離れ合わさり三葉の幸 5
道すがら合流した鋭利と虚呂は、第四地区に来ていた。
二人の頭上の空間が捩れて、そこからルンルンと上機嫌の雲水が出てきて地面が無いことに気付かずまんまと落ちたのを見て、鋭利は腹を抱えた。
泥まみれのベちょりと潰れている雲水を引っ掴んで、立たせる。
「よーう、久しぶり。これで揃ったな」
「……鋭利か。何で空中に出されたの俺。聞いてないんだが」
「ドンマイ。オレはちゃんと地上だったけど。御相手、どんな奴だった?」
「頭のいいナマケモノ。さっきの空間を造った鬼だとよ。二人は?」
「詐欺師のアーチャー。手加減されまくって惨敗してきた」
「僕は年齢偽証の魔女。完全に子供扱いされた」
三人は神妙になって顔を突き合わせた。雲水が口を切る。
「……何でこんなにも胡散臭いんだ、あいつら。嘘言ってねえんだろ?」
「嘘は言ってないのだけどねえ……。詳細は避けたい」
「ああ、オレも……。ってか一生話したくねー」
鋭利と虚呂は互いの心情を汲み取り、溜め息を合わせた。
「精神的ダメージの方がでかそうだな。ともあれ、《天楼族》のボスが待っているっていうビルに行ってみようぜ」
と雲水の先案内で一行は、例のビルに向かった。
「クソ不味い蕎麦屋の近くにあるんだ。地下駐車場があってさ」
これだよこれ、と雲水は蕎麦屋の屋台を指した。
店主の男が暖簾から出てきて、害虫を見る目で雲水を迎えた。
「……おいおい、また来たのかクソ坊主。今度はお仲間連れかよ。……ってかな、お前のせいで俺ぁ大変だったんだぜ? 急に瀬田組の連中が来たかと思えば、てめえの特徴を話せって拳銃突き付けられてさ。んで何だ? 今日になったら奴ら壊滅しちまうしよ。……まあ、まあな、俺も大人だからな、急に怒ったり恨んだりはしないさ。でさ坊主、それを踏まえて、何か俺に言うことないか?」
雲水は舌を出し、頭をコツン。
「テヘ。ペコリンコ」
「はっはーぜってー許さねー。殺したるわぁ!」
包丁を持ち出した彼を〈金糸〉で雁字搦めにして落ち着かせた。この間十秒である。
有無を言わせない雲水の所業に、「見ろ。悪魔がいるぞ悪魔が」「うん。絶対王政もここに極まれりだね」鋭利と虚呂がひそひそと話し合う。
「たく、こんなんが救世主になってくれんのかね……」
ブツブツ呟いて店主はエプロンを取った。うんうん、と頷くように数回屈伸して、店主の男はこちらに視線を寄せて、ニッと目尻に皺を寄せた。
「そろそろお気付きだろうが、俺が《天楼族》のボス、シリオだ。文句ある?」
言葉を無くし、鋭利と雲水は、目配せし合った。息を大きく吸った。
「「大ありだよ馬鹿野郎っ!」」
えー? と消沈する蕎麦屋店主ことシリオ。虚呂がこっそり言った。
「僕は薄々気付いてたよ。気配が一般人じゃないからね」
「おお、君は虚呂だな? ありがとう! 地獄に菩薩だ!」
手を取ろうと接近するシリオに、すげなく後ずさる虚呂。
「…………なぜ逃げるし。ワキワキ。俺寂しい。ワキワキ」
「馴れ馴れしいのは嫌いなんだ。さっさと本題に入ってよ。子供たちはどこ?」
「スキンシップの足りない子だよ……。はいはい、わぁってるよ、俺も」
彼は前髪を掻き揚げて額を見せる。
「蕎麦屋は親しくなるには最適だが、会議にはどうも向かない。ついてきな、子供たちに会わせよう。子供たちも、お前らにお礼がしたいだろう」
シリオは屋台から数十メートル先の雑居ビルに、正面玄関から入っていく。
この建物は瀬田組幹部の所有物だったらしいが。
「ま、今は全員逃げ出して《天楼族》の管理下にある。溜め込んだ財産でもないかと捜索してみたが、全部持っていったようで抜け目のない奴らだ。まあまあ、この建物をプレゼントされたと思えば、ラッキー♪」
説明しながらシリオは階を上がらず、一階の奥の廊下に進む。
異空間での回りくどい試練から一転してのすんなりした展開。鋭利は訝しんだ。
「平然に奥に連れていくが、これって罠かい?」
「直接俺に聞いちゃう辺り、君の図太さが感じられて素晴らしいな。歓迎してんだって。あの三人が通したんだから、それなりの者だろう?」
そんなものか、と雲水が受けた。
「おねむちゃん以上の面倒を予想していた分、拍子抜けだぜ。のん気に蕎麦屋営んでるしよ。何でアレを売ろうと思えるんだか……」
