三光柱(さんこうちゅう)の誓い
雄士たち一行は、ひとまず修行を終えた。
「雄士殿、子泉殿。成果を試す時が来たな」
「はい」
雄士は待ちきれないのか、体中に力がみなぎっているようだ。
隣の子泉も普段より体に力が入っているようだ。
「早速見せてもらうが、よいか?」
雄士と子泉は一志の問いかけに対し、首を縦に振った。
そして、二人はおもむろに龍鎧兵の巻物を取り出す。
「赤龍!」
「緑龍!」
召喚するやいなや、乗り込む二人。
一志も雷龍を召喚し、乗り込む。
「やってみてくれ」
雄士が駆る赤龍が先に動きを見せた。
空を飛び、地上から離れた赤龍。そして盾を前面に構えてていた。
「焼き尽くせ、龍炎焦!」
赤龍の盾から巨大な炎の塊が間断なく放たれていた。
辺りの空気が熱気でゆらめいている。
(なるほど、彼らしい技だな)
激しく燃え上がるその炎を、一志が心の中で評した。
「雄士殿、やったな。よくぞあの短期間で」
「はい」
雄士は自信と喜びの花を心の中で咲かせた。
しかし彼は、赤龍の可能性がこの程度ではないことも感じていた。
「次は子泉、君の番だ」
「緊張しますね」
子泉の乗る緑龍が地上に降り立った。
ゆっくりと左手を前にして構える緑龍。何が始まるのだろうか。
「出でよ、龍鱗壁!」
子泉が技を唱えた次の瞬間、緑龍の目の前に大きな壁が立ちはだかった。
その壁は緑龍を軽く覆い隠すほどの大きさだ。
(子泉殿はそういう技を会得したのか、なかなか面白い)
子泉のやり方を一志が面白がっていた。
「子泉殿、その壁がどの程度の堅さなのか試してみないか?」
「ぜひお願い致します」
雄士と一志は、龍鱗壁がどの程度耐えるのかを確かめることにした。
赤龍と雷龍の掌から光弾が放たれた。
一発、二発、三発と龍鱗壁へ向けて次々に飛んでいく。
六発くらい命中した時、壁は砕け散ってしまった。
「子泉殿、感想を聞きたい」
「いいのか悪いのかよく分からないですね」
子泉も緑龍の中で頭を抱えていた。
「思うことはそれぞれの中であると思うが、新たな技を会得したということでは大成功だ! 私が見る限り、二人はもっと強くなれる。私より強くなることも不可能ではないな」
一志の評価を聞いて、雄士と子泉は心がこそばゆい感覚に陥った。
「さあ、修行も一区切りしたところだし一息つくか」
一志の提案があまりにも唐突だったため、雄士たちはきょとんとしていた。
「どこへ連れて行ってくださるのですか?」
「温泉だ」
「温泉?」
「雄士殿は温泉に入ったことはないのか?」
「恥ずかしながら……」
「それはすまなかった」
雄士と子泉は温泉というものを知らなかった。
だが、落ち込むようなことはなかった。
むしろ、知らないことを経験できるという好奇心の方が上回るようになってきていた。心の持ちようが変わっていたのだ。これも修行の成果なのかもしれない。
「いいんです、一志殿。それより、温泉はどのような場所なのですか?」
「あったかくて気持ちいい場所だ」
「行ってみれば分かりますよ、雄士」
子泉のことばに雄士は頷いた。
「そういうことさ、これから案内しよう」
雄士たちは、先を進む一志について行った。
山道を歩いていると、少しずつ空気が湿り気を帯びていることに一行は気付いた。
その上、体感温度も上がってきているようだ。
「少し暑いですね」
「温泉が近いぞ」
子泉に対して一志はさらりと返した。
暑く湿った空気は、次第に湯気となって一行の前に現れた。
温泉の全貌がうっすらと見え始めた。
「あれが、温泉……」
雄士がふと言葉を漏らした時だった。
「人影が見える……」
一志は顔をしかめていた。
なんと湯煙の先には、先客の姿があったのだ。
はっきりとは見えないが、筋肉隆々の大男のようだ。
緑がかった黒髪が湯気の向こうから見えた。
「どうなさいますか?」
兵士の一人が腰の剣に手をかけた。
得体のしれない相手に一戦交えるつもりなのだろうか。
「よせ」
一志は兵士たちをなだめた。変わって子泉が一志に尋ねた。
「では、どうされますか?」
「どういう相手か見てみるとしよう」
「私もお供します」
雄士が名乗りを上げた。
一志の眼差しを雄士が素直に受け止めた。
「雄士殿、君も来るか。子泉殿はどうする?」
「ご一緒させていただきます」
子泉の答えに迷いなどなかった。
一歩ずつ確実に距離を進める三人。相手の男は気づいていないのか、微動だにしない。
だいぶ近づいたとき、男の首が雄士たちの方に向けられた。
一志たちは無言でなおも近づく。
ついに、男の姿が確認できるところまで近づいた。
