龍の山籠もり(前編)
「一志殿」
「何だい? 雄士殿」
「あの時の答えなのですが、謹んでお受けします」
「よくぞ決めてくれた。我々は大歓迎だ」
「改めて、よろしくお願い致します」
「こちらこそ」
雄士と一志が固い握手を交わした。
こうして、雄士と子泉の二人は斉連に仕えることになった。
国の雰囲気が良かったことも理由の一つだ。だが、一番の理由は、一志や寛済が信頼できる相手だったからであった。
そんな信頼できる君主から、突然ある提案を受けた。
「君たち、よかったら一緒に龍鎧兵の修行をしないか?」
「修行? 龍鎧兵の修行というものがあるのですか?」
雄士は不思議そうな顔をしていた。
「左様。乗り手の力量を磨くことで、龍鎧兵を強くすることができる」
「本当ですか?」
「きちんと取り組めばな」
「ぜひお願いします」
雄士と子泉は目を輝かせた。もしかしたら、『死者の地』から故郷を取り戻すきっかけになるかもしれないと思ったからだ。
「支度は整えてある。君たちの準備良ければすぐにでも出ようと思う」
「兄上の修行は厳しいですよ」
「寛済、これからという時にそんな冗談はよしてくれ」
寛際がいつの間にかそばまで来ていた。
雄士たちも今まで気づいていなかった。
「力試しをしようとした兵士がすぐに音をあげたそうですよ」
「あれはお調子者がやったのだ」
一志が珍しくすねるようなそぶりを見せた。
「兄上、今回はどれぐらいになりそうですか?」
「だいたい今まで通りだろう、しばらく城を空ける。迷惑をかけるな。妻と子供たち、あと陽花にも伝えてくれ」
「留守はお任せください。兄上」
「行ってくるよ」
雄士たちはすぐに馬がいる場所へと向かった。
戦時を除いて、人々は基本的に石兵や龍鎧兵を用いることは少なかった。
理由はいくつかある。まず目立つこと。今回の雄士たちのように、半ばお忍びで移動するときに石兵などは不向きである。
また、兵器であるため見る者の不安を掻き立てる要因となってしまう。特に民がこれを見たときに、戦争があるのではと思われてしまうことが少なくない。
そして、もう一つ。石兵ばかりを用いると体がなまってしまうことである。
特に、体が資本の兵士たちにとって評判が悪かった。長期戦ともなると兵士たちの不満の種となることがまれであった。また、石兵自体の乗り心地もさほど良くないことも関係している。
それでも、戦とあらば兵士たちは石兵を駆って戦うのである。泣き言が言える立場ではない。
現に、大国ほど石兵の保有数が多い。有用性があるからこそ用いられているのだ。
そして、雄士たちの修行も、龍鎧兵をより強くするためなのだから。
雄士、子泉、一志と数名の兵士からなる一行は修行の地へと向かい始めた。
先頭の兵士が馬に乗って案内をしている。それについていくように雄士たちも馬で駆けだした。
その後ろには馬車が荷物を引いていた。
兵士たちの馬車には水や食料などが積んである。数日は修行を続けるのだろう。
「一志殿、その修業の地はいずこに?」
「ちょっとした山あいの方になる。特に夜は獣に気を付ける必要がある場所だ」
雄士はなぜか不思議そうな顔していた。
「一志殿、盗賊の類は出てこないのですか?」
「子泉殿……、そうだったな。二人にとっては狐狸のほうがやっかいかもしれんな」
人里を離れた場所とはいえ、現れないとも限らないのが狐狸の連中である。
「巻物をとられそうになるのは、もうこりごりです」
「子泉と同意見です」
雄士たちは最初に襲われた時以来、狐狸のことが嫌いになっていた。
もっとも、好きだという人間はいないのだが。
「まあ、可能性はないとは言えない。気を付けるようにするよ」
「ありがとうございます。助かります」
「それはそうと、子泉殿。修行の地までに一回野宿する必要がある」
一志がさらりと重大なことを口にした。
「二人には悪いが、これも修行の一環と思ってもらいたい」
「はい」
「野宿かぁ、久しぶりですね」
「そうでもないだろう……」
雄士と子泉のやりとりは緊張感に欠けていた。余裕があるという証拠なのだろうか。
そんな話をしているうちに、周囲の木々が彼らを深く包み込んでいく。
その先には、木漏れ日が幻想的な空間を作り上げていた。
目的地はまだまだ遠い。
日が沈み始めた。
森を抜け、少し開けたところに出た時だった。
「今日はここで野宿だ。皆、野宿の支度を」
「ははっ」
一志が兵士たちに指令を出す。
慣れているのか、随分と手際がいい。ある者は料理の準備を、またある者は寝床の準備をしている。
「私たちも手伝います」
「そうか、それはありがたい。何を手伝いたい?」
「寝床のほうを」
雄士たちは早速寝床の準備を手伝い始めた。
寝床は遊牧民が用いる住居と同じ造りのようだ。
兵士たちと一緒に屋台骨を立ち上げる。
続けざまに周囲の骨組みと、全体を覆う布の準備を始めた。
「ありがとうございます。おかげで速く設営ができました」
「いえいえ」
達成感を感じているのか、雄士と子泉の顔に自然と笑みがこぼれる。
そんなときに、向こうのほうから声が聞こえてきた。
「みんな、夕食にしよう!」
兵士たちが皆、一志の方へと向かい始めた。雄士と子泉もその後を追う。
近づくにつれ、おいしそうな匂いがしてきた。肉の焼ける匂いがする。
「干し肉だが、これはなかなかおいしいぞ」
一志が肉の入った野菜炒めを皿に盛りつけ、差し出していた。
兵士たちが嬉しそうに食べていた。料理が皿から見る見るうちになくなっていく。
「雄士、私たちもいただきましよう」
「ああ」
雄士たちも夕食にありつくことにした。
手伝いとはいえ、働いた後のご飯は美味しかった。
周りの兵士たちと同じように、すぐに平らげてしまった。
「外のことは兵士たちに任せて、君たちは寝た方がいい。その代わり、修行には精を出してもらうよ」
「何から何まですみません」
子泉が申し訳なさそうな顔で答えた。
一志の言葉に甘えて、雄士たちは眠りにつくことにした。
雄士たち一行は、何事もなく翌朝を迎えた。
朝食を済まし、片づけを終え、再び目的地に向かい始めた。
空は曇りがちだったが、雨が降ることはなかった。
一行はなだらか山道を突き進む。その様は一陣の風の如し。
彼らが通った後には、その跡をかすかに残すように砂埃が飛ぶ。




