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鉄処女のリゾンデートル『冬眠除夜』  作者: 囃子原めがね
11/20

砕き混じりて三つ巴 3


 風は何度も感じたことはあるが、他者に投げられて烈風を覚えたのは初めてだ。

砲弾となった鋭利を大気が出迎え、風の打撃を与える。戦闘機が左右のガトリングで迎撃し、レーザーのような銃弾をばら撒いてくる。

 鋼鉄の弾丸が至近を通り、裂帛が肌を削る。腿を抉る。頬を裂く。

 蜂の巣にしようとする鉄槍の間を高速で飛び抜けて――

「……ッ!」

 右の火線が、右の手首を掠り付けた。

 瞬間的に何十発の二十ミリ弾に蝕まれ、右腕が三分の一ほど細くなる。右腕が後方に弾かれ、鋭利の身体は激しく錐揉みする。

 ダラン、と力のない右腕から膨大な血液が流れ、空中に赤い線を残す。

 速度の殺がれた鋭利は、どうやってもヘリまで届かない。だが、トドメを刺そうというつもりか、二つの機関銃は弾丸を撒き散らしながら、鋭利を追う。

 その刹那、ヘリの砲撃主に向けて、鋭利は犬歯を剥いて見せた。

「……ィ、ハアアッ!」

 鋭利は、腕から垂れ流しになっている血流を、右手で掴んだ。


 鬼の血は素手で触れた瞬間、凝固する。


 傷口の血が固まり、削られた腕の欠損を埋める。血が鋼となり骨を接ぐ。

血の放出が止まり、右手で掴んだ血流は一つの柄となる。空中に連なっていた螺旋状の流血が銃弾の飛来速度よりも早く、一列に連結する。

 鋭利が右腕を前に振るうことで、長蛇になった鉄血は鞭のように引っ張られてくる。半液体状だった血の線路が硬化し、黒い刃に変貌する。

 長い、長い、二〇メートルはある。空中に散らした血液と同じ長さの、あまりに長すぎる大剣が鋭利の手の内で完成を遂げた。

大剣は作り主の意思と力に応えて、兵器の力を発揮する。

 鬼王の一太刀が、あまりにちっぽけな機体を一閃した。

「……馬、鹿、なアアアッッッ!」

 真っ二つにされたヘリコプターの操縦席、操縦者のそんな断末魔が聞こえた気がし、だがそれも赤い炎と衝撃に飲まれ――

 一つの花火となって、爆散した。

 爆発に押され、落下していた鋭利は幹線道路に叩き付けられる。受身も適わずに地面をバウンドし、全身が麻痺する。

 寝転んだまま鋭利は、ヘリが四散して、橋の上に落ちていくのを見た。虚呂はともかく雲水の安全を考慮すんのを忘れていた。まあ良いか。

 長剣は根元から折れて、手の中には柄しか残ってない。ヘリを切断した際、負荷に耐え切れず、ぽっきりと折れてしまったのだ。あの長さだと普通に持とうとしただけで折れるだろうから、さっきのような空中且つ速度に乗った状況でなければ、使用は適わなかっただろう。威力は確かだが、反省点の多い設計だ。

 橋の上から怒声が掛かった。声の主、雲水はこちらが動けないのを見ると、仕方なさそうに金色のマフラーを伸ばしてきて掴み上げた。

 黄金のクレーンに持ち上げられる。鋭利を橋の上まで運んで乱雑に転がすと、雲水は金のマフラーをうなじの奥に引っ込める。炎上するヘリの残骸はワゴンの逆車線に落ちていた。激怒している金髪以外、被害は出なかったようだ。

 まだ痺れが濃く残っているため、身体の自由が利かない。何とか寝返りを打って仰向けになり、車椅子の雲水と目を合わせた。

「やー、ぶった切ってきた。さっぱり良い気分!」

「ちゃらけてんじゃねえ! てめえ何考えてんだ! あのヘリの中には子供たちが乗ってたんだぞ! それを墜落させやがって……てめえは、敵を殺せれば何だっていいのか……! そんな野郎だったのかよ、見損なったぞ鋭利!」

