間章 盛る熱演に紅茶九杯目
間章 盛る熱演に紅茶九杯目
話の腰を折らないよう、可能な限りリアクションを堪えていた銀架は、しかし脱帽と興奮でソファを立って、握り拳で小声を張った。
「……稔珠さん登場ー! しかも《天楼族》の女幹部! 女性に手を出せない鼎さん大ピンチ! 異次元に閉じ込められた三人の運命はいかにっ!」
「あっは~。それ次回予告みたい~。じゃ~、ここでまた休憩入れちゃお~」
宣言を聞くなり銀架がトイレにすっ飛んでいく。眠気覚ましに紅茶をがぶ飲みしていたから、尿意が攻めてきたのだろう。
長話の疲労か、稔珠はいつも以上にグヘーと垂れた。
可愛いとか癒される以前に、珍生物を観察している気分で屏風は言った。
「出会いは敵同士だったんか。まあ、なかなか話に出てこない辺りから、予想は付いてたけど。ってか、あんた幹部になれるんだ。そっちの方が驚きだぜ」
「その頃は~、私も働き者だったの~。一日の活動時間ももうちょっとあったし~。幹部職は~、ま~創設メンバーの一人だし~、名誉職~? みたいな~」
「稔珠さんが働き者ねえ……。ああ、五年前に、確かそんな事件あった気がするよ。《主人公》が浅部に攻め込んでくるって情報が流れて、上の奴らがてんわやんわしてた。噂はすぐに収まったけど、混乱に乗じて抗争が多発して、第三地区を中心に幾つかの組織が壊滅したっていう妙な騒動。ってか三人が犯人だったんかい! 何て人騒がせ!」
「で~もさ~。浅部四大組合の監査委員会とか~、《八部衆》の方でも~、瀬田組は問題視されてなかったの~?」
「チェックはされてたぜ。ただ、あの組が席巻してた地区は二つか三つだったから、優先順位は低かったんだ。当時はどこもかしこも酷いチームの巣窟だったからな、忙殺されて見過ごされてた。ま、こっちから目を付けられない範囲で小悪をこなす手腕は、逆に一目置かれてたくらいだぜ?」
「う~ん、公安組織の~怠惰が覗けるね~。屏風君に言っても仕方ないことだけど~、小事扱いされるのは~、悔しいな~」
「だよなあ……。ここにいる俺が、今の稔珠さんに言ってもしょうがないけど、ごめん。俺たちの力不足でそっちを助けられなくて」
「……ん~。そうだねえ~。そうだよ~? ふふふふ~」
水流の音を背後に置いて、銀架が戻ってきた。
「……え? 何ですか、このお通夜みたいな空気」
「んにゃ~。屏風君が情けないって話~。このヘタレが~」
ふうん? と首を傾げて銀架は座り、紅茶のカップを屏風に向けた。
「おかわりお願いします! あと三杯くらい」
「マジで飲むね。いや、そんぐらい飲まなきゃ起きてられないんだろうけど」
茶葉を取り替えに屏風がポットを持って台所に向かう。銀架は稔珠に言った。
「ここまで聞いて、ちょっと思ったんですけど、鼎さんや虚呂さんは未熟な感じがありましたけど、鋭利さん、五年前の方が強くありません?」
「例のヒーロー組織を~、抜けたばかりの頃だったからね~。でもそれは早計って奴だよ~。五年前の鋭りんは~、ただの乱暴者だよ~。強い相手にも~弱い相手にも~、同じ力をぶつけていたから~。自棄になっていた時期でもあるし~。今の鋭利は~、本気出したらとんでもないよ~?」
ほう、と感嘆の息を漏らした銀架の頭上で、鈍い声がした。
「ぁー? 何の話してんの? こーんな時間までようやるわぁあ……」
と大きな欠伸の下で銀架は後ろを見上げた。
「鋭利さん。すみません。起こしちゃいましたか?」
「い~や、起きたのは喉渇いて。んー? 屏風も起きてんの?」
「はい。二人で稔珠さんの昔話、聞いていたんです」
昔話? と鋭利はリピートして銀架の隣に座り、稔珠に向いた。
「五年前~って言えば分かる~?」
「……分からなーい。分かりたくなーい。えー、何、どこからどこまで?」
「人身売買のトラック斬って、軍用ヘリぶった斬って、瀬田組を薙ぎ倒して、今は稔珠さんの『亜空館』に閉じ込められたとこです」
「ほぼ全部だ! うわっ、過去が赤裸々に語られているって恥ずかしっ!」
「鋭利にも恥の感情あったんだな。紅茶飲むか?」
屏風が四人分の紅茶をお盆に載せて帰ってきた。
彼は頷いた鋭利の前にカップを置いて、銀架と稔珠にもそれぞれ配ってから、自分は場所を鋭利に取られているので、立ちっ放しでカップを取る。
「んじゃ~、御本人が混じってるけど~、さっきの続きから~、始めるよ~」
「これは一種の拷問だっ……!」
約一名の抗議を封殺し、奏者の朗々とした語りが再開された。