おおかみと女の子
「ねえ、ねえ、おおかみさん。あなたはさむくないの? どうしてきょうはこんなにさむいのかしら?」
ぴゅうと冷たい風が吹く日のこと。狼は寒さをしのぐために大きな木の洞で休んでいたときでした。近くの村からやってきた女の子が、狼にそう問いかけたのです。
狼にしてみれば、こんな寒い日が続くのは当たり前のことだったので気にしたこともありません。雪という、白くて冷たいものが空から落ちてくるとき、寒くなるのは当然のこと。
そのことを不思議だと思ったこともない狼は、ふん、と鼻を鳴らしました。
「寒いのは当然だろう。私は眠いんだ、早くどこかに行ってくれ」
「おおかみさんもさむいのね! それじゃあ、これあげる。わたしのてぶくろとおなじいろなのよ」
そう言って、女の子が渡したのは首に巻いていたマフラーでした。狼はいらないと押し返そうとしたのですが、それよりも早く女の子は狼の首に巻いたのです。赤いマフラーを巻いた狼の姿を見て、女の子はにこりと笑いました。狼はマフラーをほどこうとしたのですが、前足や後ろ足を使ってみても女の子のように上手くできません。
仕方がないと諦めていると、女の子の手が狼の頭に触れました。赤子をあやすように優しく撫でていき、気が済んだのか女の子は帰っていきました。
もう、これで女の子が来ることはないだろう。赤いマフラーをつけたまま、狼はゆっくりと目を閉じました。
次の日のことです。すやすやと気持ちよく寝ていると、大きい声が聞こえて狼は目を覚ましました。
なんと、その声の主は昨日、赤いマフラーを巻いていったあの女の子だったのです。
「おおかみさん、おおかみさん。きょうもさむいでしょう? だからね、けいとのぼうしをもってきたのよ」
「昨日マフラーをもらったのだから、もういらないよ。それよりも、私は眠いんだ。どこかへ行っておくれ」
「でもね、これをかぶるととってもあったかいのよ。ほら、どうぞ」
「やめてくれよ。こんな姿を仲間たちに見られたら、私は皆に笑われてしまう」
マフラーや帽子をかぶった狼なんて、他の狼にしてみたらいい笑い者です。軟弱だと笑われるのが目に見えているので、必死に嫌だと訴えます。前足をばたつかせてみせますが、女の子は全く気にしません。女の子にしてみれば、自分の家のようにしっかりとした屋根もなく、温かい暖炉もないところに住んでいる狼の方が可哀想だと思ったからです。
女の子は毛糸の帽子を狼にかぶせると、昨日と同じように笑いました。マフラーと同じ赤い色の帽子をかぶった狼は、なんて恥ずかしい姿なんだと落ち込んでいます。落ち込んだ狼を見て、女の子はそっと頭を撫でてみます。
しかし、そんな女の子に対し狼は大きな声で怒りだしました。
「もういい! 君の顔なんて見たくもない! さっさとどこかへ行ってしまえ!」
女の子は何も言わず顔を俯かせて、そっとこの場を後にしました。ようやく静かになったと思い、狼は再び木の洞へと戻っていきます。ゆっくりと目を閉じ、すやすやと眠りはじめました。
夢の中で、春の陽気の中を狼は歩いていました。綺麗な花々が咲き誇り、緑に溢れた森の中で駆け出します。冬の間は寒くて、寒くて、足ががたがたと震えては上手く走れません。
でも、春になればあのときが嘘のように走ることができるのです。
(なんと暖かいのだろう。いつまでも走っていられそうだ)
満足して止まった途端、そっと頭に何かが触れていました。なんだろうかと狼は隣を見ると、いつの間にか女の子が笑って頭を撫でているのです。
ここで、狼の目が覚めました。目が覚めると、冷たい風が吹いているのが分かります。けれど、マフラーや帽子をかぶった今では寒いとは思わなくなっていました。うっとうしいと思っていたものも、一日たてばすっかり馴染んで狼の体を温めてくれています。
それと同時に、狼は昨日のことを後悔していました。あんなに怒ることはなかった、言いすぎてしまったという後悔が押し寄せます。謝ろうと待っても、なかなか女の子は現れません。太陽が真上にのぼっても、現れません。お空は次第に真っ暗に染まっていき、とうとう女の子が来ることはありませんでした。
次の日、狼は近くの村へ行ってみることにしました。きちんと謝ろう、それだけを思って歩いていきます。