 激昂してくる雲水。本当なら殴り飛ばしたいぐらいなのだろう。だが、鋭利がダメージを受けて無防備な状態にいるから、実行に至れないでいる。

 怒り心頭の彼に、鋭利はいつものように返す。

「オレは野郎じゃねーけどなー。にしてもお顔真っ赤の雲水ちゃん。それは濡れ衣って奴だ。あん中に子供はいなかった。だよな、虚呂?」

 頭を転がした先、残骸の付近に佇んでいる虚呂がいる。

「僕はいるともいないとも言った覚えはないよ。ま、どっかのお馬鹿さんは勝手にいるって勘違いしていたみたいだけど、ね」

「何ぃ!」

 せっかく怒りを引っ込めたのに、虚呂の挑発に乗ってしまうお馬鹿さんをドオドオと諌めて、鋭利は上半身を起こした。首を回すがてら、遠くを見る。

「どうせ、ヘリにもトラックにもいなかったんだろ? 子供たち。嘘でも吐いてやろうと思って、どっちにも子供たちが乗ってなかったから、変に誤魔化した」

「そこまで偏屈なつもりではないけどね……。まあ、どっちにも乗ってなかったのは確かだよ。取引を中止して引き返したのかな? でも、君も予想していたんじゃないのかい? この展開を」

「ま、それなりに。オレが追って来ていると知れば、《UNW》側が取引を延期することは分かっていた。万が一を考えて追っかけてきたが、返り討つ気満々のヘリを見て、ああこりゃ違うな、と。しっかしまあ、かっはははははははっ! 滑稽だあ。迎え撃とうとして、やり返されてやんの。ケケケ、ざまあ」

 立ち上がり、鋭利は凶悪に嘲笑った。

「じゃあ、子供たちは元んとこに戻されたってことか? 取引は防げたが、何つーか一杯食わされた気分だな。俺ら振り回されて、ばっか、だ……」

 疲弊した雲水はそう呟き、フラリと傾げると、気を失った。

「あらら、お疲れのようで。風邪引くなよー?」

 恐らく、能力の使いすぎによる疲労であろう。雲水は鋭利を投げたあの時、恐らく第二段階の力に目覚めた。そこから手足のように扱っていたが、出力が格段に違う『力』を以前のものと同じように使っていれば、当然ガス欠にもなる。第二段階を使った瞬間に昏倒する鬼も多いので、『目覚め』立てにしてはもった方である。

