プロローグ(2/3) 少女の名前
夕輝が聞くことってなんでしょうね。今話タイトルにて。
前話、ルビがおかしかったので修正しました。2013.1.19 23時ごろ。
後書きを少し訂正 2013.1.28.10:55
なんとなく聞き覚えのある声。しかし、この少女とは間違いなく初対面である。もしかして……、と思い聞いてみることにする。
「あの、キミは動物の声で有名な、納葵音子では?」
「……よくお分かりになりましたね。もしかしてさっきので見当がついていたのかしら」
「いや、そんなことはないよ。でも、何だか聞いたことがある声だなって思っただけだよ」
「普通に喋る役は一度もなかったのに……。あなたすごいわね」
この納葵音子という少女は動物の鳴きまねが非常に上手く、アニメーションの動物役をほぼ独占している。ただ、演技というものが非常に下手で、普通に喋る役を一度もやったことがないというのはあまり知られていないことである。
「俺、き、キミの大ファンなんだ! よかったらサインと、握手してください!」
「残念ですけどサインはできないの。ごめんなさい」
本当に申し訳なさそうにしている少女に、彼は悪いことしちゃったかな、と思った。
「ねえ、これ。よく出来ているでしょう?」
唐突に言う少女の指の先に目を向けると、ネズミらしき動物の骨。しかし、なんだか違和感がある。
「これは……? これはこっちで、……ん、こっちは足りない?」
「お詳しいんですね、ネズミなのに。流石は医大生ってところかしら?」
ハッとして少女を見ると、その手には俺の財布がある。いつの間に盗ったのだろうか。
「おおまかにはヒトとそんなに変わらないからね。大体でいいなら骨格図はソラで描けるよ。それと……」
「もう辞めちゃったんでしょ?」
何で分かるのだろう。そう思っていると、少女は喋り続けた。
「あそこの人、いま何だかぴりぴりしてるもの。試験期間かなにかでしょう? それなのにこんなところで油を売っているなんて。学生ではないのは丸分かりよ?」
この洞察力はとても羨ましい。そして、今度は俺の携帯を投げ返してきた。さっき財布を盗られたときにポケットは確認し、そのときには携帯はあったはずだ。
「私の番号を登録しておいたわ」
油断も隙もない。しかし、これはとても嬉しい。俺はこの子の大ファンである。それにしても、この子、見た感じ中学生くらいだが、学校はどうしているのだろうか。
彼は覚えていないようだが、彼の通っていた大学は八月に試験が始まる。中学生は夏休みだ。
「あ、玄関先で長話もよくないわね。さあさ、上がってちょうだい」
少女が警戒して入り口付近で話をしていたのだが、どうやらこの家には三和土がない。靴のまま上がっていいようだ。
「そこにお掛けになってしばらく寛いでいらして。私は一度部屋に戻って部屋着から替えてまいりますから」
戻ってきた少女は、レース飾りのたくさんついたワンピース(ゴスロリというのだろうか)から、飾りのない膝丈ほどののワンピースに、肩から掛けたストールを胸の辺りでゆるく結んでいる。長い髪は下のほうを赤と淡いピンクの二本の紐で一本にまとめてある。
「さっきの服は可愛かったけど、今度のは少し大人っぽくなったね」
少女は嬉しそうに微笑むと、彼の隣に腰掛けた。
「そういえば、まだあなたのお名前を伺っておりませんね」
確かにまだ名乗っていなかった。突然やってきたのは俺のほうなのに。
「俺は呉夕輝だ。俺だけ名前を知ってるのもナンだし、俺が突然やって来たんだから、本来なら俺のほうから名乗るべきだったよな」
「いえ、私もまだ名前を言っておりませんよ?」
「え、キミの名前は納葵音子ではないのかい?」
「……あなたは三十分近く門の前に立ち尽くして、表札も見ていらっしゃらなかったの?」
少々あきれ気味に言われた。反論の余地がない。
「私の名前は音木那子と申します。アナグラムみたいでしょう? でも、音子というのはこの子の名前よ」
この子の、と言ったところで自分の胸に手を当てる。どういう意味だろうか。
「ついでに言うと、好きな食べ物はきな粉餅ですわ」
「お互い変わった名前だな」
彼の両親によると、ナズム、に上手い漢字を当てることができなかったので、違う名前を考えたらしい。ちなみに暮れなずむの『ナズム』は『泥む』と書く。
こんな理由からでた一言だったが、しばしの沈黙ののち、話題を振ってくれたのだと気づいた。
「……あなたは何か好きなものとか、趣味とかはないのですか?」
