アビリティ
気付くと俺は、澄み渡るような青空の下の草原で立ち尽くしていた。心地よいそよ風が俺の頬を撫で、草原の草をなびかせて流れていく。しばらく俺は、頭を真っ白にしたままその場でフリーズしていた。
「大草原¨ヴァルハラ¨にて、スタートします。レベル一、超越者、スタンダードクラス、所属ギルド¨自由¨、保有アビリティ七つ、が現在のステータスです」
「…………」
「あ、申し遅れました。わたくし、藍川牡丹様専属ガイド、キルコと申します。家事から戦闘補佐まであらゆる面でサポートいたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。ガイドというよりは何でもするメイドと言った方が良いかもしれませんね」
俺の隣に立っている黒髪ショートボブカットが、ウィィィンと顔をこちらに向けて、にこりと微笑んだ。女性にしては身長が高めで、中々のナイスバディだ。服はメイド服を着用していて、それがまた中々似合っている。というか結構生足が出てるのがエロい。ふとももエロいよふともも。
……じゃなくて。
本当に俺は、あの¨ルイン大陸¨とやらに来てしまったのか? 散々設定をした末に、強制的に? この空も、この草原も、全てゲーム内のものだってのか? いやいや、いくら最近のゲームは進んでいるとはいえ、これはいくらなんでもリアルすぎだろ。
「お言葉ですが、お間違い――というより誤解が一つございます。この世界は¨ルイン大陸¨であって、決してゲームの世界などではございません。モンスターに襲われ深手を負えば死にますし、ここで生活する人々にも思想があり感情、そして心があります。まあわたくしは¨感情及び心機能搭載ガイドオプション(女)¨なので、体のつくりは機械仕掛けでございますが」
そうしてまた、その端正な顔をこちらにウィィィンと向けて、にこりと微笑む自称メイド。というかこいつ、あのボーナスアイテムの¨感情及び心機能搭載ガイドオプション(女)¨だったのか? とても機械仕掛けとは思えない、立派な美女なのだが。
とにかく落ち着いて、現状確認をしよう。俺は学校の帰りに突如拉致されて、あの謎の丸い部屋で俺自身の¨設定¨をさせられた。そして俺の意を聞くこともなく、強制的にこのルイン大陸へと送り込まれた。ここまでが現状。終わってしまったことは仕方ない、とまでは割り切れないが、まああの日常生活にはほとんど未練はないし、そこまで悲観的になることはない。はず。つまり俺はこの世界で、自分ひとりの力で生きていくことになるのか。まあ前の生活でも似たようなものだったので、それにも別段抵抗はないが。
「まずは、所有アビリティの確認をすることから始めるのがよろしいかと。この世界では¨力¨が大変重要なものとなっておりますので、ご自身の戦力を確認しておくことは大切なことだと思います」
「……その前に一つ確認したいんだが、この世界がゲーム内の世界ではないというのはどういうことだ? 確かあの部屋にいた時点で俺は、¨プレイヤー¨だとか呼ばれていた気がするが」
「プレイヤーとは、この世界に突如出現する異世界人のことを指すものでございます。まあこの世界の人間との違いはほとんどございませんので、この区別に意味はあるのか甚だ疑問ではありますが」
「ということは、俺はこの世界の人々には既に異世界人だと知られているわけか?」
「いいえ。ご自分からそう名乗り出ない限りは、何人たりとも牡丹様が異世界人だと分からないでしょう。強いて言うならば、同じ異世界人ならば何かを嗅ぎ付けるかもしれませんが」
……ふむ。つまり俺だけではないわけだな、この世界に強制的に送り込まれた人間は。一体何が起きているのかは分からないが、凄く陰謀めいたものを感じる。まあ、もう今となっては関係ないことだとは思うが。
「それより牡丹様、アビリティの確認を。いつ魔物がでるか分かりませんので」
「え、ああ。分かったよ……あ、その前に、あともう一つ」
「なんでしょう」
「お前、本当に¨感情及び心機能搭載ガイドオプション(女)¨なんだよな?」
「はい。わたくしは¨感情及び心機能搭載ガイドオプション(女)¨キルコ。牡丹様だけの専属ガイドでございます」
そう言って、再びにこり、と花のような笑顔をみせるキルコ。うーむ、とても機械だとは思えない。さっきの部屋ではゴミとか言ってしまったが、これは間違いなく当たりの部類だろう。肌触りとかも人間っぽいのかな? ちょっと触ってみるか?
