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06話 他人の、家


五十嵐淳子と別れたあと、僕は自宅に向かった。

自宅と言っても、団地の部屋ではなく、父と暮らしていたマンションだ。

世界が歪になる前、僕はこのマンションに住んでいた。


だが、旧校舎で絵を完成させた日。

すべてが変わった。


世界が変わった。


そして、僕はあの団地で一人暮らしをすることになった。

あの世界では、父と暮らしていたことすら思い出せなかった。

何もかもが辻褄が合うように改変されていた。

住んでいた住所も、スマホに入れたクレカやアプリも、知らない間に改変されていた。


「都合良すぎる」


僕は、独りごちた。

そして、僕が住んでいたマンションの前に立つ。

スマホを見ると、朝の九時だった。

しかも元日。

早い気もするが、居ても立ってもいられない。


そして、鍵はない。


あの世界から戻ってきても、手にあったのは団地の鍵と自転車の鍵だけ。

マンションの鍵は戻ってこなかった。


だからきっと。


僕は意を決して、エレベーターに乗り込み、ボタンを押す。

なぜか四階というのは覚えていた。


懐かしい音と、振動が体をこわばらせる。


嫌なことばかり浮かんでは、頭を振って追い払う。


エレベーターが止まる。

角を曲がってすぐのドアの前に立った。


表札はもともと出していない。

転勤が多い父の仕事のせいで、三度目からは掲げなくなっていた。


勇気をだして、呼び出し音を鳴らす。

ドア越しに、ベルの音が聞こえた。


数十秒待つ。


もう一度、押したとき、鍵が開く音がした。

緊張がつま先から頭のてっぺんまで、じんっと走る。


「はい?」


見知らぬ人。


「え、あの、僕」


言葉に詰まる。

居ない。

父ではなかった。


「どちらさん?」


怪訝そうに男が睨む。二十代後半。

日に焼けた、褐色の肌。

考えれば分かることだった。

朝の九時過ぎ。

しかも今日は元旦だ。


「ごめんなさい」

「なに?」

「僕、以前ここに住んでいて……」


男は一瞬、眉間にしわ寄せ、


「ああ、そう。で、何の用?」

「……忘れ物をして」

「はあ? 忘れ物だ?」


咄嗟に、ウソをついた。

もっとましなウソがあったのだろうが、頭も、体も動かない。

今すぐ逃げだしたかった。

そう意識すればするほど、体の自由は奪われた。


「だれ?」


部屋の奥から女の声が聞こえた。


「ああ、前の住人だって。忘れものをしたらしい」

「そうなの? じゃあ入ってもらえば?」


女の声を聞いて男は値踏みするように僕を全身眺めてから、「だとよ」と言ってドアを大きく開けた。


逃げ出したかった。

でも成り行き上、ここで逃げれば、話がややこしくなるのは、目に見えている。

僕は、この世界のことを全然分かっていないのだから。


「お、お邪魔します」


靴を脱いで部屋に入る。

他人の家の匂い。

もう僕の家じゃない。

それだけで、十分だった。


「いらっしゃ。忘れ物ってなに?」


リビングから女が顔を覗かせた。


「え、朽木先輩?」


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