彼の好きなものというとアニメで、しかも、今隣に座っている少女の動物の声に目がない。そんなことを言ったら白い目で見られるのではないかと思い、口に出せない。
「そういえば、さきほど私のファンだと仰ってくださいましたね。ありがとうございます」
玄関先で言ったこと。もう時間が経ってしまったが覚えていてくれたらしい。
「そういえば、あの骨はなんだ? それと、入ってきたときに奥のほうにいた猫は?」
今まで忘れていたが、突然思い出したので聞いてみることにした。せっかく話題を……、と少女が少し不機嫌そうにしていたのを、彼は気づいていない。
「猫? あぁ、あれはビー玉ですよ。まさか本当に引っかかってくださるなんて。ふふっ」
どうやら暗闇に目が慣れていなかったのではなく、本格的に視力が低下しているようだ、と彼は思った。
「それと骨、でしたね。石膏ですよ……と言ったら、信じていただけますか?」
彼はその不機嫌そうな声にまだ気づいていない。
「……本当はどうなんだ? 本物か、作り物か」
「ふふふ。ご想像にお任せしますわ」
少女は少し意地悪な気持ちになっていた。彼は気づかない。
どうやら教えてはくれないようだ。作り物だとしたらよく出来ていると褒めてやってもいいと思うが、本物だとすると、骨の位置がおかしかったり、足りなかったりするのが理解しがたい。どちらにしろ、これだけの数があるということは何かしらの意味があることなのだろうか。
その後、他愛のない話で少女と打ち解け、辺りはすっかり暗くなってしまった。
「もう暗いですし、今晩は泊まってくださらない?」
「そんな、キミはこの家で独りなんだし、男と二人っきりになろうだなんて考えちゃダメだ。また今度来てあげるよ」
彼は一人暮らしなので帰りの時間を気にする必要はない。話の中で彼が一人り暮らしということも、少女がこの広い屋敷に一人ぼっちということも知っている。
「……そう、ですよね。それじゃあまたきて下さいね。絶対ですよ!」
「おう、約束する。一週間以内に来るから」
寂しがりやなんだな、この子は。そんなことを考えていると、
「お別れの前に、那子と、名前で呼んでくださらないかしら、……ゆ、夕輝」
照れながら言う少女。
「ああ。那子、また来るよ。俺のことも夕輝と呼んでくれて構わないよ、那子」
「ありがとう、夕輝。一週間後に。約束ですよ。夕輝が言ったんですからね」
それから、彼は少女に手を振って『噂の動物屋敷』を後にし、自宅へと帰っていった。
呉と夕と輝のそれぞれにルビをつけようとしたら、めちゃくちゃな表記になってしまいました。焦りました。連続でルビをつけることはできないんですね。(, ,) ……がっかりってこんな感じですかね?
以下、内容について。
動物の鳴き声専門の声優さんなんて聞いたことねーよ! というツッコミはなしです。文字通りの作り話ですので。
少女の服装について。(一応こんな設定です)
若干オタックック(僕的には語呂的な問題です。マニアックとかメカニック的にオタクックです。こうちゃん語とでも思っておいてください)な感じですよね。ゴスロリとか。無駄に長髪とか。
紐を二本使っているのは、特に記述していませんが、下のほうを太めに3段だけ三つ編にして上端と下端をそれぞれ赤と淡いピンクの紐で蝶結びにしています。
ちなみに、髪の長さは膝を少し越すくらいです。
サインしない理由は、音子でなく那子だからです。もう一つ理由があります。
詳しくは本編にて。
次話について。
何で少女は広い屋敷に一人ぼっちなんでしょうか。
次話「プロローグ(3/3)」にて理由の一端を書きます。
今話は前話の2.3倍くらいの文字数です。次話は1,000字ありません。
字数的に区切るところがおかしい気がしないでもないですが、今話はこれでキリがいいんです。
あ、これはノートパソコンに一度書いていて、デスクトップのパソコンでちょっとずつ直しながら写しているので、しばらくは大体の文字数が分かる状況にあります。
パソコンを起動するのがメンドイというとても不精な理由と、学校の試験が近いというまじめな理由により本編一話目は来月(二月)半ば以降の更新になるかと思いますが、「プロローグ」だけは今月中に投稿しようと思っています。2012.1.23 0:25
本文中の「~しばらくくつろいで~」、「~三十分ちかく~」を「~しばらく寛いで~」、「~三十分近く~」と漢字に直しました。2013.2.17 23:55