11話 初めての発明、初めてのトキメキ?
滑車が空回りする音の後に、水面が弾ける音が井戸から響く。
釣瓶を井戸の中へ落とし――そして引き上げる、結構キツイ作業だ。
水瓶ならすぐにいっぱいになるが、風呂を満たすとなると、コレが重労働。
ここには水道がないので、水が欲しければ、井戸から汲むしかない。
川の水もあるが、距離が離れているし登り坂だ、水は綺麗だがちょっと衛生的にもヤバい。
寄生虫やら厄介者の例もあるしな。
煮沸するならつかえるだろうけど、それなら井戸から汲んだほうが早い。
そういえばガキの頃、爺さん家の井戸にはアレがついてたなぁ、ガチャポンプとかいうやつ。
レバーをガチャガチャすると、水が揚がってくるやつだ。
「あれなら作れるかな……?」
構造はそんなに難しくない、水鉄砲を逆さにしたような構造になってる。
何故造りを知ってるかというと、爺さん家のガチャポンプから水が出てくるのが不思議で、どうやって動いてるのか知りたくなった。
その挙句、近所の廃井戸についていたものを取り外して、分解してしまったのだ。
分解したのはいいが元に戻せなくなってしまい、そのまま知らんぷりして、廃井戸に戻してしまったのだが、その廃井戸もいつのまにか、埋められてなくなっていた。
あのガチャポンプも廃品回収とかに出されてしまったのだろうな。
俺の親父の話だと、沢山あったポンプだが、今は全く見なくなったと言っていた。
「ふ~む……」
材料はなんで作るかな? 日本にあったのは鋳物だったが、ここに鉄はない。
鉄があっても加工できないしな――魔法で熱したり、溶かすのは無理だったし。
う~ん……と、しばらく思案していたが、とりあえず、風呂に水を入れてしまおう。
------◇◇◇------
「ティッケルトがつかえるかな?」
風呂に水を張り終えたところで思いついた。
あれこれ考えても、現時点でつかえそうな材料というのは、それしか思いつかない。
ティッケルト林に鉈を持っていき、一番太いのから順に色々な太さの物を採ってきた。
太さの違う物を組み合わせれば、ジョイントとしてつかえる。ここら辺は塩ビのVU管と同じだ。
庭に竹を切る音が響く。
俺のマルチツールから、ノコギリ状のブレードをだして、細工を切り出していく。
この植物は節の間隔が長いんで、パイプとしては便利そう。
しかし、マルチツール付属のブレードが小さいんで、こりゃ、加工がキツイわー。
でも、鉈じゃ微妙な細工が出来ないんだよね。
あれこれと四苦八苦してると、師匠が様子を見にやってきた。
「何をやってるのです?」
「はい、ちょっと工作を――道具がないんで結構大変です、ははは……」思わず誤魔化し笑いをしてしまう。
それを聞くと、師匠は黙って家の中へ戻ってしまった。
「あれ? 仕事サボってるので、怒ってしまったのかな? でも、とりあえずの作業は終わってるし……」
と、考えていたら、すぐに師匠が戻ってきた。
「これをお使いなさい」
ガシャ! と置かれた――『おかもち』みたいな道具箱には大工道具が詰まっていた。
ノコギリ、ノミ、鉋、玄翁、ちょっと歪だが釘、日本の物とはちょっと形は違うが、一通り揃っている。
「ああ、大工道具があるんですね?」
「あるに決まってるではありませんか。家の修繕は、これがないとできないでしょ」
「はは……」力なく笑う。
今までの苦労はなんだったんだ。
「まだ、欲しいものがありますか?」
「それでは、使えないような端切れでいいので『皮』と、膠はありますか?」
「確か、あったはずです。探してきます」
師匠は家に戻ると、しばらくして、皮切れと小壺に入った膠を持ってきた。
「解らない事があるなら一人で頑張らないで、とりあえず聞きなさい」
「そういう性分なので……」
「気持ちもわかりますが、私は師匠なのですから、もっと頼ってもらってもいいのですよ?」
――と言われても、お世話になりまくりなんですけどねぇ……。
「そういえば、師匠の師匠様もいらっしゃるんですよね?」
「もういません」
「あ……、申し訳ございません……」
「いいのですよ、もう昔のことです」
はう、また地雷を踏んでしまうとか、俺ってやつぁ、ああ自己嫌悪……。
「そんなに一生懸命に何を作っているのです?」
「え~とですね、井戸の底から水を汲み上げるカラクリを作っているんです」
「えぇ? 井戸の底からですか? そんなことは聞いた事ありません、それがショウにできるというのですか?」
師匠は、俺の言葉を信じていないようで、冷やかな視線を送ってくる。
「多分ですけど……上手く成功すればですが」
「ああ、私はなんと優秀な弟子を迎えてしまったのでしょうか? まったく師匠冥利に尽きると言えるでしょう。私は大陸一の幸せ者デス」
また完全に遊んでますよね?