口内に味が甦ってきて顔を青くする雲水。カッカッとシリオが笑う。
照明が少ない廊下を進み、最奥のドアの前でシリオは止まった。
「ささ、この奥に子供たちがいる。心して掛かれよ? 諸君」
へいへい、と軽く聞き流し、雲水は蝶番のドアを押し開けた。
中にいたのは、広がっていた光景は、解体され、並べられた内臓だった。
「……ゥッ!」
細長の台に置かれた真っ赤なビニ袋。生理食塩水と一緒に入っている内臓。
腸。胃。心臓。脳みそ。床に飛び散った血、血、血。
いきなり視覚に飛び込んできた鮮血に、三人は息を呑み、立ち尽くす。タリオはやや得意そうに含み笑いをしていた。
驚愕を叫びにしたのは、雲水だった。
「これは、何だ……何だよ、どういうことだ! シリオ!」
「どういうことも何も。言っただろ、子供たちに会わせようって。どうだ? どれも奇麗なピンク色だろ? 健康な証だ。実に高く売れるだろうよ」
「……っ、臓器売買か……!」
勘が良いねぇ、と嬉しそうに声を弾ませ、タリオは笑みにする。
「理解力があるとこちらも話し甲斐があるよ。――そう。人身売買の次は臓器売買にでも手を出そうと思ってな。小さい子は良い売り値になるし、コストパフォーマンスも素晴らしい。人身売買と違って、これなら国内でも売りさばけるしねえ♪」
反吐が出そうになり、雲水が口を押さえ、鋭利の気配がどす黒くなる。虚呂だけは冷静に眉根を歪めて、口を挟んだ。
「悪趣味なことをするもんだね、あなたは」
「……おや? 虚呂、君は風情のない奴だねぇ。ちょっと黙っててな」
言われなくても、と肩を竦める虚呂。
「案外、外国に送られた孤児たちの活用方法も、子供兵だけじゃなくて移植用の臓器として使われてたかもしれねえぜ? 輸送や管理費も馬鹿にならんしな、たとえ消耗品の兵だとしても。しかし、その点臓器は優秀だ。こちらがバラしておけばすぐ活用できるし、紛争地以外にも、病院、要人、富豪、研究所と、色んなとこに売り込める。生かして売るより輸送が楽だし、安定した収入は得られるだろ」
固く閉じていた鋭利の口が、じわりと開いた。
「……愚考だな。いよいよ自分たちの住処を肥太った豚どもの餌場にする気とは。未来を捨てて一時の富を得て、理性に浸るのは気分が良いか? 権力者」
「普通だよ。弱いなりに生き続けるには名案の一つだと思うがねぇ」
「……こ、れが、こんなのが名案だと!? ふざけんな!」
崩れていた雲水が怒りを爆発させ、飛び掛かった。
雲水の拳がシリオの頬に突き刺さり、吹っ飛ばす。殴り付けてもなお雲水の目は殺意に彩られている。壁に寄りかかったままシリオは爽やかに笑った。
「ははっ。いってえな。このままじゃ俺殺されそうだから種明かしと行きますか。おーい音無。子供たち出してあげてー!」
「はいよ~」
と女の声がしてシリオの横に異空間の穴が生じる。穴から、わぁー、と子供たちが飛び出してきて鋭利と雲水に駆け寄った。
「おおっ! 無事だったか金髪の兄ちゃん!」
「ナマハゲの鬼さんだぁー。ねえねえ、あの手品どうやるの?」
「ヤクザぶっ飛ばしたんだって? お兄さんたちやっぱ強いんですね!」
二人は当惑して子供たちを見回す。確かに二日前に助けた子たちだ。
前後不覚になりながら雲水がシリオを向いた。
「はあ? これって、どういう、子供たちはバラされたんじゃ」
一方シリオはピョンと立ち上がり、わざとらしくガッツポーズ。
「いえーいドッキリ大成功! 冗談冗談! ぜーんぶ冗談さ! 子供たちは全員元気なままだ。俺は指一本触れてない! 触れさせてくれない! 俺すっげえ寂しい……」
シリオは肩を落とし、陰惨な手術台の上を示して解説した。
「ここにあるのは豚とか猿の内臓でそれっぽく演出したものだよ。嫌だなー、すっかり信じちゃって。俺がそんな非道なことする人間に見える?」
子供たちの相手をしながら鋭利たちは、視線を重ね、絶叫する。
「「充分見えるわ! ややこしい真似しやがって!」」
まあまあ、と主犯のくせにいけしゃあしゃあと。
「いや、しかし、オレが動物と人の血の臭いを間違えるはずが……」
鋭利の独白に、そら仕方ないさ、とシリオが腰を上げる。
「この部屋には本物の血の臭いも残っているだろうからな。この部屋が解体室で、器具が揃っていたのは事実だ。何回か使われた痕跡があったよ……」
