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龍の山籠もり(後編)

 日が昇る。

 一日の始まりが、男たちにとって修行の始まりとなるときがある。

 雄士、子泉、一志の三人はまさに修行を始めようとしていた。

 少し薄暗い洞窟の中に三人はいた。

「本番は今日からだ。心して挑んでほしい」

「はい」

 子泉が答えた。

(……やってみせる)

 雄士の心に熱い思いがほとばしる。

「雄士!」

「は、はい」

「始めるぞ」

 話を聞いていないそぶりを見せていた雄士を、一志が注意した。

 叱るでもなく、甘やかすでもない、いい塩梅あんばいの物言いだった。

「次はこれを持ち上げる。慣れてきたら上げ下ろしをやってみて欲しい」

「この石を……ですか?」

「雄士、甘く見ない方がいい。まずは一番小さい石を上げてみてごらん」

 洞窟の中には、握りこぶしほどの大きさの石、頭くらいの大きさの石、人間の体ほどの大石があった。 

 一志に言われた通り、雄士は石を上げようとした。

 雄士は石が小さいからとたかをくくっていた。片手で石をつかみ、持ち上げようとしたその時だった。

「うっ」

「雄士、私が言ったことを聞いていなかったのか」

「ごめんなさい」

 雄士はすぐに片手をやめ、両手で石を持ち上げることにした。

(お、重い)

 腕の力を使い、何とかして持ち上げることができた。

 雄士は耐えきれず、石をすぐに下ろしてしまった。

 上げ下ろしなどまず無理な話だろう。

 とはいえ、雄士の体は並みの成人より大きく、力も強い。

「この石は、腕っぷしだけでは持ち上がらない。思い浮かべるんだ。自分がこの石をいとも簡単に持ち上げるのをね」

 一志が助言をした。もはやその言葉は奇天烈きてれつという次元を通り越している。

 一志の隣では、雄士が意気消沈していた。

「雄士、次は私が」

 子泉が近づき、石に手を付けた。

 両手で石を持ち、持ち上げ始めた。

 雄士の時と違い、子泉の表情にまだ余裕が感じられる。

「ふう。一志殿の助言のおかげでうまくいきました」

「子泉殿、見事だ」

 一志が満足げな表情をした。

 雄士は子泉の方を向いた。子泉が石を上げ下ろししているではないか。

 さすがに少しきつそうだったが、雄士より一歩も二歩も前進している。

「雄士殿、君もすぐにできるようになる。心配はいらない」

「……どうすれば」

「一度や二度の失敗で落ち込まないことさ。私もこの修行はとっつきにくくて困ったよ」

「一志殿はあの石を上げ下ろしできるようになるまでどのくらいかかりましたか?」

「一日で出来た。とはいえ、朝からやって夕方ぐらいまでかかったよ」

 昔を思い出した一志が大笑いをしていた。

 雄士は一志の話を聞き、劣等感や気恥ずかしさに打ち負かされていることに気付いた。

「もう一度やらせてください」

「いいぞ、雄士。できるまでやればいい」

「雄士、がんばってください」

 二人に励まされ、雄士は再び石に向かっていった。

(次は必ず)

