離れ合わさり三葉の幸 6
ふと、シリオが真顔になった。
「一つ、きっと誰も答えの出せない難しいことを聞いてもいいか?」
改まった声に鋭利たちは三人で顔を見合わせ、頷いた。
うん、とひと噛みして、シリオが言った。
「どうして、苦しい思いをする人々が絶えないのかな?」
三人は言葉を詰まらせ、だが、雲水は息継ぎするように言った。
「俺は、貧しいせいだと思う。豊かじゃないから、地獄の日々を送るんだって」
「なるほど。丁度この地区のようにね。二人は?」
「力がないから」
鋭利は答えた。
「障害や苦難とぶつかって、打ち勝つ力が足りないから。弱いからだ」
「うん。納得できなくもない。だけど、それは力を持つ者の驕りではないか? 自分が力のある鬼で、異形だから言えること」
「ん。否定はしない。鬼からすれば人間も化け物だけどなー」
残りは、と三人の視線が集まった先で、虚呂がボソリと零した。
「……苦しいなんて、そんなのは気のせいだよ」
「気のせい……? さて、それはどういうことかな?」
シリオの相槌に虚呂は答えた。
「人は皆、不幸の中にどっぷり嵌まり込んでいる。そのことを偶然忘れてる人が、自分は幸せなんだ、って勘違いしてるだけだ。誰もが己の不幸を忘れようとして、必死にもがいている。馬鹿みたいだ。苦しいとか悲しいなんて、気にしなきゃいいのに……」
「……うーん、君は何というか……暗いなぁ」
「僕は虚呂だからね」
と説明になっているような、なっていないような言葉にシリオは、うーむ? と頭を捻らせ鋭利と雲水は、うーむ、と納得する。
「あんたの」
雲水が訊ねた。
「あんたの答えはどうなんだ? シリオ。世界にある苦しみをどう思っている?」
「どうしようもねえよな。ホント、仕方ねえよな」
シリオは笑ってそう言い、そして、普通に続けた。
「だから、せめて諦めねえようにするさ。どうしようもないんだから、俺にできることなんざ、そんくらいだ。そんで、野垂れ死ぬまでやるだけさ」
「……そう、か。……そうだな」
言葉少なく、ただ気が付くと雲水は頷いていた。
四人の真ん中に黒の渦が浮かんだ。白い手首がにょろりと出て、音無の声を出す。
「ボス~、アマンテたちが待ち切れないって~」
「おっと軽く忘れてた。よっしゃカモンカモーン! ま、ってことだから、もうちょっとだけ俺たちに付き合ってくれな」
礼儀を感じさせる頼み方だったが、よく考えればこの異空間の中にいる限り、ノーと言えるはずもない鋭利たちだった。「ああ、喜んで!」と快活に応えた雲水だけは、きっとそのルールに気付いてなかったのだろう。
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部外者の子鬼三人を交えた連盟会議は、そこから三時間ほど行われた。会議がひとまずのまとまりを見せた時には、雲水は完全なグロッキー状態だった。
本当に役に立てたのか。雲水は眠たい頭でそんな不安を感じた。
今後の方針について最終決定はしてないが、少なくともシリオたちが命を散らさなくてもいい見通しは立った。あのままだったら、音無を覗いたチームの長の三人が死んでいたと考えると、その分だけは参加した甲斐があったと喜んでいいだろう。
雲水たち三人を異界から出した音無は、据わった目付きで「……死、ぬ……いつか……殺す……やる前にやらなきゃ……」などとブツブツ漏らしていたが、大丈夫かあれ。
あんな殺人者予備軍でも気を利かせてくれたらしく、雲水たちが案内されたのは十人の子供たちと同じ部屋だった。子供たちが自由奔放に雑魚寝している。
目をシパシパさせて、雲水は子供たちの寝顔を眺める。
「始めは、こいつらを助けたかっただけなんだけどな」
「オレも一つの事件にこんなに関わるのは初めてだぜ。一箇所に留まっていんのは危険だってのに、どーこで歯車が狂ったんかねー。やっぱテメエか?」
ほらよ、と毛布を鋭利に投げ付けられ、キャッチする雲水。虚呂が同意した。
「そうかもね。途中までは雲水のわがままに振り回されるって、感じだったし。でもここまで深く関わるとは思ってなかったでしょ?」
まあな、と溜め息するように苦笑した。
