100話 そして伝説へ
どうか、来ないでくれ! そんな俺の願いも虚しく、この世界の破壊者――ドラゴンがやって来た。
元世界のジャンボジェット機並の大きさの生物が悠々と空を飛んでいる。
さすが異世界。
などと、感心している場合ではない。 街に降りられたら、間違いなく街は壊滅状態になるだろう。
俺たちは、城壁上の中央に陣取って、なんとしても、この恐ろしい天災級の災いを防がなければならない。
その最初の1手として、ドラゴンを街の方から追い立てるべく、この世界で龍勢と名づけたロケットに点火した。
「いけぇぇぇ!」
甲高い音を立てながら、白い煙の尾を引き、ロケットは上昇していく。
「真学師様、なんですか、この音は?」
近くにいたチカ兄弟が耳を塞ぐ。
「笛を付けたんだ」
回りを見ると、皆、耳を塞いでいた。
煙を吐きながら飛んでくる未知の物体とそれが奏でる大きな音に、さすがにドラゴンも驚いたのか、首を回してロケットから流れる白い煙を追っている。
ロケットを目で追うその姿は、警戒心なのか好奇心なのか? そんな行動からすると、やはり結構高い知能を持っているのだろう。
しかし、飛びながら、グリグリ頭も動かせるのかよ。 凄い、運動性能だな。
魔法で重量軽減どころか、反重力とかでマイナスになってないか?
高度を上げたロケットの火薬が炸裂し、3秒程遅れて、腹に響く音が俺たちが居る所まで届いた。
元世界の運動会等で上がる、デカい音がする花火の強烈なやつだ。
その音に追い立てられるように、ドラゴンは、旋回する場所をお城の南側に移し始めた。
「よし! 上手くいってるぞ!」
俺は、もう1基のロケットにも手を掛けた。
「よっしゃ! いけっ!」
第2弾に点火すると、今度のロケットは、ドラゴンを掠めて大空へ打ち上がった。
ああ、魔力を感知して、炸裂する近接信管などがあれば、いい感じだったかも……。
しかし、音だけで、然程危険がないとドラゴンにバレてしまったのか、奴はさらに降下してきた。
「未確認生物、さらに降下中。 高度400」
ナナミの無感情な声が聞こえる。
400じゃ、魔法も弩砲も届かない。 さらに、弩砲は、城壁の上から下へ攻撃するように出来ているために、対空戦闘には向かない。
チカ兄弟が、迫撃砲の準備をし始めたので、俺も、迫撃砲弾の頭についている時限信管の準備をする。
装着した時限信管だが、元の着発信管もそのまま残してある。 かなり難しいとは思うが、直撃させる事が出来れば爆発させられる。
「上に打ち上げるなら、200以下に来ないと使えないぞ」
「「合点!」」
皆が固唾を呑んで空を見上げる中、ドラゴンはゆっくりと大きな円を描きながら、降下してくる。
弩砲を構えてる兵士達も、弩砲を向けてはいるが、仰角が足りないために狙いを定められないでいた。
「さらに、降下中。 高度200」
「200に来たぞ!」
「もう少し引きつけます!」
迫撃砲の扱いに関しては、試験の時の百発百中を信じてチカ兄弟に任せるしかない。
「いくぞ、兄貴!」
「よっしゃ!」
弟が紐を引くと、バネで撃鉄が落ち、火石が入った点火装置を叩く。 その火炎が黒色火薬に伝播して砲弾が発射される。
これは、パーカッション式の銃と同じ仕組だ。
発射された砲弾は垂直に近い角度で打ち上がり、ドラゴンの尻尾を掠めて、ワンテンポ遅れて爆発した。
外れはしたが、強烈な爆風でドラゴンのバランスが崩れる。
