砕き混じりて三つ巴 4
棒みたいな両足を傾けて、改めて呻いているボロボロの彼らを見渡す。
「にしても、第三地区の闇の帝王がたった半日で壊滅とは……。飼い犬になってるチームの戦力もあったろうに、一人で圧倒的なもんだな」
「いや、オレ一人の力じゃ流石に無理だったって。それと半日じゃない。二日半だ」
「……はあっ? 二日半? お、おい、それじゃあ俺が寝ていたのって、九時間じゃなくて二日間だったっていうのか! 道理で腹が減ってるわけだ」
「へえ、今の今までずっと寝ていたの? ねぼすけだな。それだけ目覚めた力が大きかったって証拠か? 身体に馴染むまでそれだけ掛かったと考えると、五十七時間でどんだけパワーアップしたか、興味深いな……」
「こっちを見る目が鋭くなった気がすんのは、気のせいで良いんだよな? ミスバーサーカー? 一人の力じゃないってのは? 虚呂も一緒だったのか?」
「いーや。アイツもどうせ近くにいて、観ていたと思うんだけど、攻略の手助けはしてくれなかった。援軍は、瀬田組の版図を囲んでいた地区のチームたちだ」
「別地区の? それどういうことだ。野犬のチームたちが防壁代わりになって、他の組織も迂闊に手を出せないんじゃ……」
「特攻する前に噂を流しておいたんだ。
『例のイカれた組織が瀬田組の征伐に兵を出した。奴らの栄華は近々崩れる』ってね。組織が潰されるんじゃ話は違う、と野良犬たちもハゲタカたちも半信半疑ながら動く準備をしていたところに、実際に瀬田組が襲撃されていると報告が来る。始めに少しでも崩せれば、後はドミノ倒しだ。
飼い犬は主人を捨てて我先に逃げ、ハゲタカは混乱に乗じて、少しでも第三地区に迫ろうと侵攻を掛ける。オレは瀬田組だけに専念出来る」
「バリッバリのゲリラ戦法だな。どこで学ぶんだ、そんなの。『例のイカれた組織』ってとこか? ってか、それどこのチームのことだよ。浅部じゃねえよな」
「……何か、察しまで良くなってない? 無駄だわー。その進化余計だわー」
ムカつくわー、と呟いて、鋭利は一転して喜色を見せる。
「〈廃都〉に残っているのはこいつらで最後。ハイエナたちはまだまだ獲物を漁り続ける。瀬田組の頭がよほどの阿呆か切れ者じゃない限り、瀬田組の栄華は本日でおしまい。当分〈廃都〉に手を出そうと思わないでしょ。嬉しいか? 雲水」
「実感ねえし、奴らの恩恵を考えると素直に喜べないって感じだ。善も悪も、こうグチャグチャになっちまったら、そう変わんねえもんなんだな。所詮は、立場の違いがあるだけで、やろうとしてんのは誰も同じで」
「うわあ、青臭いとこは変わってねー」
スパーン、と頭を叩かれて演説が止められ、転びそうになる。
「……急に何すんだ。痛ぇだろ」
車にしがみ付いて、非難の目を向ける。微笑んだ右目を返された。眉を下げた笑いにこっちへの親しみの色が含まれているのが見えて、気勢を削がれる。
「もっかい言うけどな。考えすぎだよオマエ。だから出来ないことばっかやろうとして、勝手に自滅すんだ」
「やりてえんだから仕方ねえだろ。身体が動くんだ」
「そーれで良いの。町が心配なら勝手に動け、勝手に」
「お前はアバウト過ぎんだよ。もっとよく考えてから行動しろ」
「敵が暢気に待っててくれるんならなー」
そうかい、と憎さ余って舌を出す。鼻で一笑された。こ、このやろうっ。
ふと思い付いて、〈金糸〉を自分の足にまとわせてみる。
そろそろと車から離れて、直立に成功する。歩行も可能そうだ。自分の足という感覚はなく、腰の下に付いている二本の幹を交互に運んでいる気分である。
目覚めてからずっと懸念していることを、鋭利に尋ねた。
「そういや、孤児たちは無事か? 怪我人はいなかったか?」
雲水にとってそっちの方が重要だ。瀬田組なんてどうでもいい。
ヘラヘラと笑っていた鋭利が、氷像みたいに凍りついた。
この反応……こいつ。
「……お前の名誉のために一応訊いておくが、忘れてた、って落ちじゃねえよなあ……? 暴れるのに夢中になってて、保護対象の存在が頭からすっぽ抜けてたって、そんなド間抜けなことしてねえよなあ、なあ、正義の執行者さんよぉ!」
「……っち、違うんだ! 誤解だっ! 忘れてたってわけじゃなくて、ちゃんと頭の隅にあったけど、まあ後回しで良いかなぁって面倒臭かっただけなんだ!」
「余計ギルティだクソ野郎! まだ助けてねえならそう言え!」
雲水は足を速めた。だがそれでも遅い。こんな調子では夜が明けてしまう。車でも車椅子でもいい。ちゃんとした足を確保したい。
フッと乾いた風のような前兆を感じた。
「……困ってるのかい? 少しぐらい手伝ってあげるよ」
旋風のように虚空からサングラスの少年、虚呂が出現した。
「虚呂!? それは本当か? でも、どうして」
その申し出は願ってもないことだったが、虚呂の性格や自分との関係からしてあり得ない発言に思えた。どうして急に協力的になった?