「もう、ホントに出来たらどうするんですか?」俺は、師匠のわざとらしい挑発にちょっと声を荒らげてしまう。
「ショウのいうことを、なんでも一つ聞いてあげましょう」
「え? なんでも?」
なんでもって、あんな事やこんな事や、あんな事やこんな事とか? あんなところをペロペロしたりとか、こんなところをクンカクンカしたりとか?
いや、待て待て! 妄想やめろ! 師匠に心読まれたらどうする。
「約束ですよ、師匠? 楽しみにお待ちください」
「ふふ、待ってますよ、是非私を驚かせてください」師匠、まったく信用してないだろ?
くそぉ、見てろよ。
------◇◇◇------
大工道具が揃ったので、ポンプの本体はなんとか形になった。レバー部の強度がちょっと心配だが、とりあえず大丈夫みたいだ。
ピストン部のOリングはゴムがないので、皮を巻いたが、本物のガチャポンプも皮だった気がするなぁ……。
あとは、井戸へ降ろすパイプなんだが。
どうやってパイプに使う太いティッケルトの節を抜こうか、節の数は3個ほどある。
長い鉄の棒でもあればいいんだが、そんなものはない。
考えた末、一回り細いティッケルトを差し込んで、そのまま立てて、パイルドライバーのように地面に打ちつける事にした。
ティッケルト自体の自重が加わるので、どの節も2~3回試すとスコーン! という音を出して抜けた。
穴を覗き込んでみると、向こうが見えるわ。こういうのって、意味もなく覗いてしまうよね。
これを見て思いついた。これって迫撃砲が出来るんじゃね?
全然ポンプに関係なくて、脇道に逸れるけど――思いついたことは試してみないとダメな性分なので。
1mほどの長さで、太さ5cmぐらいのティッケルトを地面に埋めて立てると、実験の開始だ。
そこへ、空気圧縮の魔法で光球を作って、筒の中へ誘導――弾の代わりに小石を入り口に置いて、光球を開放すると……。
スポーン! という音と共に、2mばかり石が飛び上がった。
「たまや~」
だが、もう少しピッタリと填まる弾じゃないとだめだな。
今度は、一回り太いティッケルトの節の部分を逆さに差し込んでみることにした。
そういえばコレって、エアライフルの鼓弾と同じだな。
いや、この形だと、旧帝国軍のム弾に近いか。
もう一度、空気圧縮の魔法を使ってから、鼓弾みたいなのを差し込んで、開放!