暑いのか、上半身には何も羽織っていなかった。見事な筋肉が露わになっている。
その肉体は武器であり、また芸術品でもあるようだ。
しばらく見つめあう両者。
そして、男の方から口を開いた。
「へへっ、どうも」
「そなた、一体何をしているのだ?」
「見ての通りさ。温泉につかっているんだ」
一志は男に尋ねた。相手からは敵意を感じられなかった。
男の態度があっけらかんとしていたため、雄士と子泉が拍子抜けしてしまった。
(この男、ただ者ではない……)
一志は心の中でそう感じた。心の中にとどめておくつもりが、少し顔に出てしまっているようだ。
「それにしてもいい湯だ。温泉に入りに来たのか?」
「ばれたか」
一志は笑顔で言葉を返した。うまく相手に合わせようとしている。
「後ろの二人は、あんたのお弟子さんかい?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える」
「修行でもやってたのかい?」
「まあな」
探りを入れるような男の会話を一志がうやむやな答えで返していた。
「修行か、そいつはいい。修行を嫌う若者ってのはどんなに才能があっても見込みがない」
「確かにな」
「腕を上げ、男を上げで一石二鳥だってのにな。修行嫌いはろくなことがない」
男が急に修行について語り始めた。これには一志も困っていた。
そばで聞いている雄士と子泉がうんざりとしていた。
「弟子の若さもさることながら、師匠のあんたも若いな」
「それほどでもない」
「まあ、精進してくれ。邪魔して悪かったな」
男はそういって温泉から出て行った。非常に堂々とした引き際であった。
ついには男について何も知ることができなかった。
「雄士殿、子泉殿」
「は、はい」
「我々も温泉に入ろう」
「もう大丈夫なのですか?」
子泉が少し心配そうにつぶやいた。
「あれより危険そうな奴はこの山には出てこないさ」
一志は、皆の心を落ち着かせることに尽力した。
(それにしてもあの男、なぜこの場所を知っているのだ?)
一志の頭の中に、突然疑問が浮かんできた。
(それにあの男、修行と言ったな。なぜそれが分かる?)
疑問の先にある革新の糸口をたぐっていく。
その時、一つの仮説が一志の頭の中をよぎった。
「もしそうなら、見る知るどころの話ではない……」
一志は誰にも聞かれないようにつぶやいた。
修行を終えた一行は修行の地を後にした。
「長かったようで短かったな」
「何日経ったでしょうか?」
「まさか子泉、忘れたのか?」
「雄士は覚えているのですか?」
「あれ、何日だったっけ?」
雄士と子泉はとんちんかんな会話をしていた。
それを聞いていた一志や斉連の兵士たちが笑い始めた。
そんな時だった。遠くの方から鈍く響く音が聞こえてきた。
何かが壊されている音だ。
「何なんだ、一体?」
「雄士殿、子泉殿。急ごう」
すぐに雷龍を召喚する一志。黄色の光が天を貫く。雄士と子泉も龍鎧兵を召喚した。
そして、一志に急かされる形で雄士と子泉は音の先へと向かうことになった。
音がした場所からは煙が立ち込めていた。三体の龍鎧兵は空から急行した。
龍鎧兵を急がせると、そこには小さな集落があった。
集落には石兵が四体存在していた。武力で住民を脅している。
「金と食い物をありったけ、今ずぐよこせ!」
石兵の乗り手の一人が大声を上げていた。
石兵の剣を振りかざし、今にも民家を壊そうとしてる。
「い、命だけは……」
住民たちが恐怖に震えていた。あまりの理不尽さに、悲しみと苦しみが入り混じった表情をしていた。
「やつらも狐狸なのか?」
「そうかもしれませんね」
雄士たちは狐狸に対する嫌悪感で顔をゆがませていた。
「君たちの言う通りだよ」
一志が少し間をおいてから答えた。
「罪もない人たちを、よくも!」
「急ぎましょう!」
雄士も子泉も血気にはやっていた。
「雄士殿、子泉殿」
「はい」
「不本意ではあるが、早速修行の成果を試す時が来た」
「一志殿? そのような考え方は不謹慎では」
「子泉殿、だから不本意だと言ったではないか」
「試す……、自分の力を」
戸惑う子泉に対し、雄士は闘志を心の中で燃やしていた。
三体の龍鎧兵が、ついに石兵の近くまで到達した。
その姿を見た石兵乗りたちが驚いてしまっている。
「そこまでだ!」
一志の力強い声に、石兵乗りたちがさらにたじろぐ。
しかし、すぐに正気に戻してしまった。肝が据わっているのだろう。悪事を日ごろから行っている連中なだけある。
「今すぐ武器を捨てるのだ。命ぐらいは見逃してやる」
