MA討伐作戦②
ことが起きたのは、俺たちが東門と北門の間辺りまで差し掛かった時だった。
突然一際大きい爆音が響いたかと思うと、俺たちの近くの巨大な壁が土飛沫をあげて爆散した。崩れた壁の破片が、俺たちの頭上へと降り注ぐ。
「……っあ!? ちょっ、ちょっと、待て……!」
俺は咄嗟の判断で武装スーツを発動させ、キルコと銀髪少女を両脇に抱えてその場を離れた。十数メートル後ろに跳び退いたところで、俺たちが先程までいた場所に土砂が落下し、飛散した。
自分で言うのもなんだが、大した反応速度だったと思う。これも全て第六感のおかげか。
辺りに立ち込める砂塵をしばらく呆然と眺めたあとで、俺は今更気付いたかのようにキルコと少女を地面に降ろした。
「な……なんだ急に……? 壁が……どうして……?」
余りにも唐突過ぎる出来事に疑問に思っていると、バシュバシュッと、今度は空を切り裂くような音が聞こえた。そしてその数秒あとに、爆発音が起きた。
他にも、銃声や人の悲鳴なども聞こえた。明らかに、戦っている音だった。
「……この辺りで戦ってんのか……!? さっきの音とか、まさかミサイルの音とかじゃねえだろうな……!」
「あ……あ! 牡丹様、あれは!」
砂塵がひけ、視界がようやくはっきりとしてきた中、キルコが崩れた壁の向こうを指さして叫んだ。
キルコが示した場所を見遣ると、そこには、上空に浮いて――否、飛んで、地上に向かって極細のレーザーを撃つ青年の姿があった。武装スーツを着たままなので、補正された視力でその姿形ははっきりと見えた。
服装は驚いたことに学ラン(ボロボロだが)で、端正な顔にメガネをかけている。背中に翼を模したブースターのようなものが装備されているのが特徴的で、腰には青い剣のような物を差していた。
青年は右手に持った灰色のライフルで二、三発地上にレーザーを撃ち、その姿勢のまま高速で横向きに移動した。そのすぐあと、先程まで青年がいた場所に巨大な炎の柱が舞い上がった。
「もしかして……あいつか? 見つかった略奪者グループの一人ってのは」
「ええ、恐らく……。なんだか、不気味な方ですね」
「…………」
不気味……か。
確かに、あれは普通ではないような気がする。どこかが狂ってるって言うか――何と、言うか。
神懸かった何かが、とり憑いているような。
……いや、この例え方は分かりにくかったかな。しかし、どこかそう思わせるような雰囲気が、あの青年にはある。
人間らしくないというか、機械みたいというか――生理的にこみ上げてくる、何か。
無理矢理『嫌』と思わせるような、何か。
その一方で、何故かあの青年には近しいものも感じる。
見た目とか、年齢とかの話じゃなく、雰囲気的なもので。いや、俺はあんなとんでもオーラは放っていないが、何と言うか、体質的なものじゃなくて。
境遇が、似ているというか――まあ俺はあの青年のことは何も知らないのだけれど。
それはそうと、一つ気にかかったことがある。あいつの服装だ。
学ランとは、いったいどういうことだ? あれはこちらの世界の服装のはずだ。
……いや、もしかすると、この世界にもやはり学校があって、制服があって、学ランがあるのだろうか。だとしたら、あの青年は学生ということになるが……学生が貴族を皆殺しにして、略奪なんてするだろうか?
色々と分からないので、キルコに聞いてみた。
「なあキルコ、この世界にも学校ってあるのか?」
「はい、国にもよりますが、もちろんございます。……突然、どうなされたのですか?」
「じゃあさ、制服とかもやっぱあるんだよな」
「……? いえ、どんな学校に通う時も、基本的には私服のはずですが……」
「……なに?」
私服? 私服だと? 制服ではない? 制服は、ない?
では、あの青年が着ている学ランは、いったいなんだというのだ?
