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鉄処女のリゾンデートル『冬眠除夜』  作者: 囃子原めがね
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絡まり囚われ三重の花 3

 十二の車両が幅広い道の上、土煙を蹴立てて迫ってくる。

 距離にして三〇〇メートル。頭を落として疾走する鋭利は目測する。

 炎上する仲間のトラックを見つけてか、武器を手に走ってくる鋭利を見てか、向こうの速度が上がった。このペースだと両者の接触まで残り九秒。

 鋭利の走りは一歩一歩脚力を爆発させて身体を放っていくストライド走法だ。

 速度に乗った際の鋭利の一歩は、十メートルを越える。

 しかし一〇〇メートルを切ってから鋭利は一歩の歩幅を徐々に縮めて、だが速度は落とさずに、ピッチに切り替えていった。地面を穿つような鋭い走りで瞬発の加速を加え、最後の十メートル間で鋭利は渾身の力を道路に叩き付けた。

「……おっしゃあっ!」

 鋭利は重力から切り離され、打ち出された矢のように空を駆けた。

 最前線の普通車三台を飛び越え、ゴチャゴチャした八台の群れを足蹴にし、最後尾に構えていたトレーラートラックに狙いを定めた。

 大剣の諸刃を垂直に立て、フロントガラス越し、乗車席のど真ん中に、

 叩き込んだ。

 互いの速度×重量が集約された一撃必殺が、防弾性能もあるだろう二重ガラスを貫き、運転席の背後の壁を射抜き、トラクタの内部フレームを破断した。

 鋭利は制動を掛けるため、フロントガラスに足裏を向け、垂直に着地。当然ガラスは超過圧に耐え切れず、細かい亀裂が入り一気に破砕する。

 残った勢いでガラス片の中を抜けて、鋭利は運転席の中に突っ込んだ。

 左右の席でエアバックが作動し、運転手の男が挟み込まれる。

「……っと!」

 運転手として使命感を振り絞ったのだろう。急ブレーキが掛けられた。

 急停止を掛けた負担はトラックにと表れた。

 タイヤが右に踊り、牽引する車両が右斜めになったところにトレーラーが真っすぐ突っ込んでくる。想定外の負荷が連結部とコンテナ側面に集まり、強い軋みを上げた。

 一瞬だけ静止したかのように見え、しかし破壊の連鎖は一気に始まる。

 まず、束ねた竹を折ったような音を立ててコンテナの右面がひしゃげて、中に大勢を乗せているだろうコンテナがトレーラーごと、くの字に潰れる。

 前の牽引車に従って、歪んだトレーラーが左側に大きく回っていく。その動作に、ただでさえ限界だったところに遠心力を加えられ、連結シャフトが悲鳴を上げた。

 一度歪めばもう戻れない。

 外に回っていたトレーラーがゆっくり傾き、左に倒れていく。堪えの効かなくなった連結部は根こそぎ剥がれて、横転しようとしているトレーラーに自由を与える。

 トレーラーは放たれ、前にすっ飛んでいく。

 そこにいたのは最後部の安否を気にして、停車していた自動車十数台。

 終末を見ていた彼らは慌てふためくが、急に発進出来たら苦労はない。トレーラーはボウリング玉のように激突し、幾つもの車を巻き込んで転がっていく。

 ボディが潰れ、ガラスが砕け。

 タイヤが吹っ飛び、ライトが割れ。

 横転し縦転し、積み重なっては崩れ落ち。

 次々と排除されていく。続々と廃車になっていく。

 その悲惨な有り様を眺めていた鋭利は、大剣を引っこ抜いて肩に担いでから、豪快に笑い飛ばした。

「だっはははははあ! 絶景じゃねえか。さあさあ頑張れよぉ大和侍。見せてくれよ義理人情。オレに殺す気はちっっっっっともねえが、テメエらが勝手に死んだらよぉ……怒られんのはオレなんだぜェ? くはははははははははは!」

 パンパンと射撃音が隣でして、鉛玉が頭に入ってきた。

 着弾のパワーで頭が飛ばされるが、ムクリとあっさり姿勢を戻す。

 ポリポリと側頭部の傷穴をほじくって、痒みと出血を調べる。

 傷は浅い。薄皮一枚を焼かれた程度で、止血の必要もなさそうだ。

 射撃音のした方を鋭利が見ると、エアバッグに押し潰され中の運転手が、世界に裏切られたような表情で硝煙の漂う拳銃を下ろした。

「て、てめえ……、頭に食らって何で生きてやがんだ」

「んふ? ふふーん。そら鬼だからとしか言えねえなー。オマエが撃った弾はここ、頭の皮を貫き、血管を破り、血に触れて、一瞬で溶けちまった! オレに銃弾は効かねえってわけ。そんじゃ、こっちのターン。利き腕は左だな?」

