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現代勇者の歩き方  作者: 枝一季
入学編
6/11

進展と停滞

「一期一会」。よく聞く言葉だ。

だいたいの意味は出会いは大切にしろ、ということをいっている。

いい言葉だなぁと思う半面、嫌な面もある気がしてならない。「大切に」ということは裏を返せばずっとその関係を良いままにしていかなくてはならないということではないのだろうか。時に上の身分の者に合わせ、時にへりくだって。面倒くさいと感じても言ってしまえばずっと自分を演じていなくてはいけない。


いや、斜め下から見ているという自覚はある。単純にとらえた方が気楽で正しいのは分かっているのだが、性格の部分なので勘弁してほしい。


よって今俺は地球上に住んでいる何億の人の中で昨日奇跡的に出会うことができた食えない先輩とともに本来名前のあるはずのプレートが空白の生徒部部室で10分ほど話をしていた。まぁ、大変くだらない会話だが。もっともそう思っているのは俺だけのようだったが。


「身長は・・・知ってタ。体重も・・・・誕生日、年齢、クラス、住所も知ってル。あと私、何知らないんだろうネ?」

「知りませんよ!俺が聞きたいくらいですよ!まったく、どっからそういう情報が出てくるんですか。」

「分かったヨ。好きな食べ物とか女の子のタイプとかを教えてヨ。」


断るとさらに面倒な事になるのは10分間の中で学習済みだ。適当に一般論を応えて置けば問題ない。


「好きな食べ物は肉類全般。女の子のタイプとかはありません。しいて言うなら可愛い人か、美人さんがいいですね。」

「そんなのはつまんないなァー。好きな食べ物はいいってことにしておくから女の子の好みくらい、このおねー様に詳しく教えてヨー!例えばサ、ユイなんとかどーなノ?」


ユイなんってユイナ先輩のことか・・・・?独創的なネーミングセンスだが本人はどう思うのだろうか。ま、俺には関係ない。


「特に何も思いませんよ。かなりの美人さんだとは思いますが」

「高嶺の花、ってイメージがピッタリだよネ、あの娘は。」

「それは分かりますね。で、先輩は何をしに来たんですか?」


弁解しておくが、俺はこの話題を忘れてはいなかった。ではなぜ10分間も要したかといえば、単純に聞かせてくれなかった。まさにマシンガントーク。本場の力を実感しました。

とは言え、本題を切り出させた、いや切り出させてくれた。こうなってくると今はむしろ10分で済んでよかったと思えてくる。


「いや、私が出した情報はきちんと役立ってるかナーってのと、ユウトんの様子を見に、ネ。」

「俺の・・・?」


あ、そういえば情報収集もあったカーとか言いながら笑っている高萩先輩に質問を重ねる。


「いや、君には何となく興味があってネ。何というか違和感、かナ。それを感じるんだヨ。」

「そうなんですか。違和感、ねぇ・・・・」

「ま、いいヨ。自分でそれは解明するからサ。それじゃもういくネ。ユイなんによろしク~」


そういって高萩先輩は立ち上がり、部室を出て行った・・・・と思ったらユイナ先輩が入れ替わりで出てきた。もしかして察知して逃げたのだろうか。スゲエ・・・・・そのスキル超欲しい。


「高萩さんが来ていたの?まったく・・・・どうせ来たんだったら情報くらい置いていきなさいよ。」

「それ彼女にとって校内死活問題です。」


なんとなくツッコミ側に回ってきてるな・・・


「さ、文芸部に行くわよ。あのお馬鹿さんを引っ張り出さなきゃね。」


あの子がバカならあんたもバカだ。もちろん口に出さずにツッコミを入れる。

結局、あの日は延々と口論をした挙句もう遅いから、という理由で第2ラウンドは翌日、つまり今日に延期された。どちらにえよ面倒なので俺的にはどちらでもいいのだが、しいていえば早く終わらせてほしい限りだ。