そこで、複数の単語が俺の頭を過ぎった。
青年。略奪犯グループ。令嬢。誘拐。開放。化け物。洗脳。見殺し。秘密。アビリティ。個人。学ラン。異世界。元の世界の常識――異世界人、プレイヤー。
――攻撃しないでください――彼は悪い人ではありません――
それらを紡ぎ合わせ、一つの仮定が俺の頭の中で構築される。
「ま、さか……! なんてこった!」
「――牡丹様!?」
ここまで気付けたのも――第六感のおかげか。この驚異的なまで感性がなければ、恐らく俺は気付かないでいただろう。
俺はその場で大きく力を溜めて、壁の向こう側を目指して勢い良く跳躍した。
壁の破壊された部分をくぐって、踵と肘のスラスターを起動させ、腰に装備してある超小型のジェットパックも起動させて、空を飛び青年のもとまで高速で突っ込む。
俺が接近したのを感じ取ったのか、青年がこちらを向いた。その目は血走っていて、とても正視に堪えうるものではなかった。
青年は俺の姿をはっきりと認めた上で、言う。
「――近づくな! そちらが何もしなければ、こっちだって何もしない!」
恐らく俺のことも軍の人間だと思ったのだろう。
そう言って、地上から伸びてきたレーザー砲を避けつつ、青年は剣を腰から抜いた。威嚇のつもりだろう、左手に持ってやけに刀身をちらつかせている。
――申し訳ないが、その提案に乗ることはできない。何故なら俺は、お前の敵ではないのだから。
俺は飛行しながら、右手の折りたたんで取り付けられている剣を伸ばした。ぱちん、と小気良い音が耳に届く。
俺が臨戦態勢に移行したのを見て、青年は歯軋りをしたようだった。そして小さく何かを呟いてから、青年も高速でこちらに突っ込んでくる。
互いが互いの剣の間合いに入る。先に攻撃を仕掛けてきたのは青年のほうだった。
美しい藍色の剣を、青年は斜め下から切り上げるように振り上げてきた。一応剣の扱いは心得ているのか、淀みのない動きだった。
だけど、遅い。この青年もこっちに来てから長くないのだろう。こちらは武装スーツも着ているし、余裕で捌ける。
振るわれる青剣の挙動を見切り、俺は右手の剣で薙ぎ払うようにしてそれを思い切り弾いた。金槌を打つような音が盛大に響き、剣が青年の手を離れ、弾かれた剣がくるくると宙を舞う。
「あ……」
剣を失った青年の口から、間の抜けた声が漏れた。自分の左手を見て、唖然としてしまっている。
悪いが、少し眠っていてもらう。こちらの話は聞きそうにないし、こうする方が早いと思うから。
俺は最大限力加減に注意して、左手で青年の腹にブローを入れた。
どすっ、と鈍い音がして、青年は口から掠れた声と胃液を吐き出した。
……よし、これでしばらくは目を覚まさないだろう。後はこいつを担いで、キルコたちのもとへ降下を――
――しようとした。そこで。
「……!?」
ばしっ、と、青年の腹にめり込んでいた俺の左腕が、はらわれた。
青年の右腕が、俺の左腕を払いのけたのだ――と理解するまでに、若干の時間を要した。
だって、それはそうというものだろう。手加減したとはいえ、確かに俺は青年の腹へブローをきめて、確かな手応えを得て、気絶させたと思い込んでいたのだから。
なのに、なのに――その後も青年は動いた。あまつさえ俺の手を振り払い、そして――
青年の右足が動く。俺はその予備動作から軌道を予測して、青年の蹴りを半身で回避した。風を切る音が虚空に響く。
まだ回避できる速度であったとはいえ、さっきよりも圧倒的に速い――先程、剣を振るってきた時の速度なんて比にならない。
何が起きた? 肉体強化のアビリティか? しかし、こんな爆発的に強化されるものなのか? もしかして、これがこの青年の個人アビリティ?
いや、そもそも何故俺の攻撃を受けて気絶しなかった? 何故こんなにもけろりとしていられる? まるで、ダメージを感じなかったとでも言うように。
俺は右腕の剣を畳んで、そのまま青年の腹にもう一撃ブローを入れた。しかし、結果は変わらず――ノーダメージ。
何だこいつ!? ひょっとしてヤバい類の個人アビリティを持ってる!?
青年の動きが更に加速した。一瞬で俺の懐に入り込み、俺の顎を目掛けて右手の拳を突き上げてくる。
くそ、また速くなるのか。わけの分からないパワーアップだが、しかし、それでもまだ、回避は出来る。回避は出来て、それで――
ダメージも受けないというのなら、手加減もいらないな。思い切り攻撃して、とにかく動けなくなってもらわないと。
青年は今、右手を天高く突き上げている状態。脇腹ががら空きになっていて、大振りな攻撃を叩き込むなら今がチャンス。
俺は左足踵のスラスターを起動して、そのまま青年の右脇腹目掛けて思い切り回し蹴りをぶちかました。スラスターにより加速した蹴りが脇腹にめり込み、骨がベキゴキと折れ、青年は地上へと吹っ飛んでいった。