「え、あ、っは?」

 エアバッグに埋もれて動けない彼の左手を、拳銃ごと両手で包み込み、

「成敗♪」

 握り潰した。

 グジュメギャ、と硬くて湿った音が滑稽に鳴る。鋭利の指の間から血液が絞り出されてシートを濡らし、潰れた肉と砕けた骨と歪んだ鉄が一つになる。

 運転手は死ぬわけでもないのに生娘みたいに絶叫して、失神した。

「あらま。優しい目の処罰かと思ったら。やり過ぎライン?」

 まあ知らん、と鋭利はシビアに意識を切り替え、鮮血を滑り止め代わりに、大剣のグリップを握り直した。ダッシュボードの上に足を掛け、外の残りの数を目算する。

 黒煙の立ち昇る車の墓場から、チラホラと無事だった者らが這い出てくる。被害を負わなかった連中も戻ってきて、合流した。その数、およそ二〇人。

 あれだけ派手な大立ち回りをした甲斐あって、敵の注意は全て鋭利に向けられている。この隙に雲水と子供たちには逃げ切ってもらいたいが、そこは雲水の力を信じるしかない。

 黒服&サングラスの男たちが、武器を手に揃え、近付いてきている。

 拳銃や散弾銃を中心にサブ・マシンガンがちょっと。どれも痛いから好きではない。

 残敵数を調べ終えた鋭利はトラックを飛び降りて、地面に立つ。

 大剣を引きずり、正眼に構えた先に二十一人。

 しかし鋭利の興味はすでにザコたちに向いておらず、遠くを眺めていた。

 遠方、目一杯広がって道を阻んでいる廃車やセダンの向こうに。

 ……金髪が見えないってことは、上手く逃げたか、『熱血漢』君?

 視界の手前で、一列のファイヤフラッシュが焚かれた。

 鋭利は大剣を地面に突き立てて、後ろに身を回す。

 数十発の連打が分厚い剣身に突き刺さり、その間に鋭利は跳躍する。

 一列の銃口が火を吹きながら、空に逃げた鋭利を追ってきた。鋭利は空中で背中を丸めて弾丸の嵐の中を落ちていく。防弾繊維のコート越しに何百もの熱と衝撃を受けつつ、しかしどれも致命打に至らない。

 鋼鉄の蜂はとうとう鬼を仕留め切れず、鋭利はまんまと残党の群れの中央に着地する。ついそのまま銃口を向けてきた数人は、集団戦の経験がまだ浅いのだろう。敵味方が入り混じった場で、命中力が雑になりやすいサブ・マシンガンを連射すればどうなるか。

