を見つめながら、チョコを味わってるお姫様が可愛い。
――と、次の瞬間。
「な、なんだ! これは!」
うわっ、ビックリしたわ!
「こ、これはなんなのだ!?」
「私の故郷のお菓子でございます」
「これはなんだと聞いておる!」
「ですから……」
「うまい! うますぎる! 10万の軍に匹敵するわっ!」
焦った、そのフレーズから、十万石まんじゅうっていうのかと思ったよ。
そんなの埼玉の人しかしらねぇっての。
「これはどうやって作る?!」
「それは、地の果てのー」と師匠にした説明と、同じ話をした。
「もう、ないのか?」もう一つ、チョコを口に放り込んだ。
「まだ若干数ありますが、これは貴重品で、もう手に入りませんので……」
「むぐむぐ、たのむ! 残りを買う! 妾に売るがよい!」
いや、買うってちょっと待って、すげぇ押しが強いお姫様だな。
椅子から立ち上がると、俺の上腕を掴んで怒濤のがぶり寄りを見せるお姫様。
「いくらだ、金貨なら払う!」
え? いきなり金貨ですか? 金貨1枚=20万円相当でしょ? マジですか?
お姫様に言い寄られてあたふたする俺、背が小さいお姫様が寄ってくるので、自然とそこに目がいってしまう。
上から見る、お姫様の小さい胸が可愛い。ドレスの隙間からチラチラ見えるんだよ、コレが――。
そうじゃねぇ! どこ見てるんだよ俺!
そんな場合じゃねぇよ。
「え? え~と、それでは、金貨3枚で……」
「買った!」
え? マジですか? 金貨3枚=60万っスよ?
しかし、口に出したからには売らないとダメだろう、俺は納屋に戻ると、リュックから残りのチョコを取り出した。
チョコを包んでる銀紙と箱は、マズいだろうなぁ。明らかにオーバーテクノロジーだし……。
チョコの残りを別の小皿に乗せて、お姫様にお渡しした。
「これか! いたみいる」
「これは非常に柔らかくて、人肌ぐらいの温度でもドロドロに溶けてしまうので、なるべく涼しいところに保管してください」
「あいわかった」
3つ目のチョコを頬張り、頬に手をやってクネクネしているお姫様はちょっと子供っぽいな。
師匠は膨れ面をしているが、多分チョコを売ったからだと思う……けど。
とりあえず、チョコをゲットしたお姫様は上機嫌みたいだ。
「邪魔したな。ルビア殿を招致できなかったのは残念だが、コレが手に入っただけで、千金に値するわ」と、チョコの入った小皿を天に掲げるお姫様、そんな大げさな。
そして俺は、念願の現金、金貨3枚をゲットした。
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外では、ガヤガヤと出発の準備をしているようで、少々騒がしい。
「コレ、最後ですけど……」お姫様に渡す前に1列割って残していたチョコを差し出すと、膨れ面だった師匠の顔がパッと明るくなった。
チョコを頬張って、喜んでいる師匠を見て――。
「お見送りしなくていいんですかね?」と師匠に尋ねたが、チョコを口に頬張ったまま、手をヒラヒラと振るだけだった。
なんだか、嵐のような人だったなぁ……。
やっぱり政治家っちゅーのは、自然と押しが強くなるのかな?
などと、片づけをしながら考えていると……。
「誰かある!」
――と大声が聞こえる。
はい? お姫様の声だよな。
まだ出立してなかったのか。
「ちょっと私が見てきます」
どうやら、井戸のほうから聞こえてきたみたいだったので、台所の裏戸から出てみた。
「どうしましたか?」
「おお、其方はショウと申したの。ショウよ、コレはなんだ? 説明せよ!」
お姫様が指さしたのは、俺が井戸に取り付けた、ガチャポンプだ。
「これは、私が作った、井戸の底から水を揚げるためのカラクリでございますが……」
「そなたが作ったのか? 水を揚げる? どうやって使う?」
俺は杓を使い、ポンプの上から水を入れながら、レバーを上下させる。
嘴から冷水がダパダパと出てくる――その光景を見て、お姫様は目を丸くした。
「な、なんだこれは!?」
またか……。
「これはガチャポンプとかレバーポンプと言われる物です」
「何故水が出てくる? 魔法か?」
「違います、ただのカラクリですから、誰がやってもできますよ」
ネコ耳メイドの女の子がいたので、やらせてみた。
「こうやって、レバーをゆっくりと上下させるんです」
「ふみゃ! みゃみゃみゃ、水が出てくるにゃー姫様、これはウチの井戸にも欲しいにゃ!」
みゃみゃみゃ煩いけど、尻尾をフリフリして凄く可愛い。
「どういう理なのだ?」
井戸の側には、俺がティッケルトの端材を使って遊びで作った水鉄砲が置いてあったので、それで、桶の水を吸い込んで、ピュ~と飛ばしてみせた。
「それはなんだ?」
「こうやって水を飛ばして掛けて遊ぶ玩具ですよ。やってみてください」
「こうか?」
そう言うと、俺に向って撃ち始めた。
「うわっ、ぷぷぷ、ちょっと止めてください!」
「あははっ! こうだな!?」今度はネコ耳メイドさんが標的になってるし。
「ふみゃー! 水はダメにゃっ」やっぱりネコは水が苦手か。
「こうやって遊ぶものだな?」
「概ね合ってますけど、本当に掛けないでください」
「それでは、妾にも掛けてよいぞ」腰に手をやりポーズを決めるお姫様。
「そんな事して、私の首が飛んだらどうします?」
「なんだ、ツマランのぅ」なんて言って、ちょっと悪戯顔でニコニコしちゃってるし……。
「そうやって、水を吸い込んだ時、出口が塞がれたら水は出ませんよね」
「当然だな」
「その時、反対側に穴が開いたら、どうなるでしょう……?」
「自分へ向かって吹き出すだろうな」
「ご明察です。その理でコレは動いているのですよ」
何故か呆然と立ち尽くす、お姫様。
「お、恐ろしい……それがそなた達真学師が言う真理か?」
驚くのはいいけど、恐れることはないじゃありませんか。
「こ……」
こ?
「これも、妾に売るがよい! いや、ショウと申したな、我が名はライラ・リラ・ファーレーンⅢ! 我が招聘に応じ、登城せよ!」
「え? ええ~っ?」
マジですか?
ファーレーン城周辺地図
 





