論争
「鶏は3歩歩くと忘れる」という言葉がある。どうだろうか。そんな状況にあった人がいるだろうか?
3歩は行き過ぎだとしても、すぐに物事を忘れることくらい、人生で少なくとも1回、いやそれ以上にあるはずだ。
俺は今まさにそんな状態だった。数分前に見た顔を忘れていた。
そう。写真の人物とはつまり、さっき優しく、氷のような冷たさのこもった目で部室に迎え入れてくれた女子だった。
考えても見てほしい。もし高萩先輩を探しに行くのだとしたら、まずどこへ向かうか。
俺だったら新聞部の部室へ行く。たとえフラフラ学校中をネタ探しに勤しんでいたって、新聞部に所属し、部室がホームなのだとしたらそこに帰ってくる可能性が大きい、と言うより必ずいつかは帰ってくるだろう。有名な部員でしかも次期部長候補なら、幽霊部員なわけはないのだから。
次に思い浮かぶのは教室。もう放課後なので、可能性は薄いけど。
それにしたってわざわざ文芸部に来る必要はあるまい。『彼女が文芸部に来る』と言う確定的な情報があるのなら話は別だが、ユイナ先輩に先生以外には情報網があるとは思えないし、それだからこそ高萩先輩を勧誘したのだから。
つまり、『最初は文芸部の女子に目をつけていたけど、たまたま高萩さんが出てきたから、文芸部の子を仲間に引き入れるためにもっと情報を得られる可能性が出てきた。彼女はタダでは情報を売ってくれないだろうけど、逆にチャンスだ。仲間に引き入れれば情報は教えてくれるだろうし、仲間も増える!一石二鳥だわ。オホホホホ。』
とか会話の中で考えていたのだろう。少ししかユイナ先輩と触れ合っていないものの、やはり2人で居る時と性格が違いすぎる。2重人格なんだろうか。
そんな話題の人物であるところの少女はただ、これぞ文化部!というような雰囲気を醸し出しながら本を読んでいる。聞こえていないのか、はたまた聞こえていないふりをしているのか。
「ま、いいヨ。条件は飲んだんだしネ。彼女の名前は分かっているだろうけど、九条花楓。身長160㎝、体重は」
「ちょとまって。そんなことを聞く気はないわ。私に有益そうな情報を流してくれないかしら。というより、何で知ってるのよ・・・・」
それは俺も同感。まさか服見ただけで分かっちゃう感じの人?あるいは身体計測のときに覗き見とかですか。変態さんなんですか?
「ありゃ、渾身のギャグだったのになァ。」
・・・・・笑えないんですけど?
「んじゃ本題。ココの部員は彼女一人。つまり、本来なら無くなる部活なんだヨ、文芸部ってのハ。もう一つ。彼女が友達といたり、笑っていたり、つまりは青春を謳歌している様子は誰も見たことがないんだってサ。ついでのおまケ。彼女にはここの卒業生のおねーさんがいるんだってサ。優秀だったらしいゾ。」
俺は悪いと思いながらもこの話を聞いて納得してしまった。
ピッタリだ。適材適所も適材適所。適役にもほどがある。生徒部には。
まず1つ目。単純に「文芸部が廃部寸前」という事実は生徒部に引き抜きやすい。
2つ目はユイナ先輩のようにこの学校を好きではないようであること。つまり似た者同士、分かり合えそう。
3つ目。つくずく俺は性格が悪いと自覚しているのでもう確認は必要ない。というか、したくない。
「なるほどね、やはり先生が勧めただけあって問題児さんのようね。」
「先輩、それ暗に自分のことも俺のことも問題児って言ってるんでやめてもらえます?」
「何言ってるの?私は先生に勧められてないから問題児じゃないわ。」
「つまり俺だけか!問題児は!」
十分ユイナ先輩は問題児だと思います。でも言えねぇ・・・・後が怖いわ。うん。
「んじゃ、私はもういいよネ?」
「まだよ。携帯の番号交換しなさい。いつでも情報ほしいし、貰わなきゃ逃げられるかもだし。」
