交渉
「いいじゃない。あてはないの?」
「あるわけありませんよ。大体俺は仮入部中です。先輩がお手本を見せて下さい。」
「しょうがないわね、まあいいわ。やってあげる。」
自慢げに先輩は言うが・・・・
「あてがあるんですか?ぼっちなのに?」
「私を舐めない方がいいわよ。情報収集なら頑張って実力をつけたんだから!」
「はあ・・・」
どうやって実力つけるんだろう。聞き耳?盗聴とかはないよな。
というかそんなことより友達作り頑張れよ・・・・
まあ、俺が言えたことじゃないけどな。
「それじゃ、行きましょうか。」
部屋を出て部室棟の上へ進んでいく。
前のを歩く綺麗な黒髪を揺らす少女は後ろのことは気にせずズンズン行ってしまう。
その姿はハツラツとした女子高生で・・・・・
あの少女が、学校で浮いた存在であることが信じられない。
なぜそうなったのだろう。ふと、触れなくていいはずのことを考えてしまう。
彼女は『壊れてしまう』なんて言ったが実際、上位カーストに入れるだけの性格、容姿などのスペックは持っていると思う。
『変わる』事が嫌だったのだろうか。それとも・・・・・・
「着いたわ。」
そこは部室棟3階、右から1番目の教室だった。隣は生物部。
目指していた教室には『文芸部』と書かれていた。
「ここに協力してくれそうな人が?」
「ええ、先生が見つけてきたから少なくとも邪魔はしてこないと思うわ。」
「先生情報!?情報の実力付いてないじゃないですか!」
「うるさい!」
先輩は俺のツッコミを誤魔化そうとするが、ドアが開いてそれも遮られる。
2人がドアの方をみると、
「ええ、本当にうるさいわ。」
氷のような冷たさのこもった目があった。
そして自分では思っていないだろうが先輩の話の本当の意味を悟った。
『先生が見つけてきたから』と言う意味、
それは・・・・・
『問題児』、『性格に難アリ』等々。
あるいは『学校に不満がある』だろうか。
でも、俺の言いたいことを要約すればこんな文になる。
『俺はこれから、面倒なことに巻き込まれる。』
「で、何の用かしら。部活参加希望じゃなさそうだし。」
先輩の方を見て話す、氷の目を有する1年の黒髪の女子生徒。
標準服を着ているので学年が簡単に分かる。
それがなければ上級生にも見える態度だ。
・・・・ああ、そういうことか。
先輩と俺の服装から1,2年のコンビだとわかり、入部希望じゃないと思ったのか。
まあ、確率は低いし当たってるな。
「ええ、少しお話があって。」
「んんー?来客とは珍しすぎるなァ」
部室の外から声が聞こえてきた。
「あなたは・・・・・高萩さん?」
「うん。で、何の用なのか少し興味があるかもナ~」
一瞬考えたようなしぐさを見せて、フッと前置きを入れてユイナ先輩は微笑をたたえつつ声の主に話し出す。
「もしかして、次の新聞に載せるのかしら?あるいは・・・誰かに情報を売ったりとか?」
ドアの向こうから歩いてきたのは制服を着崩し、パーカーを被った少し茶髪で小柄な女の子だった。
「情報・・・?」
俺は首をかしげる。というか、また新しい人物が登場した。こちらの女の子もまたさっきの条件に当てはまりそうだ・・・
「あはハ、流石にいきなり売りはしないヨ~。情報はストックして、誰かに依頼されたらあげるんだよ。」
相当おかしかったようで、けらけらと笑い転げている。ユイナ先輩も少し笑う。
こうしてユイナ先輩を見ていると2人でいるときとキャラが違う。これが内弁慶、と言うやつだろうか。
でも身内じゃないしな、俺。この場合なんて言うんだろう・・・・
しかし本当にキャラが変わっている。今は相当まじめモードらしい。
ならば、俺も乗っかるとしよう。
「部長、彼女は?」
「この学校の新聞部部長候補よ。」
「嫌だナー、まだ分からないんだからサ。」
「もうほとんど決まりでしょう。貴方ほど情報集めと記事の書き方が上手い子はいないって評判じゃない。知らないのは1年だけよ。」
「ま、去年やり過ぎたからネー」
