私の物語────蛇足
今この瞬間、目にうつることのない人が何をしているか気になったことがないだろうか。例えば友達、知り合い、3時間前にすれ違った見ず知らずの美女のことでもいい。
実際、気になったところで分かるものでもない。友達ならば、例えばメールで連絡を取り合えば分かるかもしれない。だがそれも相手の行動のイメージが相手と自分で違うかもしれないし、3時間前にすれ違った見ず知らずの美女だったらそんなことは出来ない。
だからたとえ主人公にスポットが当たっていたって、他の登場人物は確かに何かの行動をしているはずなのだ。それは、主人公が知らないだけで、その人にとっては主人公が生きている時間と同様の価値を持つ。
だから、この話を知っているのは当事者だけ。つまり、『主人公』にあたるであろう可愛い後輩、桐崎勇人もこの話を知らない。
そう、これは舞台裏のお話。本来無くてもいい蛇足と言っても過言ではないような、そんなお話。
それでも私には────────────
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「もう。九条さん、帰っちゃったわよ。結局説得できなかったわ。」
ここ3日間は文芸部が集合場所となっていたが、私が扉を閉めてしまっていた。そのためここ、『生徒部』の部室に来たのだろう。
「そうでしたか・・・・・」
後輩が顔に少し暗い色をのぞかせた。この後輩は実に世間的にできていて、この時期にありがちな無駄にテンションあげて話しかけたり、はしゃいだり、落ち込んだりした顔を見せない。いや、正直に言おう。見せてくれない。
そんな後輩がこんな表情を浮かべるのは短い付き合いの中でも初めてかもしれなかった。
ついでに私は自分のことも考えてみる。それはもう、第三者目線で辛口に。そうしてみるといつも通りの結論が頭から返ってくる。
私は性格が悪い、と。そして今やろうとしている事はもしかしたらそのことを代表とする行動なのかもしれなかった。
「もう、諦めた方がいいのかな。それが彼女の望みならもう変えられないのかな。・・・・・・何がダメなのかな。」
「・・・・・・・・・ユウト君は何で私に協力してくれるの?」
「先輩が猶予、とかいって・・・・・・・」
ああ、この子は根は素直なのよね。だからこそ仲間にしたいと思ったのだけれど。優しいし、困っていたら放っておけない。実に主人公らしい。
いつもは観察眼が鋭く光を放っているのに、こうして弱いところを見せられるとその観察眼が発動を強制終了させられるのか、それとも私の心を知ったうえでなのか助け出そうとしてくれる。
知っているのに私はそんな彼の美徳を利用するようなことをしてしまった。彼はすっかり弱ってしまったように見える私に、こういってくれた。
「俺に、やらせてください。」
知っていたはずなのに、その優しさは私を動揺させた。
なぜ?
そう聞かれても分からないけれど、確かに私の心は揺れた。
「確かに私は彼女を説得することは出来ていない・・・・それに、我ながら少し弱気になっているとも思う。
私は何もできていない。認めるわ。でもあなたには彼女を説得することができるっていうの?」
ふふっ。自分からけしかけておいて。でもこれも本心だった。彼は私が出来なかったことをしようとしているのだ。心配してもおかしくはないでしょう?