俺は、爆風から殿下をお守りするために、彼女の前に立ち塞がると――その防御の中へフェイフェイとフローも入れた。
城壁の上へ襲いかかる、爆風の煽りをくらって、兵士達も尻もちをついている。
「真学師様、爆発の時間をもう少し早く!」
「ナナミ、次の弾を持ってきてくれ!」
ナナミが運んできた次弾を受け取ると、時限信管の導火線をさらに短くセッティングする。
無論、この間にもドラゴンは降下中なので、それも考慮した。
調整し終わった弾を、チカ兄弟に渡すと、俺はナナミに再度、次の弾を持ってくるように頼んだ。
次を撃ってからだと、間に合わないかもしれない――。
次弾発射! 今度は、爆発のタイミングはバッチリで、ドラゴンの至近で爆発。
爆風で大きく姿勢を崩したドラゴンは、その大きな翼を波打つように羽ばたかせて、何とか体勢を立て直したようだ。
だが、その威力を味わって、奴は、完全に俺達を危険な敵と認識したらしい――旋回を止め、お城の西側から真っ直ぐ降下してきた。
「来た! 来たぞ!」
チカ兄弟に対空用に作った最後の一発を渡し、彼等と一緒に、砲弾を持って発射機にセット。
獲物を狙う大鷲のように、巨大な翼と鉤爪を広げて真っ直ぐ降りてくるドラゴンに、チカ兄弟は狙いを定めた。
俺は、再度殿下の前に立ったが、彼女も成り行きが気になるのだろう、俺の脇腹から顔を覗かせている。
「おっしゃ! くらぇぇ!」
発射された迫撃砲弾は、見事、ドラゴンの肩口を捉え、着発信管による爆発を起こした。
かなりの至近で爆発したので、城壁の上にも容赦無い爆風が皆を襲う。
「うあぁぁぁ!」 「ひいいっ!」
爆風に吹き飛ばされた兵士達が城壁の上で転がり、城壁の上に吹き荒れる暴力的な力によって、西側の見張り矢倉が吹き飛ばされ、瓦礫が中に舞う。
「っぎゃああぁっす! ドラゴンよりショウの武器の方が酷いっす!」
「うるさい! 黙れ、このエルフ!」
フローの言葉を遮るように、フェイフェイの怒号が飛ぶ。
砲弾の直撃を受けたドラゴンは、大きく体勢を崩し、お城への着地を諦め、そのまま滑空――。
お城の南側――正確には俺達の南東100m程離れた地点へ着地した。
「撃て、撃て!」
殿下が叫ぶ。
「全門撃てぇ!」
弩弓からドラゴンの背中へ向けて矢が射られる。
放たれた矢は、俺が改良した徹甲矢仕様だが、ドラゴンの鱗を貫通しているのかは、確認できない。
横を見ると、殿下がドラゴンの背中を望遠鏡で見ている。
望遠鏡で覗いている殿下には、ドラゴンの背中に何本かの光る矢針が見えているようだ。
「しかし、効いているようには見えぬ!」
「矢など、ドラゴンにとっては、虫に刺された程度なのかもしれません」
「ううむ……蜂に刺されて、人が死ぬこともあるだろうが」
「ドラゴンにも何百、何千と矢が刺さればあるいは……」
「それだけの数の矢が刺さるのを、奴が黙っているわけなかろう!」
兵士達は、弩弓の次弾を装填するために、巻き上げ作業に入った。
やはり、弩弓では少々力不足のようだ。
となると、魔法しかないが……。
ドラゴンもそれは承知しているようで、魔法の射程には入ってこない。
奴は、そのまま小さな羽ばたきを繰り返しながら、お城からある程度距離が離れた地点――丁度、お城の横を流れる東側の川の手前辺りで、奴はこちらを向き直した。
そして、こちらをジッと窺っている。 得体の知れない、武器だか魔法だか解らない物を使う連中に警戒をしているのだろうか?