キルコのほっぺたをつついてみた。キルコは無表情のままじっとしている。感触はぷにぷにだった。
「よし、じゃあ確認を始めるか……。キルコ、アビリティとはどうやって使うものなんだ?」
「はい。まずアビリティとは二種類に分けられるものでして、¨アクティブ¨という自分の意思をもって発動するタイプのものと、¨パッシブ¨という常時発動し続けるタイプものがございます。例えば今牡丹様が所有しておられる¨成長率強化シリーズ¨の三つと、¨超越者¨、そしてその専用アビリティの¨第六感¨はパッシブの類のアビリティで、今も発動し続けているものです」
ふーん。やっぱりアクティブとパッシブは能動発動と常時発動という意味だったか。そして、今俺が持っているアビリティの大半はパッシブということか。
「パッシブ系のアビリティは説明がないと中々効果が分かりづらいものではありますが、アクティブ系のスキルは自分の意思で発動するものなので、効果を比較的確かめやすいものでございます。あと、戦闘においてよく使われるアビリティもアクティブ系のものですね」
なるほどなるほど。ということは、俺が主に戦闘で使うアビリティは今のところ¨超多武装特殊アーマードスーツ¨と¨越境¨の二つということか。しかし¨超多武装特殊アーマードスーツ¨――いちいち長いのでこれからは¨武装スーツ¨と略させてもらう――は説明書きがあったので効果はなんとなく分かるが、¨越境¨は効果が全く分からない。つまり、それを理解し使いこなすために、今こうして練習しておくというわけか。
「まあ出来れば、戦いなんてしたくないんだけどね……怖いし」
「はあ、なるべくならば戦闘は避けて通るほうが良いとはわたくしも思いますが、この世界ではやはりそういうわけにもいかないでしょうね」
「そっか……。やれやれ、意外と物騒な世界に来ちまったかもしれないなあ」
「いざという時はわたくしが牡丹様をお守りします。ご心配はなさらないでください」
「え? お前戦えんの? ガイドじゃないの?」
そんな機能までついてるのか? これはいよいよ本物の当たりの予感がするぞ……!
「はい。ガイドということになっておりますが、一応レベルも上がりますし、アビリティも所有できるつくりとなっております。種族は¨機械人¨といったところでしょうか」
おおおおお。これは間違いなく当たりだろ! 戦うメイドさんならぬ、戦うガイドさんか! こいつの場合そのどっちでも変わらないけれど、いやあ、またアドヴァンテージが増えたな!
「¨機械人¨の説明をしてもらえるか? どういった種族なのか知っておきたい」
利点弱点を知っておけば戦術も幅が広まるし、アビリティのセッティングや装備も適当なものをセレクトできる。戦えるとなればこれはまず、知っておかないと。
「はい。¨機械人¨。知能がやや高く、生命力は特殊なものとなっている。武器は¨重火器¨と¨銃¨しか装備することはできないが、そのどちらも装備することで種族ボーナスが入る。また、機械人専用アビリティ¨リミッター解除¨が使用可能。長距離での戦闘を得意とする……といったところでございます」
へへえ……すげえ特殊なポジションなんだな、機械人って。あの最初の種族選択の中にもなかったし、隠し種族か何かなのかもしれない。
「えーと、生命力が特殊っていうのはどういうことだ? あとリミッター解除の説明も頼めるか?」
「はい。¨機械人¨は文字通り機械で体が構成されていますので、頭部へのダメージ以外は実質的なダメージとはなりません。攻撃を受けて体を欠損したとしても、頭部が破壊されない限り専門の技術屋に頼めば何度でも再生可能です。¨リミッター解除¨は発動すると一定時間自分に身体能力大幅上昇のパッシブアビリティがかかりますが、一定時間が経過すると逆にしばらくの間身体機能が低下します。諸刃の剣に近いアビリティなので、使用するタイミングは重要ですね」
なるほどね……。なおさら機械人は特殊な位置づけにあるということを実感できた。それにしても、この質感で体が機械、しかも再生可能とは……いささか信じられないな。この世界の技術すげえ。
「では牡丹様、牡丹様のアビリティ確認に戻りましょう」
「おっと、そうだったな。じゃあまず¨武装スーツ¨の確認から始めるか。アクティブアビリティとのことだったけど、どうすれば発動できるんだ?」
「念じるだけで問題ありません。そうすれば発動されます」
キルコに言われたとおり、俺は武装スーツの発動を念じてみた。すると、突然俺の体が発光しだし、瞬く間に漆黒のアーマードスーツに包まれた。アーマードスーツは中々格好良いデザインでスリム、そして頭まで覆っているというのに息苦しさの一つも感じなかった。むしろ、体の底から力がみなぎってきている。
「本当に、発動した……! すごいぞ、視界が三六〇度見渡せるようになってる。やろうと思えばすごい遠くまで見ることが出来るし、それに、頭に直接使い方が流れ込んでくる……!」
「お見事です。武装のチェックなどもしたらいかがでしょうか」
「あ、ああ……そうするか」
俺は試しに、神器である¨光剣アロンダイト¨を出現させてみようとした。神器は他の装備とは違い、空間から出現させる仕組みになっているようだった。
が。
「……!?」
急に激しい疲労感に襲われ、武装スーツは解除されてしまった。俺は危うく地面にひざをつきそうになるが、キルコが素早く俺の体を支えてくれたおかげで、すんでのところで持ちこたえた。
何が、起きた……?