「やっぱり、何回も情報は引っ張られちゃうのかナ?」
「無制限に、ね。」
思いっきり渋い顔を浮かべる高萩先輩にととどめを刺しにかかるユイナ先輩。どうやらこの人にかかればどんな相手もロックオンされ、テイムするまで攻撃を止めないらしい。
「でも、そこまでこき使わないわよ。本当に必要な情報を貰うだけ。それに貸しはあるとはいえ、生徒部の入部届を書いてもらうんだもの。それくらいはしてちょうだい。」
こんな雑談中に起こった出来事を整理すると、高萩先輩は渋々携帯を出し、多少反抗はしたものの案の定ユイナ先輩に強奪、番号を登録された。
「それじゃネ。また何かあったら呼んでヨ。できるだけ呼んで欲しくないけド。」
初登場のときの元気はユイナ先輩に吸われたらしく、疲れた顔をして高萩先輩は逃げるように文芸部を去っていった。本当に運がなかったよなぁ・・・・
「さて・・・・」
俺は仕切りなおすため、前置きのセリフを発した。
予定外の第一ラウンドを終え、第二ラウンドが幕を開ける。
とはいってもそんなに派手なことが起こるわけではなく、普通にユイナ先輩は話し始める。
「それで、もう私たちがここに来た理由がわかった?」
「・・・・・・・・・」
しかし返事はない。ただの拒否行動のようだ。
「私たちの部活に入るつもりはない?」
「・・・・・・・・・」
これじゃあ、のれんに腕押し。変化が起きない。さすがにここは口を開いておこう。
「生徒部はさ、なんかよく知らないけど学校のいろいろを変えるために動いてるんだってさ。例えば・・・ほら、この学校喧嘩は多いし物は壊れる、制服なんかあったっけ状態だろ?過ごしにくくないか?」
「・・・・・別に。」
「へ・・・・え、あ、そう?」
ようやく口を開いてくれたものの、状況は変わらない。それどころか、俺のコミュニケーション能力が低いことが露見して俺の状況が悪くなった気がする。
「あなたの力が必要なの。どう?やってはくれない?」
「いいえ。私はあなた達の役には立てないわ。立てないし、やりたくもない。あなたたちは所詮理想主義者よ。」
ようやく状況が変わり、戦闘態勢に入った、という所でおなじみの鐘が鳴った。
「下校時間ね。私は帰るわ。」
「あら、もう帰るの?残念ね。これからあなたを説き伏せる予定だったのに。もしかして怖かったりするのかしら?反論できなくなるのが。」
あからさまな挑発だ。漫画とかじゃないと引っかからなくね?こういうの。ついでにずいぶんひどい言い分だと思います。
ピックッと反応があり、足を止める。
あれ?もしかして単純なのかなこの娘。
「反論?それなら今すぐに用意できるわ。最強のをね。」
「言ってみれば?」
「入りたくないから。」
なるほどー。拒否権の行使か。でもそれじゃ押し切られるなー。俺みたいにな。
「なるほど。あなたはこの学校が気に入っているということでいいのね?」
「好きではないわね。」
「それなら好きになった方がいいと思わない?」
「そうだとしてもなにも望まなければ不自由はないわ。」
「人は望むものよ。どんな人でも、例外なく。」
「でも全てを手に入れられないことも人は知っているわ。少なくとも、私はそれを知っている。」
「いつまで続ける気ですか!もう下校時間ですよ!?」
BGMには何故か鳴っているドンドンと花火のような音で、どことなく状況にマッチしている。
ヒートアップし続ける二人にたまらずツッコミを入れてしまった。これはもう獣の喧嘩に首を突っ込んだも同義だ。つまり、邪魔者は排除される。
氷の女王と化したユイナ先輩は
「下校時間?ああ、そんなのがあったわね。でもこの女子生徒が折れるのも時間の問題。数分ならあるもないも同じよ。そんなことより、あなたも生徒部の一員でしょう?邪魔するのではなく、役に立ちなさい!」
