12. トレジャーハントで
象隊商は煙のように消えた。見慣れたはずの草木のトンネルは、極彩色の集団が去るとやけにがらんとしていた。
そこにしゃがみこんで頭を抱える青年が一人。
「幽霊キャラバンって呼ばれてんのが分かった。逃げ足が速いからだ、くっそー」
白象に金を持っていかれたあと。我に返ったフェリクスは象隊商を追ったが、再発見することはできなかった。
うちわのナマ足隊長は交渉をやり直す気はないのだろう。森の声を聞けるなら、フェリクスが追っていると知ることができるはずだ。交渉し直す気があるなら立ち止まるし、なければ逃げる。
「カネに興味ないフリしといて保証金か。質草ならビンの首輪でよかったのに! 首ごとやったのに! 質流れしてくれていいのに!」
動揺している時でも軽口は滑らか。本当に動揺しているのか怪しいものだ。
ビンのビカビカ光る金の首輪は、象隊商には全く興味を示されていなかった。価値はあっても隊長のセンス的にアウトだったのだろうか。
隊長に嫌われたが首はつながった男は、隊長に気に入られたがカネを巻き上げられた男へ軽蔑に満ちた視線を注いでいる。フェリクスはさすがにバツの悪そうな顔をしていた。
が、何ですかそんなもの。
ルキア嬢に後ろ足をフキフキされた恥辱に比べれば! もう乾いているのに、濡れたとしても朝露なのに、ええ朝露なんです、匂いまで嗅がれて、「キレイになったね」と微笑まれたりしてしまった失態に比べれば!
ふ、袋、袋がいります、これはしばらく袋に閉じこもっていないとやりきれません。
しばらく一匹になりたいので、探さないでください・・・・・・。
「この俺が駆け引きに負けるなんて。なぜか足も痛いし」
「愚鈍にも程があるそよ、弓師!」
「うわ腫れてる。あれー見覚えあるよ、この打撲跡のイガイガ。まさか護衛ビンが保護対象の俺を一刀両断・・・・・・ひどい、いた、いたたたっ骨折れてるかもっ!」
「先刻まで走り回っていたそ!?」
「俺を襲うなんて傷ついたぞ、信じてたのに。裏切りだー、護衛失格だー!」
「横暴そよ! 我は注意を促そうと試みたそよ!」
「内部分裂していては任務を達成できません」
ビシャーン。
という落雷の音はしなったが明らかに落雷の脅威で、我らがボス・ルキア嬢がぎゃーぎゃー騒ぐ男たちを一刀両断した。
ルキア嬢の足元の草花が唐突にしおれたのは見なかったフリをしましょう。
「起きたことは起きたこと。すべきは、変化を迅速に作戦へ反映させることです」
無駄口を叩くな、行動しろ。という言葉をやんわり表現しているつもりなのでしょうが、まとう冷気がやんわりどころではなくブルブル。朝露よ漏れ出てはいけません。
「現物確認はできませんでしたが、象隊商には巨大化猫の取扱いがあるようでした。取引するには信用を得なければなりません。その手段が埋蔵金を探し当て、森の平和を取り戻すことならば、わたしたちは埋蔵金の発掘に全力を尽くします」
「ルキア先生、しつもーん。もし掘り当てられなかったら?」
「全員、自分の腸で自分の首を吊るだけです」
なんと潔い決断。猫入り袋を抱えるルキア嬢の手にグッと決意の力がこもる・・・・・・おやまさか猫まで割腹適用ですか? いえいえご馳走と愛撫と名前とベル付き首輪を頂いてるだけの、ただの通りすがりの猫ですよ。
「ミハイは腸じゃなくて尻尾でいいからね」
ああよかった、腹を割かれずに済んだ・・・・・・と、喉を鳴らすとでも?
「でも出血してる方が意識が薄れて、痛みも苦しみも少なくてすむよね。やっぱり腸かな」
普通の雌が一生、絶対に悩むことのないであろう『首吊りには腸か尻尾か』について真剣に考え込むお嬢さん。
干渉は好まない猫ですが、フェリクスに加勢してやりたくなりました。このお嬢さんは島にこもって爪といでるばかりじゃいけません!
発言には責任をともなうと言ったルキア嬢だ。腸だろうが尻尾だろうが、吊ると言ったら吊るに違いない。巨大化猫のスマラグダス家入居を妨害したい身ではありますが、ここは首を守るべく協力しなければ!