村へたどり着くと、皆、温かそうな格好をして出歩いていました。狼は人間たちを怖がらせてはならないと、家の影に隠れながら進んでいきます。マフラーに残った女の子の匂いを頼りに、見知らぬ村を歩き続けました。
くんくん、くんくん。
かすかな匂いを追っていくと、小さな一軒の家へとたどり着きました。煙突からは煙がもくもくと出て、雲のように流れていきます。風に乗って、いい匂いが狼のもとまで届いていきました。
ようやく見つけた狼は、こっそりと窓から女の子の様子をうかがいます。女の子はお父さんやお母さんと一緒に、楽しそうに笑っていました。女の子の楽しそうな姿を見ていると、邪魔をしてはいけない気がしてこのまま森の中へ帰ろうと歩きはじめます。
マフラーもしているのに、帽子だってかぶっているのに、狼は寒くてたまりませんでした。
森の入り口までついたとき、後ろから大きな声で呼び止められました。
「おおかみさん! まって!」
それは、あの女の子でした。狼は驚いて、言いたかった言葉がなかなか出てきません。女の子はにこりと笑い、バスケットの中に入れていたパンを一つ狼へと差し出しました。
焼き立てのパンからは香ばしい匂いと、ほかほかと真っ白な湯気が浮かんでいます。
「これならよろこんでくれるかしら? わたしがつくったのよ! あたたかくておいしいから、どうぞ」
女の子は狼が食べやすいように、パンをちぎって差し出します。女の子の手から受け取って食べたパンは、狼が今まで食べてきたものの中で一番美味しいように思えました。
女の子はにこにこと笑って、狼が食べ終わるのをじっと見守っていました。
「おおかみさん、これならいいでしょう? おおかみさんもさむくなくなるわ」
「ありがとう。それと、怒ってすまなかった。私は、君に言いすぎてしまった。君がくれたものは、すごく温かいよ」
「ほんとう!? すごくうれしいわ!」
女の子は狼に抱きつきます。女の子はぽかぽかと温かく、まるで春のようでした。
「君は温かいんだね」
「おおかみさんこそ! すごくあたたかいのね」
「こうしていれば、寒くないみたいだ」
「じゃあ、あしたもまたくるわ。そうしたら、さむくなくなるよ」
「うん。それじゃあ、また明日」
「ええ。またあした」
それから、女の子は狼の元へ毎日遊びに来ました。森の中で追いかけっこやかくれんぼ。雪が降れば、一緒に雪だるまを作って遊んでいました。女の子と遊ぶのはとても楽しくて、毎日があっという間に過ぎていきました。
木の洞で過ごしているときよりも、女の子と遊んでいる方が狼はとても楽しかったのです。
しかし、いつしか女の子は狼の元へ来なくなってしまいました。
一度、風邪というものにかかったときは一週間来れない日が続いたときがありました。けれど、もう一週間も過ぎているのに女の子は狼のところへ来ることはありませんでした。
女の子になにかあったのだろうかと考えた狼は再び村へ行くことにしました。女の子の家へとたどり着き、こっそりと窓から様子をうかがうと中には女の子のお父さんとお母さんの姿しかありません。どこかへおつかいに行ってしまったんだと考えた狼は、もう一つ女の子の匂いがする方へと歩きはじめました。
その匂いは村のはずれの方まで続き、ずいぶん遠くへおつかいに行ったものだと狼は驚きます。
さくさく、さくさく。
雪を踏みしめて、とうとう女の子の元までたどり着きました。そこには大きな石が置いてあり、石の前には女の子がいつもつけていた手袋が置いてありました。狼のマフラーと同じ色の手袋です。
狼は石へと近づいて、ぴったりと体を寄せ付けました。
「ほら、もう寒くないよ。私も温かいからね」
ゆっくりと目を閉じれば、女の子の笑った顔が見えてきます。おおかみさん、と呼ぶ声も聞こえてきます。
狼はすやすやと眠りはじめました。
春になり、狼は伸び伸びと駆け回ります。暖かい陽気の中を駆け回り、満足して花畑の方へ向かうと女の子が笑って狼を待っていました。
女の子は狼に抱きつきます。狼もまた、女の子へ体を寄せ付けました。
「あたたかいわね、おおかみさん」
「これでもう、寒くないね」
女の子がにこりと笑います。狼もまた、にこりと笑ったのでした。