「そこまでできた人間じゃねえよ。ま、面倒のラッシュもこれで終わりだろう。あとはこいつらを送っていくだけだ。さっき言っていたその教会、孤児院やってるっていう、どこにあるんだ? えっと、セントモナ何ちゃらって教会」
「聖モナルカ教会。中層部の第四地区にある。そこのシスターと知り合いなんだけど、美人だぞ。紹介してやろうか? オレより強いけど」
というか喧嘩の師匠、とこっそり言う鋭利。
「そんなゴツい修道女がいてたまるか! お前と殴り合えるってどこの野生のゴリラだ。一瞬でも夢見た俺が馬鹿だった……」
「カカッ、そのまま萎びれてろ」
とこちらを笑い飛ばして、鋭利は早々に横になり毛布をかぶった。連日戦闘続きだったのだ、心身ともに疲労が溜まっているのだろう。
上体を倒した雲水は、天井を見つめながら、自然と聞いていた。
「……鋭利は、子供たちを孤児院に送ったあと、どうすんだ?」
「あー? ああ、また適当にやるさ。フラフラ適当に歩いて、目に付いた気に食わない奴らをぶっ飛ばして回る。ヤバくなったら逃げる。当分はそんなスタンスだな」
「実にお前らしいやり方だよ……。ズボラが過ぎるわ。虚呂は?」
そうだね、と虚呂もようやく寝転んで、腕枕をする。
「僕は、まだ君らから何も学べちゃいないからね。孤独には帰ろうと思えばすぐ帰れるんだから、せっかくだし、もう少しだけ雲水に付き合ってみようと思うよ」
「そうか……」
前から考えていたことだが、言うのなら、今がベストのような気がした。
「なあ、あのさ。三人で、俺たちで、チームを作らないか?」
「チーム?」
そんなこと一匙も考えてもなかったのか、鋭利が上擦った声で起き上がった。逆に虚呂は勘付いていたようで苦笑を含みつつ、言った。
「いつ言われるかと思って、上手い断り方をずっと考えていたんだけど、頭がボンヤリしているせいかね? ほとんど忘れちゃったよ」
「ハハッ。ずっと思い出さないでくれよ。鋭利は?」
「……チーム。チームかー。なるほどそう来たかー。……むう、仲間が欲しいなら《天楼族》に入るのじゃ駄目なわけ? 歓迎してくれると思うぞ?」
「うーん……それも悪くないな。でも、ちょっと違うんだ。こう、俺たちで一から始めてみたい。三人で未来を切り開いていきたい。分かるだろ?」
「青い春の次は少年ロマンかい。コロコロ変わって元気だな。必要か? チーム。三人ぽっちじゃチームにしてもしなくても、変わんないだろ?」
「チームにして必死に繋ぎ止めておかねえと、お前らが消えちまいそうってのが一番の理由だが……。シリオとかを見ていて思ったんだ。何か敵わねえなぁって」
「へえ。それで?」
「うん。長生きしてんだから当たり前だけど、やっぱ俺らより立派でさ。それってチームがあって仲間がいたからだと思うんだ。それと積み上げてきたものが。それを考えたら、世話を見たり迷惑掛けたり、ブツクサ言いながら協力していったこの三日間を、もうちょっとだけ、欲を言えばずっと続けてみたいと思ったんだ。お前らにだったら、自分のわがままを預けるのも悪くないかなって」
ふぅん、と鋭利が腕組みして深々と頷いた。
「断れない、だろうなあ。糸がこんなに絡み付いちまってんだから」
と苦笑する鋭利の足には――虚呂にも、こっそり回した〈金糸〉がくっ付いている。
雲水の意志に従い、半永久的に繋ぎ続ける不断の糸が。
糸を切り離す予定は、今のところない。
「よし! 決定! ここに俺たちのチーム、《金族》結成だ!」
「……いやいや待ちぃ。その名前どうなのよ。もっと捻らね?」
鋭利が首を捻って止めると、虚呂も口を挟む。
「その意味って『メタル』の金属? 鋭利は良いけど僕も雲水も、関連性ゼロじゃん」
「関連性はいくらでも作れる。金の血族。だから《金族》だ」
「『金の血族』、ねえ。その金って何だ? 誰かのこと?」
自分を指差すと、二人の口が、ゲエ、とへの字に下がる。
三秒後、沈黙を破って、二人の口から猛抗議と罵倒のマシンガンが飛び出てきた。
喧々諤々の嵐を繰り広げながら、三人の夜は更けていき、今日この日、〈廃都〉に小さなチームが結束された。
次の話で終わりです。