心の中で意味もない言い訳をしていた私に返事が返ってきた。
「やります。」
一見、答えになっていない気がするが、それが彼の示した答えなのだろう。
『理由』を話すのではなく、『結論』を話す。この話の流れでは別段間違った言葉ではない気がする。そしてこれは、最早私の口出しも不要であるということだ。
「いいわ。私にはできないのだからユウト君が出来なくても±0だし。」
口調も態度も元に戻して(もちろん自然に)吹っ切れたようにOKをだす。
「ええ!?いいの?」
「いいんですか、でしょうが!」
半分力を入れて後輩の横腹めがけて足を飛ばす。
そして一通り言葉を交わした後、彼に話しかける。
「いいわよ。あなたの力を見せてもらうわ。せいぜい頑張るのね。」
自信満々に。
「そのかわり」
毅然と。
「本気でやるのよ。」
笑顔で。
「はい。もちろん。」
後輩、ユウト君はそのまま背を向け、ドアを開けて出て行った。その背中には何とも言えないものが漂っていた。
「これで思い通りになったってわけカ。」
ユウト君が出て行ってからすぐ、別の声が聞こえてきた。声の主はドアを開けてゆったりとしたペースで話しかけてくる。
「・・・・・・・まだまだよ。成功するかなんて分からないんだから。」
「それでも、ここまでは思い通りでしょウ?それにしても、泣きまねとは恐れ入るネ。とてもか弱い女の子だったヨ。」
ここで堂々と笑って見せるところがこの学校一の情報屋らしい。この情報屋、高萩とは俗にいう腐れ縁だ。昔(と言っても約1年前だが)からこういうところは変わっていない。
「全部嘘ってわけじゃないわ。私じゃ花楓さんを説得できない。」
実際そこまで嘘はついていないのだ。泣きそうになって、ごまかしついでにああいう風になっただけで。
「素直にそう言ったってユウとんは助けてくれると思うけれどねェ。」
ニヤリとこちらを見つめてくる彼女には何も言い返せなかった。正直、彼女は苦手なタイプに属する。友達として、ではなく敵として。もっとも、今は部活仲間なのだけれど。
「信じられないんだよネ、縋ったら助けてくれるなんテ。」
「・・・・・・・・・・」
やはり苦手だ。情報を駆使して的確に傷をえぐりに来る。あー蹴りを入れたいわね。
「でもそれって、まだそんなに変われてない証拠じゃなイ?心を通わせられると思って仲間としてスカウトしたのに、本末転倒もいいとこだネ。アッハハ。」
「そうかもね。でもあなたも変わっているとは思えない。」
だがやられっぱなしも性に合わない。話題の切り返しで反撃に出る。・・・・・・ほんとは物理的がいいのだけど。
「そうかナ?私はあの時のことは忘れてはいないつもりサ。あの時の私はバカだっタ。人の心も分かっていなかったし自分の行動であんなに結果が変わるとは思ってなかっタ。もうあんな思いはしたくなイ。だからこうして君と、あの人の意思が詰まった『生徒部』に肩入れしてるんじゃないカ。」
フッと話し相手は鼻で笑ってから真面目な顔になる。この情報屋は基本的にどんな重要な時でもヘラヘラしているがそれでも内容はしっかり提供する。だから普段はへらへらしていても問題はない。殴りたくはなるけどね。
そんな彼女がこんな顔をするのはそう、あの事絡みくらいだ。
「変な脱線はしないことだよ。分かっているとは思うけれど、あの人は思い切った戦争は望んじゃいない。」
「・・・・・・・・・」
「いい学校にする。それが私たちの目標だロ?」
「ええ、そうね。」
重苦しい雰囲気に私はついに耐えかねて立ち上がって鞄を持つ。
「おや、お帰りかイ?んじゃ、ご一緒するヨ。」
別についてきて欲しくないんだけど。
まあそんなことを言ったところで何も変わらないのは前から知っている。無言で了承を伝え、部室から出て、校舎へと向かう。
「そういえば、ユウとんはうまくやっているかなァ?」
そういえば、というか私はさっきから頭からそのことが離れない。彼の表情があまりにも覚悟に満ちていて勢いのまま任せてしまったけれど大丈夫かな。そんな心配など高萩は感じていないかのようにあっけらかんとしている。それに対抗するかのように私は自然と見栄を張る。
「だ、大丈夫よ。なんて言ったって私の後輩よ?」
「まー、そうだネ。あの『冷傑の姫』が選んだんだもんネ。」
「そうよ。その通・・・・ってその名前で呼ばないでよ!」
「いいじゃなイ。『勇者』に『冷傑の姫』、何とも中二心をくすぐられるねェ。」
「私だって好きでそんな名前で呼ばれたんじゃないもん!・・・・・勇者?」
聞きなれない名前があったのでそれを恥ずかしさを誤魔化すための口実に利用し、これ以上の黒歴史発掘の阻止を試みる。が、その必要はなく自然と話題は切り替わった。
「おろ、あれユウとんだねェ。」
目線を追ってみると、なるほど図書室にユウト君がいる。まさか仕事を放棄したのではないだろうから、九条さん絡みなのだろうけれど
「何やっているのかしら?」
というのが本音だった。しかし隣の情報屋には何か分かっているようで、なるほどねェなんて言いながらニヤリとしている。
「さ、もう帰ろうヨ。あんまり遅くなってもいいことはないんだからサ。」
ユウト君のことを見て立ち止まったのはあんたでしょうが!