「へいへい。」

テキトーに返事を返し昨日と同じように先輩の後姿を見ながら文芸部に向かっていった。


そして今俺は口論、というよりもここまで来ると口喧嘩にしか見えないが昨日と同じく交渉をしているらしい所を見ていた。


「希望、という言葉を知っているかしら。あなたにはそれがないわね。残念な娘。でも!だからこそ!この学校を変えるべきよ。こんな場所じゃ意識が低下していって弱気・暗い・残念の三拍子がそろってしまうわよ?そんな残念な子になる前に生徒部の一員となるべきだわ!」


「百歩譲ってその残念な三拍子がそろったとしましょう。それの何が悪いんですかね?今のご時世、やろうと思えばネットとかを使って一人でも生きていけるんです!よって残念でも生きていけます。その前に私、成績優秀だしそんな残念なことにはなりませんけどね!」


「残念残念うるさいな!余計なこと言ってないで要点だけまとめてください!」


俺が必死になるのは訳がある。早く帰りたい。別に何かすることがあるわけでもないのだが。

が、その必死さもこの状況では機能しない。全く昨日から好転していなかった。


「あ、そうだ。ユウト君。あなた職員室から入部届取ってきて。」

「へいへい」

「ちょっと待ってください!花里先輩。私入部しないので届け出はいらないんですけど?」

「一応一応。ほら、はやく行ってきて」


九条をにんまりとした顔で押さえつけながら先輩は叫んだ。ユイナ先輩、本当に九条のこと気にいったんだろうな。なんだかんだ言ってはたから見れば仲の良い先輩と後輩。言ってしまえば姉妹にも見えるかもしれない。その姿はなんだか輝いていて、見ていて眩しかった。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「はい、これでいいのね?」

「はい。ありがとうございますとユイナ先輩が言ってると思います。」

「素直にあんたがその言葉を言いなさいよ・・・・・で、どうなの?九条のアホは。」

「何とも言えませんね。入部に関しては頑ななんですがユイナ先輩と仲よさそうに見えるので。それにしても、やっぱり先生が勧めたんですね。九条のこと。」

「まぁね。でも、ユイナもしっかり観察してたみたいよ。あの子は自分の目で確かめるタイプだからねー。あの子はしっかりし見てるのよ?自分の仲間にしようとしている人は特にね。」

「そうなんですか。なんで、先生は九条を?」


先生は飲み物を一気にあおいで一呼吸おいてから、ゆっくりと話し出す。


「そりゃ、あんたと同じでクラスに馴染めてないようだったし。あんたみたいに独自の世界っていうか考え方っていうか、そんなもんを持ってる感じでねー。」


ここで少し間を開け、先生はなにか言うか言わないか迷っているような感じで苦笑いを浮かべている。

結局、言う方向に天秤が傾いたらしい。先生が言いずらそうに語り始める。


「・・・・・・それに、あの子には姉さんがいてさ、」

「ああ、知ってます。たしか優秀だったんですよね。」

「おっと、こりゃたまげた。こんなこと知っているとなると高萩か。」


苦笑を浮かべる先生。高萩先輩の顔でも思い浮かんでいるのだろう。なにせ、言おうか迷った情報が既知の情報だったのだ。

よく見るとかなりまずそうな色とデザインをしている飲み物を空にして苦笑から真剣みの帯びた顔に戻る。


「ま、そう。優秀だったよ。運動、容姿、勉強。どれをとっても満点だったな。学校の評価なら。」

「・・・?それは、内面がダメだった、とかでしょうか?」

「おしいかな、そうじゃない。ほとんどの連中があいつを慕ってた。上級生もだよ?でも半面、人を傷つけてしまうことがあった。それを本人が理解していたか、どう思っていたかは私には分からないし言いたくもないけれどね。」


教え子のことを思い出すというのはきっとにこやかになるものなのに、先生の表情は曇っている。

俺は一瞬どうしたものかと迷ったもののこんなことを聞いたのだから適当に返すわけにはいかないと考えをまとめる。


「それはきっと妹の九条にも同じ、いやそれ以上だったんでしょう?だからこそあいつは・・・・」


「さぁ。もしかしたら、優秀ながらも姉のように他人を傷つけない、そんな人間になろうとしてるのかもね。でももしそうならそれは彼女をさらに傷つける、自傷行為ともいうべき行動だわ。だからこそ」