「……推測するに、現在牡丹様はレベル一、しかもスタンダードクラスですので、ステータスが非常に低く、ランクSのアビリティは体に負荷が大きかったのでは……」
ふむ。確かにそれは、あり得そうな話だ。エルフ専用アビリティに確か¨精神力強化¨などがあったところから思うと、恐らく今の俺は精神力とやらが足りておらず、持続時間がごく僅かだったのだろう。まあ最初からこんなチートじみたアビリティを使える、というのは流石にムシがよすぎたか。
「これは後々鍛えていくことで解決される問題だな。仕方ない、武装スーツは後回しにして、先に¨越境¨の方から確認するとするか」
正直非常に残念だったが、仕方ない。早く使いたければそれだけレベルを上げて、ステータスを強化すれば言いだけの話だ。せいぜい努力させてもらおう。
今度は俺は、アビリティ¨越境¨の発動を念じた。すると、突如俺の体の周囲に、謎の文字で構成された複数のリング――というより魔方陣がぐるぐると出現した。
「なんだこりゃ……? 防御系のアビリティか? それとも……?」
俺は試しに、すいっと右手を前方に突き出してみた。前方には広々とした草原が広がっており、草が今もそよいでいる。すると、俺の右手に集中的に魔方陣のリングが移動し、何やら大きくなったり小さくなったりし始めた。
「これは、どういうことだ……? 何らかの条件でも満たしたのか?」
「どうでしょう……。試しに、力でも入れてみたらいかがですか?」
俺はキルコの言うとおりに、魔方陣のリングがまとわりついた右手に、ぐっと力を入れてみた。すると、急に魔方陣が発光を始め、フォン、フォンフォンフォン、ドバァッ! と――前方に、途轍もない衝撃波がぶちかまされた。
衝撃波が通過した部分の地面は抉り取られ、草は跡形もなく消滅していた。これはいかに衝撃波が強力なものであったかを物語っていた。
「お、おお、お……」
俺は言葉にならないうめき声を口から漏らしつつ、自分の右腕をまじまじとみつめていた。今の心境を比率にすれば、「やっちまった」が六割に、「すげえ」が三割、「こわっ」が一割といったところである。
「お、お見事ですっ……。し、しかし牡丹様、これはなるべくですがっ、使用は控えた方がよろしいかと……!」
心なしか、あのキルコの声も上ずっているかのように思えた。さすがのキルコも、今のはびびったのだろうか。
衝撃を打ち終えたところで、リングの位置は俺の体の周りに戻っていた。まだ具体的にどういったアビリティなのかは分かっていないが、とりあえず¨越境¨の発動は解除した。
あ、ああこええ……! アビリティってこええ……! Sランクってこえええええ!