「そうね。」
そう軽く答えて2年生の下駄箱へと体を向ける。高萩は一歩前を歩いて私が後をついていくポジション。
高萩は私のことなどお構いなしに自分の出席番号が書かれているところに直行していく。だからこそ私は何の理由付けもなく後ろを振り向けた。もしかしたらこれが高萩の優しさだったのかも、なんてことは考えない。
「頑張ってね、ユウト君。」
その声に反応したかのように本を置いて出てくるユウト君はこちらを向いた・・・・・気がした。
その時にはもう、私は靴を履いて高萩を追っていた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
沈黙。何故かと言われれば喋ることがないから、という単純な理由。
普通に仲が良いわけじゃないし、関係性はなんだと言われたら良く言って昔の喧嘩相手。悪く言っても昔の喧嘩相手だ。そんな相手と女子高生トークが繰り広げられる訳もない。もっとも、それは私だけの問題であって、高萩が同じ理由で喋っていないのかは分からない。
「ねーねー、ユイなん。」
「なに?」
この『ユイなん』というあだ名には突っ込むことを断念している。面倒くさくなるのは明白だから。
「あの小学生、目つき悪いネー」
「何の話!?そして失礼なこと言わないであげてよ!・・・・・でもそうね、目つき悪いわね。」
もしかしてあの小学生を見るのに集中して話さなかった、なんてことないわよね。うん、流石にないない。っていうか知らず知らずのうちに賛同してしまった・・・・・・知らない内に女子高生二人に話のネタにされた挙句、罵倒された少年には同情しかない。めげずに頑張って!応援してるぞ!
「あれは逸材だネ。裏社会のボスになれる凶暴さだヨ。目ハ。」
「そうね。目だけね。」
そんなキラキラ青春ライフをイケイケで過ごすはずの女子高生、略してJKらしくない会話をしながら道を歩く。
まさか高萩と歩くなんて思ってもみなかったし、自分で誘ったのだが同じ部活に所属するとも思っていなかった。
目つきの悪い少年はというと転んだ友達をなだめて手を取っていて、とても美しい友情を見せていた。
「人生って面白いものね。」
これまた女子高生らしくない話題に高萩が食いつく。
「そうだねェ。どんなことが起こるか分からないし、どんなことをするのが正解とかもなイ。例えば、私を同じ部に誘ったこととかネ。」
「間違っちゃいないと思ってるわ。あなたの力は知っているもの。それが味方になってくれればとっても心強いわ。」
高萩が苦笑する。こんな顔、滅多に見れない。もし手元にカメラがあったら迷わずシャッターを切っただろう。
「そんなに信用しちゃってるのかイ?まいったネ。」
「いくらでもまいってなさい。その方が見てて面白いってもんよ。」
「中々性格が悪いねェ。ああ、そうそう」
更に苦笑を浮かべた後に思いだしたように話題を変える。
「ユウとん、彼もなかなか何をするか分かんなくて面白い子だと思うよ?あそこまで分かんない子は珍しいっていうか面白いっていうか興味をそそられるっていうカ・・・・。」
「結果的にあんたは見て楽しんでるだけじゃないの?」
「まーネ。だって飽きないと思うヨ?そういう意味じゃ、流石は『冷傑の姫』に選ばれただけはあるのかナ。」
「なっ・・・・・!だからその名前はやめてよ!」
慌てて顔が赤くなってしまっているだろう私をみて高萩は実に楽しそうに笑う。
