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殺人

「ああ……! 無事でしたね! おかえりなさいませ、牡丹様!」


 村の入り口には、キルコや例の少年少女を始め、たくさんの人々が集まっていた。恐らく敵が撤収したため殺されずに済んだ、生き残りの人々だろう。

 俺はいまだに虚ろな目をしている少女を背に負いつつ、キルコのもとへとゆっくり歩いていった。わあわあと、他の村人達がなにかお礼みたいなものを言っているが、今の俺の頭にはそれは素通りするばかりだ。

 俺は少女をキルコに預けると、どっとその場でへたり込んだ。いろいろあって、少々疲れた。出来ることならば、今ここで眠ってしまいたい。


「どうしました、牡丹様……!? どこかお怪我でも、されているんですか!?」


 俺はそのキルコの心配そうな問いかけに、ゆっくりと首を横に振った。

 頭ががくんと下がり、意識が朦朧としてくる。キルコが色々と言っているが、もうそれも正確に聞き取れない。俺はゆったりと地面に倒れこみ、眠りに落ちた。





「……あ、お目覚めですか、牡丹様」


 目覚めると俺は、夜空の下の草原で大の字になっていた。そよ風は夜になっても止むことはなく、この適度な暖かさが非常に気持ち良い。俺は上半身をむくりと起こし、焚き火に木をくべていたキルコの方を見遣る。


「先程村の方から、お礼金として三千ゴールドを頂きました。その時牡丹様は眠ってらっしゃったので、僭越ながらわたくしのマネーカードにお金を保管してあります。後でお送りいたしますね」


「……俺は、眠っていたのか」


「はい。気絶した、と言ってもいいかもしれません。村の中から出てきたと思ったら、急にこの女の子をわたくしに預けて、倒れるように眠ってしまいましたよ。それにしても、この子は一体どうしたんです?」


 ……そうだ。確かに俺は、女の子を一人助けたんだ。

 その女の子はどこかと辺りを見回してみると、キルコの隣ですうすう眠っていた。腰まであるぼさぼさの銀色の髪に、今は閉じられているが――水色がかった虚ろな瞳。手荒く破られたその服装は、あの襲撃でいかに酷い目にあわされたかを物語っている。


「あの村で、¨自然¨の奴らに――輪姦されていたんだ。酷いもんだったよ。俺が助けた時には、すでに表情は死んじまってた」


「そう……ですか……。それは……」


 キルコはその話を聞いて、悲痛そうな顔をした。木をくべる手を止めて、眠っている女の子へと向き直り、その頬を優しく撫でている。彼女の手にも、体温というものはあるのだろうか。


「村の人々と、あの子供二人はどうした?」


「……あの村を放棄して、新しい地を探しに行くそうです。その際にこの子を、身寄りがいなくなってしまったからとわたくし達に預けていきました」


「そう、か……。あんなことがあっちゃ、もうあそこには住めないもんな……。でも身寄りがいなくなったからと言って、この子を置いていくっていうのは一体どういうことなんだ? やけに冷たい態度じゃないか」


 しかもこんな、行きがけに俺らに預けるだなんて……本当に冷たい態度だな。少し、見損なったかもしれない。


「それには、理由がありまして――実はですね、牡丹様が眠っている間に、一回だけこの子が行動を起こしたんです。村の方々がこの子連れて行こうとすると、眠っている牡丹様の服の袖を掴んで、離さなかったんです。どうしたのかと聞いても、首を横に振るばかりで……。それで仕方なく、身寄りもいないからということで、わたくしたちに預けていったんです」


「そんなことが……あったのか」


 そうか……この子が、一瞬とはいえ、感情を表にしたのか。あれだけ絶望的な瞳をしていた、この子が。


「それなら――この子の表情と感情は、完全に死んだわけじゃないってことか」


「ええ。そうですね……。何ともやるせない話ですが、まだ救いようがあってよかったと――言うべきでしょうか」


「どうだろうな。それは、そればっかりはこの子に聞いてみないと、分からないな」


 俺は立ち上がって、夜空で輝く月へと両手を伸ばし、うんと伸びをした。体からペキパキ骨が軋む音が聞こえてきて、少しだけ気分が暗くなった。


「なあキルコ」


「はい、なんでしょう」


「俺は――人を殺しちゃったよ」


「戦闘に殺生は、つきものでしょう」


「うん。でも俺は――人を、殺したんだ」


「牡丹様……」


「人ってさ、案外脆いものなんだよな。少し殴ればすぐ消し飛ぶし、銃で撃てば肉塊に変わる」


「牡丹様」


「俺は――自分を抑えられなかった。自分の中で湧き上がってくる感情に支配されて、少なくとも殺しまではしなくてよかったものを――殺した」


「牡丹様」


「俺は、殺人鬼なのかな。自分の感情を抑えられずに人を殺すなんて、殺人鬼がすることだろ? なのに、だから、俺は――」


「牡丹様!」


 がばっ、と、キルコが俺を、覆うように抱きしめてきた。まあ俺の方が身長は高いので、ガッチリとホールドするような形になってしまっているが。

 それにしても、ああ――暖かい。俺の体に回されているキルコの腕も。俺の胸に押し付けられているキルコの豊満な胸も。何もかもが――暖かい。

 キルコは俺を抱きしめた姿勢のままで、ぐっと俺の顔を見上げてきた。心なしかその目が潤っている気がするが、それは気のせいだろうか。


「牡丹様は、やるべきことを、やったのでしょう? この子を助けるために、恐怖心を抑えて、それでももがいて、戦ったんでしょう?」


「それでも、俺は――」


「感情に支配されてしまうのならば、もう支配されてしまわないように、訓練していけばいいのです。まだ牡丹様は、何も分かっていない、ひよっこも同然なのです。全てはこれから、積み上げていけばいいのです。そのためならば、わたくしはいくらでもお手伝いします。だからご自分のことを、殺人鬼だなんて、言わないで……」


「…………」



 なに、この良い雰囲気。

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