絡まり囚われ三重の花 2
子供たちに聞くと、コンテナの蛇行の際に怪我したのは鼻血とか少し擦り剥いた子たちぐらいで、骨折などの大怪我を負った子はいなかったようだ。
「そうか。それじゃあ、ここにいる十人で全員か?」
うん、と各々の頷きが返ってくる。
「じゃあ、さっき助けに来てくれた鬼は、君らの知り合いか?」
え? と首を傾げる少年少女たちの後ろから鋭い、かすれた声が降ってきた。
「何かそれ、エサにがっ付く犬猫みたいだな。一人で立てるか?」
硬い。ともすれば厳しいとも言える声に子供たちは条件反射で身を竦め、それぞれ声の元を辿った。
黒い大剣を肩に乗せ、左目に眼帯をした女がこちらを覗きこんでいた。
子供たちは女の黒ずくめの服装にビクつき、しかしその顔が自分らを引き連れていたヤクザではなく、むしろ自分らに近い十代のものだと知ってホッとし、その鬼形児が荒々しい大剣を肩に担いでいるのに気付いて、一斉に絶叫した。
「「「き、キャー! 殺人鬼だぁー! ナマハゲだー!」」」
横たわる雲水の頭の側に逃げる孤児たち。足側で黒衣の鬼が淡々と言う。
「少なくともナマハゲではない。鬼ではあるけど。落ち着けガキども」
頭から犬の耳を生やした男の子が、毅然と仲間の前に立ち、言い返した。
「お、お前もガキだろ! 近づくな! お、俺は悪い子じゃないからぁっ」
恐怖と半ベソの反応に、眼帯をした鬼は仕方なさそうに頭を掻いた。
「わぁった。いいもの見せてやるから、よーく見とけ。怯えんのはそっからだ」
口の端を上げ、鬼は大剣を頭上に掲げて、大口を開けた。
剣の切っ先が開いた口の中に、無防備な喉に突っ込まれた。キャッと女の子が眼を背けて反面男子たちは、おおっ、と釘付けになる。
ヌルリ、と彼女の口が大剣を飲み込んでいく。そして。
グシャゴメギャボギョガチャメギメギギァアア、と。
正気をやられてしまいそうな異音が、皆の脳髄に突き刺さった。
「「「ああああああああああああああああ!」」」
耳を押さえて、金属の歪められる音に耐える雲水と子供たちだが、黒の鬼は狂った騒音の生産を続けていく。少しずつ、大剣が体の中に沈んでいく。
時間にすれば三十秒ほどのことだったろう。被害者感覚だと三十分に感じたが。
トラックを一刀にて断ち切った、一・五メートル大の大剣が、完全に黒い鬼形児の痩躯の中に仕舞い込まれてしまった。
彼女は仰いでいた顔を戻し、自慢げに両手を開いて、
「イッツ、マジッークッ」
いけしゃあしゃあと言い放った。
刃が当たっていたのだろう、唇の端が裂けていた。口から血を垂らして、それでも微笑んでいる姿は、猟奇殺人鬼以外の何者でもなかった。
子供たちの悲鳴が先程以上の勢いで上がり、脱兎のごとく逃走した。
「おいおい、どーして逃げるんだ。もう危ない物は持ってないし、今ので分かっただろ。オレが危険人物じゃないってことが」
「「「どの口が言うんだぁー!」」」
十メートルの間合いを取った十人が、女の裂けた口を揃って指差した。
完全に警戒されている。仰向けのままで笑いを堪えている雲水からは、ご愁傷様としか言いようがない。女の困ったような視線が落ちてきた。
「ガキをあやすってのは、間々ならないものだな」
「ただの自業自得だ、さっきのは。良かったら手ぇ貸してくれ。一人じゃちょっと起き上がれなくて困っていたんだ」
「ふん? まさか足だけじゃなくて、腕もおじゃんかい?」
「いや、腕は単なる疲労困憊。でまあ今は能力も使えなくて」
伸ばされた左手を掴んで、心臓が縮んだ。触れたのが鉄の冷たさだったのだ。
鋼鉄の義手。いいや、スプリングコートの長袖で見えないだけで、その下も鋼が続いているのかもしれない。それならば義腕。
機械仕掛けの鉄腕だ。
「……大したもんだと、褒めていいか?」
自然と賞賛が口を割って出た。
「人様に褒められるような、立派なもんは持ってねーよ」
そうかい、と強く掴む。硬い指が滑らかに雲水の掌を固定し、軽々と持ち上げる。
雲水を起こした彼女は、明後日の方向を睨んでいた。
「あん? どうしたんだ、あんた」
「さっきのお仲間だ。ケッ、テメエだな、見られていたのは」
車椅子を起こして、突き飛ばされるようにそこに座らせられる。
多重のエンジン音が聞こえてきた。遠くの道路に何台もの黒い乗用車が見えた。
「こーいう考えなし熱血漢への対処は慣れてるようだなぁ、あちらさんも。くけけ、ゴキブリみてえにウジャウジャいやがる」
「あれは、瀬田組の奴らかっ! クソッ、どこでバレた……!」
「バレたって、お尋ね者みたいなこと言うねえ。町の真ん中で義憤に駆られてそのまま追って来ちまったパターンだろ。よくいるよくいる」
ククク、と嘲笑うように息を零し、右眼を眇める。
「……っで、そういう馬鹿どもの始末に用意されてんのが、あの戦力ってわけだ」
接近したことで車の数が視認出来るようになる。
セダンが七台。大型ワゴンが四台。トレーラートラックが一台。計十二台。
