08話 ヘタレ
団地に戻った。
空白の部屋の真ん中で、大の字になってへたり込んだ。
何もしたくない。
「元日そうそう、僕は何をやってんだ」
思わず後悔が口をついた。
ポケットには盗んだ、爪切り。
ため息が連発する。
「ハーハーって、煩いんだけど」
僕は飛び起きた。今日、二回目の。
「い、いたの?」
「居ちゃわるい?」
そうじゃないけど、と声は小さくなった。
「ほんと、あなたってヘタレね」
「なんだよ、いきなり」
「どうせ、あれでしょ? 父のマンションにいって、違う人が出てきてびっくりした、的な」
「ぐ」
本当に、ぐうの音も出なかった。
彼女は以前からそうだった。
やたらと勘が鋭い。
何処かにマイクかカメラでもついているんじゃないかと思ってしまう。
「付いてないわよ」
「え?」
「それより、どうだったの?」
「どうって?」
「それだけ疲れて帰ってきたってことは、なんかあったんでしょ?」
「……はい」
彼女は将来、占い師か株のトレーダーになるべきだ。
僕は、彼女と別れたあとのことを手短に説明した。
「ふーん、そっか。朽木の姉がね」
「なにそのリアクション」
僕は憮然とする。
「なにって、別に不思議じゃないでしょ?」
「だって、居なくなった朽木の姉だよ? 未来の爪切りを使った?」
「知ってるし。私が教えたんだもん」
「そ、そうだけど……」
だとしても、こちらの世界に来ていることに疑問はないのか。
あの世界で、未来の爪切りを使い、何処かに行った。
それが、この世界にいる。
いや、どう考えても不思議だろう。
しかも、五十嵐淳子さん。あなたはその妹——朽木琴音の振りをして僕と行動を共にしていたんだよ。
ちょっとは、びっくりするでしょ。
悶々とする僕を横目に、彼女は爪切りをいじっている。
切れば、何処かに行くかもしれないのに。
危機感がなさ過ぎる。
「そうだ。思い出した!」
「急になんだよ」
うん、ちょっと待って、と言ってリビングから奥の部屋に姿を消した。
ふと思う。
彼女、ずっとゴスロリなんだよな。
見えないからって、好き放題じゃない?
ちょっと、悔しい気持ちになる。
彼女が急いで戻ってくると、一冊のノートを見せた。
「ここにね、私が書いた記述があるの」
僕は思わず手を上げた。
「ちょっと、待って。これってどこから?」
綺麗な大学ノートだった。
「実家から持ってきたの」
「実家って……五十嵐家?」
「他にどこがあるのよ。でさ、このページ」
話を進める彼女を再度、手を上げて止める。
「家族に会ったの?」
「会ったよ。私には気づかなかったけど」
「うそ」
「うそじゃないわよ。母さんの前で手を振っても気づかなかったもん」
「……そ、そっか」
これで分かったことが一つある。
時間軸がおかしい。
彼女は1989年に、旧校舎の図書室に絵を飾った最初の人だ。
それなのに、家がある?
ノートも?
ということは、自分の部屋もあるってこと?
三十七年。
不思議じゃないが、違和感がある。
三十七年前のノートがこんなに綺麗なはずはない。
もしかして、彼女は今、違う世界。ううん、今の世界に生存しているかもしれない。
五十嵐淳子が二人。
狂った世界。
一体どうなっているんだ……。