「…………っ」
「……奴らはもう〈廃都〉を追われた。それが正解かどうかは、俺たちのこれから働きで決まるが、決して間違いではなかったと信じているよ。さっきのブラックジョークで本気で怒った君たちを、ここに呼んだこともね。
……少し真面目な話をしよう。ここは風景が少々騒がしい。音無、部屋を用意してくれ」
ボスの要求に黒い門が出され、シリオが潜っていく。鋭利たちも子供たちを引き連れながら穴を潜った。
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今度の異界は小会議室ほどの広さで、周囲が薄緑色だった。
そして、シリオの他に一匹の布団のお化けが待っていた。
「雲水は知り会っているだろうが、そっちの二人と子供たちに紹介しよう。音無だ。ほぅら、触っても噛み付かないから安心しろー」
数人の、勇気を示そうとする男子がそろそろと布団の塊に近寄っていく。どうやら怖いものではないらしいと判断した彼らは、布団の上に飛び込んだり剥ぎ取ろうとしたりしてはしゃぎ始める。それを見る女の子勢は呆れ顔だ。
「……ボ~ス~。子供の世話までは聞いてないよ~?」
布団の中から恨みがましい声が放たれるが、ボスは華麗に聞き流す。
シリオはどっかり座り込み、こちらを手招きした。
「さっきから気勢を削いで済まねぇな。どうも堅苦しいのは苦手でなぁ」
「いや、大丈夫だ。俺も賑わしい方が安心する」
立ち続けるのは疲れるのか、雲水が足を投げ出して座った。鋭利もつられて腰を下ろしたが、虚呂は辞退した。立っている方が落ち着くらしい。
シリオが口火を切った。
「っでだ。今からすんのは俺らがやろうとしてた、これからの話だ。お前さんたちがここに来なかったら、俺らは抗争を考えていた。他んとこから土地を奪い取り、自分とこを潤す。一番分かりやすい戦争だな。無論、《天楼族》やアマンテやタリオんとこのチームが勝てるなんて微塵も思ってない。勝つ気はない」
「じゃあ、わざわざ負けるために?」
鋭利の確認に、ああ、と《天楼族》の主は頷きを返した。
「被害が出る前に、俺たちは死ぬ予定だった。長が死ねばチームは崩壊し、地区は奪い取られる。で、向こうのチームが引き継いでくれる。仲間も領民も、この場所も。残された仲間は敗者のレッテルを張られ、ここは植民地にされるだろう。が、いずれそうなる運命なら、無駄に足掻くより皆が生き延びてくれるだろう。と、そう図っててね」
「…………」
鋭利たちは、返す言葉が見つからなかった。
人命を重んじて動いた者たちが、己の命を捨てようとする。何ら矛盾していない。彼らは自分たちの命の意味を知っているからこそ、そしてそれより大事だと想う仲間を守るために、自らの命を差し出そうというのだから。
「近くに評判のいいチームがあるんだ。中層部発祥なんだが、《彩》というらしい。ボスが大層な人格者のようで、そんな組織にだったら安心して皆を預けられる」
雲水は無念そうに首を振る。
「敵の軍門に下る、か。それがいいのか悪いのか、俺には分からねえよ」
「人を生かすこと、が唯一のいいことさ。この町を駄目にしたのは結局のところ俺らの責任だ。そんなチーム、解散すんのが宜しいだろうよ」
そこに布団の塊が、子供たちを背中に乗せたまま、ゆったりと言った。
「ボス~。カッコよく結論してるとこ悪いけど~、少年たちの熱意も聞いてあげてね~? 彼らはまだ諦めてないし~。タリオやアマンテも~、燃え上がっているし~」
「ああ、分かってるよ。そのために呼んだんだからな。音無、このまま会議をしようと思うからタリオたちを、ああいや、その前に子供たちだな。二階の大部屋まで送って来てくれないか?」
はいよ~、と音無が大きめの黒い輪っかを作り、不満げな子供たちを異空間から出していく。そして最後に彼女も布団ごと潜っていき、穴が閉じた。
鋭利が消えた穴を気にしながら。
「あの子たち、これからどうするつもりだ? もし決まってないようならオレの方で、孤児院やってる教会に連れていくけど」
「お。そいつは願ってもない申し立てだ。恥ずかしながら、施設とかこの辺なくてなぁ。まだまだ沢山の孤児がいるだろうし、そっちも今後の課題だな」