「思いもよらない攻撃を食らってビビってるっすかね?」
「そんな風には見えないな」
「奴の闘志には、微塵の揺らぎも感じられない」
フェイフェイの言うとおり、憎らしいが、なにやら落ち着いて貫禄があるようにも見える。
なにせ、この世界では無敗の最強生物だ。
改めて奴を見ると、マジでドラゴンだ。
黒光りする鱗に覆われて、唸りを上げる巨大な翼、全てを切り裂く鋭い爪と牙――まさに、ファンタジー。
しかし、肩口に砲弾が直撃したはずなのだが、腕が吹き飛ぶとかそういったダメージは見受けられない……。
「くそ、直撃でも穴が開いたりしないのか? こんな事なら、HEATでも作れば良かったか」
HEATというのは、火薬をすり鉢状に成形加工して、爆発により超高温のジェット流を作り出し、敵の装甲を穿つ兵器だ。
でも、まさかこんなのが襲ってくるとは思わないものなぁ……。
人間兵器の師匠とステラさんは、黙って成り行きを見守ってる。
大魔法を撃つ、絶好のタイミングを待っているのだろう。
なにせ、師匠達でも、大魔法は一発しか撃てないらしいし、外したらそこで終了――慎重にならざるを得ない。
「こちらの魔法を警戒しておるのだろうか?」
ドラゴンの行動を見た殿下が、呟く。
「おそらく、そうでしょう。 けど、こいつは魔法じゃないんだよなぁ」
「敵までの距離、267m」
ナナミが、階段から頭だけ出して、ドラゴンとの距離を計測する。
弩砲は射程外だが、迫撃砲の水平発射ならば十分に届く。
「よし! 十分届くな。 チッチ、カッカ、ブチかませ!」
「「合点だ!」」
迫撃砲に点火すると、打ち上げられた砲弾が弧を描いて飛んでいく。
ドラゴンは、飛来する得体の知れない物体を避けるような行動をしたが、着弾したと同時に爆風を食らい、巨大な身体を揺さぶりながら倒れ込んだ。
おそらく、奴の人生――いや竜生か、その中でも地べたに叩きつけられたなど、一度も無かった事だろう。
その光景を見た城壁上の兵士達は歓声を上げた。
「おおおおっ!」 「すげぇぇぇぇ!」
「ショウ! 効いておるぞ! 好機だ、二の矢三の矢を放つのだ!」
「承知いたしました。 次弾撃てぇぇ!」
「「合点!」」
体勢をなんとか立て直したドラゴン目掛けて、迫撃砲が火を吹いた。 兵士の期待を乗せた砲弾が奴へ向かうが――その期待はあえなく粉砕された。
直撃か!? と思われた砲弾、途中で何かに遮られたように爆発したのだ。
まるで、堅い板に衝突したかのように……。
A○フィールド? そんな訳ねぇ。
これは魔法だ。
「殿下! あれは防御魔法です」
「ぼ、防御魔法だと! た、たしかに、竜が魔法を使うとは其方も申しておったが、防御魔法まで使うのか?」
「信じられませんが、目の前に起きたのは事実です」
「それでは、攻撃魔法もあると?」
「あるかもしれませんが、魔法で攻撃するとなると、防御魔法を解かなければなりません」
「そうか、そうだな……だが、しかし」
そうだ。 奴の防御魔法をなんとかしないと、こちらの攻撃も相殺される可能性がある。
しかし、ドラゴンとて、魔法の射程は我々と変わらないはずだ。
お互い、魔法を封じられての肉弾戦になれば、こちらが明らかに不利だ。
我々が攻めあぐねていると、ドラゴンが小さな羽ばたきをしたジャンプを使って、距離を詰めてきた。
奴も攻撃魔法を使うつもりか? 接近してきたドラゴンに、城壁上から再び弩砲が発射されたが、防御魔法に跳ね返された。
奴の防御魔法はまだ生きている。 ではいったい、何を――。
兵士達が、次の攻撃に備え、弩砲の巻き上げ作業に入った刹那――ドラゴンの口腔が大きく開いた。
こりゃ、ヤバイ!!