 こうなると早々に起きないのが普通だ。鋭利は雲水と車椅子をワゴン車の中に詰め込んでやった。雲水を放り込んで、車椅子を畳んでその足元に。

「さーて、と。お次はいよいよ本丸ってわけだけど、どうだ、虚呂? まだ付き合うか? それとも、オレらに興味なくなった?」

「……君らは観察対象として優れている分、一緒にいるのはとても疲れる。正直もうこりごりだ。君らの『正義』は、まだ聞いてないけど」

 鋭利の気配が変わったのを察したのか、虚呂が苦笑する。

「話したくないんだものね。だから、これでおしまい」

「そ。無理やり連れて来たのに、逃げずにいてくれて感謝してる」

「お役に立てたかは微妙なラインだけどね。口喧嘩しただけだ」

「そうだな。じゃ、もしまたどっかで会ったら」

 鋭利は跳躍して欄干に上がり、飛び下りた。

「もし、また会えたら」

 虚呂の声を片耳に、膝をクッションに着地し、鋭利は駆け出した。

 目指すは第三地区。瀬田組の本拠地。魔窟の宮殿。

『正義の味方』を捨てたヒーローの、正真正銘の猛撃が始まる。


          Fe


 雲水が眠りから覚めたのは、もう日が沈もうとしている夕刻であった。眠りは浅い方ではないが、それにしても九時間以上寝ていたことになる。

 すっきりした脳は、まず焦りを浮かばせる。

「……そうだ。子供たちは! 第四地区に行って助、けに……」

 雲水が黙りこくったのは、目の前に銃口があって、それを構える派手柄スーツの男たちがいたからである。妙に動きにくいと思ったら、縄で縛られていた。

「……ようやく起きたか、クソ坊主。てめえはあの化け物への人質だ。てめえも化け物の一人ってのは知っている。変な真似をしたら即座に殺すぞ」

 ドスを聞かせた、というより怯えを隠そうとする声で脅迫し、銃口をチラつかせる中年のヤクザ。こいつがリーダー格か。

 他に七人のヤクザがいた。運転席と助手席に一人ずつ。その後ろには血走った目で機関銃を構えた三人の若衆。三列目に雲水を左右から挟みこんで拳銃を押し付けている二人。左がリーダーぽい中年で、右はそれより若干若い中年。

 起きていきなりどんな修羅場だ? と危機感より呆然が先立つ。

 こいつら、瀬田組の奴らだろうか。孤児の件で復讐に来たのなら至極納得だが、しかし『あの化け物への人質』ってどういうことだろう?

「あ、ちょっと俺、状況が飲み込めないんだけど……」

「黙れ、てめえの事情なんて知ったこっちゃねえ。お前があの黒い化け物の仲間だってことは知ってんだ。命惜しけりゃ役に立て」

「黒い、化け物……? ……っまさかっ!」

 急に大声を上げた雲水に、七人がビクつき、一斉に銃口を向ける。

「て、テメェ、何もすんなって兄貴が言ったのを無視しやがって!」

 一人の男が引き鉄に指を当てるが、それをリーダーが視線で止める。自分も怖がっていたはずだが、すっかり抑え込めている。良い胸の据わり具合だ。

 しかし雲水は自分が不思議だった。銃に囲まれ逃げられない状況だというのに、恐怖という恐怖がない。何なら空腹の方が強いくらいだ。命より食い気とは、昨日までの自分では考えられないことである。鋭利と行動を共にしたお陰でいくらか度胸が付いたのだろうけど、それだけとは考えにくい。この安心感、己への信頼は自分で言うのも変な話だが、自分じゃないみたいだ。

 そして疑問がもう一つ。視野だ。異常に広いのだ。角度的に見えるはずのない運転手の表情まで分かる。さらに集中を深めると車外から中の様子を客観的に観ることも可能だった。いくら視野の範囲が成長したとしても、これは桁違いだ。

 本能的に理解する。自分は劇的に進化していると。

 車はスピードを出してどこかへ向かっている。恐らくは瀬田組の本部。

 黒い化け物というのは鋭利に間違いないだろう。雲水が熟睡している間に瀬田組を襲撃し壊滅寸前まで持っていった、ってとこだろう。一人でヘリを撃沈するような女だ。人間相手の陸上戦など準備運動にもならないだろう。ここにいる彼らの怯えようからして鋭利の暴れ様が想像付く。

「……なーにやってんだかあの女……。お前がヤクザじゃねえか」

 まともにやり合っていたら勝てないと英断したヤクザらは、交渉材料として金髪で車椅子の小僧が一緒にいたという証言から、ワゴン車の中でぐっすり寝ていた雲水を見つけ出し人質として輸送しているってわけだ。

 捕まっても起きなかったのだから、お間抜けこの上ない。いや、それよりもあんな辺鄙なところにいた雲水を探し出した、彼らの努力を讃えるべきか。

 しかし、彼らはこの時点で大きなミスを二つ犯していた。

一つは、雲水が鋭利の仲間ではないということ。今朝、偶然出会って目的が合致したから一緒にいただけで、それ以上の関係はない。とりあえず今は。

 もう一つは、これは鋭利の狂気っぷりを見てればすぐに分かることだが、

「……あ、あああ、兄貴! 前から、奴だ! や、奴が来た! 悪魔だ!」

 運転手が絶望の声を出し、急ブレーキを掛ける。完全停止する前に二列目の男たちが左右のドアを開けて、進行方向に機関銃を乱射した。

 メギャ、と鼻骨の潰れる音で左の男が落ちていく。

 右の彼は反射的に仲間の安否を気にし、視線を左に振る。それが彼を見た最後だった。車の背後を回ってきた黒い手が、余所見していたその首を掴み、引きずり下ろす。三人目が毒牙に掛けられる前に、リーダーの中年が叫んだ。

