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甘口弓師と白魔の妹  作者: シトラチネ
相棒適性診断
4/18

4. プレゼントで

 浮島だというアーケロン島。

 フェリクス青年が彼自身より重そうな背嚢を担いで上陸したら、島ごと沈むのではあるまいか?

 帆船から彼らの沈没を見守ってみたが、そんな事態は起こらなかった。

 桟橋の端で地面を観察。

 猫は注意深い。能天気な犬とは違うんです。

 地面は土になりかけた落ち葉が積もり積もっているようで、踏むと柔らかい。他の猫や犬の匂いもないので、安全と判断する。

 森の小道をざくざく抜けていく青年のブーツを追った。

「フェリクス、この子の名前は何ですか?」

「知らねー。勝手について来たんだよ」

 初めまして、スパイさせて頂きます。以後、秘密を垂れ流してください。

 と挨拶するわけにもいかない。

「昔から動物に愛される人でしたね」

「毒蛾にまでな! 俺になびかないのはラウーとルキアだけだ」

「いいえ、兄もわたしもフェリクスがいなければ。フェリクスがカスタマイズした弓は自分の体のようですし、矢は精密で追随を許さない工夫が凝らされていますし」

「俺の腕じゃなくて俺を愛して欲しいんだけど」

 森を抜けると広い運動場が開けた。奥の林に点在するログハウス群が見え隠れしている。

 フェリクスが背嚢を下ろす。

 さっきとは形の違う矢を放つとピュイーイと笛のような音が響いて、あちこちのログハウスから人が飛び出してきた。

「やっと来たか! 頼んでおいた矢が揃ってなけりゃその首ねじ切る!」

 と殺気満々で駆けてくる腰布一枚の野生児。

「遅いよ弓師さーん! 麻薬煉を切らしちゃって、すんごく困ってたんだーっ」

 と半べそをキラキラさせるカボチャぱんつの美少年。

「おのれそこをどけ! わらわの弓を張りなおせ!」

 と馬で野生児を蹴り倒す袴の乙女。

「いつもながら、歓迎されてんのかされてないのか悩む出迎えありがとさん。はいはい並んでねー」

 フェリクス青年は群がる推定猛者連中を相手に商売を始めた。どうやら弓の修理調整や矢の納入のため、定期的にこの島を訪れるようだ。

 生臭いと言われながらも弓師はもみくちゃにされていた。



 猫は人間に飼われてあげている。

 この事実を、我々は古代から上手に隠してきた。知らん顔は猫のお家芸だ。

 けれど今、猫と人間の在りようを揺るがす事態が起きている。

 原因は突然変異による巨大化。

 言い伝えによれば数百年も前のこと、一夜にして星の道が交錯し、月と木星がたっぷり肥えて新しい空に陣取った。造り直された海と陸では、星に対抗するように生物の巨大化が始まった。

 変異は散発的に発生する。カラスや鷲が大きくなる一方で、鳩や雀は変化がない。

 巨大生物は人間によって仕分けられた。人間の生活に支障をきたす種には死を。有益な種には制御を。

 我々は知らん顔をしてきた。ネズミが巨大化しないことだけを祈りながら。運命の大河に逆らうのは人間だけ。

 ところが、とうとう我らが猫一族にも変異が訪れた。体長は虎を超え、狼さえ尻尾を巻いて逃げるほど大きく育つものが現れた。

 こうして不本意にも、人間の審判を受けねばならない事態に陥った。

 デカ猫でも愛らしく安全。ご馳走と愛撫をくれれば喉を鳴らすし、お腹だって見せちゃいます――人間にそう思わせなければ、たちまちに駆除されてしまう。

 だから我々は、巨大化猫が飼われてやる人間を慎重に選ばなければならない。

 最初の一匹は、アダマス帝国最高指導者の息子へ譲ってやった。

 人間というものはネズミ駆除のため船に、厨房に、猫を飼っているつもりでいる。

 やれやれ、いつになったらあれが我々の情報網の一端だと気付くんでしょうね?

 我々が夜に集会を開くのは、月を愛でるためだとでも?

