番外編――MA討伐作戦③
ほんっとうに嫌になる。いったい俺が何をしたというのか? 毎日毎日、昨日も今日も明日も明後日も、何故こんなにも俺は嫌われる?
この町のどこかにあるのであろう、ダンボール箱が沢山積み重ねられた薄暗い倉庫の中。
穴の空いた天井を虚ろな目で見遣りながら、俺は仰向けで箱の上に倒れていた。
しばらく使われていなかったのか、倉庫の中はとても埃っぽく、辺りのダンボールの上にも埃が積もってしまっている。俺がここに吹き飛ばされてきたせいで埃が舞い、天井の穴から差し込む光がその埃を強調して見せていた。
服の袖口で口元の血を拭いつつ、俺は考える。
……俺はどこかで、間違った選択をしたのだろうか。
いきなりこんなわけの分からない世界に送られてきて、見知らぬ女の子に助けを求められて、命懸けでその女の子を助けて。それでこれからどうしようと女の子を連れて歩いていたら、軍の兵士とやらに声をかけられて。略奪犯だの襲撃犯だのあらぬ疑いをふっかけられて、それを女の子と一緒に全力で否定して。それでも何故か誤解が解けなかったから、逃げ出して。気付いたら俺は、追い詰められていた。
どうやらあいつらは俺があの女の子をさらった犯人だとでも思っているようだったから、女の子だけは逃がした。そうすれば誤解を解く一助になるかもしれないと思ったし、女の子が自らを健在であるとアピールしてくれれば、それもまた誤解を解く一助になると思った。
でも現実は違って、俺に対する風当たりはますます強くなった。兵士達は俺を化け物を見るような目で見てくるし、俺自身は身の潔白を何度も訴えたが、それは全て悪い方向にしか向かなかった。指名手配までされ、誤解が誤解を呼び、雪だるま方式で俺への不信は強まっていった。
それで、逃げ続けていたら、とうとう兵士達は俺のことを撃った。兵士達はもう見るからに半狂乱といった様子で、増援を呼び、俺のことを囲んで撃ち続けた。しかし、何故か俺は死なず、傷は再生していくので、それが更に兵士達の恐怖心か何かを煽ったのだろう、とうとうバズーカ砲やアビリティ攻撃といった兵器じみたものまで出てきてしまった。
気付けばもう小さな戦争だ。そして賊と戦った時と一緒で、俺の力は何故か殺されたり殺されかけたりすると増幅される。新しいアビリティなんかも増えて、兵器やアビリティと対等に戦い始めると、もう完全に化け物扱いだ。相手も容赦なく町ぐるみで俺を殺しにかかってくるし、俺は逃げつつもそれを迎撃し、そして更に力が増幅される。
――そこまで思いを馳せていたところで、倉庫の扉が静かに開けられた。薄暗い空間に外の光が差し込み、俺は思わず腕で目を庇ってしまう。
扉を開けたのは、先程俺を叩きのめした黒い奴だった。メタリックな黒いアーマードスーツのようなもので身を覆った、やたら強い乱入者。
……こいつも、軍の人間なのだろうか。最初に対峙した時点では完全に軍の人間だと思っていたのだが、徹底して俺を峰打ちで攻撃していることや、少しぎこちなさが見え隠れするその動きから、今は違うのではないかと思い始めている。何にしろ俺を攻撃してくることには違いないので、敵であることは確かなのだが。
俺はこいつと戦っている間、自分の体が合計二回強化されたのを感じた。一回目は剣を弾かれて腹部を殴られた時、二回目は蹴りをかわされ再び腹部を殴られた時。
かなり身体能力が向上したのを感じたのだが、それでもこいつには敵わなかった。事前に動きを読まれているかのように攻撃は当たらず、こいつ自身の攻撃は目で追うのがやっと。『化け物』というのはまさにこいつのことを言うのだろう。
腹部に対する殴打だって、こいつ自身は手加減しているつもりだったのだろうが、実際は相当ダメージを受けた。何故か俺はあの賊との戦い以来、暴力に対する『痛み』を感じなくなったのだが、内臓が疼く度合いでそのダメージの程を窺い知ることが出来た。
……さて、ぐだぐだ考えるのはここまでにして、これからどうしようか。
