獣(にんげん)
村の中は、悲惨なものだった。業火の中で、意を決して応戦している男達はいともたやすく殺され、逃げ惑う女子供は陵辱され 捕まり連れて行かれていた。
俺は村の中を走り回っていると、少女を複数人で囲んで犯している男達を見つけた。俺は自分でもよくわからないことを叫びつつ、すかさずその間に割って入り、少女を担いで男達と距離をとった。自分の中で、ぐつぐつと何かが煮えたぎっているのが分かった。
男達のうち一人が、俺の姿をはっきりと認めた上で、言う。
「はっ、まだ生き残りがいたのかよ……。若いな、そいつは妹かなにかか? 悪いな、きずものにしちまったわ」
クズが、と思う。こんな奴らが、こんなクズ共に、なんで、なんでここの人たちが蹂躙されなきゃいけないんだ。弱いからか? 弱者は虐げられて、強者ばかりが君臨するのか? おかしい、おかしいだろ。そんなの絶対間違ってるだろう。¨自然¨ギルドだか何だか知らないが、こいつらはまとめてクズだ。ぐちやぐちゃに踏み潰してほうきで掃いてちりとりに詰め込んでゴミ箱に入れて廃棄されるべきクズだ。
俺は担いでいた少女を、ゆっくりと背後の地面に降ろした。その際に少女の顔を窺ってみたが、その表情は完全に死んでしまい、虚ろな目で虚空を見つめていた。俺はそれを見て、更に更にぎりりと歯噛みする。
「まあ、とにかく? 自然を蹂躙するお前らは、まとめてぶっ殺せってことになってるもんで、悪いけどお前も殺すぜ」
男達の一人がそう言うと、一斉にその他の男達が腰から剣を抜いた。キルコがいないのでこいつらの詳しいレベルは分からないが、雰囲気的に中々¨できる¨奴らだとは判断できた。だが、それがどうした? そんなことで俺が逃げるとでも?
俺は黙って、¨越境¨アビリティを発動した。謎の文字で構成された無数のリングが体を覆い、ぐるぐると回りだした。
「へえ、珍しいアビリティだな……見たこともねえ。だがまあ、見た限りじゃあお前、戦闘に関しては素人だろ? へへ、惜しいねえ、宝が腐っちまってるぜ」
これ以上、こいつらの穢れた声は聞きたくない。俺は右手を前方に突き出して、標的を男達に定めた。そして、右手にぐっと、力を――
「何か仕掛けてくるぞ! 二方向に散らばって、挟むように攻撃を開始しろ!」
――入れた。凄まじい轟音を発しつつ、衝撃波は前方の空間を抉り取った。
が。
「うお、危ねえ! こいつやばいぞ、速攻で攻め立てろ!」
衝撃波は男達の誰一人にも命中することはなく、虚しく空撃ちされただけだった。どうやら事前の前兆を感知して、回避行動に移っていたらしい。
「へへ、モーションがでかすぎるんだよ、お前。そんなあからさまに右腕を前に突き出しちゃあ、何かしますよって言ってるようなもんだろうが!」
くそ、これが経験の差か! やばい、どうすれば……!
男の一人が素早く俺の懐まで接近し、俺を地面に縫い付けるように足で押し倒した。その際に肺から空気を搾り出され、咳き込んでしまう。
「げほっ、ごほごほ、げほっ……!」
「わりぃな。死ね」
俺を足で押し倒した男は、剣を両手で構え、地面に突き刺すようにして、俺の頭へと真っ直ぐその剣先を振り落とした。頭をよじり、紙一重でそれをかわすことには成功したが、しかし、次の一撃を回避する手立ては俺にはもうなかった。
くそ、ここで俺は終わるのか!? こんなわけのわからない世界で、女の子一人も助けられず、静かに殺されるのか!? 認めない! 絶対にそんなことは、俺は認めない!