「生徒部に、ですか。」


学校だけではなくそれを通して彼女も変えようとしているのか。案外、いい案なのかもしれない。


「うん。分かっているならよし!・・・・・どんなに理解していようと先生と生徒の間には溝があるのよ。解決は先生にはできない。それができるのがあんたたち生徒。いいわねー眩しく見えるわ。

私からのヒントタイムは終了よ。あとは九条本人に聞くなり高萩から聞くなりしなさい。生徒間のことは生徒がやらなきゃね。」


実際、その通りだろう。どんなに理解していようと先生と生徒の間には溝がある。解決は先生にはできまい。

はい、と返事をして職員室を出ていく。失礼しましたとこの学校の生徒ならばほとんどしない挨拶も織り交ぜてドアを閉める。


「はぁ。・・・・・ユイナはあんたのことも見てたんだからね」


小さなその声はドアの閉まる音にかき消され、誰にも届かなかった。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


さて、こうして俺はユイナ先輩から仰せつかった、いわば『初めてのお使い』を済ませたわけだがすぐにはあの戦場には行かなかった。

なぜか、と聞かれればまだまだ戦いは終わる気配がなかったからだ。というよりそもそも変化がなかったからだ。


俺は嫌だぁーとか、何で行かなきゃいけないんだぁーなどの心の声を押し殺し、名無しのプレートの前までは行ったのだが外からでも二人の口論は聞こえていた。


「私とあなたとでは考え方が違うのです!いい加減理解してください!」

「いーえ!根本的な部分では分かり合えていると思うわ。だから、はい!生徒部に~?」

「入りません!」


とまぁ、こんな風に。

そんなわけで俺は時間をつぶすことを決定事項とし、180度回転。名無しのプレート前を後にした。


どこへ向かうかといえば俺のデスタイム、昼休みを過ごす超絶ボッチ空間、その名も屋上である。

もちろん閉まっているが、一つだけ窓が開いている。

・・・・・今考えてみると主人公補正が働いている気がする。俺って主人公になれるんじゃないか?

そんなどうでもいいことを考えつつ、体一つ分などゆうに通れる窓から屋上に這い出そうとする。


しかし、いつもの昼休みになら絶対にやらないであろうミスをどうでもいいことを考えていたために俺はやってしまった。もちろん、放課後にこんな場所には来ないだろう、と言う油断と言う面もあったが。

実は一年生のこの時期、学校探索に来るやつが少なからずいる。そのため昼休みに来るときはいつも周りの音を聞き逃さないよう集中しているのだが、今回は全く警戒していなかった。


そのため、人の気配に気が付けなかった。

幸いだったのは、声をかけてきているのが上ってきた階段ではなく、屋上からだったことだろうか。屋上に入ろうとするのを咎められはしないだろう。


「なにを・・・しているの?」


少し離れた場所から小さくおとなしい、可愛らしい女の子の声。しかし声は警戒の色をおびている。自分でもわかるほどぎこちなく屋上に這い上がって少女の方を見る。


「えっ、と・・・・・学校探検?」


少女は声の通り、おとなしそうな見た目だった。おそらく彼女が小柄でキチンと制服を着ていることも一つの要因なのだろう。美女、というよりも可愛らしい。そんな言葉が似合いそうな少女だった。なんだか俺がこの数日で出会った先輩や同級生と会ったら食べられてしまいそうな感じがする。


「あ、そう・・・なん・・・・・だ」

「あ、うん。えと、大丈夫?なんか俺したか?」


彼女の顔は何とも形容しがたい表情になっていた。

驚きが入っていることは間違いないのだが、ほかに混ざっている表情がよく分からない。

恐怖とも取れるかもしれないが違う、後悔のようにも見えるし、気まずさを表している気もする。

そして恐る恐る、といった感じでようやく口を開く。


「ゆっ・・・・・・『勇者』?」

「えっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」


一瞬で思考が止まった。頭の中はすでに何かに支配されているようだった。

今度は俺のほうが形容しがたい顔になっているに違いない。と言うよりそんなことはどうでもいい。その前に考えられない。


『勇者』?今なんて言ったんだ?この子は誰だ?名前は?何でそこに?何でそんな顔をしているんだ?何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何・・・・・?


