7日目
俺は相当に寝起きが悪い。だから今日、妹たちに揺さぶられ、近くで大きな声を出され、頭を叩かれたりしたのは日常茶飯事であり、九条のことを考えて寝れなかったなんてことでは決してない・・・・・・そう。そんなことはない。
九条のことは置いておくにしても、朝が弱いというのは本当で、目覚まし時計なんてあってないようなもの。俺専用の目覚まし時計は妹たちだ。
「おーい!お兄ちゃん!起きろ―。じゃないと私のドロップが炸裂しちゃうぞ!」
「んにゃ・・・?いや、俺の方が強い・・・・・」
「なにぃ!お兄ちゃんのくせに生意気な!」
「お姉ちゃん、多分お兄ちゃん寝ボケてるよ。」
姉の真希にツッコミを入れる美希。これが桐崎家のいつもの光景。騒がしいながらもしっかりと役割分担がされていて、話している方も聞いている方も飽きない。だからこそ暴走もするのだが。
「寝ボケてるなら、なおさらだ!くらえぇぇぇ!」
「グハッ!?」
朝から、しかも寝起きから妹からのドロップを喰らわせられ、当然悶絶。こんなのはご褒美でもなんでもないぞ!M男共!かなり痛いんだぞ!?
そして真希、ちょっとは手加減しろよ・・・・!
「おはよ、お兄ちゃん。」
2人の妹から朝の挨拶を、つまり先手を取られてしまったので、俺には選択肢が1つしかなくなってしまった。
「おはよ、真希、美希。」
もちろんそれは平和的でとっても優しい選択肢、『あさのあいさつ』だ。
「うん。それでね?お兄ちゃん。」
「ん?なんだ?」
いつもと違う美希の態度に思わず首をかしげ、問い返す。
「今、7時40分だよ?」
ニッコリとした妹の口からタイムリミット約10分前の時間が告げられた。電車通学のため、急ごうが急がまいが乗り遅れればアウトである。
「うあああああああああああああ!寝過ごしたあああああああああ!」
焦る俺をみながら美希がボソッと呟く。
「いつも寝過ごしてると思うけどね。」
桐崎家では朝ご飯を食べるのは決定事項だ。家内ルールを破ればそれ相応のオシオキタイムが待っている。しかし家から駅までが1分かからないとはいえ、着替え、歯磨き、寝癖の直し(天然パーマがかかっているため必ずと言っていいほど寝癖は付いている。)、そして朝食とくれば遅刻間違いなしだ。そのため、ルールすれすれの方法を選択。
ドタバタと着替え、歯磨き、寝癖の直しといった朝の準備を終わらせて、階段を駆け下りる。
今日は幸運にもパンだったのでそのままくわえて家を出る。残りは4分。実に6分で朝の準備を終えたことになる。
「天才ふぁっ!?おれふぁ!」
パンをくわえながらだったので格好がつかないな。だが、そんなことを考えている余裕はないことに気づき修正を諦める。
「はいはーい。お兄ちゃんはテンサイだよー。」
「ありふぁとよ!」
最後の棒読みが気になるが、パン以前に格好がつかないセリフを拾ってくれたことに感謝をこめて真希にお礼をする。
結局、姉さんと出会うことはなかった。これもいつも通りなわけだけれど。制服を急いで着て鞄を持って家を後にする。
「行ってきまーす!」
もちろん通学時間に余裕がある妹達から「いってらっしゃい」が返ってきていたはずだが、時間がなかったため声が届く前に俺は駅に足を向け、時間との勝負に挑んだ。これを世間では、悪足掻きと言う。ぜひとも覚えておいてほしい。
駅までの道はあまりかからないが、エレベーターを走って降り、改札に入ってまたホームに向かうために階段を上るという無駄な工程を踏まえると間に合うか間に合わないかは紙一重。
今俺は最後の階段を残すのみだが、行く手には俺が乗るはずの電車から降りてきた人達が立ちはだかっている。
「くそっ、何でこんなに多いんだよ!そんなにいい所でもないだろうが!」
しかしだからと言って田舎と言うわけでもないな。いや、もうここ都会レベルだろ。
何とか人混みを抜けると、そこには電車が停車していた。
『ドアが閉まりま』「待てえ!」
アナウンスが最後まで読まれる前に何とか滑り込む。
「はぁ、はぁ、間に合ったか・・・・」
悪足掻きと言うものはしないよりもした方がいい、ということもぜひ、覚えておくといいと思う。ついでと言ってはなんだが、その後には良い事が待っているかもしれないということも、ぜひ。
「あ・・・・・」
「ああ~・・・」
そして俺にとっての良いことは目の前のとっても嫌なものと会いました、と顔に書いてある美少女、九条花楓と同じ電車の同じ車両に乗れたことだった。
「何でそんなに嬉しそうな顔してるの?そして何で居るの?」
きっと俺は、相当嬉しそうな顔をしていたに違いない。自覚あるもんな。たぶんニターッとしてたな。
「そりゃま、会いたかった人に会えたからな。それに俺はここが家からの最寄駅なんだよ。」
「あ、会いたかったって、そんな浮ついた言葉を・・・・」
なんて小さな声で発せられた言葉は車内の騒音に掻き消された。