 意を決した雄士、進んで石をつかむ。

 子泉と一志がそれをじっと見つめていた。

 石を持ち上げる雄士、先ほどに比べてあっさりと持ち上がった。

「よし! これなら」

 ついには石の上げ下ろしもできるようになっていた。

「よし、次はあっちの大きいやつにしよう」

 一志が頭くらいの大きさの石を指差す。

「……やるしかないか」

「そうですね、雄士」

 結局、雄士と子泉は石の修行を2日間行った。

 この修行がどのように影響してくるのかは、まだ二人には分からない。


「二人ともおはよう、次の修行は滝で行う」

「滝行ですか?」

「そうだ」

 雄士と子泉は恐れを感じていた。

 彼らは水の中を泳いだことが一度もない。それゆえの恐怖だろう。

「どうした? 足が震えているぞ」

「一志殿、恥ずかしながら私たちは泳いだことがありません」

「それはすまなかったな、雄士殿。何、いざとなったら私が連れ出す。そうだ、兵士も護衛につけよう」

 一志が二人を安心させるよう声をかけた。確かにその心遣いは雄士たちにとってうれしいものであった。

 だが、体の方はそうもいかないようだ。震えがまだ収まっていない。

「実際に場所を見てみないと分かりません。行きましょう、雄士」

「……分かってる。修行をやめるつもりなんてない」

 雄士たちは自信を無理やり奮い立たせることにした。

 気が変わらないうちに、滝の方へと向かうことになった。

 最初に修行した洞窟から、さらに奥の方へと進んでいく。

 道の先に、小さな川が見えてきた。

「あれをたどって行けば滝に着く」

 一志が川の上流の方を指差した。一行はその通りに歩みを進める。

 次第に進む道が狭くなっていった。足を滑らせないように慎重に進む一行。

「見えてきたよ、あれだ」

 一志が指さす方に、滝があった。

 その滝は小さいながらも、優雅さを感じさせる場所だった。

 そばの方に小屋が立ててあった。修行する者の憩いの場所なのだろうか。

 その周りには、滝を囲むように木々が生えいていた。

「恐れるほどのものではなかっただろう?」

「……は、はい」

 雄士は心を落ち着かせることができたようだ。

 もっとも、その目に映る景色の美しさに惹かれているだけだったのかもしれない。

「さあ、入ろう。この滝が身も心も清らかにしてくれる」

 一志が雄士と子泉を連れて滝に入った。

 滝の水はひんやりとしている。その冷たさは体に染み入るようだった。

「途中で苦しくなったらそう言ってくれ。では、始めよう」

 一志の言葉と共に、修行が始まった。

 それっきり三人は無言で滝に打たれていた。

 ただ、滝から水が落ちる音や小鳥のさえずりが聞こえてくるだけだった。

 水を頭に受け続けているうちに、三人の顔が少しずつ青白くなっていった。

 それでも、三人が滝から離れる様子は見られない。

 周りで兵士たちが周囲を警戒しつつも、三人のことを心配そうに見張っていた。

 三人は動かない。このままだと二度と動かなくなってしまいそうだ。

 心配になった兵士の一人が思わず滝の方へと向かっていった。

 見ていた一志が立ち上がり、心配ないところを見せる。

「心配させてすまなかったな、いったん休憩を取ろう。雄士殿、子泉殿、大丈夫か?」

「はい、何とか」

 気が緩んでしまったのか、雄士と子泉は立ち上がると倒れそうになってしまった。

 一志と兵士たちが雄士たちを小屋まで連れて行った。

 よほど我慢していたのだろう。小屋に着くなり雄士と子泉は全身を震わせた。

「二人ともよく耐えたな。しばらく休んでいてくれ」

 一志がぽつりと呟いた。

 雄士たちはしばらく身震いが止まりそうもなかった。


 

 雄士たちを小屋に残し、一志は兵士を二人ほど連れて、上流の方へと向かって行った。

 上流の川魚を捕まえて、夕食にしようと考えていたのだ。

 人が入ってくることはまずないような場所なので、道なき道を進むことになる。

 木の枝や草のつるをかき分けながら、一志達は先を目指した。

(何かが通った形跡がある?)

 一志は付近の変化に気付いていた。

 だが、こんなところに人が来ることなどまずない。それゆえに最初は動物だろうと考えていた。

「この道、いつもと違うような気がする」

「気のせいですよ」

 兵士たちからすると、一志は考えすぎているように見えるのだろう。

 一志は少しばかり胸騒ぎがしているのを感じた。

(変なことにならなければよいが)

 一志はそんなことを考えながら、さらに上流の方へと向かっていった。

 少し開けた場所に出ると、川底に魚が泳いでいるのが見えた。

 一志のそばで兵士が嬉しそうに声を上げた。

 ここの川魚を焼いて食べるのが兵士たちにとって大きな楽しみだったからだ。

 その一方で、一志は険しい顔つきをしていた。

「帝、魚は取らないのですか?」

「普段より魚の数が少ない」

「そうでしょうか?」

「誰かが我々よりも先に来ている」

 兵士たちの顔が一瞬で驚きの表情を取った。

「それに雄士たちが心配だ、戻ろう」

「か、かしこまりました」

 急な帰還を命じられ、兵士二人の声が上ずってしまった。

 一志達は急いで来た道を戻っていった。


 