俺が思考停止状態の間にいつの間にか彼女の姿はなくなっていた。消えた、などでは勿論なく彼女は窓から屋上を出て走り去っていったのだろう。もう足音がかろうじて聞こえるレベルになっている。

走り去っていくとき何か言ってたような気がするが聞こえなかった。完全にシャットアウトしていた。


ようやくいつもの適度な静かさを取り戻した屋上で、俺はまだ混乱していて何も考えられていない頭とそれでも何かを訴えるように騒ぐ心を落ち着かせようと、まだ機能が回復していない頭でぼんやりと考え空を見ようとして前を向いた。


空は大きい。青い。雄大だ。あるのは白い雲、太陽。この時間なら月も、もしかしたら星だって見えるかもしれない。飛行機なんかが入ってくるかもしれないが、あるのはそれだけ。人間の目からではそれしか見えない。だから落ち着く。余計なことは考えなくていい。


しかし上を向く前に、夕日になりかかった太陽の光を背に浴びているフードをかぶったシルエットが目に入った。いや、入ってしまったと言うべきだろうか。


「なんだか顔色がよくないみたいだヨ?大丈夫かナ?」


そこにいた彼女は心配を本当にしているのか疑いたくなるほどにんまり笑っていた。

ここ数日で何度もあっている顔。今の自分を見せてはいけない。

働かない頭でようやく出した自分の方針に従って俺は懸命に誤魔化しにかかる。


「ええ。ちょっと・・・お腹が痛くて。」

「ほほう。そりゃ大変だネ。」


にんまりと高萩先輩は笑う。まるで心を見透かすような目こちらに向けて。


「私はてっきり、今の子に言われた一言にトラウマか何かあったのかと思ったヨ。

 ねぇ、『勇者』君。」

「はッ・・・・・・・・!?なん、で」

「私は自他ともに認める天下一の情報屋。舐めてもらっちゃ困るなァ。ま、君のことは気になったからこそここまで調べたんだけれどネ。それにしても、『勇者』カ。すごいあだ名だネ。」


俺はもはや答えられない。そのことをようやく知覚できるレベルにしか頭が働いていない。

高萩先輩は愉快そうに話し続ける。


「君がここにきてくれて良かったヨ。二人きりで、落ち着いて話したかったからネ。さっきの生徒部の部室じゃユイなんとか入ってきちゃうと思ったシ。ほんとは、話すのはもっと後にする気だったんだけド。神様のいたずらってのは怖いネー。」


「な、何をしたいんだ?俺と、話?」


「そんなに動揺しないでヨ。取って食ったりしないからサ。いつものポーカーフェイスでいいんだヨ?」


「ポーカーフェイス・・・・?」


「そう。君はいつも嘘をついて、仮面をかぶってるよネ。長いこと取材やらなんやらで私、人を見る目がよくなったと自分では思ってるんだヨ。さっき違和感があったって言ったでしョ?その目で昨日見た君は不自然だっタ。そう、不自然に感じたんだヨ。そんな君が面白そうだとも感じタ。ただのコミュ症じゃなイ。かといって、フツーの人にも見えなイ。もちろんクラスの中心人物のようにも見えないし、そのとりまきにも、ダ。だから、調べタ。とはいっても、さすがに昨日今日じゃ全部は分からなかったけどネ。」

あはハハハ、と先輩は陽気に笑って見せる。


「なにを、ど・・・どこまで知ってるんだ!?情報ソースは?」


「教えると思うノ?あはハハハ!情報ソースってのは情報屋の命綱だヨ?それを進んで切ろうとは思わないサ。どこまで知ってるかっていうと・・・・んー、これも教えたくはないナ。もともとこんな早く話すと思ってなかったシ。今話したんじゃ全部押さえてないし正確じゃない情報を開示したことになル。それは私のポリシーに反するからネ。それに『対価』もないし。」


「『対価』・・・・」


「そう。それ。金でも、権力でも、行動でモ。なんでもオッケー。例えば、『これから、卒業するまで新聞部の犬になります!』でもいいヨ。その依頼に見合えばネ。あハハハハハ!でも、私が君に求めるのはそんなものじゃないヨ。」