あの中に一体何人のゴロツキがいることか。どうすれば逃げられる、と計算する。
子供たちも黒衣への恐怖を忘れ、一目散にコンテナの裏に隠れる。
ただ隣の黒い鬼は、つまらなそうな冷たい目をしていた。
極寒の無慈悲な眼で、口元だけ笑っていた。
「……そーいや名前聞いてなかった。オマエ何てんだ?」
「こんな時に何をのん気な……。俺は雲水だ。歳は十四」
「へえ奇遇。同い年だ。オレは鋭利。苗字は無い、今はな。オマエ、少しは回復して動けるようになっているよな。じゃあ、後ろのガキたち頼むわ」
と軽い口調で散歩にでも出るように、車の群れの方に足を向ける。
逃げ延びる手段を模索していた雲水は慌てる。
「ちょ、お前、あれに立ち向かう気か!? 無茶、」
否。無茶ではないのだ。トラックを一刀両断する技量と身体能力を持つこいつが言うのなら、それは実現し得るのだろう。大剣を丸呑みするスキルが戦闘にどう活用されているか不明だが、鋭利という鬼がヤクザなど及びも付かない戦士であるのは確かだ。
鋭利が口に手を突っ込み、マジックのようにさっきの大剣を体内から抜き出す。
ああ、と鋭利はぼんやりと、口癖でも呟くように言った。
「じゃ、かるーく殺しに行ってくっか」
「……ちょっ! ちょっと待て。殺すってそんなオーバーな。そこまでしなくてもいい。適当に蹴散らせば奴らは撤退する」
すると眉を上げた呆れ顔で、ねめつけられた。
「はあ? 雲水ぃー。ウーミー。奴らに同情すんのか? 死ぬまで機関銃ぶっ放してくるような野郎だぜ? テメエも殺されかけたことあんだろ?」
「あるが……それでも駄目だ。可哀想だろ」
「はあぁ? はははぁッ、いよいよ何を言ってんだか。奴らは自分から悪行に手を染めてんだぞ。どこでどう生きて死のうが殺されようが、それこそ自業自得だ」
それは雲水もよく思うことだ。結局は因果応報だ、と。
だが思いこそすれ、思うだけだ。自分の主張に据えるつもりはない。
「確かにそうかもしんねえけど、そんな奴らだって一人や二人家族がいるもんだ。それがもし女性で夫の死を悲しんだらお前どう責任取るつもりだ!」
途中からあまり深く考えずに、半ば逆切れの勢いで雲水は説教した。
ハッ、と海賊風のアイパッチに鼻であしらわれる。
「知るか。家族がいて大事だと思うなら、恨まれる家業にいるな」
やべえこいつ他人の話聞かないタイプだ! 説得難易度Very HARD!
子供たちもコンテナの陰から、急に口論を始めたこちらを不安げに見ている。これはいけない。庇護者を怯えさせていては正義を志す者として失格だ。
パッと妙案が舞い降りた。
「そうだ! 俺が、だ! 俺がお前を恨む! 悪党が死んでその妻とか娘が泣いたら、とにかく悲しむ女性が生まれたら、俺はお前を恨むからな!」
得意満面の笑みで指を突きつける。手首を強めにチョップされて退かされた。
その上で鋭利は半眼になり、頭の横で指を回して言う。
「……ああん? テメ、うざい熱血漢かフェミニストかと思ったら、ここがおかしいタイプ? じゃあ、もし妻も子供もいない悪党だったら?」
思ったままを答えた。
「悪即斬! み・な・ご・ろ・し! ぜ・ん・ご・ろ・しだ!」
「おいおい、さっきと言っていること違くね?」
「違くない! 女性が悲しまなければ何したっていい!」
「そう来たかっ。オマエ無茶苦茶だな! 女性が悪の首魁だったらどうする気だ」
「……んんんん? そ、そいつは、ど、どど、どうしよう……!」
「テメエも考えてねえのかよ! この無責任インポ野郎!」
グサッと胸を抉られ、泣きそうな顔を両手で覆う。
「そ、そこまで言わなくて良いじゃないか。インポって、インポって、インポ……」
「んなもん連呼すんな! ……ったぁく、」
鋭利は肩を落とし、大剣を持つのと逆の手で頭をガシガシ掻くと、
「分かったよ。殺んなきゃ良いんだろ、殺んなきゃ。今んとこは聞いといてやる。でも、あとで痛い目見てもオレは知らねえぞ」
「ああ、後悔なんて日頃から慣れたもんだ。一個増えようがどうってことねえ」
「あらまあお強いことで。じゃあ、改めて行ってくるわー」
膝を屈め、ロケットのように飛び出していった鋭利を見送り、雲水はドッと隠していた緊張と汗を顕わにした。ああ~、と水牛のように声を伸ばし、吐き出す。
「……怖かったぁー。何だよあいつ、すっげえ命の危機感じるんだけど」
怯えを隠していたのは相手へのマナーもあったが、自分のプライドを守るためが一番の理由だっだ。子供たちの前で怯える姿というは見せたくないもの。
しかし、これだけは確かめておきたいが、
「初めてだな、俺が女性扱いしない女は。うんまあ、あいつは、女性って扱わない方が無難なタイプだな。お互いのためにも。うん、女って思うなよ、俺。自分の中の女性像を崩さないためにも、扱ったら負けだぞ、俺!」
と我ながら、訳の分からない方向に闘志を燃やす雲水であった。
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