今度はポン! というか、カン! という甲高い音と共に、50mほど弾が飛び上がった。
「すげぇ」ゲラゲラ笑いながら、グルグル意味もなく回ってしまう俺。
「なんだ、TVもねぇラジオもねぇで、やる事なくてツマんねぇとか言ってたけど――面白い事が結構あるじゃん!」
馬鹿騒ぎしていると、それを聞きつけて、師匠が家から出てきた。
「何を騒いでいるのです」
「むふふ、なんでもありません」
「そんな顔して、なんでもないわけないでしょう?」
「ただ、魔法を使って遊んでたんですよ」
師匠は俺の戯言を聞いて、がっかりとした表情を見せた。
「はぁ……そんな事するために、貴方に魔法を教えたわけではないのですよ?」
「いえいえ、どんなバカな事でもそれが後々に繋がるというのは、多々ある事です」
「こ の ――減らず口を~」
指で、俺の頬をグリグリする師匠と、成すがままにされる俺。
「はっはっはっ、師匠の愛のムチは、敢えて受けさせて頂きますよ」
「その減らず口で約束した、水を汲み上げるカラクリはどうしたのです?」
「もう少しで完成します。楽しみにして下さい」
そう言って、俺は作業に戻った。
あとは、汲み上げ用のパイプとポンプを連結して、固定するだけだし――余裕でしょ。
井戸の石組の上に板を張って、円形に穴を開けるが、綺麗に開けるのは結構大変――ノコギリで切れ目を入れて、ノミで整えた。
そこに井戸底までパイプを入れて、ポンプを連結。最後に石組に張った板と固定した。
やった完成だぜ! ガチャポンプー!(例のネコ型ロボットの声で)
「これが、そうだというのですか?」
「はい、細工は流流仕上げを御覧じろ――ですよ」
そういって、俺はポンプのレバーを動かし始めた。
金属製ではないので、ガチャガチャとはいわず、スコッスコッって感じだ。
……と、しばらくやってみたが、水は出てこない。
「あるぇ?」
おかしいな、水が出ないぞ?
「どうしましたか? もうお終いですか?」すでに勝ち誇っている顔が見え見えの師匠。
機能的には問題ないはずだけどなぁ……なんで水が揚がってこないんだ?
爺さん家のポンプで遊んだ記憶を反芻すると――ポンプを使う際に、ある儀式をやっていたのを思い出した。
ああそうだ、これって呼び水がいるんだっけ?
台所から、桶に水を汲んできて、杓でポンプの上からジャバジャバと入れながらレバーを動かす。
今度は、スコッスコッではなくて、ジュポジュポという感じになり、4~5回レバーしたところで、ぐっと手応えが重たくなった。
そして次の瞬間、ダパダパと綺麗な水がポンプの嘴から溢れだした。
だけど、もう少し樋を長くしないとだめだね。
「ヒャッホ~イ! 成功したぜぇ!」はしゃぎ回る俺。
「くっ、さぁその理を説明なさい」悔しそうに師匠が叫ぶ。
そんなに悔しそうな顔しなくてもいいのに……。
俺は、ポンプの構造を黒板に図を描いて、動作仕組みを説明したが――さすが師匠、その動作原理を一発で理解したみたいだ。
「悔しいですが、これは単純明解に理に適っており、真理と認めざるを得ません」
「そんな面と向って悔しいとか言わなくてもいいじゃありませんか」
「さあ、ショウが勝負に勝ったのですから、私の身体を好きになさい」
「はいぃ? そんな約束してませんし!」
「私の身体にあんな事やこんな事をするのが望みなのでは?」
やべぇ、心読まれた!?
「違います、そんなの望んでませんし!」
「ああ、粗暴な弟子に凌辱されてしまう、うら若き師匠、こうやって堕ちていってしまうのですね?」
「堕ちませんって、凌辱とかいう言葉は止めて下さい。STOP! 妄想! ダメ! 絶対!」
「何故しないのです?」
「命の恩人の師匠にそんな事するはずないじゃありませんか」
チッ!
「なんで、そこで舌打ちが入るんです。そんなのオカシイですよ師匠」
師匠はそのまま、膨れ面で横を向いてしまった。
この人は……意外と面倒くさい人なのかもしれない。
「勝負の約束は保留にしておいてください、別の機会に使いますから。それより師匠、余ってる薄布と糸ありませんかね?」
師匠は部屋に戻り、30cmぐらい四方の薄布と糸を持ってくると、俺に投げつけてきた。
もう……そんな不機嫌そうな師匠を横目に、俺はさっき作ったティッケルトの鼓弾の尻に穴を開けて糸を通し――そして薄布を結んで、鼓弾の尻に押し込んだ。
地面に埋め込んだままのティッケルトの迫撃砲に、再び空気圧縮の魔法をかけて、鼓弾を差し込む。
甲高い音と共に天高く弾が打ち上がり、落下し始めると、パッ! と花が開くように落下傘が開いた。
唖然と師匠が見上げる中――。
「イェ~!」
俺は、その落下傘を拾いに林の中へダッシュしていた。
俺は小学生か。