「なら、なにを?」


高萩先輩はいっそ清々しいくらいににんまりと笑いながら『対価』を提示する。


「これから君がどうするのか、見たイ。それだけサ。君は面白いくらい見るものが見れば不思議なんダ。違和感のような、そんな雰囲気を持つ君がこの学校を変える気があるようには見えなイ。それなのに『革命』をすることを、この学校をひっくり返そうとすることを目的にしている、この学校から見ればいわば悪巧みをしているメンバーなんダ。これを、不思議に思わないかなァ。あははははハハハ!」


「それは・・・・ユイナ先輩が生徒部に」

「無理矢理に入れタ?本当ニ?確かに彼女なやり方はやや強引だけど無理矢理入れてないと私は思っているんだヨ。だってそれでいいならよっぽど責任感があるやつしか部活には来ないシ、君が責任感が強いかどうかなんて分からないでしょウ?たとえ先生に紹介されて、話を聞いたり隠れて君を見ていたとしてモ。それにかえでにゃんを言葉攻めして引き込もうとはしてないと考えたんだけど、どウ?」


「・・・・・・・今に分かります。」


「ハア、そうかイ。それなら楽しみに待っておくヨ。その間に私も君のことを調べ上げル。がんばって私に面白いものを見せてネ。『勇者』君。」

「っ・・・・!」


ぽんぽんと俺の肩をたたいて屋上から出ていく高萩先輩。それを何もしないで見ているのは、先輩の言葉が、逃げて行ってしまった少女の言葉がまるで矢のように俺の胸を突き刺しているからだ。いつまでも引き抜けないその矢はもう何百本も受けているはずで、慣れてしまいたいくらい飽き飽きしているのに。

痛い。物理的な物じゃなく精神的なものであると分かってはいるが、痛い。


「本当に、俺は弱いな。あの頃から・・・・・何も変わってないじゃないか。」


しばらく、俺は今度こそ空を見ていた。

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

俺は屋上でたっぷり呆けた後、今度こそ寄り道はせずに文芸部室に向かった。


「あら、遅かったじゃない。てっきり荷物も置いて逃げたかと思ったわ。」

「そんなことはしませんよ。何されるか分かったもんじゃありませんから。」


そんな会話をしながら頼まれていた九条用の入部届を渡す。


「私、もう帰ります。そろそろ下校時刻なので。何度言っても、私は入部しないと思うので。諦めた方が、楽です。代わりの人なんて・・・・いっぱいいるんだから。」


そういって九条は出て行ってしまった。結局その日、それ以上することも時間もなかったので俺たちは帰ることにした。胸にある、もやもやをお土産として。

その帰り道に見た先輩の顔はいつになく暗いものだった。


あの日から、もう三日も経っていた。だが、変化はなかった。

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

変化がない。つまり二人の様子は変わらずということになる。そして俺も。

あの日にたまった色々なもやもやは一向に消え去る気配はない。高萩先輩に言われたこともその一つだ。


この日は学級委員の仕事が他のクラスメイトがやらなかった仕事まで押しつけられたため、かなり遅れてしまっていた。

最近はいつも文芸部に集合となっていた。こんなに押しかけても毎日部活に来るところは九条の真面目さを表していた。あるいは、ユイナ先輩のことをそこまで悪く思っていないのかもしれないが。


だが、文芸部の部室は開いていなかった。普通に考えて帰ってしまったのかともう少しあわててもいい状況だったと思うのだが、なぜかそんな気持ちにはならず『ひとまず生徒部の部室に行こう』という考えが浮かびそれに従って生徒部に向かい、ユイナ先輩と再会した。

もしかしたらそれはユイナ先輩のことを信頼していた、ということなのかもしれない。


ところで、九条はやはり帰ってしまったのだろう。もうすぐ下校の鐘が鳴ってしまう。昨日の様子を見る限り彼女は基本的に、いやきっといつでも真面目なのだろう。そんな性格もこの学校では評価などされず、むしろ罵倒される。やはりこの学校は最悪だな、と再認識したところでユイナ先輩の話が再開される。