 各方面から寄せられた情報をまとめると、最高指導者の息子は自尊心が高いが単純明快な性格と分かった。デカ猫は素直に恭順を示し、腹毛のもふもふベッドで簡単に篭絡した。

 極上マタタビのような勝利の予感に酔わされていた、そんな時だった。

 凶報がもたらされたのは。

 マリンという名の猫はアダマス海軍の軍艦に乗務している。そのマリンが両脇を支えられてヨロヨロと集会場へやって来て言った。

「ラウー・スマラグダスがデカ猫を探している」

 集会は大恐慌。

 ギニャッと飛び上がって一目散に逃走するもの、硬直したまま失禁するもの、物陰に飛び込んで震えるもの・・・・・・気品を旨とする我が一族の阿鼻叫喚など初めて見た。

 マリンの報告はこうだ。

 ラウー・スマラグダスは弓の名手で、敵の乗る軍鳥を射落とした数において右に出る者がいない。

 すなわち世界一、巨大化生物を殺傷している人間だということ。

 その神をも恐れぬ殺戮者ラウー・スマラグダスに寵愛される女性が現れた。トーカという名の彼の寵姫が、デカ猫に関心を寄せているという。

 もし、デカ猫が彼女のご機嫌を損なうようなことがあれば。

 彼女を溺愛するラウー・スマラグダスはデカ猫を一族郎党皆殺しにするだろう。

 長ひげの議長さんが非常事態宣言を発令した。

「至急、トーカさんの性格と猫観について情報収集と分析を! 同時に、デカ猫のスマラグダス家入居まで時間を稼ぐのだ!」

 我が一族の命運がかかった大作戦は、こうして始まった。



 さっぱりとイカを洗い落とし、イカ料理を平らげて、船頭は帰っていった。

 ログハウス群の中でもひときわ大きいスマラグダス家で、弓師はルキア嬢の弓を確かめている。

「猫に名前つけないの?」

 フェリクスが話していた通り、本土の人間が帰ってからルキア嬢の言葉遣いは柔和になっていた。

「いつの間にかついて来た猫なんて、いつの間にかいなくなるさ」

 ルキア嬢は床に寝転び微妙に視線を外して、敵意のないことを伝えてきた。そうっと接近した指が顎の下をちょこちょこしてくれた。

 いい手つきですね! 右側もお願いします。あ、左側ももう一度。やっぱり右側も。

「慣れてんね。猫、飼ってたっけ?」

「ううん。でも傭兵が飼ってたから遊ばせてもらってた。虎だけど」

「ネコ科を虎から入る人っているんだ・・・・・・」

 額とか顎先とか手の甲のくぼみとか、ルキア嬢はマニアックな場所をなでてくる。

 これは絶対、猫好きさんです。

 猫好きに悪い人はいない。なぜなら彼らは、愛が無償奉仕だと学ぶからだ。

 猫界にはそんな通説がありますが、流されてはいけない。

 ルキア嬢はあのラウー・スマラグダスの妹。

 我が両耳に猫族の運命がかかっている。

 距離感を間違えず、常に冷静を保ち、有益な情報を集めて長老へ届け、一族の安泰な繁栄を築くのが我が使命。

 どれだけ猫好きだろうと敵であることを忘れたりは・・・・・・ハッ、喉を鳴らしてしまっていた。

 どれだけ愛撫が上手であろうと・・・・・・ハッ、腹を全開にしてしまっていた。

「気に入ったんなら、ルキアが名前つけていいよ」

「ほんとっ?」

「うん。そしたらいなくならないように、首輪つけて紐で縛りあげて」

「紐はやめて・・・・・・」

「俺はルキアに指輪つけたいけどね」

 ルキア嬢を見る青年の目が優しい。

 フェリクス青年はソマリかメインクーンを思わせる。体毛、いや髪は茶色く柔らかい巻き毛、常に大荷物を背負う体は筋肉質で、器用で人懐っこい。

 ルキア嬢はロシアンブルーか。ほっそりとして身軽に歩き、シャイだけれど慣れた相手には気を許す。金髪は長くてもきっちり結んでいて、顔はシャープな印象。

「じゃあ、ミハイにしていい? 天使ミカエルにちなんで。この子、背中に翼のエンジェルマークがあるの」

 黒猫の白い斑点はエンジェルマークと呼ばれる。それがちょうど肩で翼模様になっているようだ。

 悪と戦う天使、ミカエル。

 巨大化生物の殺戮者、悪の大王ラウー・スマラグダスを相手とする身にはぴったりではありませんか。

 ルキア嬢は大王の妹だけれど、嬉しい気持ちを伝えないのは失礼にあたる。というわけで、御手に顔をすりすりすりすり。

「てめ、何をちゃっかり羨ましいスキンシップしてんだよ」

 フェリクスの恨み節は無視だ。

 アダマス本土で待つ長老さん、そして怯える同胞たち。

 問題ありません、ご馳走と愛撫と名前を贈られたからといって、敵陣の人間に心を許すなどと無様な真似はいたしません。注がれる愛情にも得意の知らん顔して情報収集に努めます。

 猫一族の秘めた思惑など知らないルキア嬢は、にっこりと蔓の枝を差し出してきた。

「ミハイ、これ、お近付きの印に。マタタビ」

 にゃーん! ルキア嬢、愛してますっ!


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