 一志が小屋に戻った時、雄士と子泉は少し動けるようになっていた。

「慌てていらっしゃいますが、どうなさいましたか?」

「ここに何者かが来ているかもしれん、予定を変えて次の修行に移ろう」

「次、ですか?」

 子泉のやんわりとした問いに、一志が勢いよく答えた。

 そのやり取りを聞いていたものは皆、ただ事でないと感じ、すぐに場所を移すことにした。

 雄士と子泉は未だに歩くので精いっぱいだった。

 歩いた先には石段があった。上まで結構上る必要がある。

 一行は一段、また一段と登っていく。

 雄士と子泉をかばうようにして目的地へと向かっていった。

 ついた先には、洞窟のような場所があった。

 ただ、その洞窟は人工的なもののようだ。

「ここだ。ここの修行は体ではなく頭を使う」

「頭、ですか?」

 雄士はいやそうな反応をしていた。

「人間、頭と体を使うことは普通のことさ」

「それはそうですが……」

「創造力がものを言う場所さ、ここは」

 一志が嬉しそうな顔で語った。

「ここでの修行がうまくいけば、龍鎧兵の技を身につけることができるだろう」

 一志の言葉で、雄士と子泉の顔に明るさが戻ってきた。

「ゆえに、真剣に取り組むこと! 特に雄士は嫌そうな顔をせずにな」

「は、はい……」

 雄士は一志の指摘を受け、たじたじになっていた。

 洞窟の中は見渡す限り壁画で埋められていた。

 その絵が何を示しているのか、そもそも意味があるのか、それすら分からなかった。

 壁画が織りなす幻想的な雰囲気を雄士と子泉はひしひしと感じていた。

「あの絵は一体何なのでしょうか?」

「子泉殿、それは見た者が決めることだ。絵を見た者の数だけ答えがある」

「哲学的ですね」

「子泉殿にも、今に見えてくるよ。そろそろ始めようか」

 一志が手を叩き、修行の開始を促した。

 雄士と子泉は思わず固まってしまった。

 だが、一志の言葉を思い出し、壁画を見回し始めた。

(これで修行の成果が試されるのか……不思議な気分だ)

 雄士は何となく壁画を眺めていた。そうしていると、不思議と今までのことが頭に浮かんできた。

 西原さいげんで過ごした日々、子泉と遊んだこと、旅路での出来事。

 さまざまなことが頭の中をよぎっていく。

 そんな中、龍鎧兵を始めて動かしたときのことを思い出してから、龍鎧兵のことばかり頭の中をよぎりだした。

 その多くは、失敗や挫折の思い出であった。

 ただ乗っているだけではいけないということは、雄士もよく分かっている。 

(俺はもっと、龍鎧兵をうまく使えるようになりたい)

 雄士の心の中で、その思いがどんどん強くなっていった。

 そんな時だった。

 最初の修行で巻物が雄士に見せた『龍炎』の文字が頭の中に浮かんできた。

(そうか、答えはすでに出ていたんだ)

 強く、激しく燃えさかる炎が雄士の脳裏に浮かんできた。

 これだ、と雄士は強い確信を抱いた。

 顔つきも自信に満ちている。

「雄士、何かを得たようだな」

「そんな気がします」

 一志も期待に胸を膨らませているようだ。

 隣では、子泉が目を閉じて座り込んでいた。瞑想めいそうをしているようにも見える。

 少しすると、子泉がゆっくりと目を開きだした。

 子泉もまた、核心に触れたような顔つきをしている。

「おまたせしました。私も答えを見つけたような気がします」

「では、さっそく試してみるとするか。みんな、戻ろう」

 一志に連れられて、雄士たちは来た道を戻っていった。

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