「何だとぅ!」
「略奪などと下劣なことを」
「あんたか、雷神帝ってのは。俺達から言わせればな、あんたら国の統治者も簒奪者なんだよ! 租税やら何やらって言ってるけどさ」
狐狸のこの一言が一志の逆鱗に触れてしまったようだ。
雷龍が体中に雷をまとい始めた。見ている者にその借りが伝わってきた。
「みんな、やっちまおうぜ」
「あだぼうよ!」
それにもかかわらず、石兵が四体まとめて近づいてきた。特に雷龍を恐れてはいないようだ
雷龍が大剣を石兵に向けた。剣は雷で次第に見えなくなっていた。
「貫け、龍雷砲!」
一志の一声と同時に、雷龍の大剣から雷がほとばしる。
一条の閃光が爆発を伴い、石兵を跡形も無く消し去ってしまった。
「なんて威力なんだ……」
見ていた雄士はその一撃に目を見張った。
「やったか?」
一志が煙の向こう側を見ようとした時だった。龍鎧兵に向けて煙の奥から光弾がまばらに飛んできた。
「まだのようですね」
「子泉殿、雄士殿と二人に任せてもいいかい?」
「かしこまりました」
「行こう、子泉!」
雄士の赤龍と子泉の緑龍が勢いよく煙の方へと向かっていった。
煙が収まった時には、すでに両者肉薄した状態だった。
「こんなに近くにいたのか」
赤龍の目の前に石兵が一体立ちはだかった。石兵が光弾を撃ちながら前進している。
赤龍は左右に動きながらこれを躱し、剣を構えた。
赤龍の剣が炎をまとっている。
「龍炎斬!」
雄士の力強い一声と共に、赤龍が剣を振りおろす。相手の石兵はなすすべもなく一刀両断されてしまった。石兵の切り口が剣の炎で赤熱している。
一方、子泉の緑龍も石兵二体と対峙していた。
「一対二ですか、貧乏くじですね」
子泉がつぶやいた。とはいえ、それほど困った様子でもなかった。
二体の石兵が一斉の襲い掛かろうとしていた。
すかさず緑龍は龍鱗壁を一体の石兵の前に召喚した。その石兵が身動きに困った隙に、もう一体の石兵の方へ攻撃を仕掛けた。
「これを試してみましょう、龍鱗投!」
緑龍の腕から「く」の字の形をした投擲武器が現れる。緑龍はそれを勢いよく相手の石兵に向けて投げつけた。
投げた武器は、石兵の腹部に吸い込まれるように命中した。完全に食い込んでしまっている。
そしてそのまま石兵が前のめりになって倒れてしまった。
「あと一体ですね」
子泉が石兵の方を向く。すると、もう一体の石兵と赤龍が戦っていた。
互いに剣を合わせ、火花を散らしていた。
相手はなかなかの手だれなのか、赤龍が上から剣を振りかざしてもうまく流していた。
雄士は緑龍の存在に気づき、相手の石兵から距離を取った。
挟撃するためだ。
「雄士!」
「子泉!」
二人は互いの名を呼び、頃合いを図った。
赤龍と緑龍が一斉に石兵に向かっていく。最後の一体になった石兵を猛追する。
「「うおおおおっ」」
緑龍が石兵の左側を、赤龍が右側を得物で斬りつけた。
猛攻に耐えられず、最後の石兵が倒れる。倒れたと同時に石兵の胴体が真っ二つになってしまった。
戦いは終わった。
あっという間の戦闘であった。
「やはり、彼らは修行前よりいい動きをしている。その上新しい技まで」
雄士たちの成長っぷりは一志の想像以上だった。
「二人とも、見事だ!」
一志が二人の力量を認め、称えた。
一志の声に反応するように、赤龍と緑龍が雷龍の方に寄って来た。
宙を浮いていた三体の龍鎧兵が地上に降り立った。
雷龍が天を衝くように高々と大剣を掲げた。
赤龍と緑龍も雷龍の大剣と交差させるようにして武器を掲げた。
交差した武器が日差しで煌めいている。
「心に抱く願いこそ違えど、平穏を願う民のために武を尽くそうぞ!」
一志が思いを込めて宣言した。
「そのためにも、もっと強く」
雄士も一志に続く。
「民の剣となり、盾となりましょう!」
ついには子泉も声高らかに誓いを立てた。
この一連の出来事は、龍鎧兵の召喚になぞらえ『三光柱の誓い』と斉連の兵士たちに呼ばれるようになった。
「あれがうわさに聞きし雷神帝か……手ごわそうだ」
森の中で、雄士たちの活躍を見ながらほくそ笑む一人の大男の姿があった。
「へへっ、それにしてもいいもの見たぜ。まさかとは思ったが三人とも龍族だったわけだ。こりゃあおもしろくなりそうだ」
雄士たちが温泉で出会ったあの男である。
(これで、本来の目的も達成できたわけだ)
恍惚とした表情で龍鎧兵を見つめていた。
「運はこの俺に、龍玄山曹に傾いて来ている。実にいいことだ」
この大男もまた、龍族だったのだ。
山曹が『三光柱の誓い』の目撃者であることを雄士たちは知らない。




