陽光に煌めく花
修行を終え、斉連から帰ってきた雄士たち一行。
彼らを待ち受けていたものは、狐狸の問題であった。
斉連国内での窃盗、略奪の被害が急に増えてきているという。
そこで、国を挙げて本格的な討伐を行うこととなった。
しかし、話し合いが思うように進まない。
まず、彼らの出所がはっきりとしていないため、どこからどのように討伐するかの概要がまるで見えてこないのだ。斉連の政局、軍事を司っている面々もこれには頭を悩ませる。
雄士たちも被害を受けた証人として参加していたが、当然話についていけるはずもなかった。
建設的な話が出ることもなく、終わってしまった。二日後同じように話し合いが行われるらしい。
また参加させられると思うと、雄士と子泉はうんざりしてしまう。
「子泉、俺達が参加する意義はあったのか?」
「いなくても同じだったような気がします」
「やっぱりか……」
「他人事ではないにしろ、あれでは……」
子泉が珍しく苦言を口にした。
これには雄士も大きく頷いた。
話し合いをしている雄士たちは、宮殿内からこちらに向かってくる足音を耳にした。
何かから逃げ出しているような足音であった。
雄士たちは足音のする方を向く。そこには、明るく可憐な姿のうら若き乙女がいた。
陽花だった。
思いのほか足が速いようで、すぐに雄士たちの近くまでやってきた。
(むむっ、姫君の振る舞いとはとても思えん……)
彼女の様子を見て、雄士はしかめっ面をしていた。隣で笑顔を崩さない子泉と対照的である。
雄士、子泉の両者共に陽花と顔を合わせた。
陽花が通路の向こうへと消えて行った時だった。
「子泉」
「どうしましたか?」
「厠に行ってくる」
「分かりました、ここで待ってますよ」
急に尿意を感じた雄士は、厠へと急いだ。
(私たちはどうなってしまうのだろう? 最近、本来の目的から離れてきているような気が……)
子泉は雄士を待ちながら考え事をしていた。
こればかりはどうにもならないが、どうも自分たちが思うようにことが進まない。
後ろ向きな考えが頭の中から離れてくれない。そんな時だった。
「あの、そこの方」
子泉が振り返ると、陽花の姿があった。
その姿はかわいさと美しさを兼ね備えており、可憐だった。
子泉は戸惑いを隠せない。斉連の姫君が自身に対して何の用があるというのだろう。
「は、はい」
「追われているんです! ちょっとかくまっていただけませんか?」
陽花から突然お願いをされて戸惑う子泉。
「申し訳ございません、私は友人を待っているのです」
「友人って、あの黒髪の人?」
「そうです」
「え、あの人? あの人何だか顔つきが怖い」
陽花が表情を悪くした。先ほどしかめっ面をしていた雄士のことを快く思っていないようだ。
「そんな風に見えるかもしれませんが、悪い人ではありませんよ。雄士は優しい方です」
「本当なの?」
陽花が首をかしげた。
子泉はどうすればいいのか分からなくなってきた。
この状況を変えてくれる人間はいないだろうか、そう思っていた。
陽花の方もまた、子泉が雄士のことを待つ姿勢を一向に崩さないため、焦っているようだ。
そんな時だった。
「陽花、子泉殿を困らせてはいかんぞ」
寛済が現れた。救世主の登場に子泉も陽花も表情を明るくした。
「お兄様……」
「また詩の先生から逃げようとしているな」
寛際が陽花にくぎを刺す。図星のようだ。
「だってあの先生、わめき散らすような教え方をするんですもの」
「お前が態度を改めれば状況が変わるかもしれんぞ」
「もう嫌、耐えられませんわ」
陽花が辛そうな表情で答えた。今にも泣きそうだ。
これには寛済もかなわないのか、ため息をついてから話し始めた。
「陽花、先生と一回話をつけてみるよ」
「お兄様」
「ただし、今回だけだ。次からはしっかりと勉強するんだよ」
「はい、お兄様。それと……」
そういって陽花が寛済に近づき、ひそひそと小声で話す。
当然、子泉にはその内容が聞こえない。
「そ、その子泉様と……」