直感した俺は、兵士達に叫んだ。
「ドラゴンの炎が来るぞ~!! 皆、伏せろ!!」
俺が叫んだと同時に、ドラゴンの口から吐出された炎が城壁に届いた。
オレンジ色の炎と立ち上る黒い煙。 我々の左手から、城壁の上を舐めるように、灼熱の地獄が襲う。
だが、その全てを焼き尽くす炎は我々には届く事は無かった。 城壁の前に立ちはだかる見えない壁が、襲ってきた赤い獣を遮ったのだ。
「ステラさん!」
そう、我々の肉体が業火に焼かれる場面を救ったのは、ステラさんの防御魔法。 以前、彼女は――この防御魔法はドラゴンの炎も防げる――と豪語していたのだが、それを証明してみせたのだ。
ドラゴンの炎に焼かれるのを免れた俺達だが、その場に残った刺激臭に鼻を覆った。
「臭! なんだ、このアンモニア臭は?!」
「これは、おそらくヒドラジン系の薬物です」
階段から頭を出してナナミが、俺の疑問に答える。
「ヒドラジンって? 水化ヒドラジンとか、モノメチルヒドラジンとか? スペースシャトルのエンジンに使われているやつか?」
「正確には、シャトルのスラスターです」
「皆! この臭いは毒だ! 吸い込むな! フェイフェイ、精霊魔法で風を起こして、払ってくれ!」
「承知!」
フェイフェイも、鼻を手で覆いながら精霊魔法を使い始めると、城壁の上から刺激臭が一掃されていく。
「ゲホゲホッ! ショウ! どういう事だ、説明せよ」
「このドラゴンの炎は、魔法ではなく、理を使った炎だという事です。 つまり、奴の体内で燃料を生産して、それに火を付けて吐き出している――」
正確には、ヒドラジン系の薬物と酸化剤が、混合されただけで火が着くので、点火装置がいらないのである。
しかし、これらは猛毒なので、ドラゴン自身にも害はあると思うのだが、何らかの方法でクリアしているのだろう。
もしかしたら、エルフやダークエルフ達が使っている浄化魔法の類と似たような物があるのかもしれない。
「こ、これではジリ貧だぞ! なんとかならぬのか?!」
そうは言われましても――どうする? どうする? どうする?
目の前の現実、対処しきれない俺。
頭が真っ白になって、空回りしている状態で立ちすくんでいると、ドラゴンの背後で突然爆発が起こった。
「何がいったい……?」
俺の横で、殿下が望遠鏡を目に当てて、ドラゴンの後方を確認している。
「ミルーナだ! あ奴が、やったのだ」
「えええええ!?」
「ニムとルミネス、それから其方が引き取ったあの女子もおる!」
皆、俺の作った蒸気自動車に乗っているらしい。
「なんて、無茶な!」
ヤバイぞ! 何か考えろ! どうする? どうする? どうする? どうする? どうすりゃいい?
――ドラゴンの防御魔法を何とかしなければ、師匠の魔法が使えない。
――防御魔法。
俺の頭に、あるシーンのフラッシュバックが起きた。
俺が修行で使っていた、師匠の家の近くにある滝での出来事だ。
ステラさんが、防御魔法を見せてくれて、ドラゴンの炎でも防げると自慢していた。
その時、俺はステラさんの防御魔法を破った筈だ――そう、自作のフラッシュバンで。
閃いた、これだ!!
「チッチ、カッカ、最後の弾を使って良いから、迫撃砲で時間を稼いでくれ。 俺の工房へ行って物を取ってくる」
「「合点だ!」」
俺は、城壁の上を走ると、俺の工房の真上にやって来た。
そして、自分に重量軽減の魔法を掛けると、工房の屋根を目掛けて飛び降りた。
「ショウ! 何をするのだ!」
殿下の叫び声が聞こえたが――。
重量軽減を使って高い所から飛び降りる――一応、こんな事も出来るだろうと、思ってはいたのだが、わざわざ危険な事に身を晒すつもりもないので、実際に試した事が無かった。
そのまま、屋根から飛び降りて、工房の小屋に仕舞っておいた、夜払い――夜間照明弾を担ぎ上げた。
その時、城壁の外から、腹に響く振動と爆発音が聞こえ、工房のガラスがビリビリと上げる叫び声。
チカ兄弟が、最後の迫撃砲を撃ったのだろう。 もう、残りの弾はない。
俺が今考えている作戦が失敗すれば、後は無いのだ。
俺自身に重量軽減の魔法を掛け、照明弾を担ぎ、火急に城壁の上へ続く暗い階段を駆け登る。
「ハァハァ――こ、こいつを、ドラゴンの頭の上に撃て!」
息を切らして、俺はチカ兄弟に告げた。
「「まだ、弾があったんですか?!」」
チカ兄弟の声がハモるのだが――。
「説明している時間がない! いいから撃て!」
迫撃砲を見ると、弾の代わりに空樽がセットされていた。
多分、こいつを弾に見せかけて、まだ弾があるぞ――と、ドラゴンを牽制していたのだろう。
迫撃砲に嵌っていた樽を外して、照明弾をセット。
「ぶっ放せ!!」
俺の掛け声の後、チカ兄弟が狙いを定めた照明弾を打ち上げた。
照明弾が、山なりの軌道を描きドラゴンへ向かうが、奴は微動だにしない。
それはもう、俺には通用しないぜ――奴はそう高を括っているのだろう。
だが、それは違うぞ?