良く分からないが情報収集が上手いらしい。つまり、この人を引き抜こうという事だろう。
「んデ?用があるんだろウ?」
被っていたフードを外し、ウエーブがかかった茶髪を揺らす。
「ええ」
先輩は一息入れてから、切りだす。
「依頼・・・と言えばそうかもしれないわ。簡単に言うと、あなたと契約がしたい。」
「フム・・・その回りくどさ、ただの情報収集じゃァないネ。」
「ええ、1つに私たちの情報を流さないこと。」
いきなりだな!・・・・でもまあ、当たり前だな。この人は情報のスペシャリストらしい。彼女から流れる情報は信憑性があるようなので、スクープなんかにされた暁には仲間集めはもちろん、いろいろな活動が制限されるのは想像に難くない。それに俺を含め活動に何の理解もない状態で情報を流されたら、白い目で見られるのはもはや決定。それで済めばいい方だろう。
「悪いがそりゃ無理だナ」
これもごもっとも。利点がない。
「まだ終わってないわ。条件はまだある。」
「・・・・・は?」
この人、バカなのか?いやでもなぁ・・・バカならやっていけないかなぁ。
「なんで断られたのに条件を重ねんですか・・・?」
先輩は俺の疑問を華麗にスルー。
「生徒部の一員にならせてあげるわ。」
「上からかよ・・・・」
「プハハハハハ!ゲホ、ゲホ!・・・・キャハハハハ!!」
対する情報屋、高萩先輩は爆笑。
「はあはあ、いいネ、そういうの。面白イ!でもサ、」
「そんなに上手くはいかないでしょウ?」
少し声音が変わる。それも、冷たい方向へ。空気を読まない先輩では状況が悪化するだけだ。
しかたない、少し喋ってやろう。この俺の、希少価値の高い(喋らないから)真面目なお話を!
「なら、高萩・・・?先輩はにゃに、・・・・なにがお望みで?」
かんじまったよ・・・最近喋ってなかったからな。
とはいえ、フォローには・・・・
「それはキミたちが提示するんダヨ?」
ならなかった。あくまで冷静に、自分の有利になる行動を選択している。ただ俺たちをおちょくっているわけではない。高萩先輩は1つ1つ考えながら話を進めている。正直、正面からはやりたくない相手だと思わざるを得ない。
「それはそうでしょうね。なら、」
しかし、それはこちらも同じ。会ってからまだ1日たつか経たないかの関係だが、俺はこの黒髪の先輩のことを(こういう状況下では)信頼している。このくらい切り返せないようではあの先生も協力などはしまい。
「1つ借り、でどう?もしあなたが助けを求めた時は全力を持って生徒部が問題を解決します。多少のルールは破ってもいいわ。私たちは今に力を持つようになるのだし・・・・その相手に貸しを作れるのはお得だと思うけれど?」
中々の自信だ。彼女にとって、計画が達成されるのは必然らしい。まあもっとも、俺には聞かせてはくれないんだけどな。
対する交渉相手は少しお悩みの様子だ。たしかにこれは大きな博打だ。のるかそるか、1つに2つ。迷わないのはただのバカだ。
「んー、それじゃァ賭けてみようかナ?結衣菜さんにネ。」
「・・・・・」
高萩先輩がこちらを一瞬見たのは俺の勘違いだったろうか。この冷たい、時代と場所が違ければ『殺気』と言ってもいいだろうあの感覚は錯覚だろうか。
「それでは、さっそく依頼、いいかしら?」
「どうぞどうゾ。契約をしたのだからネ」
「この人を調べてくれない?」
そういってポケットから取り出した綺麗に折りたたまれた紙を差し出す。
そこには写真と名前がプリントアウトしてあった。そしてなぜか見覚えがある。クラスメイトもろくに覚えていないのに、なんでだ・・・・?ってなんか悲しいこと思っちゃったな、さすが俺。もう少し頑張ってなじもうとして欲しい教師の考えが一瞬分かってしまった。
「あっはははハ!さすがだヨ!これは流石としか言いようがない!」
「・・・・・あ!?」
高萩先輩が爆笑し始めてから3秒後、やっと俺も気付いた。驚いて思わず声が出てしまっていた。