俺はとっさの判断で、武装スーツの発動を念じた。すると、俺の体を漆黒のアーマードスーツが包み込み、見事に男の剣を弾き飛ばしてくれた。
「な、にぃ!? なんだこりゃあ、こいつ、一体どうなってやがる!?」
「おい、何をちんたらやってんだ! さっさと殺せ!」
「いや、でもこいつ、急に――
パァン! と。
俺は右肘の推進力スラスターを起動し、更に¨越境¨で瞬間攻撃力も高めて、そして俺自身も渾身の力を込めて、俺を押さえつけていた男の左足を右腕で殴った。すると、男の左足だけでなく下半身も一気に消し飛び、霧となった血が他の男達の顔にかかった。
「ひっ……!」
「ぎゃああああああ! いてぇぇぇぇぇっ! あああ、痛えよぉぉぉぉ!」
下半身を消し飛ばされた男は、芋虫のように地面に転がり、這いつくばっている。その傷の断面からは、グロテスクな内臓と骨がはみだしていた。
あと四人。
「う、うわあああ! やべえ! やべえぞ!」
「ガンズさんを呼んで来い! 早くしろ! 撤収の準備も始めろ! 早く……がぶっ!」
今度は俺は、周りの男達に指示を出しているリーダー格の男の顔面を思い切り殴りつけた。今度は¨越境¨もスラスターも使わずに殴ったのだが、それでも男の首はベキボキと嫌な音を立てながら、変な方向へ回転しつつ飛んでいった。
あと三人。
俺は燃え盛る業火を背に、スーツの赤い双眼をぎらつかせ、ゆっくりと残りの男達のもとへ歩み寄る。男達は腰を抜かし地面にへたり込み、俺が一歩一歩近づくたびに命乞いや泣き声を上げる。実に見ていて不快だった。
「あ、ああ、やめてくれ! やめてくれ! 頼む! 頼むよお! 金なら全部やる! もうギルドも抜けるし、二度とこんなことしねえから! だから、お願いだ、助けてぇがぶぇッ!?」
両手を祈るように組み、ひざまづいて泣きながら俺に懇願してくる男。うるさいので、俺はその頭を手首部分に格納してあった銃で撃った。男の顔面は鉄球を当てられたかのように潰れたかと思うと、汚い脳漿を撒き散らしながら消し飛んでいった。
あと二人。
「ああ、神様神様! お願いだ! あああ、母ちゃん! あああああ」
いまだに醜く泣きわめいている男達二人の前で、俺は神器¨雷鎚ミョルニル¨を空間から取り出した。ミョルニルはいかにも年季の入った金槌、といった風貌をしていて、大きさは約一メートルほどだった。
俺はミョルニルを、男達の眼前へと突きつけた。流石雷鎚というだけあって、ビリビリと周りに電気を発している。
「これを少し振るえば、お前達の体は跡形もなく消える。一分待つ。その間にこの村からお前らの仲間を全員撤収させ、そしてリーダーをここに呼んで来い。でなければどこまでも追いかけて、お前らの死体を町に吊るし上げる」
「あ、ああ、分かった! 分かった分かった! すぐに呼んでくる! 呼んでくるから!」
男たちは地面から跳び上がるように立ち上がって、だだだ、と不安定な姿勢で駆け出した。俺はそれを見送った後、武装スーツを解除して、先程地面に降ろした満身創痍の女の子のもとへ歩み寄った。
「おい、大丈夫か? 意識はあるか? すぐ運び出してやるからな、ちょっと待ってろ」
俺は女の子の頬をぺちぺちと叩きつつ、額の汗を手の甲で拭った。この汗はこの業火による熱だけでなく、冷や汗も混じっている。正直に言えば、今も心臓がドキドキと大きく脈打っている。さっきは本当に一瞬死ぬかと思った。
武装スーツを解除したのは、持続時間が少しやばかったからだ。これから敵のリーダーと対峙するというのに、武装スーツがもう使えないのではお話にならない。今は少しでも精神力を回復させて、備えておかなければ。
