斉連と豪龍一族
緑に囲まれた大地が、荒野の先に待っていた。
木々からは雨露がしたたり落ちている。
斉連の国に着いた雄士たちを迎えたのは、雨上がりの空だった。
「ここが、斉連の国か」
「住みやすそうな所ですね」
斉連の人々の暮らしぶりを二人は眺めていた。
故郷があまり豊かでなかったこともあり、斉連の国の豊かさに驚いてしまった。
目に映る民は皆幸せそうに見えてしまう。
雄士は心の中にもやもやした気持ちを抱いてしまった。
故郷の民を幸せにできなかったことに対する気持ちか、斉連の豊かさに対しての嫉妬なのか。
当の本人にもよく分かっていない。
雄士たちはしばらく馬車に揺られる日々が続いた。
しかし、斉連の風景を眺める楽しさが退屈さを上回ったのだろう。二人に大きな不満はなかった。
しばらくすると、家が密集しているような場所が散見されるようになった。
「このあたりから随分と家が増えてきたな」
「都に近づいているのではないでしょうか?」
故郷では決して見ることのできなかった景色だった。
二人は胸をときめかせている。
「おいおい、ここでそんなにはしゃいでもらっちゃあこまるぜ。これから行く宝門に着いたらこんなもんじゃないからな」
「それは楽しみですね」
突然話しかけてきた御者に、子泉が自然に返しを入れた。
(頼むから、もう話しかけないでくれ)
対する雄士はこの御者を快く思っていないようだ。
民家の立地の関係で道が狭くなってきていた。
周囲にいる石兵が、馬車と別の道を進み始めた。
「石兵は専用の道があるのですか?」
「そうなんだよ、これが」
子泉が御者に質問を投げかけていた。
もし街中を石兵が走っていたら、騒音や砂埃で民に迷惑が掛かっていただろう。
斉連はそういったところの配慮ができている国だった。
「我が帝が考案なさったのだ」
御者が鼻高々に言い放った。相変わらず嬉しそうだ。
進む先にはかなり民家が見える。確かに、これでは石兵が通るのは難しい。
音や地響きも問題だが、動きが悪いと民家を壊しかねない。
街のそばには大きな川が流れている。ある時は生活を支え、またあるときは物流の要所となっていると思われる場所だ。
「こんな大きな川は初めて見た」
「とてもきれいですね」
二人は雄大な川の流れに心を奪われている。
川には釣りをしている人や舟をこいでいる人が散見された。
「そういえば、宝門にはいつたどりつくのですか?」
「たぶん今日の昼頃だろうな」
子泉が御者に目的地である宝門について尋ねていた。
雄士たちにとっては今の街並みで十分驚くに値しているのだが、宝門はどのような驚きが待っているのだろうか。
二人は期待に胸を膨らませた。
景色の先には、大きな建物が見え始めた。
もしかしたら、宝門が見え始めているのではないかと。
「もうすぐだ、あの門をくぐると宝門だぜ」
駆ける馬の足音とともに、雄士と子泉の胸の鼓動が鳴り響く。
ついに二人を乗せた馬車は、宝門へとたどり着いた。
「ここが斉連の首都、宝門だ」
碁盤のように整然とした街並みが雄士たちを迎え入れた。
多くの人々が行きかう様子は、まさに都と呼ぶにふさわしい。
宝門の街が醸し出す煌びやかな雰囲気に飲まれそうになる雄士たち。
「こんなきれいな街並みがあるなんて……」
「想像以上でした」
雄士たちは、街並みの中に雷の紋様がいくつもあることに気付いた。
「あれは、雷なのか?」
「そうさ」
御者の話によると、斉連の国では雷を神聖なものとして崇めているそうだ。
中には雷にまつわる国事もあると二人に説明した。
「あと、この国では鹿を国の動物としているんだ。なぜだか分かるか?」
「なぜ鹿なんだ?」
「肉がおいしいからですか?」
「鹿の角が天から落ちた雷と形が似ているからだとさ」
御者が面白そうに話をしている。
「随分と即物的な理由ですね」
「俺もそう思う」
子泉の言葉に、御者がくすくす笑いながら答えた。
しばらく走ると、宮殿らしきところにたどり着いた。王族が住んでいる場所だろうか。
柱の朱色が印象的な大きな建物だった。
「さあ、目的地に着いたぜ」
「ありがとうございます」