「こほん。へーそうなの。でも、別に知りたくなんてないわよ。むしろ知りたくもなかったわ。」
「お前今聞いたろうが。んで?生徒部の件はどうしたんだよ。ユイナ先輩と3日間じっくりコトコト話し合ったんだろ?」
もちろん答えは知っているが、ここは会話の流れと雰囲気を大事に。
「まあね。そんなにおいしそうな話し合いはしなかったけど。答えはNOよ。どんなことを言われたとしても私は変わらないわ。」
「ふーん。俺としてはぜひともその信念を壊してみたいところだな。その方がみんなハッピーだし。」
「それ、私を抜いてるわよね?」
なんだかんだ言って俺のペースに巻き込まれ、それに気づいてかため息をつく彼女には不思議とこちらに対する負のオーラが感じられない。まさかいじられて喜ぶキャラでもあるまいし、と考えている内に乗り換える駅に到着。中々の込み具合の、しかもそこそこ発達している駅なので改札前にはかなり大勢の人だかりができている。それもこれも通勤・通学ラッシュのピークの時間に乗り合わせた自分が悪いのだが。もう少し家を早めに出ていればこんな事にはならなかったのに・・・・と思ってから首をかしげる。
「お前ってこんな遅い時間に来てんの?てっきりもっと優等生らしく早い時間かと思ってたんだけど。」
人混みに押しつぶされ、熱気に当てられ、顔を赤くしながらも冷静を取り繕っている九条はなかなか見ていて面白かったのだが、その口からはかわいいとは言えない言葉が返ってきた。
「今日は特別よ。特別に最悪な日。あなたには会うし、人混みにもみくちゃにされるし。いつもはもっと早いわ。あなたのようなギリギリまで惰眠を貪っている怠惰なニートと一緒にされたくはないわ。」
「おーおー。酷い言いようだな。軽くどころか深々と傷ついちゃったよ。」
電子カードで改札を抜け、階段を上り乗り換えの電車まで歩く。俺たち東光高校の生徒のほとんどが有名と言って差し支えないだろうローカル線で登校している。その事からもいかに東光高校が隠密性を持った嫌味な高校か分かるだろう。近隣の住民からは『青春をエンジョイしているキラッキラの高校生』にしか見えていない。こっちからすれば『ある意味高校をエンジョイしている奴らが多数を占めるクソッタレな高校生』なのだが。
「それで、今のところまだ入部する気はないと。」
「そうよ。でも、訂正箇所が一か所あるわ。」
「ん?なに?」
「今のところ、じゃなくて絶対に、あるいは永遠に、よ。」
「へーへー。でも、俺はお前を入れて見せるぜ?なんたって、その方が確実にみんなハッピーなんだから。お得だろ?」
「だから、それ私を抜いてるでしょう。何であなた達はそんなに私に固執するのかしら。」
最後の方は声が小さくてあまり聞こえなかったが、何となく分かった。
遅刻ギリギリだったので、九条の言うところの『ギリギリまで惰眠を貪っている怠惰なニート』たちが大勢いる。そのため、電車は案の定満員で乗り継ぐ前の電車よりも押し込められることになった。
「いつもこの時間の電車に乗る人達はこんなに多いの?全く、こんな電車に乗るくらいだったらはやく来ればいいのに・・・・」
「まぁ、もっと寝ていたい!ってのは分かるよな。現に俺今日そうだったし。」
「同じにしないで。私はやることはキチンとやって、余裕をもって行動するんだから。」
自信満々という言葉がこいつには似合う。それほど自分に嘘をついていなくて、真っ直ぐなんだろう。ここまで自分の行動や考えに胸を張れるなんて羨ましい限りだ。だが、思考回路が曲がりまくって捻くれている俺には所詮羨ましいと思うだけだ。それならば、この捻くれた性格も利用してやろうじゃないか。
「ふーん。なら、俺たちの話もそろそろキチンと終わらせようぜ?」
「私はとっくに終わらせてるわ。あなたたちがいつまでもいつまでも・・・・」
「俺とはまだ話してないだろ?今回が最後でいい。今日、俺の話を聞いてくれ。OK?よし、決定だな!」
「待ちなさいよ!まだ何にも言ってないでしょう!?」
「いいだろ?自分に自信持とうぜ。」
「あなたにそんなこと言われたくはないわよ!」
混雑した中でヒートアップした会話をしていたわけだが、それも新たな乗客がやって来たことで終了を余儀なくされ、俺と九条は離れ離れになってしまった。そこからは学校の最寄駅までは近づけず、そこから学校へ行くまでの道では九条を見失ってしまったため話せなかった。
だが、少なくとも電車の中では九条にジトーと睨まれていたし、歩いている時も視線を感じた気がした。
仮入部7日目、期限目一杯。
生徒部仮入部最終日。そして九条との最後の話。今日はイベントが盛りだくさんだ。
「さぁ、今日も楽しい学校生活を始めようか。」
校門をくぐる。今日は特に波乱に満ちているだあろう、学校へと躊躇も何もせずに足を踏み出した。