ドラゴンの防御魔法へ照明弾が衝突すると、白い煙を吐きながら、眩い光を放ち始めた。
突然、目の前に起こった閃光に、たじろぐドラゴン。
巨大な翼を使って、閃光を防ぐように自らを覆い隠し、後ろへ後ずさりした。
そして、ここからもハッキリと確認出来た。 閃光に奴の精神集中が途切れ、防御魔法がピンク色の光にフラグメンテーションされるのを。
「師匠!!!」
俺はありったけの声で叫んだ。
師匠が、その声に呼応して両手を天に掲げると、ドラゴンの前に青白い閃光が集まっていく。
「全員! 伏せろぉぉぉぉ!!!」
俺は、立ちすくむ殿下の御手を取り、強引に両手を付かせて、その上に覆いかぶさると――。
近くにいた、フローとフェイフェイも俺に抱きついてきた。
灼熱の火球が一面を焼き尽くし、次の瞬間――地表を這う白い靄と共に凄まじい爆風が地を履い俺達を襲った。
ステラさんの防御魔法がまだ生きていたが、城壁上全てをカバー出来ている訳ではない。
防御魔法が届いていない地点にあった、東側の見はり矢倉が爆風で吹き飛ばされた。
「「「「「うあぁぁぁぁぁ!」」」」」
「「「「「ぎゃぁぁぁ!」」」」」
爆風にかき消されているが、兵士達の叫び声が微かに聞こえてくる。
悲鳴を発し天守閣の屋根が吹き飛び、西側の主塔が断末魔の叫びを上げて倒壊――。
崩落した巨石が地面へ落下する振動が、ドスドスと伝わってくる。
「なぁぁぁぁぁ! 死ぬ! 死ぬ!」
爆発によって、巻き上げられた土砂が黒い塊になって、俺達に容赦なく降り注ぐ。
畜生! これで俺も、戦争を知ってる世代だっちゅーの。
そんなアホな事より、兵士達はどうなっているのか?
俺の腕輪が発している防御フィールドにも、拳大の石が叩きつけられて、顔をあげることが出来ない。
今の俺には、殿下をお守りするのが精一杯で、辺りを気遣う余裕は全く無い。
爆風に薙ぎ払われた後、ドラゴンがいた地点に巨大なキノコ雲が立ち上り、今度は、爆風と反対方向へ吹き返しの暴風に襲われる。
そして、防御魔法を使いっぱなしだったステラさんが、膝を突いた。 そろそろ、限界なのだろう。
巨大なキノコ雲が空へ昇り、黒いカーテンのように、ドラゴンが居た地点を覆い隠している。
「やったか!?」
その光景を見た俺の口から、思わず出てしまったのだが、そのセリフを吐いて、ハッと我に返りそして後悔した。
やべぇぇぇ! 何、死亡フラグ立ててるんだ!
すかさずのフラグ回収の予感に、俺は生き残っている兵士達に叫び告げた。
「ドラゴンが来るぞ! 動ける者は、弩弓を回せ!」
俺は城壁の左手を指さした。
なぜ、その場所なのか?