見せかけの目でよーく見るんじゃい。そうら、宝の地図じゃい、と言って白象に乗った象隊商隊長がよこしたものを、フェリクスはいきなり紛失していた。
「なんだっけ・・・・・・ルキアちゃん覚えてる? 動物の冒険みたいな話」
見ろと言われた地図を受け取ろうと、手を出しかけたフェリクスに与えられたのは図ではなかった。短い話だった。突然のことに覚えきれなかったらしく、フェリクスは腸で吊らされる運命にありそうな首をさすりつつ情けない顔をしている。
「『燕の巣に赤い宝。ある朝、雀が宝をくわえて飛び立った。十里で羽を休めたところ、虎に宝を奪われた。二十里歩いて虎は疲れて眠りこけ、亀に宝を奪われた。三十里歩いたところで、亀は宝を抱いて温めた』」
「さすが記憶の鬼兄妹! ・・・・・・けど、わけわかんねー!」
愚かなフェリクス。明快ではありませんか。亀が勝ちました、という話ですよ。
「恐らく暗号そよ。女王の宝石のありかを暗示するそよ」
「暗号という点で賛成します。が、この文章からは旧女王よりも奏の文化を感じます。鳥の巣に宝があるのは東の大陸がルーツのモチーフですし、里という距離の単位は奏で使用されていたものです」
「じゃあ女王の埋蔵金じゃなくて奏皇帝の宝石? どっちでもいいけどさ。野盗が狙ってるのは出所や形なんてどうでもいい、単純に金目のもんだからね」
協力するつもりになったが、猫の出る幕はなさそうです。毛づくろいでもして集会が終わるのを待ちましょう。
「鳥の巣にあった宝ってさ」
フェリクスも伸び始めた無精ひげをなでて毛づくろいしながら言う。
「あれを思い出させるな。なんとかのなんとか帝が作って、なんとかが持って逃げたなんとか」
「秦の始皇帝が作って奏の国璽尚書が守って持ち去ったとされる伝国璽と言いたいんですね」
「それそれ。けど、合わないな。暗号の宝は赤いんだろ? 伝国璽の伝承じゃ宝は白いヒスイだし、巣の持ち主は燕じゃなくてなんとかって鳥の巣だろ」
「鳳凰の巣です。フェリクスの指摘通り、地図冒頭の『燕の巣に赤い宝』には合致しません」
うーん、と大げさに頭をかしげながらもフェリクスのクルミ色の瞳には好奇が輝いている。首と腸がかかった問題だというのに、青年には地図が面白いなぞなぞに映っているようだ。
「この暗号が消えた伝国璽の隠し場所だったら、埋蔵金どころじゃない儲け・・・・・・いや、スクープだったんだけどな。それはなさそうだから、奏皇帝の宝石って方向で進めよう。赤い宝っていうとルビー、ガーネット、サンゴ、メノウとか? 奏国出身のビンとエンは心当たりないの? 奏の赤い秘宝」
長い沈黙は不穏な気配に満ちていた。
「・・・・・・奏皇帝の宝は奏皇帝のものそよ。女王の野犬やアダマス人に盗ませる手伝いはできぬそよ」
また仲間割れですか。
猫族は危機に直面して一致団結しているというのに、人間は争いばかりだ。知恵を持っているからこそ我が物顔で世界を支配する人類が、縄張り争いしか考えていないとは。
縄張りを急拡大させ最も勢いがあるといわれるアダマス軍には、人類全体の未来を見通す賢者はいないのか。いれば、ラウー・スマラグダスをのさばらせておいたりしないだろうに。
フェリクスは片眉を上げ、肩をすくめた。
「奏皇帝の宝だと決まったわけじゃない。猫ババするとも言ってない」
む。猫の悪口が聞こえました。あとで爪とぎの刑。
「奏皇帝の宝ならば奏皇帝に返上すると誓うそ?」
ビンのギラつく黒い瞳から放たれる頑固な意志を、フェリクスの呆れたため息が吹き戻す。
「あのさー。仮に埋まってんのが奏皇帝のもんだとしてもさ。十五年も前に戦火の宮殿から脱出して、生きてるか死んでるかも分からない消息不明の相手にどうやって返すんだよ」
「親衛兵が、我が一族が必ずやお守り申し上げたはずそよ! きっと存命であられる!」
話はまとまらなかった。
「あの暴力クソ石頭」
地図解読が進んでいないせいで一行の行き先は未定だ。象の道から離れ、見通しのいい丘の上にテントを張って待機している。
怒りを発散させたいのか、ビンは一人遠くで棒を、フェリクスはテント脇で矢じりを連ねたネックレスを振り回している。爪とぎ処刑は後にして、魅惑的な動きでうねるネックレスに猫フックして猫フックして猫パンチして抱え込んだら両足そろえて猫キーック!