「止めろ! 仲間の金髪のガキを殺すぞ!」

 外での足音が一瞬止み、高笑いと共に再開した。

 まず黒い旋風は助手席に回り、ドアを壊して、座っていた男を遠くに投げ飛ばす。運転席の男が狂ったように絶叫し拳銃を乱射するが、黒き野獣は歯牙にもかけない。鋼鉄の腕を伸ばし、男の手首を掴むと、一気に引っ張り出し、

「……ッァギャ、ッ!」

 遠くで落下音と悲鳴がして、静かになる。

「お、おい! 聞こえねえのか! 貴様の仲間がいんだぞ!」

 リーダーは青筋を浮かべて虚勢を張るが、外からの哄笑は留まらない。目の前の惨状に戦意を喪失した中央の三人目が、泣き叫んで外に飛び出すが、一秒も立たずに沈黙する。これで残りは、三列目の中年二人だけとなった。

「……仲間がどうなっても構わねえってことだな! 良い度胸だ!」

 そう叫んで、リーダーは雲水の腹に三発撃ち込んだ。

 驚かれるリアクションは予想出来ていたので、雲水は少し白けた。

「……っ! な、何だよこれは! てめえか!」

 三発の弾丸は三発とも雲水の腹の手前で、ピタリと止まっていた。目を凝らせば極小の金色の糸が弾丸に絡み付いていることが分かっただろう。

 だが、気が動転している左右のヤクザは混乱するばかり。

 右の中年が聞き取れない速さで罵倒し、雲水の額に狙いを定める。

 その後ろの窓が割れて、腕が伸びてきて、中年の首を掴んで天井に叩き付ける。一発ダウンとなった中年が崩れ落ち、窓の向こうの隻眼と目が合った。

「よう、鋭利。夜の散歩中か?」

「月が奇麗でな。オマエも囚われのお姫様ごっこは楽しんでるかい?」

「王子様がさっぱり助ける気のない冷血野郎じゃなければな。色んなピンチを経験してきたつもりだが、堂々と見捨てられたのは初めてだ」

 雲水を縛っていた縄が魔法のように自ら解けていき、自由になった腕で、目を丸くするリーダーを殴りつけた。鋭利みたいに派手ではないが豹柄スーツの中年は吹っ飛び、鼻血を垂らしながら気を失う。

 彼らが犯したもう一つの致命的ともいえる失態は、鋭利という鬼が仲間の安否なんて芥子粒ほどにも気に留めない、根っからの鬼神であるということだ。

 敵にしてもやり難いが、味方にいても全然有り難くない。捕まったら死ねってことだろそれお前。ここまで仲間甲斐のない奴が存在しているとは。

「俺の車椅子知らないか? 車の中に無かったんだが」

「車に無いんじゃオレは知らね。その糸で立てんじゃないの? 〈金糸〉だっけ」

「立てるかどうかじゃなくて、あれが無きゃ不便なんだよ。どっかに捨てられたかな……ちくしょう、ずっと愛用してたのに!」

 無いものをボヤいていても仕方ないので、ともかく車を降りることにした。

 外に出ると惨状がはっきりと分かる。

 同乗していた七人の他に護衛の者もいたようで、二台の車がお釈迦になっていた。手足が曲がった黒スーツたちが道路のあっちこっちに、オブジェのように転がっている。これでも鋭利なりに手加減した結果なのだろうが、ここにあるのは無惨の一言だ。

「相変わらず容赦ない有様だな。組の方もこんな感じか」

「大丈夫! ビルは半壊に抑えたから」

「もう何に対する宣言なんだよ、それは……」


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