「もう。九条さん、帰っちゃったわよ。結局説得できなかったわ。」と、先輩はため息をつく。


半ば予想していた結果で話あったが、先輩が思ったよりも暗い顔をしているのを見て少々心が痛くなる。

三日前からだんだんと暗い顔になっていたのだが、いつもとは明らかに違う、格段に暗い顔だった。


「そうでしたか・・・・・」


心情が反映されていたのか、自分の声もかなり悲しみの色を纏っているように聞こえた。

先輩にはいつもの気丈な感じではなく一人のか弱い少女のようだった。開口一番のセリフで自分を作っていたエネルギーを出し尽くしてしまったらしい。瞳を潤ませながら小さな声が口から発せられる。


「もう、諦めた方がいいのかな。それが彼女の望みならもう変えられないのかな。・・・・・・何がダメなのかな。

・・・・・・・・・ユウト君は何で私に協力してくれるの?」

「先輩が猶予、とかいって勝手に仮入部させたからでしょ。」

「そういうことじゃない。

そんなの、私の権限で強制なんてできないんだから九条さんみたいにひたすら突っぱねることだって無 視することだって先生に言うことだってできたはずよ。

でもあなたはそのまま受けてくれた。それはなぜ?

あなたと、九条さんでは何が違うの?」


彼女の言葉も態度も俺には最初、『らしくない』ように見えて顔には出さなくても内心は困惑していた。

でもきっと、今のが本当の彼女なんじゃないだろうか。こんな彼女だからこそこの学校を変えようと立ち上がり、必死に頑張っているのではないだろうか。


おこがましい。

そこまで考えた時、俺は自分をそう思った。彼女とは出会ってまだ一週間もたっていないのだ。何を知った気でいるのか。人の心とはそんなに浅くないというのに。

こんなんだから俺は・・・・・


「違いなんて判りませんよ。だって俺は彼女じゃないし、俺は俺のことも良く分かっていない気がしてますから。ただ、俺が一週間仮入部をしようと思ったのは先輩が一生懸命なのが伝わってきたことと、この先輩がこの部で何をしようとしているのかに興味があったからです。それにきっと、彼女も何か思う所があるはずですよ。」


頭の中のぐちゃぐちゃしたものは隅に押しやり、先輩の問いに答える。


「どうしてわかるのよ・・・・・彼女は何度も同じ理由で入りたくないと言ってきたわ。『私はあなた達の役には立てない』、『やりたくない』。・・・・そう。何度も『やりたくない』と言っていたのよ?それならそれが彼女の本心なんじゃないの?実際、この活動はこの学校では歓迎されない。もしかしたら火の粉が降りかかってくるかもしれない。そう考えたなら」

「こんな部には入りたくない。」

「そうよ。あの子は頭がいいからそのくらいのことは分かってるはずよ。だったら。」

「でも、それでも入ってくれるって思ったんじゃないんですか?先生から紹介されただけじゃなくてユイナ先輩も彼女のこと見てたんでしょう?」

「私が間違っているのよ。危険なことをさせるかもしれないけど部員になって、なんておかしいじゃない。誰だって怖いわ。戦場に出るのは。」


下校のチャイムが鳴り響く。これでは下校時刻に間に合わないだろう。しかしここには止める者もいなければ、止めようとする者もいない。


「革命には、何かをひっくり返すのは必ずリスクがある。それを覚悟できないなら何もひっくり返せない。それをあなたは分かってて戦場に立ったんでしょう。誰だって怖い。でも先輩は立った。

それも彼女は分ってる。何せ頭がいいんだから。

彼女は負ってくれますよ。そのリスクを。俺たちと共に。」

「でも、だって!」


「彼女には鎖がついているだけなんですよ。それを切ってやれば必ず生徒部に入ってくれる。」


自分にしては大胆なことを言っているな、と他人事のように自覚して心の中で苦笑するが、今回だけは引くことができない気がした。


「な、なら、どうやってその鎖を切るのよ・・・・」


先輩は涙声で、涙を隠したいのか窓の外を見ながら俺に問う。そして俺は答える。


「先輩。しばらく俺に任せてくれませんか?」

「えっ・・・・・・?」

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