今俺は、体を満足に動かすことが出来ない。こいつからもらったさっきの蹴りのせいで、骨やら内臓やらがグシャグシャになってしまっているからだ。痛みは感じないのだが、構造的に体が動かない、といった感じ。よってもう一戦交えるのは無理だ。
そもそも、こいつの目的が分からない。軍の人間ならば俺をこのまま捕獲なり抹殺なりするのだろうが、先刻思ったとおり、どうもこいつは軍の人間ではないっぽい。
……少し、対話してみるか? 話が通じないような奴だったら、どうしようか。まあいい。
俺はミシミシいってる上半身を無理矢理起こして、黒い奴と目を合わせた。真紅の双眼が、俺を射抜くように睨み付ける。正直怖い。
こちらに向かって歩いてくる黒い奴に、俺は血を吐きながらも話しかける。
「……お前は、何だ? これから俺を、どうするつもりだ?」
そんな俺の質問に対して、黒い奴は足を止め、肩をすくめて見せた。そして近くにあるダンボール箱に腰をおろすと、その黒いスーツを解除し、大きく息を吐く様子が窺えた。
本人の姿は、積み重ねられたダンボールが邪魔して、見えない。見えるのは、横からちらちらはみ出て見える足だけ。
黒い奴は、しばらく間をあけてから、答えた。
「もうすぐここにも軍の人間が来るだろうから、話は全部後にしよう。今は俺についてきてくれないか。誤解を解きに行く」
……驚いた。
俺の質問に対し普通に受け答えしたというのもそうだが、今の俺の状況を把握しているというのにも驚いた。兵士達は俺の話を聞こうともしないし、聞いたとしてもまともに取り合ってはいなかったから。
こいつは、何者だろうか。姿は見えないが、声から察するに、俺と同い年ぐらいだとは思うが……。
ごほ、と咳をして、俺は首を横に振った。そして掠れた声で、言う。
「どうせ信じちゃもらえない。お前も俺と共犯と思われて、一緒に攻撃されるのがオチだ」
「そう、早々と決め付けんなよ。やってみなきゃ――」
「何度もやったんだよ!」
もう一回咳をして、俺は続ける。
「何度も呼びかけたんだ。でも駄目だったんだよ。みんな俺を化け物扱いするばかりで、話なんて聞こうとしなかった。もういい。もういいんだ。俺はこの町から脱出して、遥か遠くまで逃げる」
「……誤解を解かないままじゃ、全国に指名手配されちまうぞ」
「…………」
どうやらこいつは、立ち位置的には俺の味方らしい。散々ボコボコにしてくれたが、この会話の中で、それくらいは理解した。
こいつは、俺を助けようとしてくれている。
だが。
「とにかく、余計なお世話だ。俺は今すぐにでも、この町から脱出する。気遣ってくれてありがとう、見知らない誰か」
「っ、おい!」
もう無駄なんだよ。最後までこいつが何者なのかは分からなかったが、もう無駄なんだ。
誤解を解く? はっ、反吐がでるね。こんな事態にまで発展して、そんなこと出来るわけがないだろうが。
それに、今がチャンスなんだ。一時的にとはいえ、軍のマークから外れた今が、逃げるチャンスなんだ。そういった意味では、こいつに感謝しないとな。
俺は悲鳴を上げる体を無理矢理たたき起こし、何とか地面に立った。
そして¨遠距離武装飛行アーマードスーツ(Aランク、アクティブ)¨を発動する。
このアビリティはアーマードスーツとか言われちゃいるけど、その実ただ翼型のブースターが背中に装備されて、遠距離用の武装が使えるようになるだけのもの。兵士達との戦いの中で、習得したアビリティだ。
俺は高火力型のライフルを右手に出現させ、天井に向けて引き金を引き、倉庫の屋根を思い切りぶち抜いた。
ばらばらと破片が舞う部屋の中で、俺は背中のブースターを起動させ、ふわりと上空へと飛行を始める。
本当に、どうしてこんなことになっちまったんだろうなあ。ただ俺は、女の子一人助けただけだっていうのに。
そんなに俺は、不気味かなあ。
「待てよ! 俺は――」
黒い奴がまだ何か言っているが、最後まで聞くことはせず、俺はそのまま加速して飛び立った。