風が東側から吹いているので、お城の東側から爆炎が晴れてきていたのだ。
ドラゴンが生きていれば、まず、城壁の左側が見えるだろう。
奴がやって来るとすれば、ここしかない。
「フロー来い!」
俺は、フローを抱き寄せると、彼女の魔力をブーストに使い、お城の堀にある水を使い人工の積乱雲の渦を作り始めた。
今の俺の力で、ドラゴンに効きそうな魔法と言ったら、これぐらいしか思いつかなかったのだが――。
突然、黒い巨大な塊が空を覆いやって来た。 音も無く。 城壁の上へ。
でけぇぇぇぇぇぇ!
天を衝く巨大な壁がいきなり目の前に現れた。
お城を覆い尽くす程の巨大な体躯と理不尽とも言える圧倒的なパワー。 この世界でなん人も倒すことが不可能な唯一無二の存在。
まさにラスボス級――。
生臭い臭いと、地の底から響くような低い唸り声が、俺達の身体を押さえこみ、皆、恐怖に縛られ立ち尽くしている。
俺の脳裏に、この世界でやってきた出来事が浮かんでは消える。
殿下は、金縛りにあったように、ペタンと尻もちをついてしまった。
巨大な尻尾の近くにあった弩砲と兵士達は、奴が繰り出す一振りで薙ぎ払われて、吹き飛び――瓦礫と屍と化した。
走馬灯を回して動揺した俺も、魔法で作った人工の積乱雲を霧散させ始めてしまったのだが――。
不自然だ。
フローを抱えたままの俺の頭に過ったのはこの言葉だ。
なにが不自然か? これだけ巨大な物体が城壁の上に舞い降りたのに、石組みが崩れるわけでもなく、その存在を許している。
まるで、物理法則をねじ曲げ、重さなど無いように……。
やはり、何らかの魔法で重量を軽減しているのだろう。
だが、無敵の存在とも言えるドラゴンとはいえ、俺の作った兵器群と、師匠の魔法でかなりのダメージを負っているようだ。
鱗は剥がれてはいないが、多数の箇所から鮮血が滴っている。
しかし、突如城壁の上に現れたドラゴンであったが、攻撃するでもなく俺達の顔を見回している。
こいつに表情があるかは不明だが、余裕の表情で笑っているようにも見える。
『矮小で些些たる存在達よ。 よくぞ、我をここまで追い詰めた』
などと、RPGラスボスが吐きそうなセリフを考えているに違いない。
このドラゴンの行動に、ステラさんもそう感じたのか? いきなり、ブチ切れて大声を張り上げた。
「上等だ! このトカゲ野郎! このハイエルフのステラ様を舐めるなよ!」
そう、啖呵を切った後、ステラさんの身体が光始めると同時に、俺の腕に過大な重量を感じ、引き倒れそうになった。
何が、いったい? 見ると、俺が抱えていたフローの意識が無い。
『来たれ! 漆黒に住まう者達よ!』
おそらく、ステラさんがフローの魔力を根こそぎ奪って、デカい魔法を発動したのであろう。
通常なら、術者の協力も無く、相手から魔力を奪うなんて事は不可能だが、ステラさんはフローの元師匠だ。
何がしかの方法があったのかもしれない。
「ちょ、ちょっとステラ!」
師匠が、思わず止めに入ったのだが、それを阻止する力で弾かれたようで、俺に向かって叫び声を上げた。
「ショウ!」
『集え! 星々の子等よ!』
ステラさんの声に呼応するように、中空に幾重にも走る煌めく赤い線が顕在化すると、辺りが紅蓮に染まり始めた。
おわぁ! ヤバイ! ヤバイ!! コレは絶対にヤバイ奴だ!
