異国の風に吹かれ
体の揺れを感じた雄士は、ふと目を覚ました。
(やはり、あの世送りかな?)
どうやら馬車の中にいるらしい。
隣からはなぜが地が響く音までしている。
(あの世に行くというのはこうも不自由なのか。それにしても、なんであの世に行くのに手足を縛られないといけないのだろう……、ん?)
雄士は、自分の両腕が縛られていることに気付いたのだ。それと同時に、生きていることにも。
隣を見ると、子泉も手足を縛られていた。まだ生きているようだが、目は閉じたままだ。
その途端に悪い胸騒ぎがした。先ほどの戦いに敗れ、盗賊たちに連れられているかもしれない。
雄士はいてもたってもいられなくなり、突然起き上がった。
しかし、うまく立ち上がることができずに馬車の中で倒れてしまう雄士。
その音に御者が気づいてしまったらしく、馬車が動きを止めてしまった。
「起きたか……」
御者がこちらを覗いていた。男は兜と鎧に身を包んでいる。
「あなた方は?」
「私は斉連の者だ」
「……」
『斉連』、この一帯では大国として名を馳せている国だ。
「心配しなくてもいい、盗賊じゃないから」
「そしたら盗賊は一体?」
「半分はとっつかまえた。もう半分には逃げられた」
御者はあいまいな答えを返してきた。
相手は話が分かる人だと見込んで、雄士は縛られた手足を開放するよう目線で訴えた。
しかし、御者はそれに応じるそぶりを見せない。
「それよりもだ、君たちについての話が聞きたい。我が帝も望んでおられる」
「……それよりも、中にいる俺の友をいち速く救ってくれ!」
「分かったよ、急ぐから」
そう言って御者は馬を再び走らせた。
先ほどよりも速く走っているように感じられる。
雄士は子泉の様子を見ていた。瞼がかすかに動いている。
「子泉、無事か?」
「雄士、ここは?」
「良かった、生きてるんだな」
「……ご迷惑をおかけしました」
友の目覚めに安堵する雄士。途端に、心が軽くなった気がした。
遠くのの景色に緑が見え始めた。これなら荒野を抜け出すのも近い。
前方を見ると、馬車や石兵がひしめいてる場所があった。先遣隊が待っていたのだろう。
前方だけではなかった。気が付くと、馬車の後方にも石兵の姿があった。
「嘘ではないみたいだな」
「雄士、あれはもしかして」
「斉連の軍隊だ」
「どおりで、石兵が多いわけです」
雄士たちは先遣隊の向こう側に、立派な鎧姿の男を見つけた。
背丈は少々低めだが、堂々とした偉丈夫であった。
「あれが軍の司令官か?」
雄士は覗き込むようにして見ていた。隣で子泉がくすくすと笑っている。
司令官と思しき男が配下を連れてこちらに歩いて来ている。
「向こうからわざわざ来てくださるようですよ」
「只者ではなさそうだな」
「当然だ、我らの君主なのだからな」
御者が威張るようにして雄士たちに言い放った。
(この御者は地獄耳だな)
雄士はそんなことを思いながら、馬車で相手を待つことにした。
足音が次第に大きくなっていく。
ついに足音の主が雄士たちの目の前に現れたのだった。
「彼らが砂漠で倒れていた二人か?」
「おっしゃる通りでございます」
「水の準備を」
斉連の君主が二人の様子を見るなり、指示を下した。
雄士たちは、兵士たちに渡された水を飲み始めた。二人とも一心不乱に飲み続けている。
「初めまして、私は斉連の豪龍一志だ。君たちは?」
雄士たちは一志の名を聞き、改めて本人のほうを向いた。
豪龍一志、『雷神帝』の異名を持つ男。
常に全線で戦い続け、民を大切にする勇と義の男としても名高い。
その勇名は、彼の深く吸い込まれそうな瞳と柔和な顔つきからは想像もつかない。
「縄をほどいてあげるんだ」
「しかし、帝」
「これでは我々があまりにも無礼だ」
雄士たちの手足が自由になった。それと同時に、雄士たちも名乗り始めた。
「飛龍雄士と申します」
「大龍子泉と申します、先ほどはありがとうございました」
「やはり、君たちは龍族だったか……、この明正大陸では国を興している者ばかりかと思っていたが」
『龍族』、それはかつて大陸全土を統一していた部族で、もともとは同じ一族だった。
しかし、各地を治めていた龍族同士の反発、それに便乗した狐狸をはじめとする賊の跋扈により、明正大陸は戦乱の世となってしまった。その結果、同族意識は消えたも同然となっている。
今では、『飛龍』や『大龍』といったように苗字についた『龍』の文字と、龍鎧兵の使用権の二つがその名残となっている。
そんな『龍族』という言葉に反応した雄士と子泉は、ふと腰を見た。
そして、腰の巻物がないことに気付く。焦りを隠せない二人。
「心配はいらない。探し物はここだ」
一志が二人の巻物を持っていた。
「ただし、返すには条件がある」
「条件とは?」
雄士の反応が大きかったせいか、そばにいた兵士が笑いをこらえきれずにいた。
「君たちのことをもっと聞かせてくれないか?」
「どこまでお話すればよいのでしょうか?」
「それはこちらが決める。とはいえ、ここでは話が弾まないな。せっかくだから、斉連の国を案内するよ。当然、寝食の保証もする」
雄士は子泉を顔を見合わせた。子泉の方は、笑顔で何も言わなかった。
「寝食の保証」という魔法の言葉にすっかり魅了されていたのだ。
「よろしくお願い致します」
彼らに断る理由はなかった。
寝食のことも、巻物のことも全部含めてだ。
こうして、荒野を後にすることとなった雄士たちは斉連へと向かう。新たな一歩を踏み出すために。
明日は明日の風が吹き、異国は異国の風が吹く。