程なくして、敵のリーダーはやってきた。敵のリーダーは筋骨隆々の大男で、巨大な槍を肩に担いでいた。完全に露出している上半身の皮膚には、少しだけ鱗みたいなものが見え隠れしている。竜人か。
第六感を働かせて、辺りに伏兵がいないか探ってみたが、そんな気配は全くなかった。本当に一人できたらしい。俺達は業火を背景にして、対峙した。
「……きたぞ。あいつらはもう全員撤収させた。これから俺は、何をすればいいんだ」
リーダーは落ち着いた態度で、俺の目をじっと見据えている。これから自分に起きるであろうことを予測して、覚悟を決めているのだろうか。しかし、残念ながら俺はその予測を行う気はない。少し、聞きたいことがあるのだ。
「お前達は、なんでこの村を襲ったんだ? 聞けば、¨自然¨ギルドはつい最近まで穏やかな組織だったそうじゃないか。なのになぜ、急に宣戦布告なんかをして、攻め入ったりしたんだ? 何か理由があるのならば、教えてくれよ」
俺は知りたい。ここまで酷いことをするならば、やはりなにか理由があるのだろう。とてもじゃないが、ただ略奪をするために攻めてきたなんて、信じられない。信じたくない。
「……だから上のやつらが言ってんだろ? 自然を守るためだよ」
「それは建前だろう。本当の理由を俺は知りたいんだ」
「いやあ、建前でもなんでもねえなあ。俺たちは本当に自然を、守りたいんだよ」
俺は武装スーツを発動し、腕に折りたたまれた状態で取り付けられているやや巨大な剣を、ぱちんと伸ばした。そしてその切っ先を男の顔にぴたりと向ける。
「言わなかったら殺す、と言ったらどうする?」
「だから言ってんじゃねえかよ。何度も言わせんな、自然を守るためだっつうの」
「言う気はないということか。いや、または言えない、か」
「…………」
「答えてくれよ。なぜお前達はこんなことをする? 本当はやりたくもないのに、無理矢理やらされているのか? それとも……?」
背後で倒れている少女のことを考えつつ、やはりそれはないか、と俺は考え直した。
しかし、図星なのかそうでないのか、大男は口をもごもごさせながら黙った。そしてしばらく逡巡した様子を見せた後、頭をぼりぼりと掻きつつ、口を開いた。
「レクイエム三九七一五」
「……は?」
「レクイエム三九七一五事件。ったく、中間管理職はつらいよなあ。……じゃあな」
リーダーは突如、その手に担いでいた槍の切っ先を、自分の喉へと向けた。そして、俺の顔を見据えて、にっこりと微笑んだあと――
「やめろッ!」
間に合わなかった。
リーダーは、思い切り、勢いをつけて、自分の喉へと、その巨大な槍の切っ先を、突き刺した。リーダーの口と、ぽっかりと穴の空いた喉もとから、とめどなく黒く赤い血が流れ出て、流れ出て――
ずしゃりと、倒れた。
「くそっ……、馬鹿野郎……」
まさか、自殺するとは。さっきは散々男達を殺してしまった俺だが、このリーダーの自殺は、なぜか心にくるものがあった。まるで、間違えて、不可抗力で人を殺してしまったかのような――何とも言えない罪悪感があった。俺の第六感が、はっきりとそう、告げていた。
「くそ、くそおっ……!」
俺はその罪悪感を振り払うように、少女を担ぎなおして、村の入り口へと走った。俺は悪くない。俺がしたことは正しい。リーダーは勝手に死んだだけだ。そうとも、村を襲撃した張本人なんだから、死んで当然のはずだ。決して俺が聞いてはいけないことを聞いてしまい、そのせいで死んだわけではない。
中間管理職。レクイエム三九七一五事件。笑顔。あらゆる単語が俺の頭をぐるぐる回って、纏まらない。
気付いたら俺は、走りながら大声で何かを叫んでいた。