雄士たちは馬車から降り、外に出た。
すぐに兵士たちが近づき、雄士たちは中に案内された。
中は兵士や文官、召使いなどでごった返していた。
奥の大きな部屋へと進むと、玉座に一志が座っていた。
「ようこそ、宝門へ」
一志の声が部屋に響き渡る。雄士たちは一礼した。
一志の隣には宰相らしき人物が立っている。
文官の格好をしており、その姿から少し神経質な印象を受ける。親族なのだろうか、顔立ちが少し一志と似ている。
「ここでゆっくりと話をしよう。隣にいるのが弟の寛済だ。宰相をしている」
「寛済と申します。以後お見知りおきを」
「大龍子泉と申します」
「飛龍雄士です」
「兄上、彼らが龍族の客人なのですか?」
「そういうことだ」
四人が話をしているところに、うら若き乙女が姿を現した。
愛らしさと美しさが同居したようなその姿は、無邪気な天女を想起させる。
「兄上、この方々は?」
「私が招待した客人だ」
「そうですか、それではごゆっくり」
そう言って乙女は出て行ってしまった。
「あれは妹の陽花だ」
「美しい方ですね」
「子泉殿、あれはなかなかのお転婆だよ」
一志がくすくすと笑いながら答えた。寛際もかすかに笑みを浮かべている。
対面では、雄士が表情一つ変えず前を見つめていた。
「そろそろ本題に入るとしよう。雄士殿、あなた方がここに来るまでのいきさつを教えてほしい」
「我々、西原という国から参りました」
「『死者の地』に飲まれたといううわさを聞いたが、本当だったのか?」
「はい……」
雄士は思い出すのもつらそうな顔をしていた。
そこに、子泉が雄士を擁護するような形で割って入った。
「龍鎧兵の力で対抗しようとしましたが、どうすることもできませんでした」
「さぞかし辛かったであろうな……」
一志が同情の言葉を投げかけた。一国の主として思うところがあったのだろう。
「今、君たちはこうしてここまで来たが、いったい何のために?」
「それは……」
「国を失った民の移住先を探していたのかい?」
「違います」
雄士はあっさりと否定した。
「故郷を、西原を『死者の地』から取り戻したいのです!」
「……しかし、出来るのか?」
「その方法を模索しています」
「ううむ……」
『死者の地』を食い止める術を知る者は、大陸のどこを探してもいないとされていた。
まさに、押し寄せる絶望であった。
「一大事だな、想像以上の……」
「おっしゃる通りです」
「雄士殿。例え、どのような目にあっても故郷を取り戻す気持ちは変わらないか?」
「はい」
雄士の眼差しは真剣そのものだった。目が合った一志が感心している。
話を聞いているうちに、一志の隣にいる寛済も自身の意見を語り始めた。
「兄上、もはや私たちにとっても他人ごとではなくなるのではないでしょうか?」
「そうだな」
「雄士殿、我々もまた『死者の地』について知らないことばかりです。何も教えてあげられないのは残念に思います。ですが、もし我々に協力できることがあれば言ってください」
「ありがとうございます」
「寛済、そんな大きく出て大丈夫か?」
「兄上が私財をなげうって支援するそうですよ」
「なせ、私だけなんだ」
「冗談です。私も協力しますよ」
寛済がにっこりとした顔で答えた。
冗談を交えながらの、和やかな会話が続く。
しかし、その雰囲気から一転する話が一志から発せられた。
「支援にあたって一つ条件がある」
「何でしょうか?」
「西原を取り戻すまで、二人ともこの国に仕えて欲しいのだ」
一志からの提案は雄士の心を揺さぶるものがあった。
雄士としては、『死者の地』の情報を集めるべく諸国を周りたかったのだ。
だが、強力な後ろ盾の存在もまた、雄士たちにとってはありがたい。
雄士と子泉は顔を合わせ、悩んだ。
「今すぐに答えを出してくれ、とは言わんよ。二人で決めてくれればいい。寛済、二人を部屋に案内してくれ」
「雄士殿、子泉殿。こちらです」
寛済が二人を泊める部屋に案内している。
「雄士、せっかくだからゆっくりしませんか?」
「そうだな。ありがたい話だ、本当に」
雄士たちは寛済の後について行った。