こんなもんで何でそんなに興奮できんだよ、と呆れつつも手を止めない青年。失敬な。遊んであげているんです。
「わっかんねーな」
フェリクスは遊んでもらっていない方の手に持ったびんから、一口あおいだ。
「なんでラウーはビンを奥さんの護衛候補に選んだんだ? 奏皇帝をあがめて奏国の復活を願ってるとなると、ビンはアダマス軍にとって立派な反政府分子だ。護衛試験は適性の点で失格だろ。大佐の奥さんの護衛になんて、危なくてできねー」
「兄は能力主義で、傭兵の過去を問わないから。・・・・・・フェリクス、それはヒル対策に買ったはずの酒じゃ?」
ルキア嬢の指摘にフェリクスは悪びれもせず、むしろにっこりした。
「うん、そうだよ。俺が酔ってりゃ、俺の血を吸うヒルも酔って落っこちると思うんだ。いいアイディアだろ?」
「酔うと出血量が増えるから、ヒルが落ちても失血はひどそう。ビンとやりあって頭に上った血を抜きたいなら、ヒルに頼らずともわたしの踵で顔を蹴り潰してあげるけど」
ルキア嬢は確かに魔王ラウー・スマラグダスの妹なのかもしれません。
すみませんごめんなさい、と萎縮した声と共に酒びんは背嚢へと収納された。
「えーと。つまりラウーがビンをスカウトしたんだろ? ビンが奏皇帝への忠誠をねじまげて、自らアダマス軍の傭兵に志願したとは思えないからな」
正解だと答えて、ルキア嬢は経緯を話した。
かつて、ビンとエン嬢は金の首輪目当ての強盗団に度々襲撃を受けていたそうだ。ある夜、襲撃が付近の数件の家屋を巻き込んで破壊する大乱闘に発展し、強盗もろとも軍に拘留された。取調べには奏国語を話せたラウー・スマラグダスが参加した。
ラウー・スマラグダスは強盗たちを殴り散らしたビンの棒術を見込んで、アーケロン島の傭兵養成所に呼んだ。エン嬢と一緒に住むことを許した。ビンはその要請を受けたのだそうだ。
「妹エンを無法者から守るため、か。エンの武術が未熟すぎるのもそれで納得いくな。調理器具も新調してやれない生活苦につけ込んだか。ラウーはエンを人質として手の内に置いておけば、ビンの反乱も封じ込めておけるしな!」
フェリクスは納得のスッキリ笑顔だが、今の話には魔王のどす黒い計略が匂っていたような。
不意に計略の匂いはスパイスの香りに押しやられた。ぱすぱすと軽い足音で土を踏みしめ、エン嬢がやってくる。花色をした袖をこすってモジモジしつつホワーンと、けれど何か問いたげにルキア嬢を見つめている。
これはトイレについてきてくれのサインだ。
ルキア嬢とエン嬢は互いに、用を足すあいだの無防備な背中側を見張ることになっている。初日に「ルキアの背中は俺が」と言いかけたフェリクスは冷たい蔑視を浴びていた。用も足せないほど急所が縮み上がったに違いない。
エン嬢の無言の申し出を悟って、ルキア嬢は素早く立ち上がった。林間の茂みへと向かう二人を追いかけると、背後から「猫になりてぇ・・・・・・」とフェリクスの恨めしげな嘆きが聞こえた。
下心で追ったように言ってもらいたくない。立ち聞きのためではなく、ボスのそばが一番安全で楽できるからだ。
ところが雄どもの視界から隠れた茂みで、
「スマラグダス小姐ー。地図のお話に出てくる動物たち、方角そよー」
なんとエン嬢がしゃべりだしたではありませんか。