雷鳴祭
朝だ。
日差しを受けた雄士たちは目を覚ます。
安心して眠りについたのは久しぶりだったので、雄士たちは普段よりもずっと長く眠っていたのだ。
「子泉、今日は随分と起きるのが遅くなってしまった」
「こちらもですよ」
二人は何だかおかしな気分になってしまった。今まで感じていた緊張感が嘘のようになかったからだ。
とはいえ、いつまでも気の抜けた顔をするわけにもいかない。
雄士たちは一志のもとへと向かった。
「おはようございます、起きたのですね」
「おはようございます、寛済殿」
部屋を出てすぐに寛済と出くわした。
「今日は二人にお話ししたいことがございます」
「何でしょうか?」
子泉が特に興味を示している。
「今日、この宝門では『雷鳴祭』という祭りがあります。よかったら一緒に行きませんか?」
「祭りか……」
雄士は浮かない顔をしていた。
「雄士殿、祭りは嫌いですか?」
「嫌いというわけではありません。ただ、あまりにも華やいだものばかり見ていると息苦しくなってしまいます」
「雄士、食わず嫌いは良くないですよ」
子泉にまで言われてしまう始末であった。
雄士にとって、この子泉の誘いはそうそう断れるものではなかった。
彼が一歳年上だからなのか、龍族だからなのだろうか。言葉の重みが付き人らしからぬ時がある。
もっとも、それを感じているのは雄士くらいであった。
「分かったよ。だから、そんな風に言わないでくれ」
「息抜きも大切ですよ。雄士殿」
「寛済殿まで……」
雄士は照れ臭いのか、顔を下げてしまった。
三人は一志のいる玉座まで来た。
「雄士殿、心配はいらん。祭りに行ったくらいで死にはせんよ。祭りで人の命を狙う不届き物は、国を挙げて取り押さえてみせるさ」
この斉連という国は、多くの人間が祭り好きである。その国民性は他国にも有名なほどだった。
そしてこの『雷鳴祭』は、国も支援するほどの一大行事である。
「祭りはいい。後ろめたさや心のもやを吹き飛ばしてくれる。まあ、これは個人的な意見さ」
一志が涼しい目をしながら祭りについて語った。
「雄士殿、西原ではこういうことはなかったのかい?」
「ありませんでした」
「子泉殿、」
「うーん、そうですね。こういう規模の大きいのはないですが、農作物の収穫期には歌う者、踊る者がいたりします。西原ではこれが祭りのようなものです」
子泉が雄士の分まで答えてしまった。
「なるほど、あるのだな。それはいい」
一志はとてもうれしそうな顔をしていた。
「祭りは規模や数の大小で決まらんさ。そこにいる人がいかに楽しむかだと思っている」
「……」
雄士は黙ってしまった。しかし、先ほどに比べて少し明るい顔つきをしていた。
「つい熱くなってしまったよ、すまない。せっかくだから『雷鳴祭』楽しんで来てくれ」
「ありがとうございます」
子泉が雄士に代わって笑顔で答えた。雄士は何かを言いたそうな顔をしていたが、結局何も言えないでいた。
雄士たちはいったん部屋に戻ることにした。
「子泉、ごめん」
「どうしました?」
「ちゃんと言えなかった……故郷のこと」
「いいんですよ」
どうやら雄士は先ほどの一志との話で悔やんでいたようだ。
「急に恥ずかしくなってしまった」
「誰もあなたを責めていません。気にしてはいけませんよ」
「……ありがとう」
雄士は少し小さな声で答えた。
気心知れた仲であっても、恥ずかしいときは恥ずかしいものなのだ。
外はすでに祭りが始まりそうな雰囲気だった。
道は露店が立ち並び、人々でごった返している。
「どこから行こうか迷ってしまいますね」
「そうだな」
普段と違い、雄士が子泉の後をついていく形となった。
その雄士の姿たるや、かつて皇子だったとは到底思えない姿であった。
外の活気に驚きを示している。
「物売りがこんなにもいるのか」
「おいしそうな匂いがしてきますね」
雄士たちが歩く先には饅頭売りの店があった。
こちらに気付いたのか、声をかけてきた。
「いらっしゃいお兄ちゃんたち、買っていかないかい?」
随分と威勢がいい。
「おいしそうだが、あきらめるとしよう」
「雄士、これを」
「子泉、いつ手に入れたんだ?」
「寛済殿からいただきました」
子泉が斉連の貨幣を差し出した。
受け取った貨幣と、目の前のまんじゅうをまじまじと見つめる雄士。
(寛済殿、恩に着る。ありがとう)
誘惑に負けてしまった雄士は、躊躇なく饅頭を買った。
「私も一つください」
「まいどあり!」
子泉も同じく饅頭を買った。
受け取った饅頭は温かかった。蒸して間もなかったのだろう。
雄士たちは早速饅頭にかぶりついた。
中から肉汁があふれてきた。塩加減もよく、非常においしかった。
雄士の顔に自然と笑みが浮かんできた。
「雄士」
「どうした?」
「久々にその笑顔を見た気がします」
子泉の言葉を聞き、自分の現金さに気が付いた雄士は後ろめたい気分になった。
「子泉」
「どうしました?」
「いただいたお金はあまり使いすぎないようにしよう」
「分かりました」
その後、雄士たちは踊り子の行列に出くわした。
色とりどりの衣装を身にまとっている。
艶やかで華のある踊り子たちが、道行くものを魅了していった。
踊り子の後をついていく男性も少なくはなかった。
だが、大多数は別の方向へと足を進めていた。
「何が始まるんでしょうか?」
「……行ってみるか?」
「行ってみましょう」
だいぶ楽しんできたのか、雄士から誘ってきた。
雄士たちも人々が進む道をたどっている。どうやら大広場へと向かっているようだ。
広場には大小さまざまな大きさの太鼓と奏者の姿があった。
演奏の始まりをまっているようだ。
「太鼓かぁ」
「音楽を聴くのは何年ぶりでしょうか」
子泉が何年ぶりというものだから、雄士は頭の中で計算しようとした。
しかし、最後に聴いたのがいつだか覚えていなかったので、徒労に終わってしまった。
そうこうしているうちに、太鼓の音が聞こえてきた。
力強い音色が広場に響き渡る。
強弱や太鼓を叩く速さを変えて、巧みな演奏で聴く者の心をつかんでいた。
一曲目が終わり、人々から歓声が沸き起こる。
「すごい人気だな」
「素敵な演奏でした。どおりで人が集まるわけです」
次の曲からは笛と一緒に演奏を始めだした。
別の楽器が入っただけで、先ほどとは違う趣となっていた。
「こういうのを見ていると、俺にも分かる気がするんだ」
「何がですか?」
「寛済殿が『他人ごとではない』と話していた理由さ」
(斉連には、自国を好いている人たちがたくさんいる。一志殿や寛済殿だって、その人たちを裏切るようなことなんてしたくないはずだ)
雄士は心の中で思った。
「雄士」
「どうした?」
「斉連の人たちには、我々のような苦しみを受けて欲しくないですね」
「ああ。もうあんなのはごめんだ」
新たな思いを胸に、二人は祭りを後にした。