「いいじゃないカ。ただ、見ている分にはってことだけどネ。それでも今回に限って言えば彼は上手くやるサ。」
「ふーん?まぁあなたが言うなら信用できるのかもね。」
学校からの最寄駅が近づいてきている。高萩の家がどこにあるのか知らないが、2人でゆっくりとこんな話をできるのはもう少ししかない。何か話そうと口を開こうとしたその時、高萩が軽く、しかしどこかふざけた様には聞こえないような声で話しかけてきた。
「君たちは、おっと、今は私たちにするべきなのかなァ。どちらにせよいろいろと問題を抱えていル。それは根が張っていてそう簡単に引っこ抜けるもんじゃぁなイ。でもね、少しずつでもやれることはやっておくべきだと思うんダ。ユイなん、君はもう『冷傑の姫』じゃないんだろウ?それなら、もう少し本心を見せてもいいと思うヨ。今のままじゃ他人を傷つけるよりも、自分の方が深い傷を負ウ。今もそうなんだろうけれド。」
結構なセリフをスラスラと私に浴びせかけ、しばらく間を取る。この間はもしかしなくても私の返事を待っていたのだろうけれど、私はこの沈黙を破ろうとはしなかった。
「沈黙は了承ととるヨ。ああ、それとユウとん。君も分かってて誘ったんだろうけど彼もいろいろあるヨ。それもきっと、ユイなんの思ってる以上にネ。」
中々意味深な言葉だなぁ。そんなところも流石は高萩だ。
「ユイなんはこの後電車に24分乗って乗り換えて10分なんだよネ。いやー意外と遠いところからきてるんだよネー。オツカレサン。そんじゃまた明日。」
「待って!?何で知ってるのよー!・・・・・・行っちゃった。」
まさに嵐だ。早口に言いたいことだけ言って帰ってしまった。何であんなに正確に私の帰り道を知ってたのかしら。怖っ!
「また明日、ね。」
何とも言えない気持ちが胸に溜まっているのを実感しながら高萩に言われた言葉を反復してみる。
ユウト君はどうしただろう。それこそ明日になれば分かるのだけれど、どうしても気になってしまう。全く手のかかる後輩だなぁ。私が手のかかる問題を押し付けたのだけど。
もう少し本心を見せてもいい。本当はこの言葉を反復するべきなんだろう。でも今の私には大事なことだと分かっていても棚上げしておきたかった。自分が傷つくことなんていとわない。相手には騙されていると気づかせない。実は私はまだ『冷傑の姫』なんだ。この衣を脱ぐ日が来るのだろうか。
アナウンスの後にまさにローカル線と言うべき電車がホームに着く。東光高校は実は海の近くにあるので、その近くの駅にも潮の香りが香ってくる。その匂いをいっぱい吸ってからこっそりと、しかし呟きではなく力を持たせて
「さあ、頑張っていこうか、主人公と一般人!」
そう言葉を発して電車に乗った。
今日はかなりアブノーマルな一日だったなぁ。
ふと、今日を振り返ってみる。
仮に今誰が主人公か、と聞かれたとする。そうすれば私は迷いなくユウト君だ、と答える。私がそう仕向けている部分もあるのだけれど、彼自身が主人公らしい。
でも、主人公であるところの彼だけが物語を動かしているんじゃない。今日だって、私は特別なユウト君だって知らない時間を過ごしたのだから。
そう、これは舞台裏のお話。本来無くてもいい蛇足と言っても過言ではないような、そんなお話。
それでも私には────────────主人公と比べても引けを取らない、そんな時間だ。






