09話 四つと、一つ
彼女はノートを広げ僕に必死に説明する。
絵の構図がこうなって、だからこっちがと。
そんな彼女を僕は俯瞰してみていた。
今、考えることは、彼女が持ってきたノートじゃない。
そう。
この狂った時間軸の正体だ。
「ちょっといいかな?」
「なによ、どうしたの?」
赤縁のメガネをそっと持ち上げる。
二重まぶたの瞳が、僕を映す。
「五十嵐淳子。君は、一体だれ?」
僕の問に、彼女はすぐに答えなかった。
それは、きっと僕の目を見ているからだ。
あの世界で、僕が解いた謎。
全部じゃなかったけど、良い線はいっていた。
「急になにを言い出すかと思ったら、そんなこと」
「急じゃない。ずっと思ってた」
「いつから?」
僕は答えず、あの世界で使った、正確には朽木先輩の家から持ち出したノートをだした。
「なによ」
「ちょっと聞いて」
僕はそう言って、息をふっと吐いた。
「やっぱりおかしいんだよ。爪切りが」
「どこが?」
「今から説明する」
僕は、台所の上に置いていた、四つの爪切りを手にした。
彼女の前に戻ると、床に一つずつ並べる。
「赤の爪切りは僕がつかって、あの世界に侵食されかけた。それをこの白の爪切りで、君。ううん、あの世界の朽木先輩が救ってくれた」
話しながら、一つ一つ爪切りを指していく。
白い爪切りは、現在の世界。
赤い爪切りは、過去の世界。
金属の爪切りは、未来の世界。
そして、もう一つの金属の爪切り。
テコの後ろに「JYUNKO」と書かれた爪切りは、あの世界の終焉を引き起こす。
「あの時の朽木先輩が、送ってくれたメールに書いてあったまんまだけど、最後の爪切りは君が説明してくれた」
「うん。わかってる」
「だから、僕は疑いもしなかった」
あの世界は異常なことばかりだった。
定食屋の支払い、ハウスクリーニングのスタッフまで役場がサポートしていた。
今考えるとおそらく団地の家賃も役場が払っていたのだろう。
そして、繰り返し同じ話しかしない生活指導の先生。
これで僕は完全に、狂った世界を受け入れた。
でもやっぱりおかしかった。
「あのとき僕は、朽木先輩――朽木琴音になりすましていた人物を、姉の朽木静香だと言った」
でも違っていた、と付け足した。
「そうだね」
「僕はあのとき、こう言ったんだ」
朝霧めぐみさんは奇数の人で、特別な人だったと。
そして僕は、
「未来の爪切りを使った二人は、この世界から居なくなった」と。
朝霧めぐみが朽木姉妹に継承したのは、未来の爪切り。
そこに矛盾があった。
「やっぱり気づく人だったんだね」
目の前の彼女が、そう言うと、僕は首を振った。
「君の口癖。やっぱり気づく人。これに僕は踊らされていたんだ」
何度も言われるうちに、知らず誘導されていた。
僕は呼吸を整えると、
「それでわかった。さっき君は、『私が教えた』と言った。それが出来たのは朝霧めぐみさんだけだ」
「それで……。うん、続けて」
「気づいたよ。朝霧めぐみさんも、君だったんだって」
それを聞いた彼女は、クスリと笑い、メガネを外した。
「あ、やっぱり君は凄いよ。ほんとに」
「褒められても嬉しくないです」
「そっか。ごめん」
おそらく初めてだ。彼女が謝った。
「君の結論を聞かせてくれる?」
僕はゆっくりと頷いた。
あの世界の金属爪切りは、未来の世界。
でも、ここにもう一つある。
僕はポケットから、爪切りを取り出した。
盗んできた爪切りを、四つの爪切りの横に並べた。
並んだ爪切りが五つ。
僕はゆっくりと視線を動かして、彼女を見た。
説明するね、と前置きを呟いて。