「子泉殿がどうした?」
「子泉様とお話ししたいのです」
「……」
寛際が少しの沈黙の後、答えた。
「頼んでみよう」
その言葉を聞いた陽花の表情が一気に明るくなった。
子泉は振り返った寛済と目が合った。何か話があるようだ。
「子泉殿、一つお願いがあるのですが」
「何でしょうか?」
「陽花と遊んでやってくれないか?」
「私が……」
子泉の漏らした言葉に、寛済が大きく頷く。
子泉にはその意図が全く分からない。
「雄士を待っているのですが、何と説明すれば……」
「私が話をつけましょう。子泉殿は心配ご無用」
なぜか、寛際が子泉を説得するという展開となってしまった。
子泉はいよいよ理解できなくなった。
「私でよければ」
「子泉殿、許してください」
「しかし寛済殿、私はどうすれば」
「私が聞いてみましょう」
断りきれない子泉は、話を受けることにした。
「陽花、子泉殿が遊んでくださるぞ」
「本当ですか!」
「だが、無茶は頼むでないぞ」
陽花が嬉しさに跳びはねている。そんな陽花を見ているうちに、子泉も気持ちの整理が出来てきた。
「私、お花畑に行きたいです」
「一体どこにあるのでしょうか?」
「一緒に来てください」
陽花が子泉を連れて、宮廷の外へと向かった。
一国の姫君が客人の、しかも異性を連れている状況である。
いくら本人の希望とはいえ、この状況を他の人間に見られるのだけは避けたかった。誰かに見られて悪い噂でもたったものなら子泉はもちろん、雄士までも宮殿から追い出されるかもしれない。
さらに、宮殿の内外を問わず陽花の人気は高い。これが問題に拍車をかけている。
自身のことはさておき、陽花をはじめとする周りの人々まで悪く言われてしまうのは不本意であった。
「陽花様、この状況を誰かに見られでもしたら……」
「大丈夫です、人がほとんどいない道を通るようにしますから」
陽花が嬉しそうに答えるものの、それが子泉を安心させることはなかった。
もう少しで宮廷の外に出るというところで、足音が聞こえてきた。
子泉は曲がり角で意識的に陽花と距離を取った。これが功を奏したのか、給仕とすれ違った時に怪しまれることはなかった。
「子泉様、大丈夫?」
「はい、何とか」
子泉は陽花に対して怒りを抱くような大人げないことはしなかった。
とはいえ、気苦労は絶えず続いていた。
何とかして宮廷を抜け出した二人は、外の花畑の方へと向かった。
舗装された小道をまっすぐ走りだした。
陽花の足が思いのほか速いことに子泉は改めて驚いた。
(姫様の外見からは想像もつかないですね……)
「子泉様、こちらですわ」
子泉は陽花を見失わないよう、ついて行った。
当然、護衛としての役割も果たさねばならない。
(意外ですね。慎重そうに見える寛済殿が、こんなことを許すとは……)
陽花について行くと、花畑があった。その花畑は子泉が想像していたものとは少し違った。
淡い色合いの草花が一面に咲いていた。花畑自体もそこまで大きくはない。
陽花に華やかな印象があるせいか、子泉は再び驚いた。
(外見からは想像できない面をたくさん持っていらっしゃる、不思議な方だ)
子泉は陽花が持つその感覚に少しばかり好意を持った。
「ここですの、私が大好きな場所……」
「素敵な場所です、とても」
子泉は落ち着きを取り戻し、深呼吸をしていた。
そして気が付くと子泉と陽花は腰を下ろしていた。
「姫様、花はどうするのですか?」
「どうって?」
「摘むのですか?」
「そんなことしません」
陽花がくすっと笑った。
「花は人に摘まれるために咲いているのではありませんわ」
「ごもっともでございます」
「女中に花を摘んで喜んでいる方がいましたが、そういうのは嫌ですわ。命を粗末にしている気がするから」
「姫様はお優しいのですね」
「子泉様……」
「しかし姫様、食べ物も命です。だからといって何も食べないわけにもいきませぬ」
「もう、いじわるぅ」
二人は知らぬ間に、少しずつ距離を近くしていた。
体の距離も、心の距離も。