「……っ。牡丹様。ある意味丁度いいタイミングで――エネミーです。スライムタイガーが一体。レベルは七といったところです。この辺りでは、中堅くらいの強さのモンスターですね」
「て、敵!? ついにきたのか――いや、やっとと言うべきか」
少し目を凝らして遠くを見てみると、確かにゆっくりと、こちらに向かってくる何かの影があった。具体的な大きさは分からないが、距離などを考慮して推測するに、恐らく二~三メートルはあることだろう。
さて、どうする? 戦うか、逃げるか。俺が決めなければならない。
「申し訳ありませんが、今のわたくしは武器もアビリティも持っておりませんので、お力になることは出来ません……。あ、でもしかし、盾くらいにはなれますので、ご遠慮なくお使いください」
「んなことできるか」
すげえことを言うもんだな、全く……。その忠誠心は素直に嬉しいが、俺はあまり自己犠牲の精神は好きではない。
「戦おう。¨越境¨があればあんな敵一瞬だろ」
「しかし、よろしいのですか……? スライムとはいえ、動きはタイガーの名に恥じぬ俊敏さです。今ならば、逃げることも可能かと思われますが……」
「なら、この距離から攻撃して、消し飛ばせばいい」
「了解しました。じゃ、じゃあ私は少し離れていますので……ささ、どうぞ!」
そう言って、そそくさと俺の背後に回るキルコ。……こいつ、もしかしてさっきので¨越境¨がトラウマになったのか? だから「逃げることも可能」なんて遠まわしに戦闘を避けるようなことを言ったのか。可愛いところもちゃんとあるもんだな。
俺は再び¨越境¨を発動し、右手をスライムタイガーに照準しつつ、前に突き出した。例によって魔方陣のリングは俺の右手の周りに集まり、¨発射¨する準備を整え始めた。
よし、いくぞ。初戦闘の割には少し呆気ない気もするが、あのモンスターには記念すべき経験値くん第一号となってもらおう。なに、痛みはない。一瞬であの世まで消し飛ばしてやる。
俺はぐっ、と、右手に力を込めた。魔方陣のリングが収縮肥大を繰り返し、やがて発光がおき、そして――轟音とともに、強烈な衝撃波が魔方陣と共に、モンスター目掛けて撃ち放たれた。跡には何も残らず、モンスターは塵となって消えうせた。
「ふう、こんなもんか」
「お、お見事です。レベルの上昇を確認しました。レベル一からレベル四へ。パッシブアビリティ¨成長率強化¨の三つとスタンダード補正によって、大幅なステータス上昇を確認しました」
おお、そういえばそうだったな。俺には成長率補正が異常なくらいかかっているんだった。大幅とはいっても、具体的にはどれくらいステータスが上がったのか知りたいが、まあそこまでは流石に分からないだろう。
「ゴールドとかは手に入らないのか? まあ、流石にそりゃあ無理があるってもんか」
モンスターを倒せば金が手に入るなんて、実際にはそんな都合のいいことはないだろう。そんなことが実際にあるならば、この世界は本当に力が全てとなってしまう。
「いえ、きちんとモンスターを倒せばお金も手に入りますよ。¨マネーカード¨と念じれば、今の自分の残高を確認することができます」
「なん……だと……?」
手に入る……だと……? と、ということはだ。モンスターを倒しまくればこの世界じゃすぐお金持ちになれるってことか? え、マジで? 俺さっき「力がすべてになってしまう」なんて言ったけど、いやあ、力がすべてだね、やっぱ!
俺はキルコに言われたとおり、¨マネーカード¨と念じてみた。すると突然、ぽん、と手のひらに金色に輝くカードが出現した。
「これか……。えーと、あ、確かに表面に¨残高:80ゴールド¨って書いてあるな。マジで手に入ったのか……」
「ものの売買はすべてそのマネーカードを使って行われます。出現式ですから失くすこともありませんし、盗まれる恐れもありません。ちなみに、わたくしもマネーカードは持っています」
ふええ……便利な世界なんだな、色々と。いや、便利である反面、危うくもあるのか。力こそがこの世界の構造になっているのならば、弱者は一体どうすればいいんだ? 強者にぺこぺこへりくだって、あくせく働かなければいけないのか?
「いえ、だからこそギルドというものが存在するのでしょう。牡丹様が所属しているギルドは¨自由¨ですが、¨平和¨というギルドもきちんとあります。それに、大抵の国は、個人が大きな権利を持つなんてことなんてありませんしね」
「ふーん、ま、上手いこと出来てるっていう解釈でいいのか。ところでさ、この辺りに村とか町はないのか? アビリティの確認も大体終わったし、早速情報収集とかしたいんだが」
なにしろ、俺はこの世界にきたばかりの異世界人である。まだこの世界の右も左も分からない、いわゆる情報弱者ってやつだ。情報がなければ上手く生きていくことは難しいだろうし、ころっと騙される危険性もある。どの世界でもどんな場面でも、やはり情報は大切なものだ。
「はい。実はかなり近くに、¨レイヘヴン¨という村がございます。ここから徒歩で二千メートルほどでしょうか。普通に歩いていけば、三十分程度で着きますね」
「なんか仰々しい名前の村だな……まあいい。早速そこに行こう。お前の装備品とかも調達しなきゃいけないからな」