対して1年ながら先輩と同じだけのオーラ、いや覇気を持つ九条は
「下校時間なんて関係ないわ。私は一方的につかまっているんだもの。早く帰りたいのはやまやまなんだけれど。あなたも分かってるならこの先輩を連れて帰ってくれない?」
「俺の扱いがひどいな!それに話し合いは別に今じゃなくてもいいだろ!」
これが話し合いと言って
「ダメよ、ユウト君。いまやっておかないと面倒なことになるわ。それに、どちらにしろはいるんだから。」
「今決着をつけるのには賛成ね。どちらにしたって入らないもの。」
言葉の応酬が止まらない、止められない。どうして俺はこんなに力がないんだ・・・
俺が脱力している間にも姿勢も崩していないのに口は止まらない。
表情もあまり変わらないのに言葉だけはヒートアップしていく。
「もう、帰らせてくれよ・・・・。というか、俺居る必要あんのか?・・・・・ないな、帰ろう。」
自分の必要性について考え、帰ることを決定事項にしてこそこそとドアに向かい、開けようとした時、タイミングよくそのドアが勢いよく開けられる。
「何でまだ校内にいるんじゃああ!」
「うおおおおおおおお!?」
体育教師とは、古来より教師の中で一番怖いと決まっている。それはこの学校とて例外ではない。効力があるのかどうかは置いておくが。
「もう最終下校時刻は過ぎている!さっさと帰りなさい!」
しかし教師の中では、だ。この学校云々は置いておくにしても、
「あら、先生。」
「何か?」
氷のオーラをまとっているこの二人には効果はなさそうだった。
二人の冷たいオーラに当てられながらも先生はなおも説教を続けようとする。
「下校時刻だと言ってるんだ!喧嘩なら外でやれ!この後先生達は見回りだのなんだの忙しいんだ!さっさと出て行け!」
フッと鼻で笑うのはやはり俺ではなく二人。
「忙しい?」
「先生が?」
先生の顔が引きつる。俺も少し引きつってる気がする。だってもう獲物狩る気満々の獣の顔なんだもん。
「まあ、そうなのかもしれませんね。それならどうぞお仕事を続けて下さい。部室棟もしめてもらって結構です。窓から出ますから。」
「そういう問題じゃないだろ!」
「そうだ!それに私は生徒指導担当でもある!」
俺は気づかぬ間に先生の援護射撃をしてしまったがそんなのは所詮、意味もない事だった。
かかったとばかりに顔をほころばせた二人だったが、口を開いたのは九条。
「生徒指導。つまり生徒を指導するのが仕事、ですよね?」
「何言っておるんだ!あたりまえだろう!」
「それなら校庭で時期外れの花火を打ち上げているお馬鹿さんたちを先に指導してくれませんかね?」
さっきから聞こえていた謎のBGMはやはり花火の音だったのか。
「私たちはせいぜいあと5分くらいしかここに留まる気はありません。対して、あちらのバカ共はどれほどいるつもりですかねぇ。危険性も私たちの方が低いですし、どちらを優先した方がいいのかは高校生の私たちでも理解できますが。」
先輩の追い討ちが襲い掛かる。
「・・・・・しかし!」
「まだ食い下がる気ですか、先生。あと5分だって言ってますし良いじゃありませんか。それにこいつらに弁舌では勝てる気しないっすよ、せんせ。」
「勝ち負けは関係ないが、起こる気も失せた。今からサッサと出れば何も言わん。早く出ていきなさい。」
「ありがとうございます。」
満面の笑みで俺はそういった。
最後のおいしい所を持って聞かれたのが気に食わないらしいが、二人の視線を華麗にスルーしてそそくさと荷物を持って帰る。
二人も後をついてきているようで良かったと思う半面、一緒に行動するということに気づき少々面倒に感じる。事実、「入らない」とか「決定事項」とか言い合っている。
「でもま、あと少しの辛抱だろ。」
後の二人には聞こえない程度の声で、俺は呟いた。