「君らだったら『助けるのに理由は要らない』とでも言って誤魔化せるけど、僕が言ってもギャグにしかならないね。ん、気まぐれの一種か、な?」
「気まぐれ?」
ああ先に言っておくけど、自分たちの行動に心を打たれて正義に目覚めたんだみたいな薄ら寒いこと言わないでおくれよ? そういうのは僕が一番嫌いな類の冗談だ、と冗長すぎる前置きをしてから、虚呂は本題に入った。
「君らを見てれば、何か分かるような気がしたんだ。僕に何が足りないのか。何が足りなくて人間性を欠いているのか。僕には何も無いんだ、本当に。大事の想いも自分自身も。僕は虚ろなんだよ」
「いやそれは知っているが。虚呂なんだろ? 付けたんだから知ってるって」
「雲水は青い情熱で、虚呂は思春期っ子かー。若いなー」
「君らは本当に茶化すのが得意だねっ……!」
まあいい、と溜め息で怒りを流す。
「……そう。僕が欲しいものは、何かを欲しがれる心だ。何かを大事に想って、それを得た時に喜ぶ心。君らの正義を知れば、何か掴めるような気がした。君らの行動を見ていけば、何か出来るような気がした。
でも、鋭利の行動からはさっぱり分からなかったよ。だから僕は君らと同じことをやってみる。自分でも説明出来ない正義を抱えて、デタラメに迷惑かけまくって、それでも後悔をしない生き方を。まずは真似と手伝いからスタートだけど、ね」
変かな? と自分でも笑う虚呂。
「虚呂、お前……」
強い感情の波が雲水の胸に迫り、しかし、形にならない想いが喉につかえて、それ以上を口にすることが出来なかった。焦れるような感情に押され、雲水は何も言わずに鋭利の肩を叩いた。虚呂にも駆け寄り、その背中を思いっきり叩く。
「げ、ケホ。痛いよ、雲水」
「ぅ~~っ! よしっ! 最後の一仕事だ! 孤児たちを解放しに行くぞ!」
やばい、と雲水は顔の半分を隠す。
顔の緩みが抑えられない。鼓動が弾んで止まない。
二人から顔を背けるように、雲水は先陣を切って歩き出す。
いかにも気楽そうに笑いながら鋭利が追い付いて、右横に並ぶ。
「瀬田組ももういねーし、これはボーナスステージだなー」
左側にさっぱりと微笑んだ虚呂が並び、油断している鋭利を窘める。
「あまり気を抜くのは感心しないね。人身売買で儲けている組織は他にも沢山あるし、横取りに来たチームとバッティングするかもしれないよ?」
「ああ、そういう輩全員が敵だ。俺たちの手で片っ端から潰してやる」
まるで別人のように強気な雲水の気合に、左右の二人は苦笑した。
あっはは~、と力の抜け切った女の笑いがどこからともなく聞こえた。
「そ~んなことされちゃう前に~、《天楼族》幹部の私が~、君ら三人に~、会いに来たよ~。大人しく落とされてね~」
一番早くに反応したのは、歴戦の勘を働かせた鋭利だった。
鋭利は後ろに跳躍し、居場所の分からない敵の狙いを外そうとする。
だが、素早い動作が仇となった。謎の声と同時に、四方に張られた黒い壁に鋭利は触れてしまい、瞬く間に黒い穴に吸い込まれて、消える。
「……っ!」
虚呂が対応に動いた。彼は四方からジワジワと狭まってくる黒い断層に首を巡らせ、自己の姿を半透明化させた。透けた虚呂は雲水にも手を伸ばし、
『……なっ!』
唐突に頭上に生まれた闇の穴にすっぽり飲み込まれていった。
「虚呂っ!」
しかし他人の心配をしている場合ではない。雲水も標的にされているのだ。分かっているのは、闇に触れたら飲み込まれるという理論。
……闇の攻撃を回避しながら、どこかに隠れている敵を掴み出す!
とその時、空に不自然な曇りが差した。嫌な予感に促され、雲水は見上げた。
「……っ、な、んだよあれっ!」
大空に、三〇メートル級の新月がポッカリと浮かんでいた。
あの闇が落ちてきたら、果たして避けられるだろうか。
グラッと足場が抜けて、雲水は真下にあった穴に落ちた。空の大穴が幻のように消えていく。ブラフだったのだ、こちらの意識を上に向かすための。
全滅。絶望に雲水の目の前が暗くなり、感情が大音となって出た。
「……く、っっそおおおおおおおおぉぉぉ!」
闇の扉は無慈悲に閉じ、雲水の雄叫びは断ち切られた。
十秒前まで三人の若い鬼が並んでいた場所に、空虚な一陣の風が通り過ぎた。
その一瞬だけ、着物を艶やかに着崩した女が佇んでいる光景が生まれ、しかし風と共に全てが幽玄だったかのように、消えて無くなる。
あっはは~、という間延びした笑い声が一つして、静かになった。
次の投稿は2015年5月5日です。