 直前でそのことに気付いた彼らは急いで銃口を下ろすが、その時にはすでに鋭利の拳は唸っていた。

 鋭利の鉄拳がまとめて二人の黒服をふっ飛ばした。

 咄嗟にナイフを抜く者もいるが、ほとんどが混乱に陥って動けないでいる。混乱が収まる前に鋭利は次の標的を定め、群れの中を駆け抜ける。

 一人当たり一パンチ。

 打ちどころが悪くて一発じゃ気絶出来なかった不幸な人にはもう一発。

 膂力と瞬発力で明らかに劣っている黒服たちは見る見る内に数を減らしていく。

 全体の三分の二が片付いてから、敵側に新たな動きが起きた。

 残った六人が再び列を成して、銃を構えた。味方の減った今、誤射を気にする必要はなくなり、一箇所に集まればこちらの変則的な動きにも対応出来る。

 コッキングが成され、ショットガンが轟音を発した。

 コートで受けるが、胴体に命中した弾は余すことなくダメージを伝え、ボロボロだったセラミックスの繊維を焼き切り、大きな風穴を開ける。

 そこに四つの軽機関銃による掃射が叩き込まれた。

 発たれた咆哮は、黒き鬼を貫き、

「――っ!?」

 空気のようにすり抜けた。

 連射された弾丸は鋭利の見姿を捉え、だが虚空を穿って後ろに抜けていく。

 六人の黒服たちは意味不明の現象に顔を見合わせ、連射を止める。

 だが、同じように当事者の鋭利も理解出来ていなかった。

 鋭利からしてみれば、彼らの方から勝手に、こちらのいるところから三メートルも外れた空間を狙って撃っているように見えたのだから。

 まるでそこに、鋭利の幻が見えているかのように。

 射撃は止んで隙だらけだが、こっちからも攻撃していいのかと躊躇う鋭利。

「……へ? 何だありゃ」

 ふわり、と大きめの鉄板が黒服たちの頭上に飛んできた。それはコンテナの扉だった。鋼鉄の扉は、プッツン、と糸の切れた操り人形のように真下に落ちた。

 ゴァン、と大袈裟な音が響き、三人が卒倒した。残りの三人も、再び浮かび上がり、今度は乱暴に振り回された鉄板に殴られて、気絶していく。

 最後の一人が沈黙して、ちょっと経ってから、一台の大型ワゴン車の陰から、へへへ、と自慢げに笑いながら、車椅子の金髪、雲水が出てきた。

「助っ人参上、ってな」

 鋭利は走っていき、拳骨を落とした。アイタッ、と涙目になる金髪。

「~~っあにすんだよ、いきなり! 助けてやっただろ!」

「何すんだよ、じゃねえ! 何でオマエがここにいやがる! ガキどものお守りはどうした! それを放っぽって何しに来た!」

「そ、そんな怒んなよ。俺だって、ジッとしていられなかったんだよ。お前一人で突っ込みやがって。もし死んだらどうすんだ」

「そいつはこっちのセリフだボケ! テメエがザコだってことは分かってんだ。戦闘が激化したらまずやられんのはテメエだぞ、おい。分かってんのか」

「っ、そ、そんくらい分かっている。でも、我慢出来なかったんだ」

「あ? 背ぇ向けて逃げんのがか? 大したプライドだな、ザコのくせに」

「――違う!」

 雲水が否定の大声を放った。そして眉を歪め、言った。

「俺は、恩人を見捨てて自分だけ安全になろうとすんのが許せなかったんだ。お前は女性じゃねえけど、でも女で、恩人で。それなのに俺だけ助けてもらって、勝手に安堵して隠れてんのが嫌だったんだ……」

 彼は俯いて、タイヤのグリップを強く握り締めた。その金と黒の入り混じった旋毛を見つめて、鋭利は溜め息をした。

「……ったく、大した自信屋だぜ。自分には何でも出来ると勘違いしてんのか。思春期かアホ、ちゃんと頭で考えろ。オマエならガキたちを守れるって信じたから、托したんだ。感情より、その信用を大事にしろ」

 雲水の頭がいよいよ垂れて、まるで土下座しているような姿勢になる。

「……すまねえ」

 泥を舐めるような謝罪に、鋭利は雲水の頭をもう一回小突いて、言う。

「ガキどもが攫われたり、流れ弾で死んじまったりしたらどうすんだ。追っ手は別んとこから来る可能性だってあんだぞ」

「……すまねえ。確かに、考えが足りてなかった」

「危険はヤクザだけじゃない。ここは浅部だから少ないが、凶暴な鬼形児だってうろついているかも知れない。橋の崩落だって起きるかも知れない」

「……ああ、そうだな。全くもってその通りだ。言い訳もできねえ」

「身を弁えろとは言わない。だけどな、自分の正義を貫きたいって言うんなら頭を使え。オマエは自分の都合でガキを危険に晒したんだ。そこら辺、分かってんのか?」

 出し抜けに雲水が起き上がって、頭を掻き毟った。

「……んあぁぁー! しつけえな! ネチネチネチネチ、てめえは小姑かっ!」

「はっ、はあああ? 何逆ギレしてんだバカ! わりぃのはテメエだろ!」

「うっせえ! ちゃんと謝ってんじゃねえか、そろそろ許せよ! ってか心配症過ぎるわ! なぁにが崩落だ! 何が凶暴な鬼だ! んなこと起きるより、お前が負けていた可能性の方が高いだろ明らかに! お前も分かってねえよ!」

「な、何おう! オレは、全員の安全を一番に考えて……」

「嘘吐け! 嬉しそうに突進していったの見てたぞ! 心配とか危険とか思うんなら、子供から一切離れんな! まず一緒に逃げろ!」

「い、いや、それは役割分断というか、効率重視というか……。迎撃役を買って出ただけで、というか話が変わっている! 今はお前の説教タイムだっ!」

「そうかい! 後でてめえの説教タイムも設けてやんよ! 楽しみだぜ!」

 グルルル、とお互いに獣のように唸って額をぶつけ合い、睨み合った。

 やれやれ、と不意にどちらの声でもない、透明な声がした。

 気絶した黒服たちの傍に、サングラスを掛けた細身の少年が立っていた。

「……戦いが終わったと思ったら、今度は内輪揉めかい? 車椅子でトラックを追いかけたり、武装ヤクザを一人で潰したりとか、ホント、面白い君たちだ、ね」

 そう言ってサングラスを外し、彼はこちらに微笑んだ。

 濁った虹彩が、鋭利たちを見つめた。


          Fe



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