1. 昼寝で
『甘口弓師と白魔の妹』は『青い鳥ルーレット』およびその続編『青い鳥ジョーカー・ワイルド』のスピンオフ小説です。『青い鳥ルーレット』完結前後から始まる話です。スピンオフですが、独立して読めるよう努力します。
この話はフィクションであり史実とは無関係です。
「なあ、本当に行くんかね? 流刑島に」
青い海、白い雲。
不安げな船頭の握る櫂はギーコ、ギコと硬く鳴く。
「罪人と化け物しか住んでねえって島じゃ。わしら地元漁師も近付かんのに」
「アーケロン島。大丈夫、俺は何回も行ってる・・・・・・あふ」
無遠慮な大あくびをしたのは、船底を占領して寝そべる青年。氷砂糖が歯に当たる、カロンと軽い音がした。
「しかしなあ。漁師仲間の話じゃあ、昨日も得体の知れねえ大きな影が目撃されとるんでなあ」
「心配すんなよ、おやっさん。いざとなりゃ武器もあるし」
舟には大きな背嚢が積まれている。弓と矢筒がくくりつけてあった。
「それより景気良く歌でも頼むよ」
「はあ、気楽なお人じゃなあ・・・・・・」
船頭は呆れていたが、一つ二つ咳払いをして歌い始めた。いい声してんね、と青年がおだてる。
カモメが舞い、船頭が歌う。
穏やかな海面へ伸びていく船唄に、うとうとと眠気を誘われる。特等の寝床を探して小舟の中を一周し、ここぞという場所を足踏みで確かめ、満足して身を丸めた。
「・・・・・・人の腹で寝るんじゃねーよ」
ぼそりと気だるい声。
我が寝床、つまり寝そべる青年が渋面を作っていた。薄く引き上げられたまぶたの奥からクルミ色の瞳が覗いている。
「聞こえてんだろクソ猫」
クソ猫さんという風変わりなお名前には覚えがありません。
安眠の邪魔ですよ、という抗議をこめて尻尾をぴたんぴたんと打ち転がす。
クソ猫、ともう一度呟いて青年も昼寝に戻った。猫を腹から落とす気など最初からないのに、文句だけは言うんですね。
口の悪い青年の顎からは不精ひげが消えている。
青年の体がわずかに力んでいるのは、シャツになるべくシワをつけたくないからだ。新調すべきか頭を抱えて悩んだ挙句、早く発つ方を選んで、旅装の中から一番ましなのを引っぱり出していた。
自前でもない外皮一枚に悩めるなんて、人間とは暇な生き物です。
昨日まで旅の埃を積んでいた青年がさっぱりと身支度を整えた理由は単純。
恋する娘に会いに行くから。
そんなに好きならフラフラと旅するのはやめて、会えばいいんです。月夜を縫って、草と土の香りがする夜露を踏みしめ、しっとり濡れた爪先で抜き足差し足、恋する彼女の庭へ。
用事に便乗しないと会いに行けず、いざ用事ができたら服一枚であたふたして、若い雄が情けない。まあ人間の色恋沙汰なんて、魚の尻尾くらいどうでもいいことですけれど。
そんなことより太陽の微笑を毛皮に吸わせてあげなくては。
びよーんと四肢を伸ばして、指の間まで海風に通してから丸まり直した。
ただ会いに行けばいい、それが甘い認識だったと苦草を噛んだ思いをさせられるとも知らず。