ザワザワと肌が粟立つ感触から、俺はステラさんが使おうとしている魔法がかなり危険な物だと直感した。
俺は、後ろを振り向くと、生き残っている兵士達に活を入れる。
「どうした! 撃て! 撃てぇ!」
気合を入れられた兵士達は正気を取り戻したのか、弩砲から次々に矢が射られていく。
ドラゴンの鱗に弾かれる徹甲矢を見ながら、俺は霧散しかけていた、人工積乱雲の再チャージを始めた。
飛んでくる矢に、巨大な顔を左右に振り苛々しいが如く表情を感じさせるドラゴン。
放たれた多々の矢の殆どが弾き返されたが、その内の1本が奴の上唇辺りに突き刺さった。
「いけぇぇぇぇぇ!」
臨界に達した人工積乱雲から、轟音と空を切り裂く青い閃光が走る。
雷というのは、高い所に落ちる。 ドラゴンの上唇に刺さった1本の矢が避雷針になり、落雷を呼び寄せた。
立ち込める、オゾンの臭いと生き物が焼ける臭い。
無論、こんな攻撃で奴を仕留められるとは思っていない。
だが、雷撃を食らったドラゴンは、その動きを一瞬止めた。
「フェイフェイ、眼だ! 眼を狙え!」
「承知!」
ドラゴン退治での定番の弱点と言えば、眼だ。 幾ら硬い竜鱗があろうとも、目は覆えない。
フェイフェイは、俺が渡していた爆発ボルトを番えると、城壁の外へ向かって走り出し――。
そして――多分、精霊魔法を併用したのだろう、城壁の外へ高くジャンプした。
「フェイフェイ!」
ドラゴンの眼を狙うなら、正面よりは横から狙った方が確実。
そのため彼女は、必要十分な射角を確保しようと、空中へ身を投げ出したのだ。
空中で半回転する彼女のコンパウンドボウから、渾身の力が込められた1矢が放たれ――見事、ドラゴンの左眼球を貫いた。
それを見届けた俺が、間髪入れず爆発ボルトに魔力を送ると、奴の眼を含む部分が吹き飛ぶ。
肉片をまき散らしながら、狂ったように、そして――全てを吹き飛ばすが如く放たれる、ドラゴンの咆哮。
しかし、眼を失った激痛によって、奴の周りにピンク色の光が中に舞う。
それまで何らかの魔法によって倒壊を免れていた城壁が、巨大な体躯を支える事が不可能になり、徐々に崩れ始めた。
足場を失ったドラゴンはバランスを崩し、組石と共に崩れ落ちるのを必死に抗っている。
こうなる前に、奴が全力を以って俺達を叩き伏せていれば、俺達はすでにこの世界には存在していなかっただろう。
そうしなかったのは、無敗無敵の生物が持つ驕りか、それとも誇りなのか。
俺は、右腰から竹槍剣を抜くと、残る魔力を全て使って、二重圧縮弾を生成――。
それを見た師匠が、驚愕の表情を浮かべたのだが、それに構わず、圧縮弾をイリジウムの剣先へ装填する。
限界まで圧縮された超高熱によって、イリジウムの剣先が白熱化して、白い煙を上げ始めた。
剣を構えて、ドラゴンに対すると、奴は俺を迎え討つために、鋭い牙が並ぶ口腔を開いた。
俺を噛み砕くつもりだったか、それとも炎をを浴びせるつもりだったのか――だが、足場が崩れているために、体勢を維持するのに精一杯に見える。
俺は、竹槍剣を振りかぶると、助走を付け――その大きく開かれた口から覗く奴の体内目掛けて、それを投げ入れた。
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
――そして、圧縮弾を解放。
ダークエルフの村を塞いでいた巨石にさえ穴を穿つ、二重圧縮弾の威力が、ドラゴンの後頭部を吹き飛ばした。
肉片と脳漿が飛び散り、城壁上を赤く染める。
おそらく、舞い上がった竜鱗が石組みに当たる音なのだろう――甲高い美しい音色が辺りに響く。
如何に無敵のドラゴンといえども、後頭部を吹き飛ばされて、脊髄を切断されては、突然もたらされた死へ抗する事は出来ない。
ほんの数分前まで無敵を誇っていた巨大な生物は、為す術もなく城壁と一緒に崩れ――巨躯がお城の堀に落ち込むと、凄まじい水柱を上げる。
そして、俺達の勝利を祝う、綺羅びやかな7色の虹を作り出した。
やった? ドラゴンを倒した? 肩で息をしながら、その実感も無いままに立ち尽くしていると、師匠が叫んだ。
「ショウ!」
師匠が叫んだ原因はステラさんだ。 彼女は、状況も把握出来ないまま、トランス状態で詠唱を続けている。
「ああ、もう!」
やりたくはないが――ステラさんの後ろから近づくと、思い切り彼女の長い耳をスリスリした。
「$%*&#@&$@%^&@*!!」
ステラさんは大きく痙攣して飛び上がると、魔法の解除を知らせるピンク色の光が舞い、俺達は、強い力で弾き飛ばされた。
ゴロゴロと石組みの上を転がった後も、ステラさんは陸に放り投げられた魚のようにバタバタと痙攣を繰り返している。
「師匠? 大丈夫ですかね?」
その光景を見て、心配になった俺は師匠に確認したのだが――黙って師匠が頷いたので、多分大丈夫なのだろう。
ビクビクと激しい痙攣を続けるステラさんを放置して、城壁の縁へ駆け寄った。
そのまま下を覗くと、巨大な骸を晒し――確かにドラゴンが息絶えている。
また動き出すんじゃないかと、心配なのだが……頭を吹き飛ばしているのだからと、自分を無理やり納得させる。
ドラゴンの脇を見ると――丁度、お堀から、フェイフェイが上がっているところだった。
空中へ飛び出した彼女は、お堀へ落下していたのか。
「無事で良かった」
俺はホッと胸を撫で下ろす。
「フェイフェイ! 大丈夫か!?」
俺の問いかけに、手を振って答える彼女。
「やはりお前は、私の見込んだ通りの男だった!」
そう叫ぶと、フェイフェイは魔法を使って、城壁を駆け登り、俺に抱きついてきた。
「フェイフェイ、冷たい!」
お堀から、上がってきたばかりの彼女はズブ濡れだ。
「す、すまん。 つい嬉しくて……」
「着替えてきたほうが良い。 風邪を引くぞ。 それに、鎧も傷んでしまうだろ」
「そう、そうだな。 そうする」
このまま勝利の余韻に浸りたいような彼女だったが、素直に俺の助言に従い、階段を降りていく。
「終わりましたか?」
フェイフェイと入れ代わるように、階段からナナミが顔を出した。
「ああ、終わったよ。 師匠もお疲れ様です」
「それだけですか?」
師匠の言葉に、一瞬戸惑った俺だが、彼女が手を伸ばしてきたのを見て――合点がいった。
そのまま師匠とハグをしようとしたところ、横から強い力で弾き飛ばされた。
「このガキャ! なんて止め方するんだよ! 私を殺す気か!?」
ステラさんだ。 もう正気に戻ったのかよ……ずっと転がってれば良かったのに。
「ステラさんが、決着付いたのに、詠唱を止めないからでしょ? 師匠、アレそのまま発動してたらどうなっていたんですか?」
俺のその問に、師匠は黙って首を振った。 師匠の表情からすると、ここら辺一面がどうにかなっていたんだろう。
「ふん!」
鼻を鳴らすステラさんだが、城壁の隅を見ると、フローが転がったままだ。
「フローは大丈夫ですかね?」
「そんな奴、殺したって死にやしないよ」
そりゃ、ステラさんでしょ? と思わず突っ込みそうになったが、辛うじて飲み込んだ。
「殿下! やりましたよ! ドラゴンを倒しましたよ!」
石組みに座りこんだままの殿下に近づくと、彼女が手を伸ばしてきた。
そのまま殿下を抱き寄せると、彼女は言葉も無くカタカタと震えている。
目の前に立ち塞がったドラゴンが、余程恐ろしかったのだろう。
「皆!!! 生きているか!!! 生きている者は勝ち鬨を上げろ!!」
俺は殿下を抱きかかえたまま、城壁上を見回し、声を上げた。
「……おお……」
「……おお!」
「「「「おおおおお!!」」」」
声を上げた人数を確認して、パッと見たところ、30人程が生き残っているようだ。
「ライラ妃殿下に歓呼三声!! ウラー! ウラー! ウラー!」
「「「「ウラー! ウラー! ウラーァァァ!」」」」
城壁上に、生き残った兵士達の歓声が巻き起こった。
100話到達しました。
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